ふぁいやー、あいすすとーむ、じゅげむ、ばよえーん! ( No.1 ) |
- 日時: 2011/03/06 03:47
- 名前: とりさと ID:PovdWk.M
最近しきりに悪魔が訪れるようになって迷惑している。 悪魔といっても小さくて、せいぜいこぶし程度の大きさだ。真っ黒い体をしていて、こうもり羽をはばたかせ鋭い牙をのぞかしている辺りはそれらしくもあるけれど、性格によるのか、威厳もないし怖くもない。ただうっとうしいだけで、奴が来るとげんなりさせられる。 悪魔が来るのは、手段はわからない。どうやってか、空中にふいと現れる。基本、こちらの都合などおかまいなしに現れるから腹が立つ。今夜だってそうである。私が一人ささやかな晩酌を楽しんでいる時に来るものだから邪魔で仕方がない。 「なにをしにきたのですか」 「ほう、酒なんて飲むのか」 こちらの問いなんてまるで意に介さずに言ってくる悪魔に、こめかみが引き攣る。そのさも意外だという口調に、手にある日本酒をぶっかけてやろうかと短気になったが、それは勿体無いのでやめておいた。 「ええ、飲みますよ。いま飲んでいるのは日本酒ですが、ビールやカクテルやサワーも飲みます。ウィスキーなら氷を入れて水で割りますし、焼酎なら米や麦より芋が好きですね。ただ、ワインは嫌いです。高いやつならばともかく、安いワインは不味いとしか言いようがないですからね。それに、あの渋みはそうにも好きになれません」 半ばやけっぱちになって、まくしたてるように言う。 「なんだ、酔っているのか」 「酔ってなどいません」 呆れたように言う悪魔に、据わった目を返す。心外である。なぜだかこいつの発言はいちいちいらつく。正直、大嫌いである。この悪魔が来るのを阻むことができれば何としてでも止めてやるのだが、虚空から現れる奴にどう対処すればいいのか、その手段が思い浮かばないのがますます業腹である。 「で、なにか用ですか」 言外にさっさと帰れという意図を込めて言う。 「願い事はあるか」 私はそれには答えず、ゆっくりと悪魔をにらみつける。悪魔は堪えた風もなく宙に浮かんでいたが、しばらくすると虚空に消えた。 「ちっ」 品がないのは自覚しつつ、あからさまな舌打ちをする。結局、なにがいいたいのか分からない。 そもそも、何だって悪魔が私のところに来るのかもわからない。当たり前だけれども悪魔を召喚するような怪しげな儀式などしていないし、それなりに真っ当に生きているから、悪魔に目をつけられるような悪行も憶えがない。だというのに奴めはほぼ毎日訪れてくる。訪れてきてはどうでもいい話をして、その後に決まって「願い事はあるか?」聞いてくる。もういい加減にしてほしい。 私には、悪魔に頼むような大層な願い事はないのだ。
とある日のことである。休日で特に予定もなく一人で部屋にいたのだけれど、高校のときの友人から、買い物をするからぜひ来い、一人では淋しいとメールを受け取った。暇をしているところに懐かしい友人からの招集がかかったわけだけれど、どうも面倒である。しかも命令形になっているのが気に食わない。そして金がない。行く要素があまりにも欠乏していたので無視しようかと思ったが、ふと、このまま一人で部屋にいると真昼間から悪魔が来る気がして、それは嫌だったので、行ってやろう、と返信を送った。 軽く身支度をすませ、なけなしの金を持って出かける。家を出ると、九月を過ぎたというのにまだ暑い。時期的に残暑も終わったはずなのに、さんさんと日が照っている。時折、寝坊な蝉の声が聞こえるぐらい夏が残っている。いくらか気が滅入ったが、約束してしまったからにはしょうがない。いまからでも断ろうかと思わなくもなかったが、とりあえず仕方がない。 待ち合わせ場所に着くと、友人が本を読んで待っていた。おーいと声を掛けるとようやくこちらに気付いた。 しばらく二人で適当な店を巡っていたが、どうも友人の様子がおかしい。一応繕ってはいるが、何やらやけに機嫌が悪そうなのだ。雰囲気が重く、会話もあまり弾まない。たまにふっと表情を消して黙り込む。そういえばこいつは不機嫌になると、その発散で買い物をする癖があったな、と思うが、不可解なことに友人は品を見るだけで何も買おうとしない。どうしたのか、よく分からない。高校を卒業してから、そんなに密な付き合いはしていないので分からなくとも当然なのだけど、やはり気にかかる。わざわざ呼び出したくらいだ、そのうち相談してくるだろうとしばらく放ってみると、案の定、とある古着屋に入ったところでぽつりと漏らすように呟いてきた。 「疲れた」 服を見ながら言う友人の言葉に何となくぎくりとしたのは、あの悪魔のせいだろう。 「どうした?」 「疲れた」 「……」 「疲れた。疲れた。疲れた。疲れた。疲れた。疲れた。疲れた」 ほとんど無表情で繰り返す友人に、私は黙ってうなずいた。 そのまま店をまわって、結局二人とも何も買わずに別れて帰った。友人は別れ際に一言「ごめんね」と付け足して、私はやっぱり何も言わず、ただ笑って答えた。 家に帰って一息ついたが、どうも友人のことが気にかかって何をする気も起こらない。もっと親身にすべきだったろうかといまさらながら悩んでしまう。とはいえ、ただ言いたいだけという友人の気持ちも何となく分かるのだ。何かを言って欲しくはない。ただ、どこかに吐き出したいだけなのだ。だからあまり会うこともない私を呼び出したのだろうし、そういう気持ちは理解できるから、これ以上突っ込んでいくのもはばかられる。 「何か悩みでもあるのか」 突然に背中から声をかけられて、文字通り飛び上がるほど驚いた。振り向くと悪魔がいて、こいつに驚かされたかと思うと必要以上に腹が立った。 「ない」 殊更素っ気無く言うが、堪えた様子もない。こいつを見ていると何故だか気分が悪くなる。だから私は悪魔から少し視線をそらした。 「何か悩んでいるのではないのか」 「私の悩みじゃないよ」 再度の問いかけに、顔をしかめて返答する。悪魔が来たということは、と外を見やると、いつの間にやら夜になっていた。 「人のものを抱えて、難儀な」 「うるさい。勝手だろうに」 とがった口調で吐き捨てる。 悪魔は少し間違っている。抱えているわけではないのだ。抱えてやるほど助けにはなっていない。そんな自分を自己嫌悪しているだけなのだ。 「そういうのを抱え込むというのだ」 何も言っていないのにまるで心を読まれたような、わかった風の口調で悟されて、ますます仏頂面になる。何故よりによって悪魔なんかにそんなことを言われなければならないのか。 「願い事はあるか?」 「ない」 ちらりと友人の顔がかすめたけれど、そうはっきり言い切ると、悪魔は宙に溶けるようにして消えた。それを確認してから、ふうとため息をつく。 窓から空をのぞくと、星はなかったが丸い月あった。今夜は満月だったか少し驚き同等に得した気持ちで思う。夜空に一点の満月が浮かんでいて、私はそれにしばし見とれた。
外は、風と雨が支配していた。昼が半分過ぎた程度の時間で薄暗く、轟々とうなる風に乗った雨音が、この年になっても少し恐ろしい。意味もなく心がさざなみだってわけもなく不安になったりするのだけれど、それを押さえ込めるぐらいの分別はある。 こんな日にまさか出かける気にもならず、私は部屋でじっとしていた。部屋の中は動くのに不便なぐらい暗くなっていたけれど、電気をつけるのも億劫で、机に頬杖をついてぼおっとしていた。雨戸を閉め忘れたので、窓越しに外の様子がみえる。硝子が濡れているものだから少し景色が歪んでいる。雨がざあっと鳴って家の周りを囲んでいる。空気が重い。雨音を聞いているうちに、何か閉じ込められているような圧迫感が強くなってきて、やはり少し恐ろしい。 今日は、家に一人である。 座っているのに堪えられなくなって立ち上がった。そのまま部屋を出る。暗かったので、床に放ってあった何かにつまづいた。確かめるの面倒なので、そのまま蹴飛ばしておく。廊下、リビング、姉の部屋と順繰りにまわっていったが、特に何もなかった。人気が無く、そのくせ雨音が溢れてしんとしない。唸りを上げる風音がちっとも落ちつかない。 居間に落ちついて、テレビをつける。それからゲームをしようかと思い立ち、ごそがそと設置する。コントローラーを操作し、次々と色とりどりのスライムを消していく。ボス戦までいって、しかし私はコントローラーを放りだした。 ことん、と寝そべる。床はひんやりしている。ざあざあと雨が降っている。どんどんとスライムが積まれていく。あっという間にゲームオーバーになる。私はそれをみている。 無性に、誰かといたかった。
その日、悪魔は来なかった。
一本のへちまが落ちていた。 台風が去った次の日のことだ。庭先に落ちていたそれは、前日の暴風に飛ばされたのか、あちこち傷んでいるもののよく完熟していた。拾いに外に出てみて、ふと気付く。 涼しい。 もはやうだるような熱気はなく、軒先につるされた風鈴に頼ることをせずとも十分に涼気を感じる。台風にその湿気を巻き取られたのだろうか、空気も、覆いをひとつ取り払ったような清澄さが肌に心地良い。いつのまにやら蝉の声が聞こえず、虫も夜の鈴虫へと姦しさが移ったようだ。暦にあるものと違い、季節には明確な境があるわけではない。だが、台風一過の晴天を仰げば空が高い。軽やかに風が吹く。 秋なのだ。
私は部屋で茫っとしていた。どの位そうして居たろうか。そう。私は部屋の椅子に座ってぼんやりしていた。そうしていると、浸浸と、何かの音が聞こえる。いつからそれがあったのか、私にはよく解らない。近いのか遠いのかすら判然としない。一人でいると音は際立つのだけれども、それでも見えない。恐ろしいような、薄ぼんやりとした予感があって私はそれが嫌だった。けれども見極めてみたくて、私は部屋で待っていた。感覚を研ぎ澄ますでも無く、ただぼんやりと待っていた。ふと外が真っ黒になっていることに気が付いた。今は暗くなるには少しばかり早過ぎる。それに、暗いわけでなく黒いのだ。黒い霧が辺り一面を覆っている。奇妙である。不可解な現象で、如何したものかと考えていると悪魔が現れた。何時もの様に何ら前触れもないが、今更驚く事でもない。こいつだろうか、と思ったがどうも少し違う気がする。外が黒くなった原因は知らないが、私が待っているものはおそらく別のものだ。もう少し待とうかと思い、悪魔のほうを見る。珍しく、悪魔は何も喋らない。ただこちらをじっと見つめてくるだけで、だから私も悪魔をじっと見つめていた。そうしているうちに、悪魔がだんだん大きく膨れてきた。そこらに置いてある家具やら何やらを呑み込んで障害にせず、だんだんだんだん大きく膨らんでいった。私はそれをじっと見つめていた。見極めたかった。膨らんだ真っ黒な悪魔の身体が目の前に来ても逃げようとは思わなかった。不思議と心は平静で、何の感情もない。私は悪魔に呑まれた。呑まれる際、何の衝撃もなかった。悪魔の中には何にもなかった。多分そのおかげだろうと見当が付いた。ただ座っていたはずの椅子が急になくなって、思い切りしりもちを付いた。勢いの割に痛みはなかったが、やや憮然とする。立ち上がり辺りを見渡してみたが、黒いくせに暗くはなく、ただ広くがらんどうな所である。他に呑まれたはずの物もないのが少し不思議だった。私一人があった。そこへ、ふっと悪魔が現れた。身体の色が背景に溶け込んでわかりにくかったけれど、確かに悪魔だった。ここは悪魔の中なのに何故、とは思ったがそれはどうでも良かった。 「願い事はあるか?」 いつものように悪魔が訊ねてきたのに、私は何だか胸が詰まってしまった。 「何もない」 「何かあるだろう」 「知らない」 「お前自身のことだ」 「見えない」 「逸らしているだけだ」 「聞こえない」 「耳を澄ませ」 「触れない」 「手を伸ばせばいい」 「だって」 何故だか、涙が滲んできた。これ以上は言いたくなかった。悪魔は、それを許さなかった。なんて酷いのだろう。目の前にいるのは、間違いなく悪魔だ。 「私には、何にもない」 「そうか」 「希望も目的も好きなものも嫌いなものも、何にもない。それに気が付いた時、戦慄した。何もないということが、あんなに恐ろしいとは思わなかった」 ひどくひどく空虚な穴が、ぽっかりと。 自分の中にあったのだ。 「私は、何かになりたかった。自分の中に何かを確立したかった。けれども、よくわからなかった。何かになるための方法も、そもそも何になりたいのかも。よくわからないまま時間ばっかりすぎていって、世間では充分大人と認識されるような年齢になっても自分が何になれたのかよくわからない。職を持って働くことが何かになることだと思っていたけれど、そうじゃなかった」 結局、私にはわからなかったのだ。私の求めていた何かに、私はなれなかった。私は、自分のことがどうしようもなく嫌いで、自分のことをどうしようもなく諦めていた。 「私は、どうすればいいんだ」 すがりつくように、訊いた。願い事を叶えてくれるはずの悪魔に、私はそう訊いた。 悪魔は。 「詰まらんな、お前は」 けらけらけらと。 悪魔は笑っていた。ひどく満足したように笑っていた。 「もう、用はない」 消えていった。 私は、元に戻った部屋で一人呆然と突っ立っていた。 「知っているよ、そんなことは」 どこまでも空虚な部屋で呟かれた言葉は、薄く広がって消えた。
-------------------------------------------------------------- 繋がりないし、半端に終わってる……。しかもお題と縛りの使い方がひどい。反省してます。
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