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RSSフィード [50] べ、別に参加なんてしてほしくないんだからね! なイベント。
   
日時: 2012/01/08 21:47
名前: 片桐秀和 ID:me/KDOio

ミニイベントやります。
テーマは「ツンデレ」というもの。締め切りは23時あたり。
これだけです。
あとは好きにやってもらってかまわないので、楽しんでみてください。
誰より良いものを書こうと思うな、誰より楽しんで書いていると思えるようになれ、が今回の隠れテーマですw。まずはそんな風になりたいですねー。

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Re: べ、別に参加なんてしてほしくないんだからね! なイベント。 ( No.5 )
   
日時: 2012/01/09 00:58
名前: nigo ID:ZRKh3z/E


 本当になんでもないことなのだけれど、僕は犬を飼っている。今年で十八歳になる、小さな柴犬だ。年寄りの女の子で、足が悪い。生まれつき右の後ろ足がうまく動かないのだ。だから彼女は歩くときにはいつも三本足でひょこひょこと歩く。まあそんなことはなんでもないことだ。今のところそれなりに元気に暮らしている。彼女もそんなことは気にしてなんかいないのだろう。
 世話はいつも僕がやっている。散歩に連れて行き、水とドッグフードを与える。ドッグフードがなくなると、それを買い求めるために近所のペットショップに向かう。病気になると自転車の前かごに載せて片道三十分ほどかけてかかりつけの動物病院にまで連れて行く。これはちょっと面倒だ。その上治療に結構なお金がかかる。とてもとても面倒なことだ。だから僕は彼女の体調管理には気を使っている。
 一概に言えることではないのかもしれないけれど、犬を飼うということは面倒なことだ。少なくとも、彼女の世話をするのは面倒なことだ。例えば、おそらく僕は一日に一時間から二時間を彼女のために費やしている。費やしているというは彼女と一緒に遊ぶという意味ではなく、彼女の世話をするという意味だ。それをほとんど毎日、十八年近く続けている。数えたことはないけれど、結構な時間になると思う。
 彼女は家の中でトイレをしない。犬用のトイレのようなものを部屋に置いてはいるのだけれど、彼女がそれを使ったことは一度もない。不思議な話だ。トイレのしつけに失敗したのかもしれない。彼女のトイレのために買ってきた三十センチ四方のプラスチックでできた犬用トイレ、もしくは犬用トイレシート置きは、一度も正しい使い方をされないままに、今では彼女のお昼寝用のベッドになっている。多分彼女はそれが彼女のためのトイレだと言うことは分かっていないのだと思う。そして、困ったことに、彼女はそれが気に入っているらしい。本当に不思議な話だと思う。
 そういった理由で、僕は彼女に用を足させるために毎日散歩に連れて行く。昔は一日に一回三十分ほど外に散歩に連れて行けばよかった。そこで彼女は歩き回り、用をたす。僕はそれをビニール袋にしまったり、上からペットボトルに詰めた水をかけることによって処理したりする。最近では彼女は年をとってトイレが近くなったせいか一日に三回、朝夕夜と散歩に行きたがる。これはなかなかに面倒なことだ。彼女がトイレの使い方を覚えてくれればこんな面倒をしなくてもすむのに、と僕はそのトイレの中で眠る彼女を見ながら思う。
 もちろん、僕は今までに何度も彼女にそのことを伝えようと努力した。
 こんな風に。
「ここは、トイレ! 寝る場所じゃないの!」
 彼女は何か新しい遊びが始まるのかと勘違いしたのか、期待するような目で、尻尾を振りながら僕を見つめてくる。
「ここは! トイレ!」僕は言う。「おしっこと! うんちをするところ! 寝るところじゃないの!」僕は叫ぶ。
 彼女はこれが遊びではなく真剣なものなのだということを理解すると、残念そうな顔をして、再び眠ろうと体を丸める。
「だから!」僕は再び言う。「こーこーは! トーイーレ!」
 彼女はあくびをしてつまらなそうに目を閉じる。
「違う!」
 僕は叫ぶ。そして諦める。
 こういうのはとてもむなしい。でもいつか分かってもらえたらいいと思う。

 彼女は散歩の途中でよく立ち止まる。彼女が立ち止まると、つられて僕も立ち止まる。僕と彼女は、リードで繋がっているからだ。

 散歩の途中で、僕の進みたい道と彼女の進みたい道とが分かれる場合もある。例えば、僕は十字路を右に曲がりたい。そのほうが家に帰りやすくなるから。だけど彼女は十字路をまっすぐに進みたいと思っている。気分が良くてどこまでも遠くに行きたい気分なのかもしれない。そうなると、僕らの歩み止まる。十字路の角のあたりで、二つの別方向へ進もうとする力が垂直に交わる。彼女と僕の間にある丈夫な細い紐にその力を加えて、ぴんと張り詰めさせる。その紐は僕の手首と、彼女の首に繋がっている。あまり強い力がかかると彼女は苦しいんじゃないかなと僕は思う。
 僕は手に少し力を込める。僕の行きたい方向へと彼女を引っ張る。彼女は三本足で踏ん張ってそれに耐える。彼女は譲らない。僕もその気になれば、無理やり彼女を引きずっていくこともできる。だけどそうすると誰か近所の人に見られたときに、とても気まずいことになるので、結局は僕が折れる。僕は彼女に引っ張られて十字路をまっすぐに進む。これでは僕が彼女を連れて散歩をしているというよりは、彼女が僕を連れて歩いているといったほうがいいんじゃないかな、と思う。

時々、何の変哲もない、曲がり角も何もない場所で彼女は立ち止まる。
 僕は彼女を見る。歩きつかれたのかもしれない。どうかしたのかと問いかける。小首をかしげるような仕草で僕を見返す。彼女は何も答えない。
 そんな時間の中で「何が彼女の足を止めたのだろう? 少し珍しいな。まだ歩き疲れるには早いはずなのだけれど」なんてことを考える。彼女は立ち止まったままだ。それからあたりを見回してみる。例えば、それが秋の、大通りでも路地裏でもない、何の面白みもない普通の道の上での出来事だったとする。秋の冷たく乾いた風が脇を通り抜けていく。軒家に植えられた木の葉がゆれ、乾いた木の葉が出す小さなかさかさという音が聞こえてくる。道の脇に立てられたアパートのベランダに洗濯物が干されている。男物のTシャツとジーンズ、あと何枚かの靴下。コインパーキングには車が止められている。足元の地面には歩行者用の白線が引かれていて、それが大通りまで延びている。空には雲と、どこか高いところで鳥が飛んでいる黒い影が見える。あまり人は通りかからない、秋の乾いた何もない道だ。僕はそれらをぼんやりと眺めながら、彼女が再び歩き始めるのを待つ。まるで時間の流れが変わってしまったみたいに、ただただぼんやりとした時間が流れる。
 そしておもむろに彼女は歩き出す。やっぱり歩きつかれたんだろう。と僕は彼女について歩き出す。

 家の近くには芝生の生えた気持ちのいい公園がある。あまり広くはないが、ブランコと、砂場と、鉄棒と、滑り台といくつかの小さな青いベンチがおいてある公園だ。彼女はこの公園が好きだ。散歩の途中でよく通りたがる。
 秋になると、緑色の芝生の上に黄色いイチョウの葉がこんもりと山のように集められている。誰かが掃除のためにそれをやっているようなのだけれど、その場面に出くわしたことはない。二つの色の対比が中々に綺麗な光景だ。この公園は何時来てもほとんど子供を見かけない、不思議な公園だ。
 その代わりに、この公園にはおばあさんと猫が良く集まる。
 公園には顔見知りのおばあさんもいる。
「こんにちは」と僕は挨拶する
「いつもえらいわねえ」とおばあさんは彼女にむかって言う。「足はどうしたの? 事故にでもあったの?」今度は僕に向けて言う。
「生まれつき悪いんです」と僕は答える。
「事故?」彼女は聞き返す。多分耳が遠くなっているのだと思う。
「生まれつき悪いんです」先ほどよりも少し大きな声で言う。
「ああそうなの、でも偉いわねえ。一生懸命歩いて」
「私も足が弱くなってきてるから、歩いてるんですよ」とおばあさんは彼女に向かって言う。
「そうなんですか」と僕は彼女の代わりに答える。
 こういった会話を僕は何度も何度も、そのおばあさんに会うたびに繰り返している。

 散歩に満足して家に帰りたくなると、彼女は道の上にへたり込む。これは道の途中で立ち止まるのとは少し違う。地面の上に伏せってしまうのだ。そうなると彼女はところかまわず足を曲げ、お腹を地面につけて歩かなくなる。
 かつて彼女がまだ子犬で、僕もまだ子供だったころ、彼女が散歩の途中で伏せってしまうのは、彼女の足が悪いからだと僕は思っていた。小さかった僕はそんな彼女を見て、本当にかわいそうだと思った。そのため僕は彼女が歩かなくなると、彼女を抱き上げて、そのまま家までひいひい言いながら帰ったものだ。きっと彼女はそのことを今でも覚えているのだと思う。
 子供時代の僕の優しい心は、彼女を一つ賢くした。きっと彼女はこんな風に考えている。
 歩きつかれたらふりをすれば、あの男が抱きかかえて家まで送ってくれるぞ。と。

 僕と彼女の散歩は僕が彼女を抱きかかえて家に帰ることで終わる。家に着くと僕は彼女の足とお腹をシャワーで洗い。散歩を終える。
 これを一日に三回繰り返す。夜眠る前に彼女を散歩に連れて行き、次の日の朝にまた彼女を散歩に連れて行く。

 ある日の朝、僕は目を覚まし、眠っている彼女の名前を呼ぶ、彼女は目を覚まさない。今度はもっと大きな声で彼女の名前を呼ぶ。やはり彼女は目を覚まさない。僕はいやな予感がして、彼女を揺さぶりながら、名前を呼ぶ。死んでしまったように、彼女は目を覚まさない。本当にいやな予感がする。
 僕は心を落ち着けて、彼女を抱きかかえると、玄関まで連れて行き、散歩用のリードを首にかける。
 そこでやっと彼女は目を覚ます。寝ぼけ眼で、これから散歩に行くのだということを理解し、のんきに尻尾を振って喜ぶ。
 僕は自分の想像したものが来なくて良かったと安心すると共に、とてもばかばかしいような気持ちになる。

 だけどその日は必ずやってくる。そして、それがそう遠くないうちにやってくるということを、僕は知っている。ある日の朝、僕が目を覚まし彼女の名前を呼ぶ。彼女は何も答えない。何度も何度も彼女の名前を呼ぶ。彼女はもう永久に僕の呼びかけに答えることはない。ゆすっても、抱き上げてもつねっても。彼女のトイレは本来の使い方を一度もされることなく処分されて、余ったドッグフードの袋もまた処分される。彼女のために買ったほとんど全てのものを、僕は処分することにだろう。

 それがやってきたとき、僕は様々なものを失うだろう。僕は彼女を失い。それから、ぽっかりと心に穴の開いたような気持ちを得る。
 今から何か準備が、それが来たときに失われていくものに対しての、お別れの準備のようなものができたらいいと思う。喪失感に対する、心構えのような。そのときはもうすぐそこまで来ているのかもしれない。本当に、すぐ近くに。準備は早くしなくちゃいけない。だけど、どうすればいいのかは分からない。
 その時に何か、暖かいものがあればいいと思う。

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