キャラメル・レディ ( No.1 ) |
- 日時: 2015/02/03 21:13
- 名前: 海 清互 ID:r2mIuDCU
彼女は度々エラーを吐いた。いや、当人にしてみればそれはエラーではなかったかもしれない。何しろ彼女は常にドロドロとした内面を抱えていた割には自分は整然としているという認識を持っていたし、自分が救われたいという飢餓感を隠し、その癖常にジョーカーでありたいと願っているかのようだった。 私が彼女に対して救われたいと願っているのか、と問えば、彼女は古今東西の史書を紐解いても、名だたる哲学者の知識を全て理解しても私の心は解析できないのだ、といった風な表明を延々と続けた。私はそうやってかさぶたを地球大にまで拡大する彼女の性質を知ってついに、パンツは旅行中なのだ、それはきっとやがて宇宙の真理に到達するだろう、と意味深なことを口走った。馬鹿と天才は紙一重で、彼女はその言葉をリドルであると解釈して毎日難解な概念とともに私に解説したが、私はただ一言「違う」「これは意味のない言葉でね」と含みを持たせて答えるのみだった。 弾込めを終えて夕陽に立つ銃撃者の放つ玉は、実際には一発しか届かない。だけど開拓時代に決闘で死んでいったガンマンはおそらくシリンダーいっぱいに玉を詰めただろうし、薬莢が数珠つなぎになったガンベルトすら巻いたのだろうとなんとなく考えた。あわよくばリロードしようとすら考えたのだろうか。あるいはあれは、後付けされたファションかもしれない。 ブラウン管テレビには安っぽいマカロニが映しだされ、二丁拳銃の若者が次々と敵を打ち倒している姿が見える。何故か彼の銃は同時に二つのものを撃たなかった。演出的に二丁拳銃を正面に構えて射っている姿は絵になる。仮に右側が利き手だとしても左手も意味があるように見えてしまう。 ぼんやりと西部劇を見ながら彼女からの電話を回想していると、彼女が大量のガンベルトを巻きつけている姿が思い浮かんだ。それはテレビの人が倒れるシーンと同時に映し出され、私は思わず苦笑せざる得なかった。そのガンベルトは彼女の痩せこけた身体に合わない程の重量であり、全てが攻撃に使え、身を守ると彼女は思い込んでいるのだ。 私はこれをキャラメル・ウェスタンと名付けることにした。キャラメルのように歯に挟まってなかなか取れないしつこさ、という意味と、ある意味でスイートな彼女の生き方をあざ笑ったものだ。そしてキャラメルには色々なものがくっついてはなれない。
翌日キャラメル・レディは再びパンツ旅行について答えを述べた。どうやら意地になっているようだった。私はパンツは常に中身がなく浮遊しているので捕らえられないはずだと述べると、彼女はパンツが漂う環境について語り、婉曲的にパンツを特定し始めようと顔を歪め始めた。結果的になぜそうなるのかは分からないが、それがフォトンではないかという仮説を提示した。私はそれ自体が西部劇のガンベルトなのだと思いながら、彼女のガンベルトの隙間から乳首を覗こうとしたが、彼女は自分には乳首がないと言い張った。そしてあろうことか自分はまさにフォトンでありパンツなのだと述べた。それは誰もが履き変え可能で薄汚れて匂いすら漂ってくるかもしれないと言えば、彼女はあなたにはそう見えても私にはそう見えないのだという。ではあなた自身にあなたの乳首は見えるのか、ヴァギナは見えるのかといえば、そんなものは規定されていないと、いつもの調子に戻ってしまった。正直私はこの不気味なジョーカーの乳首などに興味はなく、おそらくそこには骨と皮だけが残るのだろうと思ったが、彼女にとってはその骨と皮が何より大事で、その為に黄金の薬莢を巻きつけてきらびやかに武装しているのだと思った。 証拠に目をぎらつかせた彼女は空中に向かってうわ言を呟きながら発砲していたし、その発砲は度々血を呼んで自己満足の野次馬を寄せ付けている。これは科学的芸術活動なのだと彼女はやはり酔いながら嘯いたし、自分以外の人間は自分の研究のために存在するモルモットなのだと演技的な嘲笑をしてみせた。
彼女が自室で首を釣ったのは数日後の事だった。ありふれた破滅で、ありふれた心理の、ありふれたかさぶたと火薬の匂い。私は彼女に撃たれる前に勝手に当たったふりをして屋上から飛び降りて、その落下中に彼女は素早く首を釣ってしまったのだ。 結局二丁拳銃で全てを打ちつくして空砲となった弾丸が遠く離れたさとうきび畑に落下し、キャラメルとなって彼女自身を覆ってしまった。二丁拳銃の男はかっこ良く見えるけど、彼の後ろに何万人もの男たちがゾンビのように群がっていたら、男はそれでもリロードし続けるのだろうかと思った。彼女はリロードし続け、あらん限りの弾丸を硝煙とともに冷徹なふりをしつつ発砲し、最後はパンツに変身して空を飛べると信じていたし、ジョーカーになれると信じていた。ところが実際のところ弾丸は着弾後にキャラメル化して彼女の重量を増していった。 私は彼女のマンションを薄暗い夕暮れの中でそれとなく見つめていたことがある。それは夕日にあたってドロドロと崩れ始め、すっかり汚泥となってポイ捨てのゴミの山と同化すると、猛烈な発酵乳の匂いを撒き散らし始めた。私はなぜかキャラメルの汚泥に手を突っ込んで色々と探ってみたくなり、数時間後には手袋をはめて悪臭と戦っていた。そうして悪臭にも慣れた数時間後、最後に鉄製の仮面と薬莢、ボロ屑のようになったビニールの乳房だけが掘り出された。私はそれを空き地のマネキンにかぶせると、ブードゥの黒魔術師のように何やら呪文を唱え、マネキンがやがて動き出すであろうことをぼんやりと考えた。しかし暫くして私はマネキンの前で意味のない儀式を行ったことをカラスの鳴き声とともに後悔し、ふと手を眺めた。掌の中腹部はまるで膿のようにキャラメル化し始めているようだった。ああ、これこそがジョーカーの望みなのだと夕日の中で溶け始めた私は考えたし、ジョーカーはピエロの姿をしていた事も雲がかかったような頭で思い出された。そうして今それらはフラッシュバックしてすっかり消えてしまった。
------- お題、任意お題全て使いました。
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