リライト作品 弥田様 『歌と小人』 その4 ( No.41 ) |
- 日時: 2011/03/07 01:08
- 名前: 水樹 ID:SwbJT/Xw
レースのカーテンがそっとなびく。冷たい風を部屋に受け入れる。 耳を澄ましても何も聴こえない静かな一時、唯一心落ち着く時間帯。暗闇だったはずが、足元を薄らと照らしていた。窓から蒼い月が覗きこんでいる。 りんごのようにまあるい月は、いつから見ていたのだろうか。淡い光が輪郭をぼかしつつ私の足元、回りを浮き出す。波打つカーテンからの光はこの狭い空間を揺らめかせ、冷たく幻想的な世界へと変える。 それは蒼の世界へと浸食し、私のこの蔑んだ心をも塗り変えて、全てを忘れさせてくれる気にもさせてくれる。 徐々に絵具を塗るかのように、蒼い光が部屋全体を照らし、完全に取り込んだ。漠然とは言えない、だけど、言うならば『寒さ』が支配しようとしている。 それでも私は抗う事もせず。不思議な世界に身を置く。されるがままに受け入れよう。私は何もかもに疲れていたのだった。 「歌わなくていいのかい?」 何度か言われた気もした。この世界に意識を戻される。 どこからこの声は聴こえるのだろう。頭に直接響いている感触さえする。もしくは自身の欲求だろうか。 「歌わなくていいのかい?」 質問を頭の中で反芻させ、私は問いを出そうとする。最後に歌ったのはいつだろうかと。いつから私は歌う事も忘れ、笑う事も忘れたのだろうかと。何故こんなにも自分を犠牲にしてしまったのだろうかと。忘れていた楽しい日々、過去を、声は蘇らせてくれる。 歌には喜怒哀楽を表現する力がある事すら忘れていた。現在に満足できない人は過去の鮮やかな日々に思いを馳せる。すがりしがみつく。いつかまたと自身では何もせずに何かに期待して生きていく。その繰り返しの為に薄れゆく過去、仕方なしの現在、全てが色褪せて行く。自分を台無しへと進めて行く。 何の答えも出ないまま、響いていた声はいつの間にか静まっていた。答え、答えは考えても出ては来ない。 私は感情の赴くままに、声を発する。笑顔の自分、泣いている自分、激しく怒っている自分、閉じ込めていた剥き出しの自分を今、ここに存在させる。まだ自分にこんな力が残っていたとは思わなかった。 他人として切り離していた自分を取り戻す。これからの生きていく力を取り戻す為に、精一杯、心ゆくまで歌った。自我の念を忘れるのに夢中で、声も枯れ疲れ果てた。それでいて心地よい疲労感に包まれていた。気になっていた、その気になっていただけだった。 いつの間にか、りんごのようにまあるい月は窓から姿を消していた。 あの声は何だったのだろうか。月の光の幻影か幻想か、蒼の世界の空想か妄想か、もはやそんなのはどうでもいい事。 何もかもに疲れてしまった私。もう、溜息もでない。出せない。 唯一の救いと言えば、私の足元にある、あの月と同じ色の蒼白い赤子が、二度と、けたたましい叫び声をあげない事だった。日夜関係なく、私の精神をグチャグチャに切り刻んでは、引き千切って握り潰す、人生を台無しにする、破壊するモノは無くなった。 得る物と同時に全てを失った。もう、何も要らないし何も失わない。 今はこの落ち着いた時間を堪能しよう。 揺らぐ世界、揺れる私。 カーテンが風でなびく度に、宙吊りの私がかすかに揺れる。
---------------------------------------- 想像力を働かせてくれた弥田様、ありがとうございます。 そしてこのイベントを開いてくれた主催者様、ありがとうございます。 とても楽しく書かせていただきました。 ミニイベント板のその3は、申し訳ありませんが、私の都合で削除しました。 機会がありましたら、また参加させていただきますね。
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