クリスマス中止記念! ( No.1 ) |
- 日時: 2010/12/25 15:38
- 名前: 弥田 ID:EbiirMgI
熟れたりんごの果実が落ちる。万有引力にしたがって、まっすぐな軌跡で落ちる。落ちていく。そんな景色をふたりで見た。 「まるで落日みたいね」 きみは言う。そんなことは微塵とも思っていないくせに言う。 「どちらかというと、あれはまぶたに似ているよ。いや、むしろ眼球そのものと言ってもいいかもしれない」 ぼくは言う。馬鹿らしいことだと分かっているくせに言う。 「にゃあ」 ねこが鳴く。鳴きたいから鳴く。 そんな景色をいつか見た。ふたりで見た。
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十二月二十五日。誰からか包みが届いた。 「きっとサンタさんからのプレゼントだわ」 きみは半ば本気でそう信じていた。包みは丁寧にラッピングされていた。青いリボンがくっきり鮮やかだった。 きみはきゃっきゃと笑いながらそのリボンをほどいていった。頬が紅潮して、りんごのように真っ赤だった。破れないよう丁寧に、まるで赤ん坊の服を脱がすようにゆっくり包みを開いて、とたんに中身が爆発した。クリスマス・プレゼントは爆弾だった。きみは永遠になり、ぼくはかたわになった。 「サンタ・テロリズムの驚異! 百万人が犠牲に! 犯人はイスラム原理主義者か!?」 連日のように新聞が騒ぎ立てた。けれど騒ぎ立てる必要なんてないことを誰もが知っていた。これはむしろ形而上学的な問題で、誰がやった、とか、誰が死んだ、とか、誰が生き残った、とか、そんなことはどうだってよかった。誰かがやって、誰かが死んで、誰かが生き残った。そういうことだった。それだけだった。
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コアラのマーチはあまくあまく脳髄をひたした。かじられたコアラはサンタの帽子をかぶって笑っていた。にこにこと楽しげだった。 窓の外に黄昏を見る。地平線に夕日が沈む。赤い赤い太陽がゆっくり落ちていく。 「まるでりんごみたいだ」 声に出したら虚ろに響いた。なにもかもがからっぽだった。 「まるで心臓みたいだ」 言い直した。やはり虚ろだった。けれど耳の奧に血管の流れる音を聞いた。ぼくは生きていた。どうしようもなく生きていた。泣いた。背後にはわっかのついたロープがぶらさがって、きっとゆっくり揺れていた。 そんな景色をいつか見た。ひとりで見た。
---- 間に合って良かったです
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クリスマスバースデイ ( No.2 ) |
- 日時: 2010/12/25 15:48
- 名前: 片桐 ID:uMXlTGA2
コアラのマーチをコンビニのレジに持っていくとき、ジングルベルは流れた。驚くことではない。二週間も前から、この店も街も人も、赤と白の装飾に彩られていたのだ。だから?、とわたしは内心呟き、レジで百五十円を払うと、一瞥もせずに店を出た。 世界には、雪が降っている。粉雪が風に舞い、かすかな重みをもって頬を叩いた。たまらず制服の上に羽織ったコートの襟を絞る。 落日の気配さえ雪に掻き消され、陽の余韻は感じられない。 わたしは交互に足を運び、自宅までの距離を短くしていく。 恋人とは先月別れたし、女友達は彼氏とライブに出かけた。わたしは家に帰り、コタツに入り、テレビを見、入浴して、眠りに就く。それだけが今日の予定だ。 マンションに着くと、エレベーターで五階に昇り、自宅の玄関を開ける。 雪もなく風もない室内がこれほどまでに寒く感じられるのはなぜだろう。その答えを出さぬままに、わたしは部屋の明かりをつけて、エアコンを入れると、レジ袋とかばんをテーブルの上に投げる。こたつに入ると大の字に寝転がり、テレビをつけるが、すぐに面倒な気分になって消した。 父親は年末ということもあって、今日も帰りが遅いらしい。いつもと変わらない一人の時間。何気なくカレンダーに目がいくと、今日と言う日をあらためて思い知らされる。クリスマスであり、わたしの誕生日である、この日。昔は二倍に楽しいはずの日だったからこそ、今は二倍に重苦しい。 恋人と過ごせば楽しいのだろうか。友達とパーティでもすれば、こんな気分にはならなかったのだろうか。 違う、とわたしは思う。今わたしが欲しいのはもっと単純でありきたりで、今まで通りのはずだったもの。 家の中は静かというより無音にちかい。秒針だけが神経質に時を刻み、わたしの心にとげを刺す。 わたしはたまらず自室の机に向かっていった。やることはひとつ。白い紙をペンで殴りつけ、その余白を消していくのだ。 踊る無軌道な線。無軌道な言葉。白紙ににじむ掌からの汗。 たまらない気分の時はこうして自分を取り戻そうとする。いや、そうしている時、わたしは一時本当のわたしに戻っているのかもしれない。 目の前の世界がそまる。白い世界はあらかた闇に消えて、わたしは息でも止め続けていたように深呼吸する。 真っ黒けな紙を引き出しにしまえば、後は音楽でも聴いて、ただ時が過ぎるのを待つ、それが最近のわたしだ。 引き出しを閉じようとしたとき、不意にコツンと硬い音が鳴った。 おもむろに引き出しを開けなおし、乱雑にしまわれた紙の払いのけると、そこには古い携帯電話がそこにあった。 それは四年前わたしが初めて買い与えられた携帯電話で、クリスマスプレゼントであり、誕生日プレゼントであったものだ。 昨年新しい機種に切り替えてからは、どこにあるかも忘れていたが、わたしが吐き出した黒い紙の束に埋まっているとは思わなかった。 わたしはそれを手にとって、電源ボタンを押す。電池が切れていて、当然液晶画面は黒いままだ。 充電コードは? 充電コードはどこにしまったんだろう? わたしは次々に机の引き出しを開けていった。始めは漠然とした思いから電源を入れたいと思ったのだが、探しているうちにいつしか心は早鐘を打っていた。 もしかしたら――という思いつきが、いやおうなくわたしの心をせきたたせる。 ようやく充電コードを見つけ出すと、それを携帯電話に差し込んで、祈るような思いで電源ボタンを押す。 昔壁紙にしていた夕焼けの画面の上には圏外の文字が浮かんでいる。わたしはボタンを押し、ある機能が呼び出す。 ――留守番電話記録。 その履歴のひとつを選択し、震える指で押し込む。 懐かしい声を聞いたとき、わたしはたまらず嗚咽をもらした。 「綾ちゃん、お誕生日おめでとう。それとメリークリスマス。ちゃんと通じているかな。綾子にいい出会いがありますように。お母さんは、病気を必ず治して、また家族三人でくらせるようにします。綾子にはそれまでお父さんのことをよろしく頼むね。来年のクリスマスバースデイは家族三人で祝えるように、みんなで支えあいましょう」 クリスマスバースデイというのは、母がわたしに作ってくれた言葉だ。一緒に来る分、二倍楽しく二倍喜ばしい日なのだと言っていた。 母がわたしに携帯電話をプレゼントしてくれた翌年、家族三人が自宅に揃うことはなかった。それはさらに翌年もかわらず、去年、それは決してかなわないことになってしまった。 決して忘れられない存在ながら、時が経つにつれて記憶の輪郭はぼやける。わたしは母の声とはどんなものだったろう、といつしか思うようになった。それは優しく、暖かく、わたしを包んでくれる声で、わたしを何より大切に思ってくれていた声。 ありがとう、おかあさん、そう呟いてわたしは涙をぬぐった。 父はいつ帰ってくるだろう。昨日はわたしが先に眠ってしまったけど、明日は休みだから、帰りを待っていよう。 わたしは携帯電話を大切にしまうと、久しぶりに料理の本でも開こうと、台所に駆け出した。
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Yes and No ( No.3 ) |
- 日時: 2010/12/25 17:01
- 名前: 千坂葵 ID:7qVQz0KA
右手には小さな紙袋、左手には大きな孤独。 今日だけは、全てのものに対して“No”とぶちまけてやりたい。 吐き出された白い吐息の濃度なんて、九割が「今日」という日への憎しみである。所詮僕は、その程度のつまらない男だ。
● ――さようなら。 終わりは始まりだ、なんて文章を目にしたことがある。ならば、これは二人の終わりで、そして一人の始まりとでも名付けられるのか。 数時間前、静かに叩きつけられた言葉は、序幕と終幕を兼ね備えた大事な鍵だった。しかし、主人公であるはずの僕は、扉に近付くことさえ拒絶していた。 早い話が、現実逃避である。あの人が、この紙袋と孤独を、僕から奪ってくれることを願うのを止められずにいたのだ。 気の赴くままに、商店街をふらふらしていると、電飾が点滅し始めた。太陽は落ち切っていないが、空は既に黒を飲み込み、人工物の輝きを受け入れる準備ができている。 ケーキを片手に帰宅する会社員、プレゼントを抱き締めている子供、それから寄り添って手を絡める恋人達。幸せを目の中で輝かせている人ばかりが、僕の視界を占拠する。 僕は、左手を強く握り締め、鉄砲玉のように商店街から飛び出した。勿論、本音は不発のまま。
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走り疲れた体に酸素を取り入れてやろうとすると、酸素の代わりに大量の寂しさが、体中を巡り始めた。 ――いつだって現実が、神様からのプレゼントか。 自嘲気味に笑いながら呟いて、自分の走ってきた道を振り返る。その時僕は、自分の左手が空っぽになったことに気がついた。 僕の後ろで、僕によく似た“落日からのプレゼント”が、こちらを見つめていた。 後ろの彼に言われるがまま、僕は、右手も空っぽにしてみせた。
● 帰り道、半額の弁当を購入しようと、僕はスーパーへ向かった。 酒のつまみを探しに、お菓子売り場を横切ろうとした瞬間、あるものと目があった。 ――はいはい。買ってやるから。 幸せそうな表情をしたコアラを、僕は籠の中に入れる。そんな表情を見ても、もう何も思うことはなかった。
何、この駄作。← 初の三語、貴重な経験になりました。
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感想 ( No.4 ) |
- 日時: 2010/12/26 22:40
- 名前: 千坂葵 ID:QNP4Vrrw
>弥田さん 林檎の表現に脱帽しました。こういう表現、とてもツボでツボで。 落日、まぶた、眼球、心臓。よくこんなに例えられるなと驚きました。 味のある表現に心を抉られてしまいました。 こんな会話を異性とできたらいいな、と夢見てしまう私です。 >ぼくは生きていた。どうしようもなく生きていた。 この文章に思わず泣かされそうになりました。どうしようもなく泣きたくなりました。
>片桐さん ほのぼのとしてて読みやすかったです。いいなぁ、こういう作品。 ある日常の切り取られた部分みたいな感じで楽しかったです。 出てくる主人公の女の子が素朴で好きです。題材も上手だなと思いました。 精神的にやられてる時にこれ聞いたら、私も泣いてしまう自信があります。 ほんわかした気持ちになりました。ありがとうございます。
>自作 落日からのプレゼントは影。 結局夜にはひとりぼっち、か。
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メリー感想 ( No.5 ) |
- 日時: 2010/12/27 09:46
- 名前: 片桐 ID:sTKqH49U
>弥田さん
文章が面白いですね。冒頭の林檎のくだりから、一気に引き込まれました。 終始味のある文章で、一見脈絡のないこの作品世界を成り立たせ、独特の色を出していたと思います。シュールって一言で片付けるのは勿体無い作品でした。笑える雰囲気もあったからか、かえって最後は切なさが際立った感じです。 面白かったです。参加ありがとうございました。
>千坂さん
この作品も文章が良いです。自然とこういう表現ができるのでしょうか。すごいなあ。 初めての三語ということで、探りつつではあったのでしょうが、これから、を十分期待させてくれるものがありました。 「白い吐息の濃度なんて、九割が「今日」という日への憎しみである」「僕によく似た“落日からのプレゼント”が」なんて、良かったですよ。 また機会があれば、競作しましょう。
>自作 たまにはこういうのも、いいかな。
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もういくつ寝ると感想 ( No.6 ) |
- 日時: 2010/12/27 16:03
- 名前: 弥田 ID:rHqaMydg
>片桐さん クリスマスバースデイ、ってのがツボでした。 響きや込められた意図は場違いなくらいほんわかあたたかいのに、受ける印象はとても切ない。はうっ、と殴られたみたいでした。 この後にやった三語の作品が大好きなんですが、こういうのもいいですね。 うまく言えないんですが、ぬああって感じの読後感でした。
>千坂さん 感想コメみて、やっぱり詩人なんだなー、と思いました。 落日からのプレゼントは影。気付かなかったのは内緒ですw そして文体がパンクでかっこいい。こういう感じ、なかなか出せないです。 一度もうちょっと長い作品も読んでみたいです。 あと、りんごを眼球に例えるような人間にろくな奴はいないと思いますよw
>自作 ネタ的にちょっと不謹慎だったかな……。
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