Re: 即興三語小説 ―二月が逃げるようにおわる― ( No.1 ) |
- 日時: 2014/02/24 00:39
- 名前: 苗穂乂 ID:14IXUu5Y
ドイツのパンはどっしりと固い
千葉のシンデレラ城のモデルになったというノイシュバンシュタイン城をあとにして、ボクらはとても気まずくなっていた。 シンデレラ城が商業主義のハリボテだとしたら、そのモデルとなったバイエルンの城も狂った王が中世に憧れて近代につくらせたハリボテに過ぎなかったからだ。城の中を見学しても、玉座も台所も広場もとても陳腐だし、最も力を入れてつくられたという地下の湖の間に至っては、安っぽい映画のセットを見せられた気分になったのだ。 「私達ったら、あんな偽物のお城をさらにまねしたお城のあるところで結婚式を挙げたのね」 初デートの思い出の場所だったTDLでの結婚式には友達も大勢駆けつけてくれた。 ベイエリアのホテルでの披露宴でも大喜びだった。 ちょっと背伸びしてやってきたドイツのロマンチック街道の新婚旅行。 夢見がちな彼女との新生活の門出にふさわしいと思っていつもよりも残業増やして資金をためてやってきたのに。 もしかしたら成田離婚コースかななんてことが頭をよぎり泣きたくなる。 ボクはそんな弱気を覚られたくなくて、わざとぶっきらぼうに彼女に話す。 「そんなこと言うなよ。キララだって楽しんでたじゃないか。それより、早く汽車に乗らないと、ミュンヘンの博物館に間に合わないぞ」 「せかさないでよ。時間が遅くなったのは、ユウタが英語もドイツ語もわからなくてバスを間違えたからじゃない。披露宴のあとそのまま成田で飛行機のって、ミュンヘンまで直行便があるのに、お金ケチって、イスタンブルール経由の飛行機で休みなしできたから疲れたのよ。モウ信じられない。新婚旅行ケチるような貧乏男とこれからやってけるのかしら」 わめき散らすキララの暴言にボクは切れそうになるが、バスの中で周りの外国人——ここでは、ボクらの方が外国人だけど、英語でもドイツ語でもない訳の分からない言葉を話す観光客だらけなので、彼らだってたぶんドイツの外国人だ——が冷ややかにボクらを眺めているような気がして、気後れして声も小さくキララをなだめる。 「わるかったよ。そうおこんないでくれよ。ミュンヘンに行ったら、熊のぬいぐるみやおもちゃの博物館にいって、それからビールとソーセージだからさ」 「ホンと信じられない。『熊のぬいぐるみ』じゃなくてシュタイフって言ってくれる? ドイツにいこうって言い出したくせに何にも知らないのね。それにビールやソーセージって気分じゃないの。疲れたからついたら早くホテルに行きましょう。あー、でもとっても疲れているからユウタは同じベットじゃなくてソファーで寝てよね」 これだけ罵声を浴びせられてもボクはなんとか自制した。結婚するとオトコを大人にするというのは本当だな。以前だったら、デジタル式にいきなり切れていたけれど、いまではアナログ時計の短針のように怒りもゆっくりと少しずつしか高まらない。 結局ボクらは、汽車でミュンヘン駅に着いて、そこからタクシーでホテルに向かい、彼女はさっさとキングサイズベッドを一人で占領してふて寝をしてしまった。ボクは、稼ぎのことや語学力のなさまであげつらわれて、もはや彼女を取りなす気も失せて、一人で街に出かけた。 みんなや両親へのお土産はなにがいいかなあ……ミュンヘンの名物って何だろう……あの良く見るメガネみたいなパンだとしょぼいし、ビールのジョッキは重そうだし——なんて一人で街を歩きながら考えているともうどうでも良くなって、ボクはビアホールでビールと茹でソーセージを頼んだ。ドイツ料理は塩辛いというけれど、その日のソーセージはさらに塩っぱく思えて、ボクは大ジョッキでビールを三杯も飲んでそのままビアホールでぶっ倒れた。 ビアホールは、ガストホフという宿屋兼居酒屋のような店だった。ボクはパスポートを持って歩いていたので店の主人が心配してそのまま泊めてくれた。 翌朝ボクは気がつくとたどたどしい英語で店の主人に礼をいい、勘定を払ってホテルに駆け足で帰った。 見知らぬ土地に一人置き去りにされたキララは、わがままを言い過ぎて捨てられたのではないかと思って、一晩中泣いていたのだろうか。さすがに憔悴していた。 伏し目がちの彼女に、「昨日の晩、何も食べていないだろう? おなか空いたろう、朝ご飯にいこう」と静かに語りかけると、下を向いたまま「ウン」と応えて、とぼとぼと廊下をついてきた。 ホテルの朝食会場は、コンチネンタルスタイルでコーヒーとパンやチーズ、ハムを自分で選んでくるビュッへスタイルだった。 ボクが彼女の分も含めて二人分とって席について、薄切りのパンの上にチーズとハムをのせて口に運んだ。 チーズやハムは薫り高くて美味しいのに、パンは黒くて固いドイツパン。ぼそぼそとして、コーヒーで流し込まないととても食べられない。 「やっぱり、キララがつくってくれる焼きたてのパンが食べたいね。日本に帰ったらよろしくね」 あれだけ昨日理不尽な目に遭わされたのに、思わず、ボクはそんな言葉を彼女にかけていた。 彼女は下を向いたまま小さな声で「昨日はゴメン」とつぶやいて、今度はボクの目を見ながらにっこりと「ウン、いっぱい焼いてあげるね」といった。
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