Re: 深呼吸する言葉 ―一気に冬支度― ( No.1 ) |
- 日時: 2013/11/04 13:25
- 名前: 鈴木理彩 ID:0XJsH432
昔々、とある国のとある村に、一人の女性と一匹の蜘蛛がいました。 彼らは不思議と言葉を交わすことができ、持ちつ持たれつ、協力しながら日々の暮らしを楽しんでいました。 これはそんな奇妙なコンビの、出逢いに至る物語。
とある山の奥深く。人間はまず入らない奥地には、多くの蜘蛛が住んでいました。 この蜘蛛たちは魔力があることでも有名で、魔力の強いものは魔女のお供に、弱い者は魔女の作る薬の材料にされていました。 しかしだんだん魔女狩りが多くなると、蜘蛛の先祖たちは森の奥へと逃げていきました。 それから数十年か数百年か、とにかく長い長い時が過ぎたころ。 紅葉が美しくなるこの季節、必ずと言っていいほど、ある一つの話題が持ちきりになります。それは、山の奥深く、一度入ったものは生きては出られないといわれる洞窟の一番奥には、どんな虫よりおいしくどんな蜜より甘いカボチャがあるという言い伝えです。 若い蜘蛛たちは、集まるといつも「きっと危ないって言ってるのは嘘で、長老たちが独り占めしてるんだ」「いや、洞窟には巨大な蜂が住んでるらしい」というようなものから、「山の神様の宝物らしいぞ」などというものまで、ありとあらゆる噂話で盛り上がります。 あるとき、一匹の蜘蛛は考えました。 「そうだ、カボチャ探しに行こう」 唐突に思い立った蜘蛛は、家族に「旅に出ます。探さないでください」と、色々と抜け落ちた置手紙を残し、その日のうちに出発しました。その蜘蛛は若く、体力も狩りの技術も優れていましたが、残念ながら頭のほうは幼少期で止まっていたのです。
一方その頃、とある国の城の近くには、養蚕をして暮らす若い娘がいました。娘は親もなく、のんびりと絹を作っていましたが、あるとき城主催の絹コンテストにボロ負けし、彼女の闘志に一気に火が付きます。そこで聞いたのが、「かつて魔女に仕えていた蜘蛛の糸は、どんな蚕よりも素晴らしい」という噂でした。 娘は夜になると黒装束に着替え、こっそり村を抜け出しました。独り暮らしなのでこそこそする必要はなかったのですが、ちょうどそのころ、とある漫画で読んだニンジャというものに憧れていたからです。 そのまま森に入るかと思われた娘でしたが、一度だけ家に戻ります。 かつて魔女狩りで殺された母親の唯一の形見、魔法のカボチャを忘れていたからです。 月の綺麗な夜、彼女がこそこそと駆けていく行く様子はとても異様に浮かび上がって見えました。 彼女は知らなかったのです。当時、忍者が着ていたのは黒ではなく紺や茶色だったという事を。
一日がたち、蜘蛛はようやく洞窟に着きました。そこは思っていた以上に暗くじめじめしていましたが、おいしいかぼちゃのためです。負けるわけにはいきません。 蜘蛛はそろそろと足音を忍ばせて進んでいきます。しかし彼は忘れていました。彼には、足が八本あることを。前にばかり気を取られていた彼は、後ろの足が小さな石をひっかけていることに気付きません。次の瞬間、石は大きな音を立てて下へと落ちていきました。 「やっべ。バレた?」 そう思った時にはすでに、不吉な音が近付いて来ていました。蜂に次いで第二の天敵、ヤモリです。彼は一目散に逃げ出しました。しかし敵が見逃してくれる筈もありません。獲物を見つけた猫の如く、あり得ないスピードで襲い掛かります。 もう駄目か、と諦めかけたその時、暗い洞窟に一筋の光が差し込みました。 「カボチャよ、カボチャ、伝説の蜘蛛を照らして下さいな」 女の声です。それも人間の。いや逆か。 混乱気味の蜘蛛を置いて、ヤモリはさっさと逃げていきました。 ずっと暗い洞窟内で生まれ育ったヤモリにとっては、わずかな光でも強すぎたのです。 一安心した蜘蛛は、再び洞窟の奥を目指して進んでいきました。
村を抜け出した翌日。ようやく森の奥の洞窟にたどり着いた娘は、持ってきた蝋燭に明かりを灯しカボチャに装着すると、早速カボチャに行先を告げました。しかし、カボチャは言うことを聞いてはくれません。行先が場所ではないので当然です。しかし彼女はくじけませんでした。神妙にお願いしてみたり恐喝してみたりしても、やはり聞いてくれません。あきらめた彼女は最後に、拾った枝に火をつけると笑顔で言いました。 「てめえ、聞かねえと燃やして食糧にすんぞ。あ゛あ゛ん?」 カボチャは光り始めると、やがて洞窟の中に向かって、一筋の光を伸ばしました。 気をよくした彼女は、カボチャの近くに即席の松明をチラつかせながら進んでいきました。 やがて道は、二手に分かれます。光も、そこで途切れてしまいました。 訝しげにカボチャを小突いた瞬間、小石が転がるような音がしました。 しかしそのまま、特に何事もないままです。しばらくして、カボチャは再び道を照らし始めました。
ヤバい、完全に迷子だ。 蜘蛛は、かつて無いほど焦っていました。というのも、道が妙に湿ってきていて、何やら不吉な羽音まで聞こえ始めていたからです。 もしも羽音の正体が蜂なら、間違いなく命はありません。 進むのを諦めた蜘蛛は、少し戻ったところにもう一つ道があるのを思い出しました。 蜘蛛は蜂に分からないようにそろそろと後ずさると、一目散に逃げていきました。
それから再び歩くこと一時間。洞窟の最奥部はまだまだ先ですが、カボチャは光を消しました。頼りは残り少ない松明だけです。彼女は影分身の術を覚えて来なかったことを心底後悔しました。彼女は、本当に自分の分身が現れると思っていたからです。 その時、目の前に、赤く光る蜘蛛の目が見えました。 止まった思考が動き始めると、彼女は声を上げました。
近付いてくる、人間の気配。その昔に起きた凄惨な歴史は知っていても、若い蜘蛛にとっては目先のカボチャの方が優先です。 カボチャ、取られちまうかな……。 そう思いながら岩場の影に潜んでいると、何かが目の前に現れました。
「あ、蜘蛛」 「あ、カボチャ」 探し求めていたものを前に、二人は奇しくも同じことを考えていました。 そして、出した結論もまた、同じでした。 「もしもし蜘蛛さん、あなたが伝説級の蜘蛛の糸を作るという方ですね?」 「人間さん、あなたの持つカボチャこそ、伝説級の美味しさのカボチャですね?」 二人はお互いに何の事かさっぱりでしたが、目の前の獲物を逃すまいと「そうだよ」と言いました。 娘は蜘蛛に好きなだけカボチャを食べさせることを、蜘蛛は娘の為に特上の糸を紡ぐことを約束し、洞窟の半ばもいかない内に引き返しました。
それから数ヶ月。洞窟の秘密は依然として分からないままでしたが、二人は目当てのものが手に入り、とても幸せでした。 次の年のコンテストでは、とある村娘の作った、今までに見たことがないほど美しい絹が優勝しましたが、これは再び魔女に使え、魔女の作るカボチャを食べることによって本来の力を取り戻した蜘蛛が紡いでいたといいます。
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