Re: 日曜の昼間っから三語なんて! といいつつ参加する三語 ( No.6 ) |
- 日時: 2011/01/09 16:22
- 名前: 端崎 ID:ydUA87tg
柘榴さんにはもう三度も会った。 顔をあわすのはいつも街中の居酒屋で、いつもぐでんぐでんに酔っ払っている。下唇にあけた三つのピアスと金髪のボブカットが印象強い、歳若いフリーターの女性である。 最後にみたのは夏祭りからの帰途。友人たちと別れてから、軽くひっかけるつもりで暖簾をくぐった先に、正体をなくして、やはり、いた。 相席を頼むと掘り炬燵の迎いにすわって「どうも」という。周りにいる三、四組の客はこちらを気にすることなく、なにやらこまごまと話し込んでいる。 「お久しぶりです。なにしてるんですか」 柘榴さんの卓の前には、ししゃもと、小ぶりなピザと餃子、それから突き出しのポテトサラダが置かれている。中指に指輪をつけた右手には、なみなみとビールの注がれたジョッキを握って、左手はひざにのせたなにやらまるい球体をやたらになでつけている。大きさはテニスボールくらいだろうか、柘榴さんの掌では掴んで覆いきれるかきれないかわからないくらいだ。 「あ?」と柘榴さんがいう。 「誰っすか」 「お久しぶりです。前にもお会いしたでしょう。柘榴さんから声をかけてきて」 しらないですよそんなこと、といってジョッキをあおる柘榴さんはほんとうにぼくのことをおぼえていないのだ。大して強くもないのに、いつだって前後不覚になるまで飲んでいる。 「このあいだもおんなじこといってましたよ。おぼえていないんだ。ひどいなあ」 戸惑った様子の店員に冷酒を頼むと、ほら、といって柘榴さんに説明する。 「ええとね、片山さんのライブのときに、池下の飲み屋で……」 あー、あー、あー、とすぐに得心して、怪訝そうだった顔はにわかに明るくなった。 「<螺旋階段でキス>のカレだ」 「そうですそうです」とぼくは苦笑する。以前会ったときにした、他愛のない与太話だったのだが、どうやら印象に残ったらしい。 「きょうはどこかいってたんですか」 「そうなの、きょうはねえ」といいかけたところで頼んだ冷酒がやってきた。よく冷えたグラスをもらって、徳利を傾ける。 「夏祭りがね、あったでしょう。そこに」 「ぼくもね、いってきたんですよ。奇遇ですね」 乾杯、といって、杯に口をつけると、柘榴さんがへらへらと笑いながらいった。 「この一声がなあ、悪魔を踊らすのだな」 「乾杯が?」 「そう、乾杯が」ひどくうまそうに、しかしゆっくりとジョッキをあけてゆく。 柘榴さんの左手はあいかわらず謎の球体をなでまわし続けている。 「花火があがってましたね、きょうは」 「うんうん。みた、みた。きれいだったねえ」 「最後なんてそりゃもうあざやかな……」 球体は花火球とはちがってつやつやと黒光りして、いったいなんなのか得体がしれない。 日本酒はやはり居酒屋らしくどこかざつな味がして、どうも美味いとはいえなかった。しかし汗のかわりに身体のなかへ浸みていくアルコールの心地よさのなんと気持ちのいいことか。 「花火なんてひさしぶりにみたね。あんな派手なのもたまにはいいね」 といって柘榴さんは笑った。
居酒屋を出るともう終電も間近だった。 「ねえ柘榴さん」 「え?」 「その丸いやつは、なんなんです?」 「これかい?」 柘榴さんは店のおもてでぼくを待っているあいだも、その真っ黒い球体を玩んでいた。 「気になる?」 「ええ、すごく」 「きみはどっちへ帰るんだい」 ぼくが駅の方を指すと、そうか、といって 「じゃあこれはきみにあげよう」 柘榴さんは手招きをしてぼくを近くへ呼んだ。 「手を出しな」 手渡された球体はずっしりと重く、柘榴さんの体温で生暖かくなっていた。見ためほど磨かれているふうでもなく、むしろ触感はおおいにざらついていた。 しかしいったいなんなのか、矯めつ眇めつしてみるが、やはりわからない。 「……なんなんです?」 「わからない?」 「わからないですね」 「じゃあ今度会ったとき、教えてあげよう」 「おぼえてないでしょう、また」 「そうかもしれない」と柘榴さんは笑った。 「ところで、本屋へ寄ろうと思うんだけど、どこかあいているかなあ」 「ちょっとないでしょうね、この辺りだと」 そうかい、ごちそうさま。というと柘榴さんはぼくとは反対の方向へふらふらと歩いていった。
それっきり柘榴さんのことは見かけていない。 柘榴さんからもらったものの正体もまだわかっていない。もやもやした気持ちはかわらないまま、いまもそれは肌身離さずもちあるいている。
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