Re: 即興三語小説 -選挙とは、お偉いさんの就職試験- 締め切り延長 お題に変更あります ( No.1 ) |
- 日時: 2014/12/21 22:23
- 名前: お ID:R/vGLwLM
全ては金魚で出来ていて、あまねくは無限色の金魚(ソレ)で埋め尽くされている。有象も、無象も、全て。人も、神も。 だからと言って、金魚しか見えていないかというと、そうでもない。ちゃんと、物は物として見えている。瞳の機能は健全で、ちゃんと脳に接続され、脳は脳で、映像として再構成を果たしている。多少の小細工はしているとしても。 だから、その金魚たちは「視えている」わけじゃないのだと思う。何か別の感覚器官で認識しているのだろう。それが何かは知らないけども。 ただ、脳による再現としては結局視覚と混同させてしまっている。つまり、光反射による情報と二重写しになっている。 だから、認識者である僕としては、あたかも「視ている」ようであり、同時に決してそうではないという確信もある。そこら辺りが、脳という器官の大雑把なところでもある。 良くできたところは、一方に意識を寄せると一方に映像が寄る。金魚を視たければ金魚に、物体を視たければ物体に。これはこれで、便利ではある。脳もやるものだ。 ま、そんなことはどうでも良い。 ^ どこからか流れてきた金魚が一匹、すいぃぃと手元まで泳ぎ来る。 これが木の葉とかなら、物質としての木の葉も視える。けれど、物質側では何もない。だからこれは、形而下の存在ではなく、有りて無きモノ、神仏妖異の類だろう。 そう思って見ると、彩鮮やかなヒレをふりふり、ぷるるぅんとお尻を振って、金魚だったモノが人の姿に変化す(かわ)る。 身の丈にして十センチあるかないか。王朝時代のお姫さまのように、鮮やかな彩の袿をまとい、三つ指を突く。掌に垂れる黒髪、ただし化粧の類はしていない。美少女と言って障りもないつるんとした可愛らしさ。 何やら伝えたいことでもあるのか仕草で示すので、耳元へ傍やる。 …… 「なるほど、分かった」 おもむろに立ち上がって伸びをする。 学校裏の山腹。そこだけ森の樹々が晴れ、山裾に向けて迫り出た岩場に寝っ転がり空を見ていた。 青い空に白い雲、二重写しに視える金魚たちの雄大な流れ。 風の流れなのか、宇宙の流動なのか。今ここにいる、この身を取り巻く金魚たち。気を抜くと遠近感も何も失われてしまいそうだけど、意外とそうはならない。瞳とは違う器官で認めているからだろうか。この身を通り過ぎて行く流れにも、違和感は感じない。 穏やかな陽差しと金魚たちの流れに身をさらす。金魚浴はなかなかに気持ちが良い。 さてと、行きますか。 ^ ここの【ボス】は、確か蛙だったはず。 目印は背中に張り付いた【十銭白銅貨】。昔、誰かがこの池に願いを掛けて投げた銭。大きな額じゃないけど、当人の精一杯だったのか、込めた願いの真摯で一途だったのか、その銭を抱いた蛙はヌシとなってこの池に君臨し、時に人の願いを叶えるという。 池に点々とある石を渡って【縦断】する。 小さな祠、ここにも貨幣がいくつか。相当に旧い物もある。 この辺りの空気の神妙さ。ヌシの霊威によるものか。この辺りの領域を司る金魚たちも、透明に輝く鱗のほのかに桜に染まり、他よりもずっと厳かに泳ぐ。 森の静謐さ、樹々を縫って差し込む光の燦めく、池に流れ込む沢のささめき、それぞれに金魚の静粛な姿が映る。 池の方に向き直り、呼びかける。 「呼んだか、ヌシよ」 「呼び立てて済まんな」 すぐに応えのある。顎に白髭を蓄えた妙に威厳のある蛙が、渡ってきた石の一つに鎮座していた。 「で、何用だい?」 老蛙は思案気に白髭をしごいて唸る。このヌシもまた、金魚からなる。ヒレの長い、真っ白で美しい金魚。周囲の霊威と交感する。 「言い難いことなら言わなくても良いよ。僕は面倒事が苦手なんだ」 面倒臭いしね。 「おヌシの物臭加減は儂も知っておる。が、今回は手伝って貰いたい」 おやま。それは、面倒事だと言うことだね。 「うむ」 やれやれ、僕は慈善家なんかじゃないんだけどね。 ^ 白い世界にいる。 白いと感じたのは、光が溢れているから。眼が慣れると、きらきらと輝く湖の畔にいる。輝いているのは……、凍ってる? 「ここは?」 「春の寝殿じゃよ」 蛙の応える。 いや、これのどこが春なのか? 「春の寝殿だったと言うべきかのぅ」 どういうことだ? それにしても寒……くもないか。 「あんたかい?」 老蛙に尋ねる。 「儂には致命的じゃからな」 だろうね。ヌシといえども、蛙だしね。 白い霊威をまとった金魚が、萌えるような真っ赤な金魚とペアで周囲を泳いでいる。それが、物理世界敵には、温かな熱を発している。老蛙の使う霊威の顕れ。 このタイミングで冬眠されても困るしね。 「で、どういうことだい?」 「ふむ……」 老蛙の語るに、ここは元々、春の神殿と呼ばれる異界だった。それがある日突然こんなことになったと。どうも、異界がすり替えられたらしいと言うのが、山のヌシ連中の憶測。それだけで済めばまだ良かったが、姿を見せぬ何モノかは、変わらずここが春の神殿だと主張し、崇め讃えよ、さもなければ、春を遠ざけ、冬を呼び込むぞと山の生き物たちを脅している……のだそうだ。 なるほど、良く分からん。 「【捏造】か」 「微妙な言葉の選択じゃが、まあ、そんなところかのぅ」 思案顔で白髭をしごく老蛙。 「神域ごと捏造するとは剛毅なことだな」 「感心してどうする」 ま、凄いものは凄い。馬鹿馬鹿しいとも言うけども。 「これをなんとかしろと?」 「出来そうかいのぉ」 「僕に聞かれてもね。あの人がどう思うか次第じゃないかな。僕としては、恩もあるし、否とは言わないけどさ」 「覚えておったのか」 「まあね」 ちょっとだけ、昔の話しだ。強いて思い出したいとも思わない挿話(エピソード)の、ちょっとした後日談(エピローグ)。 「ま、やれるだけは、やってみるよ」 「そうか、済まんのぉ」 「面倒臭くなったら、撤退するけどね」 「おヌシらしいが、それで良い。頼んだ」 やれやれ、 「頼まれちゃったな」 ^ というわけで。 山場(クライマックス)。 「時間がないんだ、面倒臭いし」 開口一番、そう切り込む。 相手の反応は……、ガン無視かよ。 しとしとと冷たい冬の雨が降り濡つ。 青黒い流線型の金魚が冷たく横切る。 「あんた、望みは何だい?」 重ねて問う。 ぎろりと冷眼を突き刺すそれは、鍛え上げた鋼のように鉄黒く、凍て付くように蒼白い金魚たち。 ぽつりと漏らした言葉。 「なぜ、私ばかりが」 苦渋の声。 ヒレのささくれ、背のねじ曲がったどす黒いモノ、かつて金魚だった、ひねて捩れたなれの果てが、苦悶にのたうち、這い泳ぐ。 「硬いなぁ、あんた。表情が硬すぎるよ」 恨み節なんかどうでも良い。そんなもの聞いてたって、何の益もない。 「とりあえず、その辛気くさい顔、どうにかならないものかねぇ」 と言うと、一層非道い顔で睨まれた。 やれやれ。 ポケットに隠し持っていた一匹の金魚。眠っているそれが、外気に触れてぷるんと揺れると、小さな姫君の姿に。 「お目覚めかい」 語り掛けると、こくこくと肯く。 円らな瞳がきらきらと輝いて、にっこりと微笑む。柔らかくて、優しくて、朗らかで、温かい、そんな笑顔。 ふと振り向くと、そこにそれがある。 金魚だった姫さまは、袿の袖や袴をヒレのようにして、ふよふよと浮かんで宙空を泳ぐ。 狼狽えたのは、それ。 姫さまの笑顔を眩しげに見蕩れ、ほんのわずか口元をほころばせる。 けれど、 「私に触れてはいけない。私は冷たい。触れたもの全てを凍て付かせてしまう」 畏れるように身動ぎし、恥じるように顔を隠そうとする。 それも構わず、お姫さま、ふよふよと飛んでいく。天女が天を舞うように。 「なんということだ」 そして、ぽすんとそれに乗っかる。畏れるでもなく、凍えるでもなく、嬉しそうに、微笑んでいる。 「どうやらあんた、自分を冬そのものだと思い込んでるようだけど、そうじゃないだろ?」 顔を上げ、不思議そうに見詰める。何を言っているのか分からないという風だけど、思い当たることもあるのか、眉根を寄せ、心の引っかかりを捜そうとする。 相変わらず畸型の金魚。でも、さっきよりは随分とましになってきた。鱗の彩合いがほんの少しだけ、明るい。 「あんた、この山の冬を任せるってあの人に言われたみたいだけど、それってのは、冬を招くってことでも、冬の寒さを厳しくすることでもないんじゃないか?」 はっとして、おもむろに表情を変える。 「あの人に出逢う前、あんた、どうしてたんだよ?」 「私は……」 「ん?」 「私は、冬に籠もる者の安寧を願っていた。寒さに凍えることなく、ゆっくり見も心も休めるように。そして、早く温かな春が訪れるように祈っていた」 「そうだ、それが冬のヌシであるあんたの姿だ、忘れたのかい?」 「忘れていた。そして、思い出した。私は冬に身も心も取り込まれ、私自身が冬であるかのように振る舞っていた。私は、私自身であることを忘れていた」 愕然と膝を落とし、累累と涙を流す。 「そういうことだね」 「どうすれば良い? 私はこのような姿になって、心は凍え、厳しい寒さをもたらすことしか出来なくなってしまった」 「仕方ないね。祈れ。僕も一緒に祈ってやるから」 すると、この異界を全ていた金魚たちが、一斉に涌き立つように泳ぎ始める。身体の色が変わり、青や黒から、赤や黄、白、ピンク、艶やかな色彩に染められ、ヒレを広げ、踊り狂う。 金魚大祭(カーニバル)。 まるで乱れ咲く華火の如くに、金魚たちの饗宴、あるいは狂宴。 その騒ぎに、異界そのものが揺らぎ、揺さぶられ、彩に満ちあふれ、そして…… 春の神殿。 草木が芽吹き、鳥が囀り、花が咲く。 花の上にちょこんと座るお姫さま。 「あなたがお戻りになるのをお待ちしていました」 とそこには、一頭の、穏やかな目をした熊。 「わたしは、あなたから山の生き物たちを託されるのが、とても嬉しかったのですよ?」 熊の目に、温かい春の泉のように涙が溢れる。 「私は、この山で私の役目を果たそう」 「そうすると良い。これから夏を迎え、生を謳歌した者達が冬になって身を休める時、皆、あんたの温もりを感じながら眠りに着くことだろう」 ^ 山の池にいる。 「なんだか、子供の読み物みたいな成り行きだったな」 ぽちょんと水の跳ねる音。蛙が一匹、池に身を投じた。 「ありがとう」 と言う言葉が聞こえたような気がしたけど、気のせいだったかも知れない。
(。・_・)ノ
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