哀愁の実験室 ( No.1 ) |
- 日時: 2011/04/30 23:43
- 名前: マルメガネ ID:OUBwm9L.
気だるい午後の光がその実験室に満ちていた。 作動する実験器具の数々がおかれたその部屋の片隅で、若い技師が黙々と流体実験装置を組み立てる。 巨大な鉄製の直方体の水槽。その上に丸まったアルマジロを思わせるペルトン水車、それを駆動させる水流ジェットノズル、高圧ポンプを組み付ける。 ベルトで水車と駆動する発電機を接続した時には、日はすでに落ち、確かな夕闇が迫っていた。 明日は技師の誕生日だった。それと同時に組み立てた流体実験装置の初実験日でもあった。 彼は決してエアリア充ではないが、装置を組み立てたという充実感、達成感だけがあった。 念入りに点検し、異常の有無を確かめ、実験室を後にする。 すっかり日も暮れて暗くなった夜道を歩いて、築何十年とか何十年とか古くてみすぼらしい共同アパートに帰る。 共同アパートの住人は彼を含めて十人もいない。 帰ると大家の婆さんがかなりうろたえた様子でうろついていた。 何事か、と思って聞いてみれば水道が壊れたのだという。 漏水が激しくてどうにもならない、と彼女はこぼした。 さっそくそれを確認してみれば、蛇口の取り付けパッキンが朽ちてなくなり、水道管から漏れているのがわかった。 暗闇の中、彼は懐中電灯を頼りに水道の元栓を閉め、修理にとりかかった。 彼は技術屋らしく、装置の組み立てで余ったパッキンをそこに嵌め込み、蛇口を取り付けた。 水浸しになったロビーはほかの住人が総出でふき取り、処理をする。 どうにかこうにか修理を終えた彼は疲れも出て、そのまま部屋に倒れこむと深い眠りに落ちた。 彼が目を覚ました時、まだ薄暗い夜明け前だった。 そのひと時に聞こえるのは、新聞あるいは牛乳を配達するバイクの音だ。 その音を聞きつつ、彼はまた目を閉じる。 変な夢を見た。 丸まったアルマジロが猛烈な勢いで転がっていき、消火栓が激しく噴き出して虹を作り上げている。鉄の箱が転がり、発電機が青白い火花を散らしている。 いやな夢を見たものだ、と思いつつ起き上がって彼はそそくさと朝飯を食べると、実験室に向かった。 実験室にはまだ誰も来ていなかった。 実験室に実験装置の設置を依頼した教授も、助手も生徒もいない。 改めて昨日組み立てた実験装置を点検する。 そうこうしているうちに、教授と助手がやって来た。 ひととおり組み立てが終わっていることを告げると、安全性の確認のためのテストをすることになった。 貯水タンクを兼ねる鉄製の箱に水がなみなみと注がれ、高圧ポンプが動き始めると何だか妙な音がして、異様なスリルを味わう。 その瞬間、実験室に断末魔に似た悲鳴が上がり、ペルトン水車が高速回転しながらガラス窓を突き破って飛び出ていった。 幸い誰一人怪我はしなかったが、水浸しになった実験室の中でずぶ濡れになった技師と教授と助手が呆然とした表情のまま立ち尽くしていたのだった。
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