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RSSフィード [51] 一時間で三語だと!まだそんな事を考えている奴がいるのか!
   
日時: 2012/01/23 00:17
名前: ラトリー ID:qVDermDQ

お題は「さわやか」「二号」「フリーズ」です。
時間は午前一時半くらいまでとってみましょうか。

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一時間で三語だと! まだそんな事を考えている奴がいるのか! ( No.1 )
   
日時: 2017/08/28 20:26
名前: みんけあ ID:2tnBwOWw

お題は、「さわやか」「二号」「フリーズ」です。


「宇野さんと佐野さんと僕」


 深い闇の中で、僕は彼らが来るのを、息を潜めてじっと待つ。お姉ちゃんが閉め忘れたのか、カーテンから漏れる風が僕の頬を掠めている。神経を研ぎ澄まし、敏感になった肌は僅かな隙間風さえも感じる。
「いよう、暇そうだな、ちょいと邪魔するぜ」
 その風に紛れ込んできたかのように、いつの間にか部屋に入ってきた二人は、僕に話しかける。


 夜、宇野さんと佐野さんはどこからともなくやって来る。特定の名前は無く最初は一号さん、二号さんと呼んでいた。名前などどうでもいいらしい。
 神出鬼没で現れる時は常に二人一緒、いつも僕を驚かせる。
 僕は彼らが来てくれるのをいつも心待ちにしている。
 僕は眼を閉じているが、眠ってはいけない。彼らが来たのを逃してしまうから。
 二人は僕の支えと言ってもいい。寂しさを紛らわしてくれる唯一無二の存在だ。


 宇野さんは喜怒哀楽の激しい女性で感情的に話す。
 聞いているといつも怒ってるようで僕を圧倒する。
 その点、男性の佐野さんは冷静だ。
 というよりは口数が少なく、自分から話しかける事は滅多にない、何を考えているか分からないというのもある。
 会話となると必ず二人に僕が挟まれる。
 たまに二人だけで話せばいいと思う事もあるが、二人がいなくなり、一人ぼっちになると寂しさが僕に付きまとい、無性に彼らが恋しくなる。
 少し大げさだけど、人は一人では生きていけないと痛感させられる。
 そう、僕にとって二人は掛け替えのない友人だった。
 当り前の事だけど、それがいつまでも続くものだと信じて疑ってなかったのは、二人がいたからだった。
 いなくなって初めて気付かされる。
 人は幸せな時は幸せを実感しないんだと。


 体調が優れなく二人が来ても気がつかない日が何日も続いた。
 自分の事は自分が一番良く分かっている。
 この身体がそう長くない事を。
 その日、僕は覚悟を決めていた。
 いつものように陽気に宇野さんから僕に話しかけた。
「オイッス! 今日は起きてるみたいだな、私に会えなくてさみしかった?」
「寂しかったのは宇野さんの方じゃないの?」
 いつもの悪態を吐かず、返事は返さない僕。
「……」
 声は出さないが佐野さんも一緒にいる。
「最近元気ないみたいだけど、大丈夫? 死んじゃったりしない?」
「……」
 縁起でもない事を言うが心配してくれて嬉しい。
 それでも僕はうんともすんとも言わず、ただ黙る。
「あれ? あまりに久し振り過ぎて私たちの事忘れちゃったのかな?」
「そんな事はないはずだ」
 冷静に突っ込みを入れる佐野さんがおかしい。
 僕は二人と会話したいのをぐっと堪える。
 まあいいかと、僕の事を気に掛けない様子で、宇野さんは一人で喋り出した。


 宇野さんだけのお喋りを聞くだけでも楽しい。
 たわいもない話だけど、怒ったり喜んだりと生き生きとしている。
 こんな人と毎日いたら、疲れはするけど楽しいはずだ。
 そんな宇野さんに佐野さんは、「ああ」だの「そうだな」と素気なく、ただ簡単な返事を返すだけだった。
「って、さっきから黙ってばかりでお前も何か言いやがれっ! このスットコドッコイがっ! フリーズ野郎っ!」
 宇野さんの突然の罵倒に、飛び起きるんじゃないかというぐらいびっくりした。
「そうだな、さっきから何で黙っているか、せめて訳だけでも聞かせてくれ」
 いつになく二人は真剣だ。
「わかったよ」
 本当ならいつものように楽しい会話になるはずだったのに、
「もう、うんざりなんだよ」
 意に反し吐き出す僕。
「何が?」
「君達が話にやってくるのも、下らない会話をするのも、もう、いい加減、飽きたんだよ!僕の大切な一人の時間を、邪魔しに来て欲しくないんだ」
「てめぇ! 言っていいことと悪いことが」
「それは本心か?」
「ああ、そうさ、もう、僕は決めたんだ。さあ、二人はもう自由だ、僕の事なんかほっといて、どこにでも好きな所に行ってくれ! そしたら、もう二度と、どうか二度と僕の前に現れるのはよしてくれ!」
「本当にそれでいいのか?」
 僕はまた意識を閉ざし黙り込む。
 もう、言いたいことは言った。後悔してはいない、と言えば嘘になるが。
 後は二人が消えるのを辛くも黙って待つことだった。
「お前っ! ふざけんなよっ! 何勝手な事言うんだ! 」
 宇野さんは怒鳴り散らし、今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
「私たちがお前から消えたら、お前なんて」
「よせ」
 佐野さんが宇野さんを遮る。
「うぅ、だってこいつ、自分の言ってることが」
「分かっているはずだ」
 その後も悲痛な叫びを宇野さんは僕に浴びせかけた。
 僕はそれをただ聞き入れるしかなかった。
 やがて二人は消える。
 その存在が無くなると明確に分かるぐらい、完全に僕との関係を断ち切った。
「名前を付けてくれて、嬉しかった」
 と、宇野さんが一言残して。
 泣きたいのを必死に堪え、二人がいなくなって僕は感謝の言葉を丁寧に心の中で呟いた。
「ありがとう」
 と、一番この言葉を、伝えたかった。


 夜が明けて日の光と共に、看護婦のお姉さんが僕の様子を見にやってくる。
 看護婦のお姉さんが僕と繋がっている機械の異常を察し医者を呼ぶ。
 そして医者は僕の身体を調べ、急いで見た事もない、僕の本当の家族を呼ぶだろう。
 その家族に僕の命は委ねられるだろう。


 僕は一人ぼっちになってしまった。
 彼らが来ることは二度とないだろう。
 ぽっかりと右脳と左脳が無くなり、頭の中の部屋は小脳、僕一人になり、随分広く感じ、寂しくなってしまった。
 二人との思い出に浸れるのも後わずかな時間だろう。
 近いうちに僕は殺される、初めから生きている状態だったと言うのには程遠いが、自ら死ねないが為に殺される。
 ただ、痛みもなく、眠るように死ねるのだけが幸いだ。
 それでも自分の人生に悔いはない、とも言えないが、十分満足はしている。


 僕は決して一人じゃなかった。
 あの三人の時間がとても眩しく、かけがえのないものだったから。
 心残りがあるとするならば、この事を、誰でもいいから分かってもらいたい。
 意志を表に出せず、寝たきりの僕がとても幸せだった事を。


 二人はいなくなり、僕は一人になった。
 意識は今まで全てある。
 彼らとの思い出が、二人が残してくれたぬくもりがとても心地いい。
 感謝の言葉をいくら言おうが言い足りない。
 儚くも、充実した人生を送れたのは二人のおかげだからだ。
 生まれ変わりなんて信じてはいないけど、本当にあるというのなら、また彼らと出会いたい。彼らと僕は確かに存在した。次は本当に血の通った兄妹として、また二人に挟まれ会話をしたい。
 そこは日差しも穏やかで、爽やかな日曜日。家にいるのは勿体無いと、宇野さんの唐突な提案で、庭に出て白い丸テーブルを三人で囲んでいる。お手製のクッキーを摘まみながら紅茶で喉を潤す。他愛もない事で宇野さんはやけ食いするだろう。仕方ないなと佐野さんはクッキーを焼いてくれる。何てことのない日曜日、笑顔の僕がそこに居るに違いない。
 意識が途絶える最後の時まで、その光景を思い浮かべ、僕は切に願い続ける。



メンテ
邂逅 ( No.2 )
   
日時: 2012/01/23 01:28
名前: ラトリー ID:qVDermDQ

 その日、なんとなく海へ行った。
 きっかけは本当にくだらないことだった。だから思い出したりする必要なんかなくて、単に家から近いところにあったから、みたいなシンプルな理由で海に行ったことにしておきたかった。
 そのほうが、自分が社会の決まりごとに縛られていないってことを実感できるような気がしたのだ。
 台風十二号が去ったばかりの空は、どこまでも青く澄みわたっていて明るい。学校の制服のままで、自転車を置いて浜辺に駆け下りていく。靴を脱ぎ、さらさらの砂浜に腰を下ろして、ちゃぷちゃぷと波で足を洗う。純粋に、気持ちがいい。
 季節が秋になってからの海はまだ温かかったけど、お風呂に入る時とはまた違う感じ。まるで生きてるみたいに流れては去っていくしょっぱい水の肌触りがただ心地よい。優しいそよ風に身を任せながら、水平線のはるか彼方を眺める。
 そしてふと、家を出る前にテレビで見たニュースのことが頭をよぎった。

 あの海の向こうには、毎日の暮らしにも不自由している人たちがいて。
 ほんのわずかなお金を得るために必死で働いて、家族にご飯を用意して、そうやってどんどん寿命を縮めていく。
 お金を手に入れることが人生で一番の幸せと思っているかどうかはさておき、豊かな一部の人が貧しい大部分の人を押さえつけて平気な顔でいる。
 そうやってみんな、どこかバランスが悪いものだから争いが生まれて。
 小さな争いは大きな戦いを生み、やがて二つが一緒になって怒りと悲しみと憎しみと、終わらない暗い未来をもたらす。
 今もこうして、こんなにも穏やかな初秋の海のずっと先、見えない世界の片隅で。
 果てることのない苦しみはずっと続いているのだ。

「こんにちは」
 突然声が聞こえて振り返ると、そこには女の人が一人いた。
 流れるような黒髪、純白のブラウスに、膝下まで覆う紺色のスカート。跳ねるように海辺を歩く。
「こんな所で、何をしてるのかな?」
「……こんにちは」
 突然見知らぬ人に話しかけられたのでどう返事していいか分からず、とりあえずあいさつを返す。
「ちなみに、私はここにいることが大好きだから今日もやってきました」
「はぁ」
「あなたはここでそうしているの、好き?」
 質問を投げかけられた時、それが答えられるものなら返事してもいいだろうと考えてみる。
「好きですよ。たまに来ますし」
「私もね。ここの海は、私にとって特別なところだし」
 そう言って女の人はすぐ隣に座り込んで、膝を抱えて座った。波が足を洗っている……と思ったら裸足だった。靴はどこかに置いてきたのだろう。
 何を話していいか分からず黙っていると、女の人が先に口を開いた。
「あなたは海を見て、何を考えていた? 良かったら教えてほしいな」
 女の人は微笑んで、ずっとこちらを見つめている。人懐っこい笑顔に気を許して、思っていることを声にする。
「この海のずっと向こうにある、いろんな国のこととか」
「成る程ね。具体的には?」
「貧しい人が豊かな人に利用されて苦しんでいたり、必死に頑張っても笑ったり喜んだりできなくて、争いに巻き込まれていく人がたくさんいるんだなあって思っていました」
 ほとんど考えていたままのことを言ってしまう。この人を疑う心が今の自分には少しもないのだろう。
「そっか。確かに、海を見たら水平線の先にあるのか、ついつい考えたくなっちゃうよね。海は広いな大きいなあって、私も時々本気で感じちゃうし」
「それ、歌の一節ですよね」
「うん、そう。でもこれって、すごく当たり前だけどすごく大切なことだと思う。海は広くて大きいから、私たちは見ることのできない向こう側を知りたくなって、それでいろんな想像をすると思うのね。想像するのは楽しいでしょ、現実にありもしないことをたくさん自分のものにできるから」
 突然冗舌になったみたいに、彼女はたくさんよく分からないことを話しだした。
「あのさ。ひょっとして、海の向こうに悪いことだけを見ていたりしなかった? さっきあなたが話してくれた、貧富の差からくる対立とか、戦争に関わりそうな内容みたいに」
「たくさん考えましたけど、ほとんどそういうのだと思います」
 どうしてこの人は質問ばかりするのだろうと考えながら、微笑む彼女に返答する。
「そっか。あなたの心、ちょっぴり暗い感じなんだ」
「そうかもしれませんね。放っといてください」
「待って。あなたにイヤがられるのを承知で言うけど……」
「承知しているなら言わないでください」
 せっかく海を見て気を紛らわせていたのに、しょっちゅう横槍を入れてくる人がいたらたまったものじゃない。そろそろ言葉に少し不快感を混ぜてみる。
「私もそんな風に思ったことがあったんだ。学校サボって、海の向こうにある国のこととか考えて、ああ自分はこんなに楽をした生活で毎日だらだらしてるのに、ずっと苦しみ続けている人たちがたくさんいるんだろうなあって、ぼんやり考えてる時間が確かにあったの。でもね、それってあんまりにも世界に対して生意気だって、そう思わない? 自分の溜まりに溜まった不満とか、不機嫌な気持ちを風に乗せて海に流したつもりになって紛らわせているだけ、そう気づかない?」
 あいかわらず彼女は笑顔のままで、さわやかな潮風に髪を揺らしぴちゃぴちゃと足で海水をはたく。
「で、ある時気づいたの。自分にはこんなことをする以外にもっと大切なことがある! て。そこから先は順風満帆……とまでは行かなかったけれど、以前よりはかなりいい感じに毎日を楽しむことができたかな。もちろん、砂浜で考えていたことは決して忘れずにね。どんなに気持ちを分かったつもりになっても、考えているだけじゃ何の解決にもならないよ。いろんな不平等とか、どうにもならない格差、しがらみ、対立、その他諸々を心に抱えて、それを自分が生きることに反映させていく。もちろん、自分のできる範囲でね。そうすれば少なくとも自分は何か目に見えることをやっている、頑張っているんだって、自信がもててくると思うんだけどな。もちろん自信ばっかりで空回りしちゃうのは良くないけど」
「つまり、ここでじっとしていないでちゃんと学校に行けって、そう言いたいんですか?」
 彼女の長い話が一息ついたところで、初めて自分から彼女に質問をした。ずっとフリーズ状態だったからか、ろくなことが言えない。
「うん。まあそういうこと。悩みはいろいろあるかもしれないけど、大切なのは笑顔と、どんなものにも絶対負けてやるもんかって気持ちだよ。悪い方向に捉えちゃダメ。循環ってね、ほら悪循環とかデフレスパイラルとか、下向きでマイナスなイメージが強いけど、自分の毎日をうまく回すのはそんなに難しくはないよ。いいことを次のいいことにつなげる。あるいは、みんないいことにしてしまう。どうしても悪いことにしかならない時は諦めて、次のいいことを探す。どうよこれ、最強でしょ?」
 同意を求めるようにその人は微笑んでみせた。日差しがぽかぽかと暖かい。
 不快感を混ぜて話していこうとしていたのに、いつしか彼女の言葉を引き込まれてしまっている。まるで暗闇しかなかった心の迷宮に、一つの小さな、けれど力強いランプが灯ったような感じ。
「分かりました。その……ありがとうございます」
「お役に立てたかしら。ひょっとして余計なお世話だったかな?」
「とんでもないですよ。正直、目からウロコが落ちたっていうのか、こう……」
 うまく言い表せなくてすごくもどかしい。彼女はそんな、身ぶり手ぶりで何とか伝えようとする姿を笑って見つめながら、腰の砂をはたいて立ち上がった。
「それじゃ、ね。見方が明るくなれば、この海を見て考えることも明るくなるはずよ。たくさんの人の幸せが、見えたり、望めるといいね」
 そうして砂浜を歩いていく。土手に続く階段まで来たところでくるりと背中を返し、彼女は口に手を当てて叫んだ。
「今日はあなたに会えて良かったわー! 私もとっても嬉しかったー!」
 海に背を向け、遠くに見える彼女の顔をしっかりと見つめる。
 遠くて、はっきりとは分からないけど。
 乗ろうとしている自転車の形は、私が使っているものと全く同じだ。
「あ、ありがとうございましたー!」
 とっさにそんなことしか言えなかったけれど、それで良かったような気もする。
 自分と彼女の間に、初めから余計な言葉はいっさい必要なかったのだ。彼女はただ話しかけて、それを自分が聞いただけのこと。何の変哲もない、ごくありふれた偶然であってほしかった。
「行っちゃった……」
 ほんの片時、彼女と交わした言葉は、決して忘れられないものとなるに違いない。
 ただ一つ気になるのは、あの海が好きな女の人が、前に誰かとそんな会話をしたのかどうかということ。
 気になって仕方がないというほどではないにしろ、ちょっと興味はあったりする。
 知ってみたくなる。

 だって、似ていたから。
 彼女があまりにも未来の“わたし”に思えてならなかったから――

メンテ
Re: 一時間で三語だと!まだそんな事を考えている奴がいるのか! ( No.3 )
   
日時: 2012/01/23 02:00
名前: zooey ID:94u3mXus

 さわやかな秋晴れの日。朝のうち、薄く白んでいた空は、午後に近づくにつれ、その色を濃くしている。今では頭上の空は気持ちがいいほどの青さで、遠くの山の方へ向かってだんだんに淡い水色になっていき、それが美しいグラデーションを作り出している。雲はほとんどないが、遠くの山際に、うすく、白い雲がたなびいている。
 こんな景色を見ると、ふうっと、昔の記憶が映し出される。思い出したいわけではない。しかし、自然と、まるで薄い絵の具で描かれた風景画のように、脳裏に浮かびあがって、私を記憶の深いところへ誘うのだ。

 小学生の頃、私の家はすぐ後ろに山を背負うようにして建っていた。近所には七、八世帯ほどの家庭があり、少なくともそのうちの五世帯には小学生や中学生の子供がいた。
 そんな中、唯一、一人で暮らしている五十ほどの女性がいた。なぜだかその時は分からなかったが「二号さん」というあだ名で呼ばれていた。とても優しく、私や他の近所の小学生を相手に、いろんなことを教えてくれる女性だった。
 夏休みになると、私たちは、よく、ビニールプールで水遊びをしていたが、いつもいつも同じことをしていると、どうしたって飽きてしまった。友人達も同じらしく、休みの後半あたりには、近所の二、三人でプールに入っては、なんでうちの親たちは遊びに連れていってくれないんだろう、という不満を垂れながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
 そんな時、二号さんは、「おうちの人は忙しいんだよ。ここでだって、十分面白い遊びはできるよ」と言って、薄手のタオルを渡してくれた。そのタオルを使った面白い遊びがあるというのだ。
 まず、水面にタオルを浮かべる。そして、両の掌でОの字を作って、そのままタオルを水の中に沈めるようにすると、Оの字の中だけ空気が残って、水面でタオルが球型になる。それは、水に浮かぶクラゲのような姿だった。その球型の部分を水に沈めると、タオルクラゲはふよふよと水の中を漂いながら、ブクブクと泡を出し始めるのだ。目の前で細かな泡がはじけるのを見ると、私たちは面白くて「おおー」という歓声を上げて、その様子を眺めていた。
 その遊びを知ると、私たちはタオルクラゲづくりに、夢中になった。しばらくの間は。誰のクラゲが一番大きくできるか、それを競ったり、相手のクラゲに指で攻撃して、なんとかつぶそうとしたりした。おかげで、後半の夏休みでもはじめのうちは、退屈せずに済んだ。尤も、その後は、またクラゲに飽きてしまって、ぶつぶつ文句を垂れながら過ごしたのだが。

 とにかく、私はいつも面白いことを教えてくれる二号さんが好きだった。両親が共働きだったので、大人に遊んでもらうという経験があまりなかったからだろう。私にとって、二号さんは何でも知っている優しいおばちゃんだった。

 しかし、ある日、近所に住んでいた中学生が――おそらく三人組だったと思うが、はっきりは覚えていない――こんなことを言ってきた。
「お前、あの女とよく遊べるな」
 言われた瞬間、何のことか分からなかった。おそらく、それが顔に出ていたのだろう。すぐに、
「二号さんのことだよ」
 ――と、私の胸がきゅうと縮まった。二号さん? なんで?
「二号さんと遊んで、何が悪いんだよ?」
 私が言うと、中学生たちは目くばせをしてから、にやりと笑った。
「お前、なんにも知らないんだな。二号さんって、なんで「二号さん」っていうか、教えてやろうか?」
 私は挑むような気持ちで、彼らを睨んだ。何だよ? 二号さんがなんだってんだよ? だが一方では不安が靄のように心に薄く広がっていたが、だからこそ睨まずにはいられなかった。
「二号さんってな、愛人のことなんだぜ?」
 私はすぐには意味が理解できず、彼らをぽかんと、フリーズしたみたいに固まって、見つめていた。それを見ると、中学生たちは笑い出した。
「こいつ、本気でバカなんだな。いこーぜ」
 そう言って、彼らは去っていった。

 その後、私は彼らが言った意味を考えた。二号さん……愛人……。その言葉を思い浮かべていると、脳に溶け込むように次第に鮮明になっていった。
 二号さんって……愛人のこと。

 その日、私が壁を相手にサッカーボールを蹴っていると
「もう遅いから、家に入んなさい」
 二号さんが声をかけてきた。
 その瞬間、私の中に、熱いものが湧き上がった。ただサッカーボールを見つめながら、
「お前にそんなこと言われる筋合い無い」
 その言葉で、私たちの間にずしりと重い沈黙が流れた。二号さんが何も言わないので、私は思わず、彼女の方を向いてしまった。顔を見ると、つい、言葉が出てしまった。
「お前、愛人なんだろ? 人の旦那さんを取ったんだろ? 汚いよ。そばにくんなよ!」
 自分の言葉が聞こえると、その残酷さがありありと心に刻まれた。言ってしまってから、後悔したが、それでも、その言葉は正しいと、そう思った。泣きたくなったが、二号さんの前で泣くのは嫌だった。私はそのまま何も言わず、下を向いて、家に入っていった。

 それから、私は二号さんとは遊ばなくなった。挨拶もしなくなった。常に軽蔑の目で二号さんを見つめるようになった。

 十五年たった今では、単純に二号さんを責めることなんてできないと、分かるようにはなった。そんなに簡単なことではないのだ。
 空を眺めていると、ふと思い立って、私は風呂場へ向かった。薄手のタオルを取り出し、湯船に浮かべる。そして、手のひらでОの字を作って、タオルを沈めると――クラゲだ。
 しかし、そのクラゲを見ても、私は何とも思わなかった。小学生のあの頃のように、そのクラゲの姿に感動を覚えることはなかった。当然かもしれない。しかし、一抹の寂しさが胸に生まれる。私は二号さんが他人の愛人だと知る前の気持ちには、もう戻れないのだろう。
 クラゲはふよふよと、水面を泳いでいる。

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