大掃除 ( No.1 ) |  
- 日時: 2012/12/31 22:21
 - 名前: RYO ID:l3eR8Hy6
 
 大掃除ーーそれは神聖な儀式である。年の瀬の、使い古した神様に深い感謝を示すとともに家から追い払い、これからの家内繁栄のための新しい神様を招く神事である。たとえ大掃除が竜頭蛇尾に終わろうとも、使い古した神様を家から追い出しておかないと、年は越せない。新年は来ないのである。  神様は大掃除を始めると、どこからともなく姿を見せる。それまではいったいどこにいるのかは、わからない。そういう意味では、大掃除を始めないと姿を現さないと言える。つまりは、いち早く神様を見つけることが大掃除の鍵となる。 「いたぞ!」  叫んだのは、この家の長、鈴木孝弘だ。昨日仕事納めをして、大掃除に燃える四十六才、課長だ。 「こんにゃろ」  箒を振り回しているのは、長男の孝史、十二才。剣道部部では部長を務める。  そんな二人の目の前をあざ笑うかのように、五センチの角刈りの神様がスキップをしながら通り過ぎていく。 「なんて素早い神様だ」  孝弘が拳をふるわせる。 「親父、疲れたなら休んでいたもいいんだぜ」  孝史が箒をくるくる回しながら、コサックダンスを踊る神様をにらみつける。 「二人とも神様もいいけど、家の中を壊さないでね」  そう言いながらどこか楽しそうなのは、母親の恵子だ。 「まだまだ、孝史には負けんよ。父親の背中は常に大きいものであることを、今ここで証明せねば、なるまい」  孝弘は内心あせっていた。もうじき孝史は反抗期を迎える。これまで素直に育ってきた孝史がさいきん口答えをするようになってきたのである。今ここで、尊敬できる父親の姿を見せないで、一体どこでみせるというのか?  孝弘は手にしていた埃たたきをいっそう握りしめる。  そんな家族をしり目に、神様がテケテケテケと、となりのフローリングに小走りに駆けていく。 「追うぞ孝史」 「わかってるよ」  孝弘は「バカめ」と、ほくそ笑んだ。フローリングにはペルシャ猫にシドがいる。あいつは小さくてうごくものには必ず反応する。 「シド、かもーん」  孝弘は思わずそう言葉にしていた。が、シドは現れない。シドの目の前を五センチの角刈り神様が走り抜けていく。 「シド、なぜだ?」 「しょせんは、猫だよ、親父」 「親父ではない。父さんと呼べ、父さんと」 「へいへい」  神様は書棚の上でほっこりお茶を飲み出す。 「なんだ、あの余裕は? それにしても、我が家の神様があんな姿であったとは、なんとも感謝のし甲斐があるのかないのか?」  課長に昇進できたのも、孝史が剣道部の部長になったのも、神様のおかげと大掃除が始まるまでは思っていたがーー 「なめられてるな」  孝史が孝弘の代わりにそう言った。 「箒よりも網がいいかな?」  箒の先をいじりながら、孝史が思案する。 「腹ごしらえが先ですよ。おにぎりを握ったから食べてくださいね」  恵子がひょっこり顔を出した。時間はまだある。孝弘は横目で神様をみる。お茶を飲みながら、一息ついている。ひとまず休戦が得策か? 時刻はまだ昼前だ。    孝弘はリビングでおにぎりをほおばる。 「うまい!」  絶妙な塩加減だ。首にかけたタオルで汗をぬぐう。思えば結婚して二十年。思えば、よく尽くしてくれた。おっとりして愚痴も言わないから気がつかなかったが、よくしてくれた。内助の功というのは、恵子のようなことをいうのだろう。 「あら、そうですか? いつもとおなじですよ。恵も手伝ってくれたんですけどね」  九歳になる長女の恵が、ご飯粒と格闘していた。大皿に乗ったおにぎりをよく見れば、形がいまいちなものがいくつかあった。恵が握ったものだろう。  大きくのこりのおにぎりをほおばる。梅の酸っぱさにおもわず口をすぼめる。 「そんなに慌てなくても、おにぎりはありますよ」  恵子が笑う。 「孝史は?」 「箒を握りながら、部屋にもどってましたよ」 「そうか」 「お父さん、私もがんばって作ったよ」  恵は誇らしげに胸を張る。 「ああ、おいしいよ」  孝弘は恵をほほえみながら、形の悪いおにぎりに手を伸ばす。  ぐにゅ。  おにぎりには似つかわしくない感触が孝弘の指先を走る。孝弘は恵から視線をはずして、手の先を見る。  神様がいた。というよりも、おにぎりの上に座っていた。恵の握ったおにぎりの上にーー 「貴様、それでも神か?」  孝弘の拳が神様に伸びる。神様はぴょーんと飛び上がり、孝弘の拳の上に乗る。 「チェストォォォォ」  孝史がそこに踊りでる。虫取り網を手に神様めがけて、振り下ろす。それをひらりと、神様はかわす。  そのとき、ぐっと伸びるホースが一つ。キュイィィィーンという音ともに、神様にホースが伸びる。ダイソンの掃除機ーー恵が神様にめがけてホースを伸ばす。  神様がダイソンの吸引力に抵抗する。ギュウゥゥゥゥとホースの口からは異音が走る。 「アイル、ビー、ばーっく」  神様はそのままダイソンに吸い込まれていった。 「さすが、ダイソン。吸引力は絶対ね」  笑ったのは恵子だった。 「ダイソン。吸引力の変わらない掃除機のCMはだてじゃなかったね。お母さん」  そう笑ったのは恵だった。 「おにぎりは?」  手を伸ばしたままとまったのは、孝弘だった。「この網は?」  捕まえたのは親父の手だったのは、孝史だった。 「まったく、うちの男どもときたら、神様一匹捕まえられないんだから。しっかりしてよね」  恵が孝史の尻めがけてダイソンを吸い込ませる。 「あなたももっとしっかりしないと、晩ご飯ぬきですからね」  恵子がにっこり笑って、孝弘はうなだれる。  今年も父親としての威厳は快復できず、終わる。  大掃除ーーそれは神聖な儀式である。年の瀬の、使い古した神様に深い感謝を示すとともに家から追い払い、これからの家内繁栄のための新しい神様を招く神事である。  神様の姿は特に決まっておらず、家族のものにしか見えない。現在は、神様を追い出すことで、家族の絆を再確認する家庭が多い。  とりあえず、この家に居候する白いペルシャ猫シドは、まだノラ猫だったらしい。
  --------------------------------------------------------------------------------- もっとコミカルになる予定でした。 時間は二時間くらいですかね。 みんな様、良いお年を 
   
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