リライト希望作品『荒野を歩く』 ( No.6 ) |
- 日時: 2011/01/16 13:19
- 名前: HAL ID:4zOilvI.
- 参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/
どれにするか決めきれなかったので、短いやつで。でも、もし「これは書きづらいけど、前に読んだ別のだったら書いてやっていい」という方がいらっしゃいましたら、わたしのサイト(およびブログ)においてある小説だったら、どれでもお好きにリライトしていただいてまったく問題ありません。 どうぞよろしくお願いいたします!
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真夜中の荒れ野に転がる岩々は、乾いた血のように赤茶けて、地面に這い蹲るようにしがみ付く木々は、どれもとうの昔に枯れているのではないかと思われた。ときおり遠くで鋭く鳥の啼き声が響いても、姿は見えず、地面に動くものがあったかと思えば、固い殻に覆われた小さな虫ばかりで、大きな獣はここにきて一頭も見かけない。吹き付ける砂礫まじりの風は、ひどく冷たい。声をたてるもののない荒野で、ただ風だけが、何度となく嘆き声のような音を立てては、すぐに細って消える。街道を外れてもう二時間ほども歩いただろうか。時の推移を告げるのは、ただ星の位置と月の傾きばかりで、自分が迷っていないのかどうか、一度も確信が持てないまま、目印の岩を、目で探していた。 赤い岩ばかりが転がる中で、ときおり月光に白く浮かび上がるものがあり、目を落とせば落ちているのは古いされこうべ、かつてこの地を去ったときには、そこにまだ服や鎧の名残もしがみ付き、錆びた槍や矢尻のひとつも刺さっていたものだったが、少しでも金目のあるものは、すでに残らずさらわれきったらしい。こんな荒れ野をも、往くものがいるのだ。身包み剥がれたあとには、骨ばかり、きれいな人の形で残っているかと思いきや、どこがどの部位かもわからないほど無残に散らばり、また失われ、見れば噛み砕かれたような痕があるから、いまは姿を見なくとも、鋭い牙もつ獣もいるのだろう。砕けた断面を見れば、猛禽の嘴によるものとも思われなかった。それとも噛み砕かれたと見たのは目の迷いで、年月を経て、自然に風化したものだろうか。風で人はこんなふうに朽ちるものだろうか。 ひとり、無言のうちに彷徨い歩けば、やがて白く光るものの数が増え、それでようやく、どうやら自分が迷ってはいなかったと知る。目を凝らせば地平線の上、月あかりを背負って、覚えのある奇岩の黒々とした影が、ようやく見えはじめた。天を仰げば星の並びも、この地が確かにそうであると告げている。 五年。もう五年にもなるのだ。信じられないような思いで、足を止める。戦が絶えたこと。自分が生きていること。まだこうして血肉の通う体を引き摺っていること。 気を取り直して、また歩き出す。背中で瓶のぶつかり合う、鈍い音が鳴った。荷を降ろして、そこから一口呷りたいような気もしたが、堪えて、背嚢を背負いなおす。彼らが先だ。 奇岩に近づくにつれ、青白く夜に浮かび上がるものの数は、ますます増えて視界を埋める。それらのひとつひとつをじっとつぶさに見るのをやめて、景色ごとぼんやりと眺めていると、無数に立ち昇る人魂のようにも見えてくる。けれどあらためて視線を落とせば、それらはただの白い骨で、誰も人であったころの姿をとって、私に語りかけてきてはくれなかった。 仰ぐ角度によっては竜の頭骨のようにも見える、赤い巨岩のふもとにようやく辿りつくと、重なり合ういくつもの骨の前で、背嚢を下ろした。荷の中で瓶と瓶がぶつかり、水音が響く。獣の顎に噛み砕かれて、誰のものとも区別のつかなくなった、いくつもの骨に向き合って、昔いつでもそうしたように、敬礼をしようかとも思ったが、すぐに思い直した。彼らがそれを喜ぶとも思えない。長く歩いた足が、靴の中で痛む。まだ痛む足を持っていることを感じた瞬間、別の場所が鈍く痛むような気がした。 取り出した瓶を月光にかざすと、中で液体が揺れ、赤く固い地面の上に、波立つ水面の影を落とした。硬い栓を抜くのに少しばかり苦労して、琥珀色の酒を荒野に注ぐと、それは速やかに広がり、瞬く間に地面の下に吸い込まれていく。それを彼らが飲み干したのだと、無理にでも思うことにした。 二本目の瓶も、三本目の瓶も、同じように逆さにして、赤い大地に吸わせてしまうと、その酒は、昔日が嘘のように平和な町中の、夜中に飛び起きた自分の部屋の寝台で、空しく赦しを乞う言葉よりは、まだいくらか彼らに届くのではないかと思われた。ただそう願っただけかもしれない。彼らは何も答えはしない。死者はもう語らない。わかりやすい救いなど、どこにもありはしない。 嘆き声のような音がして、砂礫を含んだ風が吹き付ける。歩くのをやめると、ひどく体が冷えた。手に持っていた瓶の、底に残った一口を呷る。焼け付くような感触が喉をすべりおりて、その熱が、まだお前は生きていると私に告げる。
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