空を見上げる ( No.6 ) |
- 日時: 2010/12/26 00:04
- 名前: 片桐 ID:myohGuA6
空を、見ている。腐った魚のはらわたのような空だ。赤黒い雲がよどみ、陽は差さない。そもそも太陽がまだ存在しているのかさえ、知りようがないのだ。昼か夜かもわからず、広場に残った時計だけが街に時が過ぎるという事実を教えている。街灯のほとんどは壊れてしまった。残ったいくつかが点滅する瞬間にだけ、僕ら世界を盗み見る。 終わった街だと誰かは言う。高い壁に周囲を囲われ外部から隔離された街。僕らはそこに詰め込まれた生贄らしく、ただ命を捧げるためだけに生を繋いでいるのだという。この街に住む誰もに親はなく、誰もが親になることはない。気づいたときにはこのかび臭い街にいた。身体をいじられ、男も女もその意味をもはやなしていない。 遠くから聞こえる喘ぎとも嗚咽とも判別のつかない声は、この街に住む人々の心のありようそのものといえた。意味のない性交にふけり、意味のない一生を嘆いているのだ。あたりまえのように街の人口は日に日に減っていく。病むもの、命を絶つものが後を絶たないということもあるが、僕らが生贄と呼ばれる原因によって、その姿を消していくのだ。 一昨日は幼馴染のユーキリがやられた。僕の眼前で、空に連れて行かれた。 『アサマオ、わたしの身体を押さえていて。連れて行かれる! 空に落ちてしまう!』 そう泣き叫ぶユーキリの身体を僕は必死で押さえたが、ユーキリの身体が急に重くなったと思ったとき、彼女の心はすでにそこになかった。僕は愕然として、その場に立ち尽くすよりなかった。 閑散とした街は、日に一度必ず地獄になる。 赤黒い雲の合間から差す光がその原因だ。放射状に拡がってこの街を照らす光は、サーチライトの意味を持っているらしく、獲物に狙いを定める。その光をわずかでも身体に浴びてしまうと身体は麻痺し、もはや逃げのびることはできない。そして、光を浴びたものは、例外なく、空に心を持っていかれる。抜け殻になり、もはやどんな言葉を発することもなく、何を食すこともなく、身体が朽ちるのを待つのだ。 ユーキリに何度と話しかけ、何度とその口に食べ物をねじりこもうとした僕の努力は、すべてが無駄だった。いや、全てが無駄だとわかっているがそうせずにはいられなかったのだ。こんな街に生きながら、ユーキリは気のいいやつだった。希望とはいえないまでも、僕が自ら命を絶とうとせず、その日をなんとか生き抜くだけの支えになっていたのだ。 そのユーキリがもういない。 僕は空を見続けている。内臓色に染まった空を睨むように、誘うように。 身体が朽ち果てることが死なら、ユーキリは死んだ。多くのものが死んだ。 しかし仮に、空に落ちていった心がどういう形であれ雲のかなたにあるとするなら、僕は彼らに会いにいかねばならない。 僕がそこで見るのはさらなる地獄だろうか、あるいはそれ以外のものだろうか。 もはやありていな感情を持ち合わせていない僕は、しかし何かを願ってもうすぐ訪れるだろう空から差す光をただ待っている。
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