Re: 即興三語小説 『白いモクレンの花咲くころ』 ( No.1 ) |  
- 日時: 2013/04/04 23:26
 - 名前: 卯月 燐太郎 ID:zeQNx8K6
 
『白いモクレンの花咲くころ』
 
   吉沢が花束を持って玄関のドアを開けると、妻の菜穂子がお疲れ様でしたと迎えてくれた。吉沢は四〇年勤めた会社を定年退職して、会社から帰宅したのだった。  旋盤工一筋でよく勤めたものだ。しかしこれも自分ひとりでは出来るものではない。妻の協力があって、永年会社を無事勤めることが出来た。  菜穂子と知り合ったのも会社であった。彼女が総務で、吉沢は工場で汗水流して旋盤を動かし鉄くずを飛ばしていた。菜穂子が用事で工場に顔を出したときはきれいな女性だなと思っていた。当時は小さな会社だったので、ちょくちょく顔をあわせているうちに打ち解けた話をするようになった。同僚の結婚式の披露宴で、一緒に歌を披露したのがきっかけで付き合うようになった。  吉沢は菜穂子のことを、白いモクレンのような女性だと思った。世間に染まっていなくて大らかな感じだった。  やがて二人は結婚して、庭付きの家に住むようになった。  吉沢は庭に、白いモクレンの樹を植えた。  菜穂子と末永く平和に暮らせればと思ったからだ。  菜穂子は優しくて、美しくて、大らかな女性だった。  本当に白いモクレンのような女性だなと、吉沢は満足だった。  その菜穂子が変わり始めたのは、子供が出来てからだった。  スリムだった身体はどっしりとしてきて、子供が悪さをすると、頭に角が突き出たりした。  そこまで叱らなくてもよいものをと、吉沢が思うこともあったが、妻は子供を厳しく育てた。吉沢はまるで自分も叱られているような気もしたが、これで家庭が平和ならそれもよかろうと思った。  いつの間にか、庭に植えた白いモクレンに、紫の花が咲いた。  吉沢はそれが信じられなかったが、妻が変わったように、結婚を記念して植えたモクレンも変わったのかもしれない。  吉沢は会社を退職するに当たり、記念に腕時計をもらい、旋盤の加工の仕事で使っていた計測器のノギスももらって帰ってきた。 「お道具箱から、ノギスももらって帰ってきたのですか?」  妻が微笑を浮かべて訊ねた。 「ああ、このノギスには想い出があってね、それで記念にもらって帰ってきたのだよ」 「どんな想い出なんですか?」 「君と最初に出会ったときに、このノギスで君の掌を測ったんだよ」 「そんなことありましたっけ?」 「忘れちゃったのか? まあ、昔のことだからな」  そういいながら、ノギスで菜穂子の掌を測ってみた。 「当時と比べたら大きくなったな」 「まあ、そうかしら……」  そういって菜穂子は吉沢に掌を合わしてきた。  菜穂子の掌よりも、吉沢の掌のほうが一回り大きかった。 「あなたの掌は大きいですね、四〇年お仕事をしてきた掌ですものね」  吉沢はうんうんと頷いた。  庭に咲いているモクレンの花を見ると、紫だったはずなのに白い花が咲いていた。  吉沢は不思議な気がしたが、子供たちが自立して、そのうえ自分が定年を迎えたので、菜穂子もやっと本来の大らかな時間を取り戻せたのかと思った。  そういえば、近頃は純文学の本を読んでいる。  子供が幼いころは好きだった小説が読めなかったはずだ。  自分の時間を子供たちに与えていたのだ。  道理で白いはずのモクレンが紫色になるはずだ。  あのころは自分の時間を持てずに、精神的にもいっぱいだったのだろう。  吉沢は白いモクレンを見ながら言った。 「やっと二人の時間が出来たな、旅行でも行かないか?」 「そうねこういうのって、フルムーンというのかな」  二人が出会ったときとは一味違うが、これからは二人の時間を楽しく過ごせそうだと吉沢は思った。
 
 
  ▲お題:「腕時計」「純文学」「お道具箱」 ▲縛り:なし ▲任意お題:なし
  ●私、以前いたサイトで、三語即興文はかなり作っています。  今回の作品はそのうちの一作に、お題である「腕時計」「純文学」「お道具箱」を紛れ込ましただけです。
   次は、もっと難しいお題や「縛り」をお願いします。  まあ、縛りで5500字から6000字の間まででお願いします、とか言われると、時間的な物もあるので、書かれないと思いますけれどね。  ところで、先日の「ミーティング」はいろいろな人物に逢えてよかったです。  人の息吹を感じました。  なんと11人も集まりました(笑)。
 
   後みなさん、感想が入ったら、出来るだけ早く返信しましょうよ。  せっかく作品を投稿して、感想が入っているのだから、返信をほったらかしていると、意味が薄れますよ、作品投稿の。  まあ、人それぞれ、生活があり、時間を工面するのは難しいと思いますけれどね。
   
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