白い薔薇 ( No.6 ) |
- 日時: 2010/12/31 00:36
- 名前: 千坂葵 ID:GbdoOcmc
「お母さん。今日、鮭フレークといくら、買ってきて」 焦げた黒い部分を隠すように、トーストに大量のバターを塗ったくりながら、高校生の娘は呟く。 「珍しいわね、日向子。料理でもするの?」 まぁ、という軽い返事に、明日は空から魚が降ってくるわね、と更に軽い口調で返す。日向子の反応を横目で窺うも、娘は表情一つ変えることはない。 日向子の代わりに、私の戯言を息子が拾う。 「姉ちゃんだって、料理くらいするよな。勿論、可愛い弟のために」 「ブタは共食いでもしてなさい」 その言葉に、陽太の上向き加減の鼻が、ヒクヒク動いた。それを見た日向子の眉間の皺も、ピクピク動く。そしてクスクス笑う私。 微笑ましいとは言い難い光景であるものの、こうして私達の朝に、僅かだが光は差し込んでいく。 「ほら、急いで食べないと、また遅刻ギリギリになっちゃうわよ」 やべぇ、もうこんな時間。陽太がそう叫び、口にトーストを詰め込む。同時にスープをすする音が、やけにけたたましく聞こえた。
○ 仕事が終わり、日向子に頼まれた買い物を済ませ、家に帰る。十年以上経った今でも、この静かな空間に慣れることはない。 時計を確認すると、まだ五時過ぎ。早めに仕事が終わったため、夕飯の支度をするには少し早い時間である。 『独りが怖い そんな君とふたりひとりぼっち』 気晴らしにつけたラジオが吐くのは、センチメンタルな音楽だ。私は、その旋律に身を委ねるように、ソファに寝転がった。
○
目が覚めると、毛布がかかっていることに気がついた。時計の針は、ちょうど7時を指している。寝ぼけ眼で辺りを見回すと、鴉色の長い髪を束ねた日向子が、台所にいるのが見えた。 「日向子」 呟くように名前を呼んだが、日名子は振り向かない。もう一度名前を呼ぼうと、ソファから起き上がろうとすると、母さんと、後ろからもうひとつ声がした。 「今は姉ちゃんのこと邪魔しないであげて」 息子の言葉の意味がわからず、私は首をかしげる。すると陽太は、無理矢理私を二階の部屋まで引っ張って行った。 そしてしばらく沈黙ができ、事態を飲み込めずにいると、突然陽太が正座をして、喋り始めた。 「母さん、今まで俺ら三人で頑張ってきたよね」 久しぶりに聞く自分の息子の真剣な声色に、私の背筋がしゃんとした。 「母さんは仕事を頑張って、姉ちゃんは、勉強とバイト両立させて。俺さぁ、まだ中学生だから何もできないけど、高校生になったら姉ちゃんみたいにバイト頑張るから」 「急にどうしたのよ。そんなこと突然言い出して……」 改まって物を言う陽太に、中学三年生の息子の成長ぶりに驚きながら、上手い言葉が見つからず、返す言葉がなかった。 「母さん、今日は父の日だよ」
○
「お父さん。元気にしてるかな。今日はね、お父さんのために親子丼作ってみたの。親子丼って言っても、お父さん、卵アレルギーだったから、鮭といくらの海鮮丼なんて作ってみちゃった。お父さんのご飯のおかずは、いつも鮭フレークだったよね。味気ない病院食に、たくさん鮭フレークかけて。日曜日の夜、面会に行く度、それだったから、私覚えてるよ。あ、そうそう、あの小さいテレビで家族全員で、サザエさんを見てたのもいい思い出かな。私達もさ、あのアニメみたいに、いつまでも親子でいられるよね」 高校二年生になる娘も、仏壇の前では真剣ながらも幼い表情をしていた。ぽつりぽつり、と零れる言葉の端々に、あどけなさが感じられる。 「私、お父さんがいなくなってから、もっと無愛想になっちゃってね。そんな私を、陽太は笑わせてくれるし。お父さんの代わりになろうとしてるのかな。姉ちゃん、姉ちゃんってうるさいの。だんだんお父さんに似てきて、さ」 「お母さんも、仕事頑張って、私達を養ってくれてるよ。あたしが、いくら冷たく接してもね、お母さんはいつも優しいんだ。やっぱりお父さんが好きになった人はすごいんだね。ね、お父さん。私もいつかあんな人になるから、そこでずっと見ててね」 仏壇に絶えず喋りかける娘の姿に、私は泣かずにはいられなかった。ぽろぽろと泣く私の肩を、息子は強く抱く。 私達はこれからも、愛するあなたに見守られながら、この世界を生きていけるような気がしたのです。
PCのフリーズ時間を抜いても15分オーバー……かな。
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