『おーい』/リライト 『月を踏む』 ( No.5 )とりさとさん ( No.20 ) |
- 日時: 2011/02/14 03:42
- 名前: 星野田 ID:.6nuytUk
さてはて、今宵は何を謳いましょうか。ある口伝えによりますと、夜の伯爵が東から西へと駆けていき、翻ったマントが太陽の光を遮るために大地は暗闇で追われるのだそうです。伯爵は歴戦の戦士であり、激戦をくぐり抜けたマントは継ぎ接ぎだらけ。細かいほつれから漏れ出す空の光が星々という訳です。さて、この伝承に従うと、夜の伯爵のマントには一等大きな穴がひとつありますね。そう、お月様がそれでございます。有史以来、我々を惹きつけてきた美しき月。我々だけではなく、鳥も、獣も、魚も、精霊も、夜の闇にぽっかりと穴を開ける月を見上げ、ほうとため息をつき、恋焦がれるようなあこがれをいだいてきたのでございます。 お集まりの紳士淑女の皆様がご存知の通り、野山には小鬼というものがございます。南の山に住むチャボは、博物学者が『鶏』と分類する小鬼でございました。身体は大体が土くれでで、そこに木の葉っぱが練りこまれることで動いているという、誠に精霊とは不可思議なものでございます。小鬼の母は土からわが子を作り、己の記憶を子に写します。その母は、さらにその母から記憶を受け継ぎ、というように、小鬼は原子の母より連綿と記憶を伝え続けておりました。かといって、チャボは母やその母と同じ存在ではなく、チャボはチャボとして存在し、チャボの考えは母のものとは違うチャボ特有の考えであったのです。 小鬼のほとんどがそうであるように、チャボも月を愛しておりました。月に行くことが、小鬼たちの宿願であると、博物学者たちは口を揃えて言うのでございます。彼らの分析通り、ああ愚かかな、翼のある小鬼は浮かぶ月を目指し羽ばたき、そうでない小鬼は水面の月をめざして身を空に投げ出し、ある小鬼は水平線に半分だけ顔を出した月を目指し海の彼方を目指して泳いでいくのです。しかしチャボは『鶏』でありまして、空を飛ぶ翼も、大地を駆ける脚も、波を叩くためのヒレもございませんでした。 さて話はかわりますが、皆様はロビンクック船長をご存知でしょう。月を目指してロケットを飛ばし、ついぞ帰ってこなかった男でございます。地上から望遠鏡を覗いても、月に船長の影は見えません。さて今頃は月の向こうにある楽園でどうしているのか。私たちは盲信的に月の向こうには楽園があるって信じてきたけれど、それが本当だって証拠はどこにあるのだろう。やはり月の向こうの伝説なんて狂言で、ロビンクック船長とその船員は、伯爵のマントに引っかかり星々のひとつになってしまったのか。船員の残された家族は、夫や息子をそそのかした船長と月をどれほど憎んだことでしょう。 我々がかつて抱いた月の向こうへと熱狂も、いまでは昨日見た夢。もはやどんな冒険家も、月に行こうとは考えません。しかし、ああ無邪気な小鬼たちはまだ月の向こうに憧れているのでございます。 しかし、小鬼とっても月への憧れは彼らを殺す毒でありました。土でできた小鬼たち。空を目指した小鬼はやがて乾燥し砂となり、水に入った小鬼たちは泥となり海に溶けてしまいました。ああ翼も、脚もヒレも持たぬチャボ。チャボはいつまでも月へたどり着けぬでしょう。だからこそ世界でただチャボにだけ、月は永遠に美しいものであり続けるのです。
--------------------- 雰囲気を残そう残そうと思って書きました。 設定を全然生かせなかった……
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