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RSSフィード [41] 郵便受けの中に食べかけのプリン小説の巻
   
日時: 2011/09/17 23:19
名前: 片桐 ID:WXVvW6ag

今日はまた趣向を変えて、冒頭をある共通の出来事から始める小説、というのにチャレンジしてみます。その出来事とは『郵便受けの中に食べかけのプリンが入っているのを見つける』です。そこから物語をスタートさせて作品を仕上げてください。

締め切りは今からだいたい一時間。多少遅れても問題ありませんよー。
楽しめそうなら、どなたでもご自由にご参加ください。

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虚穴 ( No.8 )
   
日時: 2011/09/18 01:26
名前: 片桐 ID:a1xijYQ2

 太陽を見るとくしゃみが出るのはなぜだろう。長年気になるようでいて、その原因をあえて探ろうとは思わない。ただ、くしゃみをするとなんとなくすっきりするから、朝陽を浴びると自然と眼をそちらに向けてしまう。今日も俺はいささか芝居がかったくしゃみを三度ほどし、いそいそと郵便受けに手を伸ばした。
 新聞と近所のパチンコ屋から送られてくるハガキを取ると、近所の人にだらけた姿を晒すのも憚られると思い、そそくさと踵を返す。
「ん?」と思わず口にしたのは、残像の中に、奇妙なものが残っていたからだ。自然と振り返り、郵便受けの中を改めて見る。あきらかにそれは――。
「プリン、だな」
 つぶやいて、我ながら間抜けな反応だと思ってしまった。M社から発売されている、焼きプリンだ。しかし、いったいなぜ郵便受けの中に入っていたのだろう。俺は訝しみながらもプリンを手にする。カップ上部の封はそのままの状態で、誰かがごみとして捨てたわけではなさそうだ。
「ああ、そういえば」
 またつぶやく。一人暮らしが長く続くため、寂しさを紛らわすためにそんな癖ができているのだ。
「そういえば、俺、昨日このプリンを買ったじゃないか」
 俺は疑問が氷解したといった風に頷き、事の顛末を想像する。
 きっと、門の近くでプリンを落としてしまい、近所の人がそれを俺のものだと思い、郵便受けに入れておいてくれたのだろう。昨日は帰りが遅かったから、寝ていると思ってあえて呼び鈴を鳴らすこともしなかったんだな。
 朝から善意に触れた思いで気分よく家の中に戻る。居間に腰を下ろすと、せっかくだから朝食として食べようと思い、プリンの封を開けた。
「ん?」とまたまたつぶやく。「なんでだ?」
 見れば、プリンの上部表面に、ぽっかりと穴が空いていた。まるでスプーンでそこだけくり抜いたように、凹んでいる。食べかけのプリンといったところだろうか。
 俺は記憶を改める。確かに封はしてあった。それを俺は開いて、今から食べようとしたのだ。なのになぜ、食べかけプリンになっているのだ。
 封を調べても、小さな穴が空いているようには見えない。注射針で、吸引したわけでもないだろう。ではどうやって封をしたままプリンを食べたのだろう。いや、待て、これが昨日俺の買ったプリンであるなら、昨晩誰かがうちに侵入したのではないか。そうだとするなら、なぜこんな中途半端な嫌がらせをするのだろう。
「わからん」
 そう。わかりようもないことだった。
 結局俺はそのプリンを廃棄し、朝の支度を済ませると、仕事に向かった。
 仕事をしていればそんなささいな疑問などこかに消えて、すべては日常に帰った。

 翌朝、今度は食べかけのゼリーが郵便受けに入っていた。
 なぜだ、と誰にというわけもなく問う。昨日とまったく同じように、封をしたままの様態で、ゼリーの上部表面真ん中あたりにぽっかりと穴が空いていた。戸締りは確認したあずだというのに、一体なぜこんな事態が起きているのかさっぱりわからない。不気味ではあるが、恐怖すべきかどうかもわからないのだ。
 俺はその夜、寝たふりをしながら周囲を警戒しつづけた。寝られるはずもなく、時計の秒針が進む音を聞きながら、鼓動を高鳴らせる。

 しゅぽん。

 不意にそんな音が聞こえた。排水溝に水が呑まれるような音だ。
 電気を点けると、テーブルの上から、一冊の文庫本が消えていた。
 侵入者がいなかったのは間違いない。それでも確かに置いていたはずの文庫本が消失しているのだ。まさか、と思い、玄関を飛び出て、郵便受けの確認に向かう。
 そこに、ぽっかりと穴の空いた、俺の文庫本が入っていた。

 仕事をしながら、友達と遊びながら、女を抱きながら、俺はいつもそのことを考え続ける。その不可解な現象の意味を問い続ける。すると、プリン、ゼリー、文庫本。それぞれの消失にはある共通点があるとわかった。それらは居間のテーブルの上のある地点に置かれていたのだ。そして、夜二時半になると、しゅぽんという音と共に一度消失し、ぽっかりと壱円玉サイズの穴をあけた姿で、郵便受けの中に移動する。なぜそんなことが起きるかはわからないが、確かに起きる、ということは疑いようもない。
 俺は毎日そのポイントにさまざまなものを置いて、その消失と出現を繰り返し続けた。異次元の入り口と出口が我が家の中にあるようで、興味は尽きない。
 
 あるとき、俺はふと思いつく。
 ドーナツを置いたらどうなるのだろう。
 もともと穴が空いたものをあえて置いたなら、それはどういうものとして再び現れるのだろう。まるでいたずらを思いついたように、俺はほくそ笑んだ。
 深夜、それはしゅぽん、と消える。
 俺は期待を胸に郵便受けを覗きに出かけた。
「なんだよ」
 期待は外れに肩を落とした。ただのドーナツがそこにあるだけだ。
 ドーナツを手にして、もうこの遊びもいいか、と踵を返し始めたとき、俺はある異変に気づいた。ドーナツの穴に入れた俺の親指が消えているのだ。いったい何が起きているのだろうと、家に戻って灯りのもとで確かめる。すると、灯りの中にあるというのに、ドーナツの中心が暗い。まるで、光を飲み込むように、そこだけが異質な空間としてそんざいしている。
 俺は指を突き入れ、突出し、その謎の空間に体の一部が出入りするさまを楽しんでいた。そして、なんとはなしに、その穴を眼前にもってきて、覗いてみる。
 
 しゅぽん。

 突如世界は闇になった。
 動けない。見えない。聞こえない。
 それでもわかることは、俺の体がどんどん丸まっていくことだ。
 俺は丸まり、縮小していき、最後はきっと球になる。ちいさなちいさな球になる。
 そしていつか、球が破裂したとき、俺は無限に拡がるのだ。
 意識さえ縮小していくなか、懐かしく甘い味をかすかに感じた。

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