さーて始まります。三語。今日は各自が今まで書いたことのないジャンルに90分でトライ。三時半くらいまでに投稿してください。お題は「満月」「鴉」「果肉 」「熱気、」「冷たい」「崩玉」以上の中からみっつ以上使って作品を投稿してください。
※ グロ注意! 猟奇描写を含みます。---------------------------------------- 鴉がやってきて彼女の目玉を穿ろうとするので、わたしは棒をこしらえて、彼らを追い払わなくてはならなかった。 世界はがらがらと崩れ去って、それはあっけないほど簡単に瓦礫の山と化してしまって、たしかにわたしは世界が滅びても彼女ひとりが幸せになってくれればいいと願ったけれど、いつかたしかにそう祈りはしたけれど、こんなことは望んでいなかった。たしかに世界は滅び、たしかに彼女は幸せだといって笑ったけれど、たしかにその口許はいまも満足そうな微笑を浮かべてはいるけれど、それでもわたしの思い描いた未来は、こんなものではなかった。 鴉を追い払わねばならなかった。があがあと喧しく騒ぎ立てて、彼女の肉をむさぼろうとするこの忌々しい鳥たちを。だけど手近な棒といったら、崩落した建物からはみだす無骨な鉄筋くらいのもので、それは女一人の腕力でむしりとれるようなものではなかったから、わたしはしかたなく彼女の大腿骨を取り外さなくてはならなかった。 骨は、もう肉の残っていない脚から、力をこめるまでもなく外れたけれど、それがあまりにも手にしっくりと収まったので、わたしはよけいに悲しくなって、わあわあ泣きながら、鴉の群れを追った。 振り回した骨から、何か汁のようなものが飛んで、地面に落ちた。血液だか髄液だかわからないその濁った液体は、すぐに瓦礫の中に紛れて見えなくなって、わたしはまた嗚咽を漏らした。残さずに食べてねって、彼女はいったのに。あたしが死んだら、あなたがかけらひとつ残さず、きれいに食べてねっていったのに。 何羽もいた鴉たちは、憎々しげにわたしをにらみつけると、東の空へと逃げ去っていく。また戻ってくるぞと、その濡れたような背中が語っていた。お前が飢えて死んだ頃、お前の屍肉をあさりにくるぞと。いくらでも好きに喰らえばいい。わたしの肉も、内臓も、眼球も。だけど彼女には触れさせない。彼女の肉の欠片ひとつさえ、お前たちがついばむことは許さない。 わたしは手に残った骨の、関節の部分に舌を這わせて、そこにかすかにのこった液体を舐めとった。その味が苦いのか、それとも甘いのか、痺れたこの舌にはもう感じ取ることができなかった。 世界であなたとわたし、ふたりきりだったらよかったねって、口に出したことはあったけれど、それはこんな意味じゃなかった。 だけど彼女がいったから。あたしが先に死んだら、あなたが残さず食べてねって、そういったから。そうしたら二人、いつまでも一緒だねって笑ったから。だから、わたしは。 彼女の呼吸が止まり、その心臓が脈打つのをやめると、わたしは動かなくなった彼女の体を、もう一度だけ抱いた。 生きているとき、あれだけ熱く、やわらかくわたしを抱き返した彼女の肉は、どう触れてもぎこちなく軋んで、いくら愛撫を重ねても、そのこわばりは二度とほぐれることがなかった。彼女の体の内部には、かろうじてかすかなぬくもりが残っていたけれど、それが新たに生み出されたものではなく、消え行こうとする最後の熱のなごりなのだということは、頭で理解するよりもさきに、苦しいほど肌に沁みた。わたしは嗚咽を漏らしながら、彼女を抱いた。自分の指から、肌から、舌から、少しでも彼女に熱を移そうと、そのなごりを留めようと、必死に肌をこすり合わせた。 彼女の体の中に、もはやどんなかすかな熱の残滓さえ見出せなくなると、わたしはよろめきながら、この水場まで彼女を負ぶってきた。水は汚染されているかもしれなくて、その証拠といわんばかりに、いきものの棲む気配はかけらもなかったけれど、それでも目に見えるかぎりは、泥で濁ることもなく澄みわたって、涼しげなにおいを振りまいていた。いまも底のほうに、割れた水道管らしいものがゆらゆらと見えている。 その冷たい水で彼女の肌をていねいに洗いおえると、わたしは手元に唯一残ったまともなナイフで、彼女の足の肉を、ゆっくりと削いでいった。それを口に運んで、かすかに甘いような、塩気のうすい彼女の肉を舐めながら、痛いよって、そんなふうに彼女が顔をしかめるのではないかと思って、何度も顔を上げたけれど、彼女の死に顔はあいかわらず、満足そうに微笑んでいた。 二度目に鴉の襲撃にあったとき、自分の腕を見て、わたしは思わず笑い声を上げた。彼女がきれいだといって撫でてくれた自慢の肌は、斑に黒ずみ、痩せこけて、青黒い血管を浮かび上がらせている。爪はひび割れ、皮膚はかさついて、指は節くれだっていた。生きながら朽ちていこうとしている自分の体を見下ろし、痩せて薄くなった胸を、あばらの浮いた腹を、擦り傷だらけになった足を擦って、わたしは笑った。その笑い声をどうとったのか、鴉たちはすごすごと東の空へ逃げていった。 あの日から、空はいつも曇っている。一度だけわずかに冷たい雨が降って、彼女の頬をいくらか濡らしたけれど、あとは昼も夜もなく、暗い灰色の雲がどこまでも空を覆っているばかり。その空に舞うのは、忌々しい鴉ばかりで、そのほかの鳥も、野犬も、一度たりとも見かけなかった。 彼女の下肢を食べ終えたあとは、太腿へ、下腹部へ、脂で鈍くなったナイフでこじるようにして内臓をひとつずつ取り外すころには、あたりにすえた臭いが立ちのぼり始めた。はじめは熟れた果肉のような色をしていた彼女の肉は、もはや褐色に変じて崩れて、それでもわたしは黙々と、彼女をむさぼり続けた。あばら骨の間の肉をそぎ落とし、黄色い脂肪を吸って、太い血管を舌に載せて、凝った血の錆びたような味にえずきながら、わたしは彼女の肉を咀嚼し、血の塊を舐めて溶かして、ゆっくりと自分の中に取り込んでいった。 硬くなった肉を噛み締めつづけた下顎は、疲れきって痺れ、これでは最後に残った彼女の骨を噛み割ることなど、とても無理なのではないかと、その不安だけがいつもわたしの頭の中を占めていた。 蛆がわかずにすんでいるのは、時節柄だろうか、季節の移ろいなんてもう遠い過去のもののように思えたけれど、それはただの錯覚で、気温は一日一日、確実に下がっていく。 凍えるのが先か、飢えるのが先か。このあたりで地面の下に埋もれもせずに露出している死体は、彼女のほかには見かけないし、仮にあったところで、彼女以外の肉など、食べる気になれるはずがない。 彼女の頬に歯を立てると、自分の歯がぐらぐらと、危なげに揺れるのがわかった。だけどもういい。あともう少しもってくれれば、それでいい。残りはわずかだ。これほど腐敗が進んでも、まだ満足そうに微笑んでいる、この顔で最後。 どこか遠くで、鴉ががあがあと喚いている。ああ、ほんとうに耳障りな連中だ。少しのあいだくらい、黙っていられないものか。どうせもう、それほど待たせはしないのだから。----------------------------------------「鴉」「果肉」「冷たい」 ジャンル縛りは「エログロ」でしたが、どう見てもエロ足りてませんね。ちぇっ。
夜は冷たく沈んでいる。 ルーは、先ほどから一言もしゃべらない。赤い羊の毛を編んだ敷物の上に、うつ伏せに横たわっている。白い背中が、満月に照らされて光っている。 月は、もう中天に近い。ルーの背中の瘤も、徐々に大きさを増している。「ルー。寒くない?」 ルーは答えない。代わりのように、びくん、と瘤が脈動した。「痛くない? ルー。大丈夫?」「大丈夫よ」 思いかけず返ってきた言葉に、苦痛の色はなかった。「痛くはない。背中が、熱いだけ」「そう」 それではあまりにも冷淡だと思い、「よかった」 と付け加える。空々しさに、ルーは笑う。「オーリーこそ、大丈夫なの?」「何が」「わたしがいなくて、大丈夫なの? これから一人になっちゃうのよ」「大丈夫だよ」 むきになって答えるが、自分でもそんな言葉は信じられなかった。僕は、生まれてからの十四年と半年、一人になったことなど一度もなかった。同じ木の下に産み落とされて、同じ木の葉の上からご飯を食べ、同じテントの下で眠り、同じ獲物を追いかけた。僕の右手は、常にルーの左手とつながれていた。ルーと僕は、二人で一つだった。僕の喜びはそのままルーの喜びで、ルーの悲しみは、そのまま僕の悲しみだった。「大丈夫よ」 僕の不安を正確に探りあて、ルーは言う。「どうして」「大丈夫よ。だって、一人になるのなんて、ほんの半年のことじゃない」「半年経ったって、会えるかどうかわからないじゃないか」「大丈夫よ」 きっぱりと、ルーは言う。「大丈夫よ。会えるわ。だって、私、迎えに行くもの。半年経ったら、最初の満月の日に、オーリーを迎えに行くわ。そして、それからずっと、二人は一緒よ」「ルー」「きっと、迎えに、行くわ」 ルーの声が、不意に、震える。びじ、と肉が切れるような音をたて、瘤が、膨らむ。 月は、中天にあった。 ルーの喉が、苦しげに息を吐く。その度に、瘤は縮み、膨らみ、徐々に大きさを増していく。瘤は一面が血管に覆われ、まるでむき出しになった臓器のようにも見える。 ぐるるううううううううう、と、聞きなれない呻きが聞こえた。獣かと咄嗟にナイフの柄を握り、気付く。これは、ルーの声だ。 びくん、びくん、と、瘤が、膨らむ。そして、 爆ぜた。 熱気を孕んだ爆風が、僕を打った。顔を覆い、後退りながらも、どうにか持ちこたえる。何か、生ぬるいものが、手に、額に、ぶつかる。何かと思い、指先で探ると、粘ついた感触と、慣れた匂いが立ち上った。血だ。 ルー。 目を開けると、そこには『鳥』が立っていた。白い肌と、丸い乳房を月明かりに晒し、ぐっしょりと濡れた黒い翼を持つ、まだ若い『鳥』が。 ルー。 呼びかけたいのに、声は出ない。『鳥』は瘤に押し込められていたせいで歪んだ翼を、ばさり、と広げた。風に乗って血の匂いが、鼻孔を突き刺す。 初めて近くで見る翼は、鴉のそれに似て黒く、そして余りにも、大きく、力強かった。汗で湿る手で、僕はナイフを握りしめる。手が、寒さに震えているのに、頬は妙に熱く、体中に汗をかいていた。 怖い。 その言葉に思い至り、僕は愕然とした。だが、そうとしか言いようがなかった。僕は、怯えていた。 ルー。 声は、出ない。足も、動かない。『鳥』は表情の見えない瞳で、ちらりと僕を見ると、背を向けた。 ルー。 『鳥』もう一度、翼を広げる。そして、白い小さな足で、土を蹴り、夜空へ身を躍らせる。ごう、と風が巻き起こり、僕は耐え切れず、目を閉じた。耳には、翼が夜気を叩く音だけが、届いた。 音が止み、目を開くと、そこにはもう、何もなかった。『鳥』もルーも、もういなかった。 ただ血に塗れた少年が一人、震えているだけだった。※ファンタジーですが、やってることはいつもと一緒、という。
冷たい満月が光る夜 マンホールの下を覗いてご覧流れているのは腐った水じゃなくて 血液赤い羊水のスープに足首まで浸かっている天井からは球体関節人形がたくさんぶら下がっていて、壊れたがらくたが、あっちこっちで羊水に濡れている(死んだ駒鳥、パンプティダンプティ、杜松の木の種!)ずたずたの世界でひとり笑ってる あの子の名前はメアリー・アン今夜も母さんから教わった唄を めちゃくちゃな調子で歌ってるロンドン橋が落ちる 落ちる落ちるロンドン橋が落ちる My fair lady(重たい土の下に埋められたメアリー・アン。優しい恋人の手を振り払うほどに、彼女はこの街を愛していたのです)ハンプティ・ダンプティは塀の上 ハンプティ・ダンプティは落っこちた王様の馬と王様の家来を連れてくる ハンプティ・ダンプティを元通りにできなかった。(まんまる卵、一度壊れたものは元に戻らない。飛び散った黄身をひと舐めして、メアリー・アンはにっこり笑った)ソロモン・グランディ月曜に生まれて 火曜に洗礼 水曜に結婚して 木曜に病気 金曜にひん死 土曜に死んで 日曜に墓の中(わたしたちの人生とちっとも変わらないじゃない、とメアリー・アンは眉を歪めた)バラの花輪を作ろうよ ポケットにはハーブがいっぱいハクション! ハクション! 皆一緒にしゃがもうよ(肌に浮き出た赤い斑点、おまじないなんか効きやしない。メアリー・アンは、小さなくしゃみをひとつした)一人の男が死んだのさ とてもだらしない男墓にいれようとしたがどこにも指がみつからぬ頭はゴロンとベットの下に 手足はバラバラ部屋中に ちらかしっぱなしだった(弾けた脳みそは果肉みたいなピンク色。メアリー・アンは欠けた爪を飲み込んで、血のついた斧を振り回した)月に住んでいる男 さっさと月から降りてきてノリッジの道を聞いた 南からいって 口にやけどつめたいおかゆをスプーンで食べて(あらあら寂しくなったのね、まだ刑期は終えていないというのに。メアリー・アンは呟いて、そっと茨を齧った)リジー・ボーデン斧を手にして おやじを40回めったうち我にかえって今度はおふくろ 40と1回めったうち(最後には自分の頭を40と2回殴りつけて。千切れた耳朶拾い上げて、メアリー・アンは飲み込んだ)彼女は今夜も歌ってる 首に縄を巻いたまま甘い毒をひとくちお舐め ひとを殺すのに理由なんていらないでしょう?彼女は今夜も探してる 一緒に歌ってくれる人をあなたもあの子もかれもかのじょも さあおりておいで マンホール下のパーティに--------------------------------------------------「満月」「果肉」「冷たい」(参考にさせて頂きました→http://www.geocities.co.jp/Milano-Cat/3878/)
名前はまだないの、と少女は言った。 誰のものでもなく、彼女自身の名前がない、という意味だと悟るのにわずかばかりの時間を要した。 私が仕事に夜を選ぶのは、昼の煩わしさから解き放たれ、ただ文字の世界に没頭できるというごく当たり前の理由による。書斎にこもり、原稿用紙に向かってペンを奔らせるには、あらゆる雑音から開放されねばならない。かましい呼び鈴や電話の音、頭の悪い子供の奇声、車のエンジン音、それらを遮断してようやく私は文字を紡ぐという行為に自身を向かわせられる。世界を遮断し、内なる声が沸きあがるのを聞く。それはどこまでも孤独な作業であらねばならなかった。「あなたが名前をつけてよ。意味はどうでもいいから、響きの良い名前を」 書斎のドアの前にたたずんでいる少女は、私を見つめ続けている。白いワンピースを着た少女はひどく痩せている。およそ手入れをされていると思えない長い髪からのぞく白い顔は精気に乏しく、スカートから伸びる脚には青く血管が浮かんでみえた。儚げというよりは、せん病質という印象を受ける。年の頃は十二、三歳といったところか。少なくとも、私の知り合いに、そのような少女はいない。「君は誰だ? どうやってこの家に入った?」 私は問い掛けながらも少女を厳しく睨む。深夜に他人の家に侵入するなど、悪戯にもほどがある。 少女は私の質問に失望でもしたかのように肩を落とすと、書斎の本棚の前を歩き始めた。「へえ、凄い数の本。英語の本もあるのね。さすが作家さんだわ」 独り言のように呟きながらも、私に十分聞こえるように少女は言う。「君は私が物書きをしているということを知っているのか?」 仮にそうであるならば、熱心な読者が好奇心から作家の家に訪れたことになるのか。いやしかし、私はペンネームを使っているし、ファンレターの類は全て出版社宛に送られる手筈になっている。侵入したのち、私が作家であると知ったのだろうか。「先生は、この本を全部読んだの?」 書棚から一冊手にとって、少女は首を捻りながらページを捲る。「ねえ、先生。先生ってば!」 私が答えないでいると、少女はようやく私の方を向いた。 少女は視線を逸らさない。答えるまでずっとそうしているとでも言わんばかりに微動だにしなかった。私は堪えきれず不機嫌を装って視線を赤の絨毯に落とした。アハハ、という笑い声が耳を突く。「そうね、そうだったわね。先生って呼ばれるのをあなたは嫌いだった。ね、三崎さん」「君はどこまで私のことを知っている?」「さきにわたしの質問に答えてちょうだい。あなたはここにある本を全部読んだの?」「全部は読んでいない。寄贈されたものや、資料としておいているものも多いのでね」「なーんだ、そうなんだ。読みもしない本が並べられているだけなんだ。作家の人ってみんなそうなのかしら」 少女は幻滅したようにあからさまに肩を落とし、手にしていた本を書棚に直した。「わたし、あなたの作品って好きよ。夢があって良いと思う。たとえばそう、二人の子供が二人だけの言葉を作って世界を冒険する話。あれなんてとても好きだった」「そうか。君は私の作品の……」「ええ、あなたの大ファン」「それはありがたく思う。しかしね、勝手に人の家に入るというのは褒められたことじゃない」「ごめんなさい。わたしどうしてもあなたに会いたくて、会って相談したいことがあって」「相談?」「ええ、今度歌を歌わないといけないの。発表会があるのよ。でも私、自信がなくて、心配で不安で、こんな素晴らしい本を書く人なら私の気持ちを分かってくれるんじゃないかって思ったの」「君は歌うことは嫌いなのかい?」「いいえ、大好き。わたしには歌うことしか能がない。歌が好きで、歌のために生きていきたいって思ってる。でも周りの子たちと比べると、自分なんて駄目だって思えてならなくて」「君はまだ若いんだ。歌が好きなら、自分がその歌を好きだという気持ちをそのまま歌えばいい。他の誰とも比べる必要などないさ。君が心から大切に歌った歌ならば、きっと誰かに届くはずだ」「ありがとう。ありがとう。やっぱりあなたに相談して良かった。あなたなら、あなたなら、素晴らしいアドバイスをくれるって、くれるって……」 キヒヒ――と、少女はこらえ切れないというように笑い始める。 その笑い声があまりに耳障りで、私は思わず咳払いの真似をした。 しかし、少女の笑い声は止まらず、高笑いへと変わっていった。「だめ、我慢できない。キヒヒ。そんなふうにしてあなたは自分を励ましてるのね。心から書いた作品は誰かに通じるって思って。自分にしか書けない作品があるって。アハハ。すごい、すごい」「君は私に何を言わせたい。私の何を壊そうとしている」「いえ、大層なごたくを並べておいて、実際書き上げる作品があんなカスだと思うと面白くて。ごめんなさい」「君は私の作品のファンでは……」「ええ、大ファン。あなたみたいな人でも物書きを名乗っていると思うと、本当に笑えるもの。妻は若い男に寝取られてしまった。あなたは自分の不能を呪いながらも、下手な文章を書くことでそれを誤魔化す。子供たちのために書くんでしょ? 子供たちの未来のために。笑える。本当に。」 キヒヒ。 少女が耳障りな声で笑う。 キヒヒ。キヒヒ。キヒヒ。「黙らないか。黙れといっている」 キヒヒ。キヒヒ。キヒヒ。「黙らないなら、きさまを」 私は少女のもとへ駆け寄り、その首に手を掛ける。「黙れ。黙れ。黙れ。」 首を絞める。爪を立て、渾身の力を込めて。 恐ろしく冷たい肌からなお血の気が失せた。弛緩しきった表情がにやけているようで腹が立つ。 私は少女だったものを引きずり、庭へと運ぶ。 私は墓を掘る。墓の隣に墓を掘る。 一体何体目の亡骸となるのだろう。いや、それは間違いなく十三番目だ。私がこれまで上梓した本の数と等しいかずの墓標を立てた。 新たな亡骸を地中に埋め、私は満足した顔で、書斎へと戻っていく。 さあ、書こう。私の作品を、子供たちが待っている。
ぼうっとする視界のなかでシェナイが手にしたナイフは月にぬれ、冷たいひかりが部屋に閃いた。 果物を剥く、しゃり、しゃり、という音をぼくは小気味よくきいている。ほそながくしなやかな指はよどみなく動く。剥かれた皮はだらだらととぐろをまいて彼女の手元の小鉢に落ちてゆき、果物は、その果肉をしだいに露わにした。「はい、どうぞ」 とさしだされたまる剥きの果実をうけとると、小ぶりながらしっとり重く、あわくきいろの注した果肉はよく熟れていた。「こういうときにはよく効くの」 寝台に横たえた身体はだるく、どうやら風邪をこじらせたようだった。風土がかわれば風邪をひきやすいとはいうが、こんな異郷までやってきて、やはり異邦人の身体は融通がきかない。 夕刻、林で嘔吐しているところを心配してくれたのがシェナイだ。近くにあるあずまやまで案内してくれ、看病までしてくれた。「ありがとう」「ううん」といってシェナイはあくびをひとつした。そのときちらりとみえた口の中に、鋭くとがった歯をみつけ、どきっとする。けれど「眠くなっちゃった」 屈託なくいいながらごそごそと寝床をつくりはじめるシェナイをみていると、小柄でかわいらしい。かがんだ背中の下からは、ふさふさと毛並みのよい尻尾が一本揺れている。じっと眺めていると、気づいた彼女は「食べないの?」 といってこちらへ帰ってくる。 ぼくは果実を眼の前までもってきて、「ごらんよ」という。「満月みたいだ」「そうね」といってシェナイが笑った。「もう寝ましょう」 外はしずかで、虫の音ばかりが耳に届く。
「わ」 夜、彼女の住むアパートを訪ると、異臭が鼻についた。臭いのもとを探って風呂場のドアを開けると、ムワッと熱気や湯気や、それとなんとも言いがたい酷い臭いが浴槽から飛び出してくる。湯気をかき回して中にはいると、浴槽では彼女が死んでいた。追い焚きをし続けたのだろうか。皮膚は煮込んだ果実ように剥けて、お湯を濁らせている。何かの安全装置が働いたのか、もうガスは止まっているようだ。お湯に手を入れてかき回してみてもぬるい程度だった。撹拌され湯船の中で、片栗粉がだまになったようなよく判らないものがもやもやと踊っている。なんというか全体的に、お食事中の方ごめんなさい、みたいな光景だった。ここにきてようやく、僕の口から驚きの声が漏れる。なるほど、彼女が僕を鈍い鈍いと言っていたのはこういう所なのだろうな。それにしても、ドラマとかで死体を発見した女の人の叫び声ってすごいよね。どうやってあの声を出しているんだろうか。そもそも無意識にあんな声がでるだなんて、僕には信じられない。どんなに驚いてもせいぜい「うお」くらいじゃないか。 ともかく警察をよばないと。「おう、これはまれに見る凄い死体だ。こんなものを見たのは、首をつって死んでからダンプカーにひかれて川に落ちて一週間後にサワガニが群がっているところを見つかった死体以来だ」 と鑑識のおじさんが浴槽に入ってきて言った。「君がやったの?」 と聞くので首を振って答える。「今来たばかりです。昨日のアリバイもあります。ずっと世界の車窓からを見てました。オランダのなんとかって街について流れていました」「それは完璧なアリバイだ。私の見立てではちょうど昨日の夜11時くらいが死亡時刻だからな」 時間を聞いて、はっと思い当たることがあった。「あ、彼女との電話を切ったすぐあとだ」「なるほど。喧嘩でもしたのかい。状況から見て自殺だろうな」「いえそんなことは……なぜ死んでしまったんだ」 そんなことはなかったと思う。思い当たることはなかった。彼女に聞こうにも、答えてくれるわけがない。「まったく、そんなことも分からないの。だからあんたは鈍いって言うのよ」 浴槽に浸かりながら相変わらずの口調で彼女は僕を罵るばかりだ。「そんなこと言ったって。本当に思い至らないんだ」「それよりもお嬢ちゃん。よくもまあ、熱湯に浸かって死ねたね。普通熱くて飛び出るよ」「毒を煽ったのよ。ガスをつけっ放しにしたのは徹底的に死ぬためにね」「なるほど。よくわかった。俺の仕事はこれでおしまいだな。あとの細かい事情はお二人さんで話しあってくれ」 僕と彼女はおじさんに「ありがとう」とお礼を述べて見送った。おじさんが出て言ったあと、ふたりの間に気まずい沈黙が訪れる。自殺した人間に「なんで自殺したんだ」なんて、やっぱり聞きにくいじゃないか。 彼女がなにか言いかけようとしたとき、浴槽の外で足音が聞こえ、また鑑識のおじさんが入ってきた。「おっと、ちょっともう一つ気になることがあったんだ」「どうしたんでしょう」「君は死亡推定時刻を聞くまえに、その時間にはアリバイがあったと言ったね。なぜその時間に死んでいたと知っていたんだい」 なるほど。ドラマとかで犯人がよく犯す初歩的なミスだ。「紫斑とか、死後硬直とか、そう言うのから僕なりに死亡推定時刻を割り出したんです」「なるほど。よく知ってるね」「彼女が死んでるのを見つけたの、これで八回目ですから」「君もすっかり顔なじみになったよなあ。第一発見者のプロだ。その鑑識能力を活かすためにうちで働かないかい」「僕、労働アレルギーなんでごめんなさい」「わかったよ。いやこれで謎が溶けてすっきりした。こんどこそ私は帰るよ」 それから彼女は大きくため息を吐いた。「そうよ、八回目なのよ。私が死ぬの。なのになんであなたは別れようとか、他の生きた彼女を見つけようと思わないの」「昨日さんざん電話で言ったじゃないか。僕は死んでいようが、君のことが好きなんだ」「じゃあ私はあんたが嫌い。だから別れなさい」 そんな言葉嘘だってわかっている。彼女は自分がもう死んでいるから気をつかって、僕と別れようとしているのだ。たしかにそれはひとつの愛情かも知れない。けど、だからって僕が彼女のことを忘れられるかというのとはまた別の話だ。「またその話か。飽きないね。君も」 話が長くなりそうなので、その前にとトイレに入る。トイレの中には手首を切って死んでいる彼女がいた。白く冷たい顔をあげて、彼女は濁った瞳で僕を睨みつける。「ちょっと。入ってるわよ」「あ。ごめん」 今には首を吊った彼女が居て、僕を見ると「ともかく私なんかとは別れたほうがいい」と身体をゆすって怒った。僕は対抗して怒ったふりをして。「本当に僕のことを嫌いだって、ちゃんと目を見て言えるのかい」 すると彼女は口ごもり、「き、嫌いだもん」と言う。可愛い。「ほら君だって僕のことが好きじゃないか。はいはい、この話は終わり。僕は帰るよ」 居間に転がっていたペットボトルを拾って風呂場に戻った。彼女が死んでいる浴槽の水をペットボトルの中に入れる。「な、なにしてるの」「今日の夕飯にでも飲もうかなって」「ちょっと、そんなの汚いから飲まないでよ」「平気平気。君のなら汚くない」「汚いってば」 浴槽で騒ぐ彼女を無視して、僕は玄関で靴を履く。浴槽から「そんなの飲んだら、私死んでやる」と声が聞こえた。何言ってんの。死人に口なし、だろ。****************50分くらい。苦手なジャンルであるグロと、かいたことない気がするジャンルである恋愛ものをくっつけてみました。変なものができた。