じいちゃんの贈り物 ( No.8 ) |
- 日時: 2011/01/23 00:07
- 名前: ムー ID:IFWmsJhA
「そういえば、博人君は昔からおじいちゃん子だったわよねぇ」 親戚の佐織おばさんが不意に誰ともなく呟き、俺は俯いてあの「最後の日」のことを思い返していた。 あの日は・・・そう、憎たらしいくらいに晴れた日だったと思う。
「ダウジングマシン?」 なんでそんなもん俺にくれんだよ?と、怪訝な声で問いかける俺には答えずに、じいちゃんは済ました顔で煎茶をすすった。 「そうじゃよ。わしのような老人、通称暇人が一日の間に考えることなんての、可愛い孫の役に立ちたい、もっと美味しいお茶が飲みたいとせいぜいこの二つだけじゃ」 「そりゃ・・・まあ、分からんこともないけどさ。というかその茶、30分前に淹れた奴だし」 「そうかの、じゃあ淹れなおしてきておくれ」 「その妙な改造品の用途を聞いたらな」 「用途も何も、だうじんぐましぃんじゃと言っておるじゃろうが」 俺の祖父・・・は、自称「発明家」という変わった人間である。その名の通り、もう90を越えようかと言う高齢なくせに足腰はしゃんと立っていて、背は曲がらず真っ直ぐに、子供だましな発明を続けていた。とは言っても、せいぜいテレビのリモコンを隣の部屋からでも使えるようにするとか、掃除機の馬力・・・ここは敢えて馬力と表現させてもらうが、それを一般家庭で使うレベルじゃないものにまで引き上げたりすることくらいだから、発明というより改造に近そうだ。 その珍妙な人柄からか近隣の住民、俺の家族ですらも微妙に距離を置いていたが、じいちゃんはそんなこと気にしていないようだった。勿論、俺も気にしなかった。 昔から、好奇心旺盛な子供だった。・・・・と、昔の俺を知る人間からは高確率でそれをじいちゃんとの共通点として挙げられていた。 嗚呼、否定はしやしない。現に俺はあの時あそこにに行っていた。家の地下を無断で改造した、始終油や何かの薬品の匂いの漂うじいちゃんの「研究室」に。 幼い頃好奇心に任せて研究室を探検し、危うくじいちゃんの発明品・・・改悪品の失敗作らしきものに腕を切り落とされかけたことがある。あれは確か、植木の伐採用具の改造だったか。幼かった俺はその事実にトラウマを感じるどころか、発明家に秘密の研究室という最高に燃えるシチュエーションに感銘を抱き、それ以来改悪品を押し付けられるだけだと分かっていても毎日あそこに行くのが日課になってしまったのだが。 そんなことを懐かしく思い出している間に、じいちゃんは俺の手のひらにぐい、と自らの発明品を押し付けてきた。 ダウジングマシン。意味は分かる。テレビとかでよくやっている胡散臭いアレだろう?日本の折れ曲がった棒を持って歩き回れば地面に埋めてある何かが見つかるとかそういった類の。確かに、俺の手の中に納まったそれは大部分金属だったがそれらしい形状をしていて。 「・・・ああそう。で?これが今回の発明なわけ?」 「そうじゃよ。煎茶を淹れなおすのを忘れないでおくれよ」 「うん忘れないけど。・・・何でまた、ダウジングマシン?」 何か見つけなくてはならない過去の遺物でもあるのか、それとも家の庭に埋蔵金でも埋められていると言うマル秘情報でもキャッチしたのか。 年頃男子なら誰もが考えるであろう「男の浪漫」を期待して問いかけてみる。・・・が、返ってきたのは拍子抜けの答えだった。 「別に特に意味などありゃせんよ。お前がそれを持ってちょっと近所をうろついてみたら面白いことになるんじゃなかろうかと思っただけじゃ」 「意味ねぇのかよ!?何かこう・・・お宝が埋まってるとかいうのじゃねぇの!? 「そんなものでは無い。そのマシンはの、大切なものにだけ反応するんじゃよ」 「どういう意味だよアホボケジジィ」 「つまりの、そのマシンはの。・・・お前さんの大切なものを見つけるのに役立つんじゃ」 じいちゃんは煎茶の入っていた湯飲みを俺に差し出し、にやりと少年のような笑みを浮かべて俺に言ったのだ。 「大事に使え、博人」
俺のじいちゃんとの思い出は、そこで終わっている。この上に新しい物語が刻まれることはもう永遠に無い。 健康そのものに見えたあのアホボケジジィが、あの日の翌日に心筋梗塞で倒れるなんて、一体何処の誰が予想したのか。 あのダウジングマシンは、今でも使えずに机の中にしまい込んである。 大事に使えって何だよ、無理だよじいちゃん。意味分かんねぇ改悪品ばっか作って、最後に最高に意味分かんねぇモン押し付けて勝手に逝きやがって。 あの研究所にも、じいちゃんが死んでからもう随分と足を運んでいない。あの機材も、あの薬品も、今じゃ使う人が居なくて埃を被っているんだろうか。 「・・・・・沙織おばさん」 「何?博人君」 「研究・・・いや、うちの地下室ってどうなってるんだろ、今」 「私に聞かれても分からないわよ。・・・ああ、でもね・・・」 次の瞬間、俺の心臓は嫌な音を立てて飛び上がった。 「貴方のご両親が、あのわけの分からないものを全部お掃除して物置にしちゃおうかなって言ってたわよ?」
我にかえると、俺は自分の部屋の前に立っていた。どうやら夢中で走って二階まで上がって来たらしい。たったこれだけの距離走っただけなのに、心臓がバクバクと鳴っている。 机に近づいて引き出しを開ける。そこには新品のままの、じいちゃんのダウジングマシンが入っていた。 「・・・俺の、大切なもの」 手にとって、地面に水平に構える。手の中で棒が少し振動した気がした。かと思うと、およそありえない勢いでブブブッと揺れ、回転して出口を指し示した。 それに従い、部屋を出て階段を下る。再びどたばたと戻ってきた俺を見て訝しげな顔をした佐織おばさんの目の前を走りぬける。 分かっていた。 なんとなく、予想はしていたんだ。 地下室の扉の前に辿りついたとき、マシンの振動は治まった。 「・・・“大事に、使え”」 俺にとって、大切なもの。それはモノじゃなくて、ここに詰まったじいちゃんとの沢山の思い出。 扉を開ける。手のひらに伝わる馴染んだ感触。 そこには、じいちゃんの研究室があった。当たり前だけど、じいちゃんの使っていた機材と、薬品と、空間があった。 今度は俺が引き継いでいく。これを。 いつか子供が出来て孫が出来て、一緒に発明して、じいちゃんの空間を伝え続けていこう。 「ありがとう。大事に使うよ、じいちゃん」
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