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RSSフィード [53] 虹色戦隊TCレンジャー!
   
日時: 2012/05/20 21:56
名前: 片桐 ID:TpQ4WxX2

ひっさしぶりにミニイベントをします。
チャットにいるメンバーは、自分が普段チャット上で使っている「色」をテーマやモチーフとして、小説を書いてください。また、飛び入り参加されたい方は、自分が好きな色をテーマやモチーフとして書いてみてください。

制限時間は、11時まで。多少の超過はご愛嬌ということで。たぶん、誰も気にしません。
できなくても良いじゃない、できたらもうけものって感じで、一時間楽しんでみましょう。
では、スタート。

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green time ( No.7 )
   
日時: 2012/05/21 03:56
名前: 片桐 ID:6ioV39hw

 娘のサアラを連れ、灰の街を歩いていた。元来アウネルと呼ばれていた街が、灰の街などと呼ばれるようになって、もう何十年が経っただろう。遠い異国で続く紛争で舞い上がった灰が、気流に乗ってこの街まで運ばれてくるのだというが、本当のところはもう誰にもわからない。今なお降り積もる灰を除こうとするものはおらず、街の名所であった噴水広場さえ、灰に塗れ、時々思い出したように泥水を吹き出している。
街には、年寄と子供が目立つ。そんな中では、私とサアラもありふれた親子でしかない。年老いた父親と、まだ十にも満たない見た目の子供という組み合わせだ。
「今日は、帰りにお菓子を買おう。サアラが好きなのをなんでも買ってやるから、楽しみにしておくと良い」
 私は、そう言って、手を繋いだサアラの顔に眼をやった。
 虚ろな顔をしている。何一つ感慨を抱いていないといった、いつもの表情だ。私の言葉が聞こえているのかさえ、正直なところは分からない。返事もなければ、眉ひとつ微動だにさせない。サアラは、ある時からこうなってしまった。この街の子供らがすべからくそうなったように、虚児と呼ばれる、成長することを止めた子供になってしまったのだ。
 老身に鞭打ちながら働く生活の中で、週に一度、街で唯一の小児科がある病院まで娘を連れて行くのが、私の日課になっている。長く続く日課だ。もう十五年以上は経つ。
 目当ての病院は、街の北方に通る路地の片隅にあった。まるで患者の来院を拒んでいるような立地だとよく嘯かれるが、患者の数を考えれば、それもある程度は真実なのだろう。老いた医師と老いた看護婦がひとりずついるだけの病院では、根本的な治療など望めるべくもない。しかし、虚児と呼ばれる子供を持った我々親としては、それこそ、藁をもつかむ思いで、医師の処方する薬に望みを託している。
 病院の門を抜け、受付を済ませると、私とサアラは、ところどころ皮の破れたソファに座って、診察の順番を待ち始めた。私たちの順番は、四十五番目だそうだ。少なくとも四時間はかかるだろう。私は、サアラに表紙の擦り切れた絵本を一冊手渡すと、これを読んでいなさい、と伝えた。不思議なことに、サアラは、病院の本棚にあるその絵本にだけは興味を示し、待ち時間はずっとその絵本を読み続ける。文字を読めているのかはわからないが、少なくとも、絵を見ることには没頭できるようだった。
「父さんは少し外に出るから、ここで待っているんだぞ」
 私はサアラに言うと、同じように診察を待ち続ける数多くの親子づれを横目に見つつ、病院の外へと出て行った。
 路地の一角にたたずみ、煙草に火を付けて吐き出した息は、溜息そのものだったのかもしれない。妻に先立たれた私は、男手ひとつでサアラを育ててきた。おのれの全てを賭けて育て上げようと誓い、身を粉にして働いてきたのだ。しかし、そのサアラが病んだのという。いや、それが病気なのかどうかさえ、医師の話でははっきりしないのだという。
「あとどれだけ続くんだ。こんなことが」
 そう、誰にとでもいうことなくつぶやいて、私は病院の方に眼をやった。
 あの壁の向こうに娘のサアラがいる。自分と同じ境遇の親子がいる。いや、そこにだけではない。この街に、世界に、そうした親子が溢れているのだ。最早誰も手の打ち方が分からない。子の育たぬ世界、滅ぶことが定められた世界の中で、老いた大人たちが、ただ絶望の中で、得体のしれない刹那の希望に縋って生きている。
 診察まではまだ時間がある。サアラは放っておいても、おとなしく絵本を眺めているだろう。しばらくこうしていても、なんら問題は起こるまい。そう思いながらも、私は気付かざるをえないのだ。本当のところ、私は、数年も前からサアラと一緒にいることに耐えられなくなっている。溜息ばかりの待合室にいると、頭がどうにかなってしまいそうになる。いっそ、娘を殺して、私も死んだ方がましではないのか。それ以外に私たちがこの終わりのない苦しみから解き放たれる方法はないのではないか。そうした思考に少しずつ抗えなくなっているおのれを感じないわけにはいかなかった。
逃げ場のない思考に埋没していると、不意に病院の方から、女の子の泣き声が聞こえた。ただならぬことがあったのだと報せるほどの激しい泣き声だった。
「まさか」
 サアラのはずはない。そう思いながらも、私の脳裏には泣き叫ぶサアラの姿があった。
 私は吸いかけの煙草を踏みつけると、慌てて転倒しそうになりながらも、病院の待合室へ向かった。
 息を切らしながらあたりを見渡すと、サアラは、変わらず絵本を眺めていた。安堵しつつ、一体誰が泣いていたのだろうと思い、周囲を見渡しても、それらしき子供は見つからない。待合室は、不気味なほど平然としていて、誰かが泣きわめいていたという余韻さえも見られなかった。
 聞き違いだったのだろうか。あるいは、幻聴だったのだろうか。仮に幻聴だったとしても、その実、不自然ではないだろう。それほどに、近頃の私はまいっている。
 私は、どっと疲れが押し寄せ、サアラの隣に腰掛けた。
 サアラは、あいも変わらず、ただ絵本の世界だけを見つめている。
 ふと、絵本のページを横目で見て、私は思わず身を乗り出してしまった。
 そのページの中で、女の子がひとり、泣きわめいている姿が描かれていたのだ。それは、絶叫というほどに激しい泣き方で、先ほど私が肝を冷やした時に聞いた声の感じとちょうど似通っているように思えた。
「サアラ、その絵本を見せてもらって良いか?」
 私がサアラに問うたところで、返事があるわけもない。私は、絵本に手を伸ばした。不意に抵抗を感じたように思い、サアラを見ると、絵本を握る手が固くなっている。まさかそんなわけが、と思うが、確かにサアラは、絵本を奪われたくないと抵抗しているようだった。一体この絵本の何が、虚児となったサアラを執着させるのだろう。
「すまない、サアラ。サアラもこの絵本を読みたいんだな。じゃあ、父さんと一緒に読もう。父さんは、初めて読むことになるから、ゆっくり読むよ。サアラと同じくらいゆっくり読む。それなら良いだろう?」
 私がそういうと、サアラの固く握られた手は緩み、私はサアラの背中の後ろに左手を廻して、絵本を手にすると、二人で絵本が読めるようにして、ゆっくりとページを捲っていった。
 
 それは、病気になってしまった世界の話だった。
 動物は弱り、草木は枯れ、人々は傷つき、心も身体も病んでいる。
 一人の少女は、そんな世界に生まれたことが悲しく、泣き叫んでいた。
 少女が涙を流しつくし、声さえ涸れてしまった頃、一人の魔法使いが少女のもとにやってくる。
 命と引き換えにどんな願いも聞いてやろう、そう魔法使いが言うと、少女は、世界を休ませてあげてほしい、穏やかな時を過ごさせてほしいと頼んだ。
「ひとり分の命で世界を休ませられるのは、せいぜい一日が良いところさ。それでもその願いをかなえたいかい?」
 少女が頷いたのを見て、魔法使いは魔法の杖を少女の胸元に掲げた。少女の身体の中から、魂が抜け出し、魔法使いはそれを小さな袋の中にしまい込む。すると、少女は糸が切れた操り人形のようにその場に倒れ込んでしまう。
 魔法使いは、空に舞い上がり、少女の魂を入れた袋の中に手を入れると、その魂を地上に向けて撒き始める。緑色の小さな砂粒が、風に乗って広がり、世界は緑色に染まっていった。
 世界を染め終わった魔法使いは、倒れ込んだ少女のもとに再び舞い降りると、
「約束通り、世界を眠らせてあげた。たったの一日世界は眠る。穏やかな時を過ごす。争いはなく、身体の病にも心の病にも苦しむ人はおらず、動物や草木さえもが全て眠る。一日が過ぎれば世界はまた元通りだとしても、今日一日は、ただただ静かに眠っているさ」
 そういって、魔法使いは、遠い空へと飛んでいく。

「穏やかな時、か」
 絵本を読み終えた私は、そう口にしていた。
 一体どれほどの時間が経っていたのだろう。
 サアラは、今も変わることなく、絵本の世界に没頭している。疲れ切った世界が、つかの間の休息を得るという物語に。
「どうして、サアラは……」
 あるいは、と私は思う。サアラは、傍目には分からない何かを見、何かを感じながら、ゆっくりと、彼女なりの速度で成長しているのかもしれない。それはもしかするなら、サアラに限ったことでなく、世界中に数多といる虚児たちも同様に。
 いつか、絵本で描かれたように、世界に穏やかな時が訪れるとするなら、その時にこそ、虚児たちは一斉に成長という芽吹きを迎えるのかもしれない。
 それはやはり、私の妄想に過ぎないのだろう。しかし、私にとって、今日という日を生き抜くためには、縋るに足る妄想にも思えた。
 今も絵本のページをひたすら眺めているサアラを見ながら、「私はその時までこの子を見放すことなく共に生きていこう」とおのれに言い聞かすようにつぶやいていた。

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