まるで現実味がないという意味で現代ではありません ( No.1 ) |
- 日時: 2011/03/23 23:33
- 名前: とりさと ID:tIoe8XIE
それは、お月様がまぶしい光で宵闇に介入し夜を照らす中、手弁当で人を働かせるという鬼畜生な計画だった。 「今日は休日……今日は休日……今日は休日……」 ぶつぶつぶつと、暗闇よりもなお暗い怨嗟が呟く。陰気で病的なまでに悪い顔色のせいでその様子は亡霊のようにしか見えないが、影崎はれっきとした正義の味方の一員である。 「しかも深夜出勤……しかも深夜出勤……しかも深夜出勤……」 いまは待機中だった。人待ちである。目の前には、窓が全部黒塗りという超絶怪しいオフィスビルがあった。 しかし、昔の正義の味方であれば休日の深夜出勤などありえなかった。正義の味方がおかしくなったのは、とある少女が悪の組織を裏切って正義の味方になってからだ。彼女が入ってから、影崎の愛する職場は変質していしまった。 「なのに割増給料なし……なのに割増給料なし……なのに割増給料なし……」 もともと、正義の味方は頭すぽぽーんのリーダーのもと、すちゃらかな管理体制で動いていた。しかし、またたく間にして正義の味方の影の総帥として君臨するようになった少女は、それを一新。労働の引き締めに入ったのだ。 そうして出来上がった整然とした労働管理体制。一種の心地よさすら感じられる緊張感が漂うようになった職場。働くのが喜びです、と顔を輝かせて言い切る人同僚すらもいる。 「どころか残業代もない……どころか残業代もない……どころか残業代もない……」 だが影崎の信条は怠けが旨だ。整った労働環境など良い迷惑でしかない。自分の仕事を終えさえすれば十時出勤三時帰宅が許されていた時がなつかしい。そう。影崎はもともと後方支援にいたのだ。それが、隠していた戦闘能力を影の総帥に見抜かれて、無理やり前線に放りだされた。恨み事も積もろうものである。 「労働法はどこ行った……労働法はどこ行った……労働法はどこ行った……」 「おいおい、労働法?」 その影崎積年の怨嗟を、はんっ、と笑い飛ばす人間が現れた。 「そんなもの、正義を愛する心があればへっちゃらなはずだぜ」 現れたのは、正義の味方のリーダーである。あらゆる意味で影崎と対極に位置するうざい人物だ。今回も手弁当の仕事だというのに、無駄なやる気が満ち溢れている。 「……ちっ」 あからさまに舌打ちしてやる。リーダーは頭が残念な熱血男だ。最近ではことあるごとに影の総帥にふるぼっこにされている。そのときばかりは影崎も、鬼畜生な影の総帥ばんざいと思える。 「で、悪の組織は?」 影の総帥は理不尽としか思えない危険な役目をいつもリーダーに与えている。性格的にもリーダーのポジション的にもその役目は適しているとは思う。毎回生きて戻るから、能力的にも適任なのだろう。ただ、リーダーが任務から戻ってくる度、影の総帥が「あいつ、なんで死なねえのかな……?」と、素の性格まるだしで首を傾げているのを影崎は知っている。 「あの、ビルだ……」 リーダーに言葉をかけるのもおっくうだが、それが任された役目である。影崎はのろのろと目の前のスーパー怪しいオフィスビルを指差した。 今回も、リーダーひとりで悪の組織の支部を潰して来いとかいう軽く不可能な命令だ。影の総帥的にはリーダーに「死ね」と言っているのに間違いない。腕まくりをしてやる気を出しているリーダーは絶対に気が付いていないだろうが。 ビルから一人の男が出てきた。どうやらこちらの存在に気がついたらしい。この支部のエースだろう。一見してタダものでないのは分かった。 「ほう」 リーダーも男の力量を見抜いたのだろう。思わず、といった感嘆の息が聞こえた。 男がこちらを挑発するように、にやりと笑う。こいよ、とでも言わんばかりだ。 自信満々なことだ。そしてそれに見合う力量も確かにある。相手にしたくないな、と素直に思った。 だがそれでも揺るがないのがリーダーだ。 「よし。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」 コンビニにでも行くような気楽さで、リーダーが男に向かって悠然と歩いていく。 「……逝って、来い」 影崎の言葉に応えて、リーダーが片手を上げる。ひらひらと腕を振り 「影っち、心配なんて無用だぜえええぇぇぇ――!?」 その姿が、ずぼっと落ちて消えた。 影崎はぽつり、と呟く。 「誰も、心配なんてしてない……」 どうやら落とし穴に落ちたらしい。アスファルトに落とし穴をつくるとは、さすがは悪の組織。意外性に富んでいる。 「あれ、マジで落ちちゃったよ……」 悪の組織の男は、拍子ぬけたようにぽりぽり、と頬をかいている。誰が考えたか知らないが、まさかこんなアホな策にはまるとは思っていなかったのだろう。ちなみに影崎だったら絶対にひっかからない。 「こんな罠、冗談だったのに。死んではないだろうけど……いいや。とりあえずセメント部隊出てこーい」 ビルからわらわらとセメント袋を持った男たちが出てくる。工事道具が並べられセメントが混ぜ合わされ、あっという間に埋め立て工事が始まった。わざわざそんな部隊を用意しておくとは、ジョークに対しても手を抜いていないようだ。 『先輩! ほら、私の作戦がばっちりはまりましたよ! 正義の味方のリーダー打ちとったりなんて功績があったら、情報部入りは間違いないんですよね!』 「ああ、お前はいつだって俺の冗談を真に受けてくれる楽しい後輩だぜ」 『は……え、もしや、騙した……? また……っ、このクソ先輩戻ってきたら覚えてろよぉおおお!』 多分小型の通信機を装備しているのだろう。影崎の鋭敏な聴覚は、微かに漏れるその会話を拾っていた。 そんなアホな会話の間も、男は微塵も油断を見せない。こちらとリーダーが埋め立てられつつある足元への警戒もおこたらない。 「で、あんたはやるのかい?」 「……」 まさか、である。影崎にはやる気など元よりない。 影崎はくるりと踵を返した。 「……帰ろ」 影崎は男に背を向け、ふらふらと歩きはじめる。もともとこの特攻作戦は、リーダー一人に任されている。影の総帥から下された命令は「あのうざいリーダーを窮地に追い込んでください。できればとどめを」というものだった。まったく、その為に影崎の休日を削るなんて、鬼畜生この上ない計画である。しかも無給なのだ。信じられない。 コンクリ詰めされた人間にわざわざとどめを刺すのはめんどくさい。リーダーが死んでいるかどうかは微妙だが、役目は充分に果たしただろう。 悪の組織の男も、影崎を追いかけてまで戦おうとはしなかった。調子の狂ったようで後ろ頭をかきながら、ビルの中に戻って行く。 「直帰、か……」 日が変わる前には、家につけるはずだ。影崎は帰路につきながら、空を見上げた。 まんまるのお月様が、まぶしかった。
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ロクに本を読んでないから、色々とダメになってるんだ……もっと、本を読もう。そんな決心をしました。
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