Re: 即興三語小説 ―春暁― 延長戦決まりました ( No.1 ) |
- 日時: 2015/05/04 22:51
- 名前: 星野日 ID:41RKGaaA
赤靴の少女
靴も履かずボロ布を纏う貧しい暮らしをした女が居た。女は幼い娘の母であった。母が病に罹り働けなくなると、娘は母と同様に仕事を得ようとしたが、パンも食べられずやせ衰えた少女を使おうとする者はこの町には居なかった。 とうとう母が死ぬと、娘は亡骸を紐を括りつけた板の上に乗せ、引きずって郊外の無縁墓地まで運んだ。そうするといいと、一度だけ少女を買ったみすぼらしい男が教えてくれたのだ。 親の死体を引き摺る子供など、特に珍しくもない時勢だったので、町の者達は特に少女を手伝うことなく通り過ぎる。冷たい風に煽られよろけると、足に痛みが走って転んでしまった。尖った石を踏んでしまったのだ。ここまで健気に母を運んでいた少女だったが、助けを乞う気持ちで板の上の故人を見る。春眠を貪るように穏やかな表情で冷たくなっている母なのだ。生きるに苦しく、死ぬほうが安らかなこの世なのだ。とうとう少女は我慢できなくなり、己のあんまりな境遇に涙してしまった。 そこにたまたま、靴屋が通りがかった。板に乗った遺体と、涙する裸足の幼い少女を見て靴屋は事情を察した。 「娘さん。その女の香代にこの靴を受け取ってくれ」 靴屋が渡したのは、赤い革靴だった。一見、質のいい靴なのだが、何故か売れ残っているうちに流行が変わり、持て余している品だったのだ。 渡された革靴を、食べられないかと噛む少女に同情し、靴屋は食べかけのパンを渡すと去っていった。 すこしだけ元気の出た少女は、再び立ち上がり母を墓地へと運ぶのだった。
さてこの赤い靴だが、実は売れないのにもわけがあった。少し前の流行に乗って作られたデザインや糸の縫い目、細やかな修飾が偶然か、あるいは靴職人の悪意があったのか、ある呪いを形成する魔導回路となっていたのだ。生き物の本能は魔導を忌避する。金感情で靴を手に入れた靴屋はともかく、直感で買い物をする客達にとって、この鮮やかで見事な靴はどうしたことか気に入らない物に感じられたのだ。 この呪いは身につけた者の命を徐々に奪い取るという効果だった。 しかし少女が靴を齧ったことでついた歯型が、魔導回路に変化が生じさせた。大地を踏みしめることで生じるエネルギーを元に、自動的に歩くことができる便利な靴となったのだ。それを知らない少女は母を墓地に埋葬し、町に引き返す。不思議とーー履いた赤い靴の効果なのだがーー足が軽く、羽が生えたかのような歩調になった。 母が死に明日どう生きるかの算段もつかないが、パンを食べて取り戻した活力のおかげで、多少は気持ちも向上した。 「るんるん」 せめて口だけで強がらねばと歌を口ずさみ、スキップで歩く。 その道の向こうから歩いてくるのは、赤兎と呼ばれて畏れ敬われる英雄だった。下半身が馬、上半身が岩のようにがっしりとした男の風体で眼帯をしている。これまでに単騎で三柱の邪竜を殺したという経歴を持ち、酒場で最強の戦士は誰かという話があれば大抵彼の名前が挙がるほどだ。今日はかつての戦いで失った仲間の墓参りに、この道を歩いているのだった。 赤兎は目の前から歩いてくるみすぼらしい少女を見て眼を細めた。 (何気ないスキップのように見えて……尋常でない達人の足運びだ) 男の経歴は輝かしいものだが、同時に妬みや不興を一部から買っていた。それでなくても名を上げようとする戦士から決闘を挑まれることもあったりなど、赤兎という男の命を狙うものは少なからずいた。 みすぼらしく装って油断させ、悪意のない様に振る舞って近づくとはまさに、暗殺の手口の最もたるものである。少女の足運びは眼を張るものがあり、腕を降る様子は自然体だ。しかし、少女の歳に不自然なほど隙がない立ち振る舞いや、口ずさむ鼻歌とは相反してどこか陰のある表情であった。男からすれば、彼女が自分の命を狙った暗殺者だと判断するには十分であった。 男は相手に悟られないよう己の下半身、馬の背に載せた槍にそっと手を伸ばす。そしてすれ違いざまに、丸太のような豪腕に力を込め、少女の体めがけて槍の刃を振りぬいた。 もしその瞬間を誰かが見ていたら、少女をおとぎ話の妖精に例えたかもしれない。 凶刃が少女の体をふたつに分けると思われたその時、彼女は地面を蹴って軽やかに跳躍した。振るわれる刃の腹に片足をつけてもう一度飛び、くるりと体をひねると、大きく振り上げて勢いを付けた踵を男の脳天へと叩きつけたのだ。 ふわりと音もなく地面に降り立ったが、その半瞬の出来事を当事者である少女は近く出来なかった。彼女は浮遊感を覚えてはいたが、半人半馬の美丈夫とすれ違った時に、足を滑らせて転びそうになった……という程度にしか認識できなかったのだ。 見られていたかも知れないと思うと恥ずかしくて、少女は走り去る。後ろで大きなものがドサリと倒れる音を聞いたが、振り向かずに少女は逃げたのだった。
赤靴の女帝。 この十年後に、そう呼ばれるようになる伝説の人物はこうして世の中に現れた。 定住せず各地を旅し、燃髪と恐れられる魔女を下し、赤帽子団とよばれる巨大盗賊団を壊滅させ、時には不毛の地の上で二ヶ月間タップダンスを踊って土を耕した。 天災級特殊害虫であるジゴクタマムシの素をことごとく踏み潰して一地域を救ったかと思えば、別の場所で天にそびえ立つ神殿の壁を駆け上がり神々を怒らせたり、一方でワニを騙して川に橋を作り渡ったという何の意味もない伝説もある。 寝ずに歩き続ける不死者だとも、大地に流れる龍脈を用いた戦闘術・地功流の創設者だとも、真偽定かではない話の残る女である。彼女の教えを元に弟子たちが確立した舞踏魔術は、祈祷を兼ねた踊りと、足で描き出す魔法陣、踏み鳴らすことで生じる魔旋律を利用した三階級魔術として有名である。 世界規模で伝説が残る赤靴の女帝であるが、彼女について綴られる記録はたいてい以下のように始まる。 「ある日、足の臭い女がやってきた」と
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