っせーろっかーい ( No.1 ) |
- 日時: 2011/08/22 03:28
- 名前: 端崎 ID:qJ6k41bg
卵の殻は、割れたらもとには戻らないということ。赤ん坊が眼をあけるようになるということ。ビデオテープで録画した映画は、いちどみたら巻き戻さねばならないということ。そういったことにはちゃんとした理屈があるのだ。
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ボタンひとつで世界がすすむ。リモコンはどこだ、といって部屋中をかき回す。世界が巻き戻る。映画のなかで。『ファニー・ゲーム』のあのシーンを、デッキにむけたリモコンで巻き戻したことがあるだろうか。したことがなければやってみるべきだ。
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ボタンを、押す。ちぐはぐな齟齬があらわになる。 ギャスパー・ノエをみたことは? 『アレックス』は借りた? 特典映像をみるのではなく、本編を巻き戻しながらみるといい。 逆順させられていたぶつ切りのエピソードを、正位置からみるのでなく、エピソード内の展開、演技、せりふ、カメラワークたちを巻き戻す。
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このみっともないもの、といわれた、身体。わたし、というとき、あなた、がいるということ。からだとからだ、声と呼び名、気持ちと耳。へだてられている、ということ。きわ・きれ・はし、としての身体、があるということ・であるということ・をもつということ。
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シャープペンシルを握った利き手が箸をつかっておかずをつまむ。 街中で鳴っているいろんな音楽にあわせて、歩調がびみょうに変化する。 書くこと、しゃべること。 歌には? リズムがある? 自転車を漕ぐとき、その速度は? 日が沈んでゆくのをみたことがある? 自動車が汽水湖に架かった橋を渡るあいだに波が何回寄せて返すか数えたことは? 利き手の指を二本ほど、そっと立てて、左の首筋にあててみるといい。
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ぐりーんそらにん ( No.2 ) |
- 日時: 2011/08/22 03:08
- 名前: 影山 ID:mRkUmnnY
仏は匙を握ったまま突っ伏していた。年齢は三十頃。無精者、部屋着のTシャツには天国がどうとかのうわ言が異国の言葉で書かれている。カリカリに乾いたカレーの器で、行きとめの練習をするように黙っている。コイツァは血が壊れて死んだようです。シュジョが仏の青っ白い手の甲を撫でる。見ててください、と十得ナイフを取り出した。小指ほどの刃を引き出して、ゆっくりと仏の青い静脈を横切った。とたん、サンドバックを裂いたようにサラサラと赤い粉が零れ落ちた。玄関口で見ていた若手が、でぇ、と驚いて目を剥いた。 「毒か」 「毒にしたってぇ、こんな死に方聞いたこと無いですよ。血が粉になるだなんてリチャードチェイスじゃあるまいし」 「リチャード?」 「アメリカの殺人鬼ですよ。毒盛られて血が粉になるってんで、女を殺して血を飲んだんですよ」 シュジョはシャー、っとドラキュラのように牙で咬む真似をした。 「そいつはなんの毒でやられたんだ?」 「やだなぁ、被害妄想に決まってるじゃないですか。カデさん、ちっちゃいころ殺人鬼図鑑とか読まなかったんですか? メジャーもんの殺人鬼ッスよ。警察にあこがれる人間ってのは、皆殺人鬼をぶったおすために警察になるんでしょーが」
そんな訳、あるか。 シュジョの頭を一発手帳でしばいてから、部屋を見渡す。一人暮らし。飲酒癖有り。ただし発泡酒は飲まない。(ひしゃげた空き缶から想像する)自炊は怠りがち。生ゴミ用のゴミ箱は無く、コンビニの袋を二重にしたものに野菜の皮が突っ込まれている。コンロにかかった鍋には底にカレーが五センチほど固まっている。 シュジョは熱心に一本の菜ばしでそれをほじくりかえしながら具材を数えた。にんじん、にく、にく、なす、たまねぎ。出来損ないの呪文だ。丁度窓の外は赤くなり、夕飯の時間が近づいている。 「たまねぎ、にんじん、なすにくにんじん。カデさん、変ですよこれ。こんなカレーありえないですって」 「御前のオツムほどじゃ無いだろう」 馬鹿にしないでくださいよ、とシュジョが差し出した手帳には「にく」だの「にん」だのが丸で囲ってあり、その横に正の字が書いてある。 「これはね、残った具の数を数えたものなんですよ」 「そうだね、数えたものですね」 「見てくださいよ、これ、全部奇数個なんです。それにおかしいです。ジャガイモがひとつもありません」 「ジャガイモ嫌いだったんじゃねーの?」 「まさか、こんなオーソドックスなナスカレーを作る人間が、ジャガイモ嫌いな訳ありませんよ。ジャガイモは煮込み過ぎて溶けちゃったんですよ。それなのに、同じく溶けやすいたまねぎはしっかりと残っている。これはつまり……」 「つまり……?」 「このカレーは一度煮込んだ後に、さらに具材を追加されたんですよ」 シュジョの手帳をもぎ取って、もう一度頭をはたいた。つまりなんだってんだよ、結論から言えよ。シュジョは時折こうやって探偵じみた言動に酔ってしまう。悪い癖だ。 「カレーを作ったのはこの男じゃないですよ。無精者にしては、にんじんがきれいに面取りされてますし、それに何より具材が二人前です。しかも翌日分もある」 「単に四食分作っただけかもしれねーよ」 シュジョが、はふん、と笑った。 「いいですか、被害者が食ってるカレーで具材一人前を消費して、で、のこりのカレーの中にある具材がそれぞれ奇数の倍数あるんです。ということは、つまりこれは一食分だけ食べられたカレーなんですよ。なんなら彼の腹を裂いて鑑識に回しても良い」 男子厨房に、と聞いて育った人間にその理屈は分かりがたい。 「お前は味噌汁の豆腐の数をカウントしながら作って飲んでるのか?」 「さすがに一人のときは面倒ですけど、人と食べるときはきちんと等分しますよ、えぇ」 若手に視線を合わせると、ぶんぶんと首を振った。そんなものだろう。 「とにかく、これは調理者……いや、犯人が仕込んだ何らかのメッセージでしょう。不審な死を遂げた男。残された不自然なカレー。血を壊す毒。ミステリアスですね」
いつの間にか日が暮れて、アパートの隣室から魚を焼く匂いが漂ってくる。 シュジョは毒まみれ(の可能性が高い)鍋に顔を突っ込んで鼻を引くつかせる。 「緑色の毒物の香りがします」 後で聞くと、緑色のジャガイモはソラニンという毒素を過剰に含んでいるらしい。もちろん、匙を握ったまま死ぬようなモノではないし、今回の件とは無縁だろう。 死臭とカレーと魚の匂いにやられて、流しに唾を吐いた。 唾はまるで半ねりの歯磨き粉のようで、赤いマーブルが浮いている。
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