Re: 即興三語小説 ―「半減」「クマゼミ」「桜」 ( No.1 ) |
- 日時: 2015/08/08 00:48
- 名前: お ID:D5IA0Fp.
小説であるとは言いません。「物語の流れが把握できる程度の粗筋」を目論んでいます。ゆえ、かなりの省略があります。 プロットを組むのに6時間、粗筋として起こすのに4時間程掛かっています。
*********************************
クマゼミ男爵とサクラ乙女 蒹垂 篤梓
テーブルを差し挟んで座る二人。少年と青年。ぱちりぱちりと囲碁を指す。 「賭をしようじゃないか」 と言いだしたのは青年。少年は訝しみながらも了承する。囲碁の盤面は少年が優勢だった。 「ここに、とある男女がいる」 と指し示すのは何もない宙空。そこに浮かび上がる二つの光景は、光の屈折を弄って見せる、ちょっとした魔法のテクニック。青年は、老練な魔法使いだった。 「男は、ある事件を切っ掛けに故郷を去り、見知らぬ異郷で苦労しながらも身を立てようとしている」 映し出されるのは、熊のような顔をした大柄な男。身なりは労働者階級のそれだが、大勢の人々に囲まれ、信頼を得ているのが見て取れる。 「女は、土地に残り土地の有力な商家に嫁いだ。彼女のお腹の中には、かの男の子が宿っていたが、夫となる男はそれを認めた上で彼女を娶り、家族三人で今は幸せに暮らしている」 穏やかに微笑む家族の肖像が映される。 「さてここで、ちょっとした悪戯を仕掛けようと思う。この映像を互いの夢に見させるのだ。その上で、どういう反応を見せ、どういう結末に向かうのか。それが今回の賭だ。要は、彼は彼女の心を取り戻せるのか? ということだが、どうだね? 私はね、ダメだと思うのだよ。彼は彼女の元に向かうが、結局、今の幸せを捨てられない彼女に拒絶されると思う。君はどうだ」 「じゃあ僕は、彼は彼女の心を取り戻す方で良いよ」 「では、賭は成立だな。言っておくが、賭の対象に我々が直接干渉することはルール違反だ。倫理的にも許されない。分かっているだろうがね。直接干渉はダメだからな」 なおざりの返事をする少年に、 「ルール違反はダメなんだからな」 大事なことだからって、三度は言いすぎだろう。 * とある「世界」の、とある片田舎。小さな街を取り囲んで広大な農地が広がる。そんなどこにでもある風景の中に、溶け込むことのない異風の者が一人、足取り重く歩いている。 小高い丘の中腹にある垢抜けない邸。そこにいるだろう、とある家族に会うため、はるばる海を越えてやって来た。手には望遠鏡。邸を囲む森の木の一本に上る。 蝉のようだと、ふと思う。彼の生家の家紋には蝉の羽のモチーフが使われる。クマゼミというあだ名は付きまとい、今でもクマゼミ男爵と呼ばれている。 そこから覘く、穏やかな家族の風景。 男は木から下り、その足で再び故郷を後にするため歩き出す。胸の中のうずきを押し殺して。 男はすぐにでも発つつもりでいた。それを留めたのは一人の少年。不思議な雰囲気の少年で、気付くと翌日また会う約束をしていた。 やむなく入った酒場を兼ねた宿屋で、男は旧知に出遭う。男は元々この地に生まれた。この地を統べる男爵家の三男坊で悪童として知られていたから、旧知とはそのいう連中のことだ。そのうちの一人が囁く。 「あの時、ミツバチのヤツが旦那をはめたって話ですぜ」 クマゼミには苦い思い出がある。故郷を去らなければならなくなった事情が。無実の罪の嫌疑を掛けられ、罪には問われなかったが土地を追われた。 「馬鹿を言うな、ミツバチのヤツがそんなことをするものか」 「あっしも聞いた時は耳を疑いやしたが、どうやら本当らしいですぜ」 男が押し黙ったのを潮に会話は途切れ、酒瓶の空くのと共に夜が明ける。男は一日眠り、気持ちを決する。なぜか現れた昨日の少年が、 「僕が渡りを付けよう」 と申し出るのを、訝しむこともなかった。 深夜、二人きりで会うクマゼミとミチバチ。 真実を問うクマゼミ。 真実だと答えるミツバチ。 クマゼミが決闘を申し込む。それを受けるミツバチ。翌日の深夜零時にこの桜の木の下で。 二人は別れる。 少年が問う。 「彼は奥さんに真実を告げるかな? 僕はそうは思わないけど」 「告げるだろう。アイツはそういうヤツだ」 「かもね」 そして、時が来る。 立ち会いがいるだろう? と微笑む少年。クマゼミとミツバチ、そして、かつてサクラ乙女と呼ばれたミツバチ夫人とその娘が会する。あの初々しくも儚いまでの可憐さは影をひそめたものの、魅力が半減することはなく、活き活きと凜凜しくも成熟した美しさに目を見張る。春は過ぎ、夏が訪れていた。自分は春の頃の彼女を失い、今、夏の訪れによって再び巡り会えた。 「なぜ、連れて来た」 「彼女が来ると行ったから」 「そうか」 剣を構える二人。合図と共に剣を交える。一合、二合、そして、クマゼミの剣が折れる。 「俺の負けだ」 静かに立ち去ろうとするクマゼミ、何も言わず見送ろうとするミツバチ。 「ちょっと待って」 呼び止めるのはサクラ。 「あなたの娘です」 「良いのか」 ぎこちなく尋ねるクマゼミ。デリケートな割れ物でも扱うように、優しく娘を抱き締める。 「僕の負けのようだ」 ミツバチがどこか晴れ晴れと言う。 「勝ち負けなんて勝手に決めないで」 ぴしゃりと言うサクラに誰も反論できない。 「私はあなたの妻で、商会の嫁です。そのことに悔いなどありません。あなたにも、とても感謝してますし、家族としても、一人の女としてもあなたを愛しています」 うぅぬと渋面を浮かべ唸るクマゼミ。 「ですが、かつてこの人と愛し合った頃のあったことも、認めて頂きたいのです。分かれたといえども、憎くて別れたわけではありません。あなたを責めるつもりはありません。でも、今でもこの人のことを尊敬する気持ちは消えません。あなたへの気持ちとは違う意味で、この人のことも愛おしく思っています。それを認めて欲しいのです」 今度はミツバチが、うぬと唸る。 「いけませんか」 ミツバチは静かに息を吐き、 「いや、心のつっかえが取れた気がする」 「わたしの心を知った上であなたの妻でいさせてくれますか?」 「もちろんだとも」 夫婦としての抱擁を交わす。 「じゃあ、約束の物を」 少年の催促に対しサクラが渡したのは、自身の髪の一房。それを、クマゼミに渡し、 「約束の物だよ」と。 「二人とそれぞれ賭をしていてね。一勝一敗、ちょうど良かった」 と笑う。 「その髪を握って、彼女のことを思い浮かべれば、彼女の気持ちが伝わってくるはず。どんなに離れていても、彼女のあなたへの気持ちが分かるはずだよ」 大事にしまい込むクマゼミ。 「さて、もう一人賭に負けたヤツがいてね。そいつからの戦利品は、これだ」 と天に向けて掌を掲げると、そこに、へんてこなワッペンが二つ。かなりセンスが悪い。が、半永久的に摩耗しない材質は魔法による物だ。 「これがあるとね、年に一回、夏にだけ二人は夢の中で会える。二人が互いに望む限りね。今回は特別に、三人で会える仕様にしておくよ」 クマゼミとサクラが最後の抱擁を交わし、ミツバチと固い握手をする。 その朝早く、クマゼミは再び故郷を去った。 * 「直接の干渉は違反だと言っただろう」 囲碁盤を挟んで講義する青年。少年は、 「良く言うよ」 と呆れ顔を浮かべる。 「あれで良かったのか」 「何の話だ、君がズルをして賭に勝ち、私が負けた。それだけのことだろう」 「まあ、それでも良いけどね」 ぱちりと碁石を置く。 「こっちも僕の勝ちってことで、よろしく」 悔しげに臍を噬む青年は、ぶつぶつ文句を言いながら、やがて、 「ありがとう」 と聞こえるか聞こえないかというくらいの声で呟いた。
(。・_・)ノ
|
|