Re: 即興三語小説 ―不快指数が高い時期です 投稿がなかったのでいくつか変更して延期します ( No.1 ) |
- 日時: 2014/06/29 21:03
- 名前: しん ID:IlAq8wdA
題:海の魔女
海には魔女が棲む。 歌声がきこえたら、警告でありすぐに引き返さなければならない。 そうしないと、海に閉じ込められ、二度とひとまえにでることはできなくなる。 それが海の掟なのだから。
船員の顔には悲壮感が漂っていた。 前の漁において、まともに魚がとれずに今度こそと、リベンジを心に秘め挑んでいた。その想いが碇となりみなの心に重しになる。 また、今回も魚がとれないのかと、必死に海面を祈るように見続ける。 いつもならば、見張り数人にまかせて、呼ばれるまで待機している者たちも陽にやかれるのをいとわず、ただ海をみつめていた。 いつまでも海にでつづけているわけにはいかない。食料は漁とはいえないほどとはいえ海の魚をとり食すことができるのだけど、真水がない。 ついていないときは重なるもので、出発してから一ヶ月がたつが、雨はふらず飲み水がつきかけていた。 ぎりぎりまで漁をするために進みつづけてきたけれど、限界がきた。いや限界はとうにきていただけど、精神力がそれを凌駕させていたにすぎない。これ以上はさすがに死人がでる。 そのとき、見張りから声があがった。 魚だ! 魚がいるぞ! 漁の見張りが魚というのだから、それは当然魚群である。 気力なくうなだれ、顔をあおざめていたものも、まるでよみがえったかのように、喜色をあらわし、走る。 魚群においつこうというそのとき、魚群の向こうから歌がきこえた。 ここで引き返すことは絶望を意味し、みな聞こえないことにしてしまった。一部の人々は引き返そうといったのだけど、大勢は耳をかさない。 魚群をおいつづけて、歌声はいつしかはっきり、高らかになっていた。 そして漁をはじめようと、網をだしたときだった。 海の中から突然大きな波があらわれ、漁船を転覆させてしまった。船員はすべて海になげすてられた。 一瞬の出来事でなにがおきたのかわかる者はいなかった。
男は偶然板切れをつかんでいた。 大きな波が絶え間なく続き、のみこまれては浮かび、のみこまれてはうかぶ。それを何度つづけたのかはわからない。上下左右もわからず、ただ板にしがみついた。口をあけると海水がはいってきた。 少しおさまったかとおもい目をあけると、目前には闇がひろがっていた。 巨大な闇。そこに二つの目がひらかれ、それをみたとたん意識は闇へとおちた。
男は床に寝かされていた。 目をあけると光がはいり、闇からぬけだしたことを悟った。 あの一瞬で船を転覆させるほどの波のなか生き残り、近くの島へたどりついただけで奇跡だというのに、さらにひとにたすけてもらったらしい。 ぼーっとしていると、家人がかえってきた。 年のころは、二十歳くらいだろうか、美しい娘だった。 見た目だけではなくて、心も美しく、かいがいしく世話をしてくれて、食事をあたえてくれた。 娘は一人暮らしらしく、他に家族はいないようで、家のそばで椿を育てていた。季節がら花はついていなかった。 男はしばらくすると、動けるようになった。他に浜にたどりついた仲間はいないかと、尋ね、村をきいてまわった。 浜にいって、せめて体だけでもうちあがっていないかと探してまわった。村をまわるときも、浜をあるくときも危険があるかもしれないと、娘がついてきてくれた。 村民たちは、冷たく、あきらかに話したくないようだった。娘がいなければ何ひとつ話をきくことはできなかっただろう。でも結果はかわらなかった。 誰ひとり、体ひとつみつかることもなかった。 食事はいつも魚だったので、この村でも漁にでているのだとおもい、体が動くようになったのだから漁を手伝うともうしでたのだが、娘は首をよこにふるばかりで、何もおしえてくれなかった。 せめてと釣りをして、自分の食事分を稼ぎ、蒔をわった。 男が蒔をわっているとき、娘はいつも椿にみずをやり、ながめていた。 花が咲く頃には二人は恋仲になっていて、男は椿の花飾りをつくり、娘に贈った。すると娘はとびあがって喜び肌身離さず髪飾りをつけるようになった。 男は娘の様子をみて、夫婦になろうとおもった。 男は日をみて、うちあけた。 娘はこまったようにしながらも、顔をあかくして、俯いて、うなづいた。 ずっとこの村で一緒にいてくれるなら、と。 男は、わかったといいつつ、ただ自分の両親に一度、伝えにいかなければならないと言った。 おそらく両親は男のことを死んだとおもいかなしんでいるはずだから、せめて生きていて、お前と一緒にくらしていると伝えてあげないといけないと。 娘は、それをきいて、あきらかに衝撃をうけて、ひきとめた。 だめ、村の衆がゆるしてくれない、と。 その言葉は残念なことに男の胸にひびかなかった。 村の人々は男につらくあたった。ときに、あわせて娘にもつらくあたったのだ。そんな村の人々がゆるさない、といったからといって何があろうか。 男は船乗りだから、この村の、島の位置を星から計算できたから、必ず帰ってくる。帰ってこれるのだと、娘にいいきかせる。 この村では、漁をしているわりに船をみない。いやあったところで、ここの村人達がかしてくれるはずがない。この泥沼の状況をぬけだすために船をつくった。 小さな船だった。 それでも嵐にでもあわないかぎり、男は海を渡る自信があった。 男は明日、船にのり、いってくる、必ず帰ってくる。と娘にいった。 娘はだめ、いかないで、村の衆が、と泣いた。 次の日、男は朝娘がねているあいだに船にむかった。途中、娘がおいかけてきて、大きな声で、やっぱり村にきづかれた! といってきたので、村のひとびとにおいつかれないように、船へと走り、急いで船をだした。 船をだして、岸をみても人影はひとつしかなかった。娘のものだ。村のひとびとはあきらめたのだろう。船にのってしまえばこちらのものだ。 順風満帆だとおもっていたけれど、昼頃になって闇があらわれた。 空は陽がてっているのに、このあたりだけが暗い。不気味な闇。 不思議におもっていると、海面が黒いのだときづいた。 そして歌がきこえた。 まずい、とおもい歌がきこえる方向とは違う方向へすすむとうして耳をすませてみると。 歌に囲まれていた。全ての方向からきこえてきているのである。 逃げる、といっても逃げる方向がない。途方にくれた。 突如、大波がたち、船が大揺れした。 漁船のときと一緒であるけれど、規模はちいさく少しとおかった。 そして男は波をたてた正体をしった。 クジラだ! この闇は、すべてクジラの影だったんだ! すさまじい数のくじらが背のみで姿をあらわし、潮をふき、ときにとびあがる。けれど、不思議なことに漁船のときのようにすぐそばで立ちはだかり、転覆をさせにはこない。あの漁船とくらべればこのちっぽけな船をひっくり返すのは簡単なことのはずなのに。 怒り狂ったようにとびまわりこちらに近づいてくるクジラがいくつかいるのだけど、ひとつの黒い影が間にはいり、身を挺してとめていた。 飛び跳ねてこちらに向かおうとしてくるクジラに、そのクジラはとびあがり、とめたときに、男はみた。 守ってくれているクジラのヒゲに、椿の飾りがついていた。 男はさとった。
男は、二度とその姿をひとまえにさらすことはなかった。
|
|