リライト希望作品 「僕の母は美しい。」 ( No.7 ) |
- 日時: 2011/01/16 16:22
- 名前: 沙里子 ID:myWGdvao
僕の母は美しい。 顔の造りが丁寧というよりも、肌そのものが内側から輝くような、そんな美しさだ。 皆から母の容姿を褒められるのが嬉しくて、学校の授業参観はいつも楽しみにしていた。
小学四年生のとき。夏休みを直前に控えたある日のことだった。 うだるような真夏日で、太陽が傾く頃になってもまだ空気に熱がこもっていた。 夕飯の前に風呂に入ってさっぱりしようと思い、浴室の扉を開けると、真っ裸の母がいた。母は後ろを向いているせいで僕に気づかず、じっと目を閉じて何かを考えている。 夕陽が窓から差込み、彼女の裸体をオレンジに浮かび上がらせていた。肌の陰影がくっきりと出ていて、まるで彫刻の様だった。 声をかけようと小さく息を吸い込んだ瞬間、母は〝脱皮〟を始めた。 勿論、人間は脱皮をしない生きものだということは当時の僕も知っていた。けれどそのときは、何故かはっきりと、母は今から脱皮するんだな、と分かったのだ。 僕は吸い込んだ空気を静かに宙へ戻して、事の成り行きを見守ることにした。 母はまず身体全体をふるふると震わせた。それから、しゃがみ込んで右のつま先をいじくる。 やがて立ち上がり、両足の爪から、ぴ、と一本の透明な糸を引いた。ちょうど魚肉ソーセージを剥くときのような要領で。 ぱらぱら、と繋ぎ止められていた皮膚が剥がれ落ちる。糸は太腿の辺りでぷつりと切れた。 次に二の腕を爪で引っ掻いて、裂け目をつくる。指を入れて内側からめくり取ると、中から真新しい健康的な肌が現れた。 タイルに落ちた古い皮膚はみるみるうちに乾き、白い粉になった。 顔の皮膚は、鼻や頬の辺りを掻いているうちにぽろぽろと崩れてきた。 額につくった小さな切れ目を上に引き上げると、がばりと頭皮が抜け落ちた。 鋭い親指の爪を立て、喉から下腹部まで一気に引き裂く。薄く切ったせいか血は出ない。 裂傷から左右対称に、ぱかりと皮膚が割れて、母は服を脱ぐかのようにうつくしく脱皮をした。 全てが終わったあと、母はシャワーで髪に絡まった古い皮膚の破片とタイルに散らばった粉を洗い流した。 そして、さっぱりした顔で僕を見て、「あら、直也。どうしたの?」と言った。あの、ひどく美しい顔で。
結局あれが何だったのかは今でもわからない。もしかすると、ただの白昼夢だったのかもしれない。 けれどもやはり、帰省するたび、母の顔をじっと見てしまう。 相変わらず彼女の肌は瑞々しくて、ひょっとしたらまだ脱皮を続けているのかもしれないと思うのだ。
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どう調理して下さっても結構です。よろしくお願いします。
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