リライト作品 弥田様 『歌と小人』 その1 ( No.18 )
日時: 2011/02/14 01:08
名前: 水樹 ID:e1Dp.YVY

恥ずかしながら、先週、見事にフライングした作品です。
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 夕暮れの帰り道、田舎のあぜ道。鮮やかなオレンジ色も消え失せようとしている。あたりは薄暗い。
 子供達も家に帰ったのだろう、人の姿が全く見えない、いつもの道なのに眩暈がする。なぜこんな感覚が起こるのだろうと、広い田んぼの中、ふと見上げると、月が、りんごのように丸い月が、堕ちて行く太陽をあざ笑うかのように、わたしを蒼く照らす。全てを蒼に染めている。酔ってしまいそうなほど幻想的で、妙に心が弾む。それでいてなんだか寂しい。この場にあった歌を口ずさもうとするが、心に靄がかかって出て来ない。こんな気持ちは初めてだった。
「ちょいと、そこの嬢ちゃん」
 と声が聞こえた。
 見渡すも田んぼ、何も誰もいない。身震いし、気のせいだろうと早足で家を目指す。正面の月を追う私。
「嬢ちゃん、何も怖がる事はねぇぜ」
 今度は背後からはっきりと声が聞こえた。同時に腕を掴まれる。私の動作は止まった。振り返るが何もいない、良く見ると、私の影に隠れている何かがいたのだった。
 頭のてっぺんが、わたしの腰までしかない。全身緑色のこびと? が腕を掴んでいる。
「歌いたいのかい?」
 わたしが口を開く前に、こびとはたずねてきた。いや、たずねるというには自信に満ちたような、そう、念を押すというような行為に近い。こびとは言葉を続ける。
「歌いたいんだろう? 言わなくともわかるってなもんさ。嬢ちゃんは歌いたがっている。あっしは緑のこびとだからね。それくらいお見通しなんだぜい」
 ゴウゴウとした急流のような早口でそれだけ言った。それからゆったりとした、見たことのない踊りをはじめた。両手で大きく円を描くのが特徴的で、見ているうちに、空で浮かんでいるかのような感覚が胸の辺りで膨らんできた。それと一緒に、むずかゆい欲求も。わたしは何を求めているのだ?
 ……そうなのかもしれない。こびとの言う通り、歌いたいのかもしれない。いや、歌いたいのだ。
「この踊りはなんていうの?」
「月の踊りを見るのは初めてかい? 一から説明するのも面倒だ。歌詞がわからなくても、メロディを知らなくても。思いつくまま気のむくままにさ。どうせ誰も見ちゃいないんだ」
 こびとにせかされるまま、歌おうとした。けれども、なにを歌えばいいのかわからない。一番好きな曲にしようか。カラオケで上手に歌える曲にしようか。なかなか決められない。なんというもどかしさ。心の奥底では、歌を求めて、何かが、私自身が、荒れ狂っている。たとえようもない。背中がザワザワする。
 けっきょく、ちょうどいいものがなにも浮かばないので、思いつくままを歌うことにした。わたしの無意識、わたし自身を歌うことにした。
 大きく息を吸う。何も考えずに、頭の中をふっと横切っていくメロディを鼻歌でアカペラしてみた。最初はスローな出だし。感情を抑えるように。固く、固く、じっくりと……。さぁ、前奏は終わった! 喉を震わして、ことばを使って歌おう。 先の歌詞なんて考えないでいい。前後のつながりなんて気にしないでいい。一言一言、一文字一文字を大切にして歌うのだ。あぁ、いい気持ちだ! からだの中からもやもやが抜けていく。
「嬢ちゃん。なかなかやるじゃねえか」
 抜けていくもやもやの変わりに、不思議な感覚が、心臓を中心にして全身に広がっていく。身体が、空間に溶け込んでいっているのだった。存在が消えていっているのだった。それでも恐怖は無い。消えていく身体に反比例して、歌が高く澄んでいくのがわかる。もっと。もっと冴え渡るがいい! あのすまし顔の月に届くくらいに高く、ズタズタに切り裂いてやれるくらいに鋭く!
 だんだんとテンポが上がってきた。疾走感が、歌の中を、踊りの中を突っ切っていく。
 歌か、踊りか。先に転調したのはどちらだったろう。同時なのかもしれない。歌とこびとは同調し始めているのだ。
「歌とこびと」? そうだ。わたしはもうここにはいない。いまここに在るのは、わたしの歌とこびとの踊りだけなのだ。それだけなのだ。
 もう、月はわたしを照らしていない。わたしは薄墨色の歌になった。
 蒼く明るい満月の夜。わたしはこびとと共に世界を祝福する。わたし自身の旋律となり、こびとの踊りの周りを舞う。もっと高く透きとおっていこう。もっと鋭くなっていこう。
 みなを、全てを、ズタズタになるまで祝福してやろう!
「嬢ちゃん、ありがとよ」
 こびとの声で我に帰る。はて? ここは一体どこだろう。私は家に帰っていたはずなのに。
 風も無いのに波打つ草が膝をくすぐる。瑞々しい草は血に染まったように紅かった。どこをどう見ても、見た事もない世界が広がっている。不安を伴う脈打つ鼓動、動悸が治まらない。無意識に鼻息が荒くなる。紅の先には翠、蒼、漆黒、白銀。あたかも四季が織り混じり、色彩も、何もかもが自由に、不安定に存在していた。私だけが場違いに存在している。
 もう元の世界には戻れないと諦める、そう悟る。私はここの世界の住人になってしまった。
 涙で回りの全て、輪郭がぼやけて見える。
 泣いた所でと、顔をあげる。ふと目に付いたのは月。
 いつも目にした唯一変わらぬ月、りんごのようにまるい月は、嘲笑にも似た、冷たい蒼い光で、私を照らしている。



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出来るだけ弥田様の世界観を残し、最初と最後を少し手直しさせていただきました。
その2は続編ではなく、好き勝手にリライトしようと、思っていたりしています。