『ノワール・セレナーデ』 原作:紅月セイルさん『ノワール・セレナーデ』 ( No.51 ) |
- 日時: 2011/02/07 05:40
- 名前: とりさと ID:fZXA5jA6
夜の帳を起こすように、雨が降る。 城戸は、その中を駆けていた。 冷たいしずくが全身を容赦なく叩く。だが雨に構う余裕もない。傘はさしていない。途中で捨ててきた。走るのに、傘は邪魔でしかない。 「うおっ」 水浸しのアスファルトに足を取られて思わず転んでしまった。びしゃり、と水を弾くどこか間抜けな音とはうらはらに、全身を打つ衝撃は鈍く響く。 「くそがっ……!」 悪態をついて起き上がろうとして、全身総毛立つような悪寒に襲われる。 とっさにアスファルトを転がる。 「ちょこまかとうるせいやつだぁ」 さっきまでいた場所に、鋭い棘が無数についた物体が振り下ろされていた。ぞっとする。あんなものが直撃したら、ミンチか串刺しか。アイアン・メイデンに抱かれるよりも救いがないに違いない。 その尻尾の元をたどれば、そこには化け物がいた。全身四角ばった人型の、化け物だ。もう、化け物としか表現のしようがない。 「鬼ごっこにも、そぉろそろ飽きてきたぜぇえ?」 その化け物が、大きく裂けた口を使って、喋った。 靴のように丸い爪先をした足が動く。歩くたびに、ずしんと地面が微かに揺れた。 逃げなくては。 城戸は立ち上がり駆けだそうとして、しかし遅かった。 「うわっ」 巨大な手で一握り。身体を掴まれてしまった。 「ひひっ。つぅかまぇたぁ」 「放しやがれ!」 全力で暴れるが三本の指は小揺るぎもしない。しかもとても生物とは思えないほど、金属的で固い。 「ひひひっ、あぁきらめなぁ」 ぐっ、と化け物が力を入れる。 「ぐあぁ」 苦悶の声が漏れる。その気になれば一気に潰せるだろうに、そうしない。化け物は、縦についたひとつ目で、苦しむ城戸を愉快そうに眺めていた。 ただ、深夜にコンビニに出かけただけだったのに。 なんでこんな事になったのか。 城戸は、昼間あった忘れがたい少女のことを思い出した。
幽霊が見える。 城戸は、そんな特赦な体質の持ち主だ。 城戸の目には、今も見えている。 子供の幽霊だ。おろおろと左右を見渡している。 城戸は思わず立ち止りかけて、しかしやめる。立ち止って、どうするのだ。あの幽霊の子供に話しかけて、しかしその次は? どうもしようがない。幽霊が見えるだけなのだ。その助けになれはしない。幽霊を助けるなんて、できはしないのだ。 だから城戸は幽霊が嫌いだった。自分は見えるのに、自分は何もできないのだ。そんな無力感に襲われるのが、たまらなく嫌だった。 城戸は空を見上げた。 日差しのない曇天だ。救いのない今の気分にぴったりで皮肉である。 「はあ」 城戸は溜息をひとつ。泣く子を置いて通りすぎようとし 「迷子かの」 そんなつぶやきに、今度こそ立ち止ってしまった。 見えるのか。そんな衝撃と共に振り返る。 それを呟いたのは、城戸と同じくらいの少女だった。紺色のブレザーを着た女子高生だ。帽子をかぶり、中に髪をしまっている。一瞬大学生かと勘違いしそうなほど大人びた端正な顔立ちをしているが、しかし何より人目を引くのは、その目だろう。 深紅、だった。 「これ、童よ」 目線を合わせるためにしゃがみこみ、ぽんと子供の頭に掌を乗せる。その少女はごくごく自然に子供に語りかけていた。 相手は、幽霊だというのに。 「ふえ?」 「案内を、どこにやったかの」 「あんないって……?」 「わからぬか。まあ、大方、道の途中で目移りしているうちに迷子なったのじゃろうな。童らしいとは思うが……バカじゃのう。案内するのは、お主の母ではないのだぞ。道を外したからといって探してはくれぬ……とと。おお、これ。泣くでないよ」 「うえ、ふぇえ」 そんなことを言っても、道理も分からない歳だ。少女の説教は子供からしてみれば泣きっ面に蜂だろう。ますます泣き顔を歪め、びいびいと声を上げる。 少女はしばし閉口していたようだが、ふう、と嘆息。 「しかたなのう。ほれ」 子供その鼻面に、少女がひょいと指を突きつける。反射的にだろう。その不意打ちに、子供がびくりと動きを止めた。 「ご覧」 その隙そう言って、少女が優しく微笑む。 「ノワール・コルディア」 唱えた少女の指先に、黒い蝶が現れた。手品のようなそれに、子供の顔がぱあっと輝く。 「わあっ」 「ほれ、これについておき。今度は道草を食うでないぞ。昼だったからよかったものの、夜だったらの。お主なんぞ、ぱくりと食われとっても不思議でないのだぞ」 少女のよくわからない脅しに、子供は一所懸命こくこく頷いた。少女の指先から離れた黒い蝶々を追って、ふいとどこかに消える。 それを見届けてから、少女は立ち上がる。そうして、真っ直ぐ城戸のほうに歩いてきた。 「くっくっく。闇夜の姫たるわしも、泣く子には勝てんよ。多くの闇を祓ってきたわしの難敵がかような小さき存在とは、何ともおかしいのう」 血の如き、紅の目。 それがはっきりと城戸を見据える。 「なあ、そうは思わんか、城戸よ?」 「……誰だお前」 「は」 少女の紅い目が、まん丸になった。 「なんじゃ。お主、わしのことを知らんのか?」 「しらねえよ」 断言する。随分と特徴的な少女だ。その紅い目だけは、一度でも見かけたら記憶に焼き付いて離れないだろう。 「ていうか、なんでお前は俺の名字を知ってるんだよ」 「え、いや、だってのう……」 城戸は眉をひそめる。少女の不審な態度もそうだが、それだけではない。子供とのやり取りのときもそうだが、おかしな喋りかただ。洋装の制服よりも和服が似合いそうな古ぼけたしゃべりかた。それが、非現実的な紅い目と相まって、随分な違和感を感じさせる。 「はて……いやしかしこれはむしろ、都合がよいのかのう……」 顔をうつむけて、ぶつぶつと何かを呟く。そんなことをされたら、城戸の不信感はさらに高まるだけである。 「何だよ、お前」 「おお。自己紹介がまだだったのう。わしの名前は紀雅緋和(きがひより)という」 にっこりと、典雅に笑う。不覚にも、目を奪われてしまった。 緋和と名乗った少女が、一歩近づいて手を差し出してきた。 「お主、わしのペットにしてやろう?」 「はあ?」 非常に衝撃的な言葉である。 「うむ、本当にわからんようじゃな」 だが緋和という女は、かえって満足そうだった。むしろわからないことに安心したような様子だ。 「さて、では順を追って話そうか。この世には、魑魅魍魎が溢れておる。古来よりいまにいたるまで、それはあり続けておる。当然じゃの。魑魅魍魎のもとは、人じゃ。人がある限り、魑魅魍魎もまたあり続けるじゃろう。しかし、中には人に害をなす危険なものもおってのう。それらはディグラフと総称されておる」 「ディグラフ?」 「そうじゃ。そして我が家は、呪術師の家系での。それを祓うのを習わいとしておる。それをちいっとばかし手伝ってくれないかのう」 「……」 言葉にせずとも視線で察してくれたのだろう。 信じられない。 それがすべてである。 だって城戸は、そんなものを見たことがない。幽霊は見たことはあるが、あれはどこまでも無害なものだ。 それに初対面の相手をペット呼ばわりするような人間とは、付き合いたくもない。 「悪いな。別をあたってくれ」 「なんじゃ。幽霊は見えても、悪霊、怨霊は見たことはないか。妖怪は信じられんか?」 緋和は、くつくつと笑う。愉快そうな顔のまま首をことんと傾ける。 「まあ、信じられんのなら、それでもよいさ」 意外と潔く、勧誘を打ちきった。 ひらひら、と腕を振り 「では、縁があったらまたの」 そう言って、緋和という少女は踵を返した。城戸に背を向け、すっと背筋を伸ばした気持ちのよい姿勢で歩いていく。 ――そういえば、なんで俺の名前をしっていたんだ? ふわりと翻ったスカートに、城戸はそんなことを思った。ただそれも一瞬。怪しいやつが離れてくれたのだ。わざわざ追いかけるまでもないと結論を出し、城戸はいつもどおりの帰路に戻った。
あれを、断ったのが悪かったのか。 あれを受けていれば、いまごろ苦しむこともなかったのだろうか。 そんな現実逃避はしかし何の助けにもならない。ぎりぎりと締め付けてくる感触は、どうしようもなく逃れられない本物だ。 「さぁってぇ。どっから食おうかねえ?」 ぎょろりと睨むひとつめ。先が二股に分かれた舌が、ちろちろと顔をなめる。 生理的嫌悪で、ぞっと鳥肌が立つ。元が人だと言うが、信じられない。間近で見れば見るほど、醜い化け物としか思えない。 「やぁっぱりぃ、頭からガリガリいくのが一番かぁあ?」 「く、そ……が。しる、かよっ」 せめてもの抵抗も、身体を締め付けられているせいで、切れ切れとしたものになる。 大きく裂けた口が、にたぁっと歪む。 「おおそうかぁ。じゃあおしえてやるよ。頭から食ってのはな、最高にうまいんだぜぇえ」 化け物が、ぐばぁっ、と大口を開く。前のめりになり、城戸を覆う。 ああ、死ぬのか。 城戸の頭に浮かんだのは、そんな陳腐な一行だった。 「獲物が恐怖で泣き叫ぶ声が、一番良く聞こえるからなぁ! あひゃはひゃあはひゃひゃあは――あ?」 ぽとり、と。 化け物の腕が落ちた。 「愚図が」 凛と、声が響いた。 「その汚い手を、わしのペットから放さんかい」 化け物の腕と一緒に、どすん、と城戸は地面に落ちる。そうしてふと、それに気がついた。 巨大な、鎌。 雨がいつの間に止んでいたのか、遥か上空の雲が割れる。かすかな月光を反射して、化け物の腕を切断した刃がぎらりと光った。 それが、ぐるんとまわる。地面に尻もちをうった城戸は、痛みも忘れ半ば呆然とその軌跡を追って鎌の持ち主を見た。 「ディグラフよ」 声の主は、かつり、と足音を立てて陰から出てくる。 こんな時間に道端を歩いていたら補導されかれない格好の、ブレザー。だが昼間と違い帽子はない。惜しげもなく月光の下にさらされているその髪の色は、真っ白だった。 紀雅緋和。 忘れようにも忘れられない、深紅の瞳を持った少女だ。 「元は人が、闇に呑まれて、畜生以下まで堕ちたか」 化け物に、その見かけよりもなによりも。人をいたぶる心根が醜いと言った。 「うぎゃぁああああぁあああ!」 いまさらのように、ディグラフが叫ぶ。腕を切られた痛みにのたうちまわる。 「お前……」 およお、城戸よ。縁があったようじゃのう」 「だれがペットだよ」 真っ先にそんな見当違いな言葉が出たのは、まだ城戸が混乱していたからだ。 「おう」 緋和の眉が下がる。不本意、という顔だ。 「なんじゃ、お主。命の恩人に対して、それか。この状況で図太いことだが、礼のひとつもいえんとは……ふんっ。お主なんぞにペットの名称はもったいない。餌で充分じゃな」 どこかすねたようにそっぽを向く。 さっきまで食われかけてた身としては、冗談にならない名称である。反論しようとして、ふと城戸はあることに直感する。 「お前もしかして――」 「うぁあ゛ぁああ」 問い詰めようとした城戸の言葉が、ディグラフの叫びに遮られる。 「貴様ぁ、貴様ぁあ! ノワール・プリンセスぅうう!」 「ああ、やはり知っとったか」 切られた腕を押さえてうめくディグラフに、緋和は鷹揚に頷く。 「そうじゃ。主らの怨敵の闇夜の姫。世の裏に住まう最古の呪術師の本家、『紀雅』の第三十一代当主の予定者じゃ。往生せい」 「くそっ、くそっ、くそぉおおぉおおお!」 ディグラフが叫び声を上げる。城戸を追いまわしていたような余裕は一切ない。大音声をまき散らしながら大地を揺らす、大熊が如き吶喊。その巨体が迫ってくるのは、ただそれだけでも恐ろしい。 それに対し、緋和は鎌を構えるでもない。いっさい慌てることなく、鎌を無造作に宙に放った。 「ノワール・コルディア」 そう緋和が唱えた瞬間。 ずぶり、と、地面から出てきた白い腕が、宙にあった鎌を受け取った。 いや、違う。白い腕などではない。それは、骨だった。骨の腕が、月光がかたどった緋和の影から出てきたのだ。 それは、腕だけではないらしい。城戸が見ている間にも、窮屈そうに影から出てくる。城戸の主観では、その全容が出てくるのはひどくゆっくりに見えたが、ディグラフの突進を考えればそれはほんの数瞬で出現したはずだ。 八本腕の、骸骨。しゃれこうべに王冠を乗せ、各々の腕に死神の鎌を携えた闇の精霊。 「深淵王」 深淵王のハデス。それが、名前。 緋和は己が従える精霊に、命令を下す。 「やれ」 たったの一言。緋和が言うと同時に、深淵王の腕がかすむ。 一閃が、八閃。 死神鎌の銀閃がまたたく。 「――――!」 悲鳴すらも上がらない。一瞬をさらに八等分する斬撃。ディグラフはばらばらに切り刻まれて宙を舞った。 「うおう」 吐息とも、感嘆とも、畏怖とも取れるものが城戸の口を突いてでた。ディグラフの死体は、宙にあるうちに銀色の光に覆われ消え去った。 「できれば次は真っ当な生涯を過ごすのだぞ」 その光を見送り、緋和はそう呟いた。
「へっくしゅん!」 「なんじゃ、エサ。くしゃみなぞしおって」 呆れたように緋和が言う。そういう彼女は何故かちっとも濡れていない。 「仕方ないだろが、あんだけびしょぬれになったんだからよ。ていうか、なんでお前は濡れてねえんだよ」 「無能なエサと違ってのう、わしは精霊の力で闇をまとえるのじゃ。現世より姿も消せれば存在も隠せる。雨などに濡れる道理もなかろう」 「……ああ、そうだ」 そこで、城戸は目を細める。 「お前、俺のことを囮にしたろ?」 でなくば、あんなタイミングで助けが入るわけがない。おそらくは、いま自分で告白した反則的な力を使って城戸のそばにいたのだろう。そもそも襲われたのも、城戸が緋和にあった日の夜なのだ。作為を感じて当然である。 「おや、気づいたか」 だが緋和に悪びれた様子もない。城戸の指摘をあっさり認めて笑う。 「この町にはしばらくおるのじゃが、ここのところディグラフがこそこそと隠れてのう。ずいぶんと狩ったおかげで、警戒し始めてなかなか尻尾をださん。なにかおびき寄せる手段がないかと思案しとる時に、『紀雅』の遠縁がこの町に住んどると聞いての。囮になるのは『紀雅』の縁者であるお主が適任と判断したまでよ」 「は? 遠縁?」 「うむ」 緋和が頷く。 「どうやら本気で知らんかったようじゃが、お主はわしの親戚じゃ。『紀雅』は分家を増やし続けてその数を増やしておるからのう。お主の霊視の能力も、『紀雅』の血によるものじゃ。ただ、お主の家は本家『紀雅』からは随分と離れてしまっておるが故、当主予定者たるわしのことも、ディグラフのことも知らんかったのじゃのう。まあ、知らぬなら知らぬで、こっちで勝手にやってしまおうと思っての」 なるほどなるほど、と城戸は頷く。全然知らなかったことだが、ここまで来て緋和を疑う気もない。そこまでは、いい。色々と衝撃の事実が明らかになった気がするが、まだ納得できる。 重要なのは、緋和が勝手にやってしまった何かだ。 「ようし、じゃあ落ちついて聞くぞ」 城戸は、緋和の紅い目としっかり視線を合わせて聞いた。 「なんで都合よく、今夜俺は襲われたんだ?」 「簡単じゃ。ディグラフの獲物となるのは、見えるものなのじゃ。ディグラフは見えぬものは襲えないからのう。まあ、見える人間を食べ続けたディグラフは見えぬ人間も喰らえるようになるのじゃが……それは別じゃな。 しかしディグラフとて、そう都合よく見える人間は見つけることはできん。わしも、最初のうちは見える故に向こうから勝手に襲ってきてくれて楽だったよ。ようするに、見える人間と知れば、ディグラフは寄ってくるのじゃ。そうとなれば簡単。お主が見える人間じゃと、ディグラフに教えてやればよい。ちょいと特殊な方法で、お主が見える人間だとここらのディグラフにリークさせてもらったぞ」 ぶつんと音を立てて、城戸の何かが切れた。 「ふっざけんなアホがぁああ!」 全力の叫びだった。 「む、阿呆とはなんじゃ。傍流が本家の、ましてや当主予定者たる何たる口を聞くか」 「いや知らねえよ! 本家とか傍流とか俺の人生でいままで関係した事ねえよ!それよりどうしてくれんだよ。いまの話を総合したら、俺、これからずっと襲われるってことだろ!?」 「返り打ちにすればよかろうが」 いとも平然と答える。パンがなければお菓子を食べればいいのに。意味は繋がらないが、マリー・アントワネットもこんな感じでかの有名な台詞を言ったに違いないと確信させられる調子だった。 「いやあ、さすが本家とやらの人。言うことが違いますねぇ」 ひくひくと口元がひきつる。 「さすがに今のお主のままでは無理じゃということぐらいわかっておるわ。ディグラフとの闘いかたを、わし自ら教えてやろう。なに、お主とて腐っても『紀雅』の血を引いておるのじゃ。そんじょそこらの霊能者よりは大成しようぞ。それともなんじゃ」 ひょい、と紀殿顔を覗き込む。 「ディグラフに関わるのは、嫌か?」 「……あたりまえだろ」 当然だ。殺されかけたのである。 「ふむ」 しばらく考え込んでたようだが、口を開いた。 「わしはの、ディグラフを狩るのは人を守るためだけではないと思っておる」 「え?」 「ディグラフはの、自殺をした人間の魂のなれはてじゃ」 「自殺……?」 「主に、じゃがの。多くの教えにおいて、自ら死を望んだものは許されぬ。生と死の流れから外され、もがき苦しむ。人を喰らえば戻れぬのではと妄執に取りつかれ、現世で暴れまわる。それがディグラフじゃ」 「……」 「しかしの、いくら喰らったところでディグラフが人に返ることはない。生と死の流れに沿えるわけでもない。罪を重ねたものの行く道は、消滅じゃ」 「……自業自得、だろ」 「むろん、それはそうじゃろう。自分で死を望みながら、自分勝手に生を望み人を殺しまわるなど畜生以下の所業じゃ」 緋和は否定することなく受け入れた。 「だけれどものう、わしはそれでもディグラフを救いたい。わしが狩れば、ディグラフは、真っ当な生と死の流れに返ることができる。だからこそ、わしは人を守りディグラフを狩るのじゃ」 その思想が異端だろうことぐらいは、城戸にも分かった。何故殺した者をも救うのか。そうやって追い詰められることだってあるだろう。 無言でいる城戸になにを思ったか、緋和は微笑んだ。 「長々とすまんかったのう。考えてみれば、無茶をいった。お主にも、無理にとはいわん。しばらくは堪えてもらわんと仕方がないが、少々無理をしてでも早晩ここらのディグラフの全てを片付けよう」 「いや」 「ん?」 初めてでた緋和の好意。それを、城戸は否定した。 幽霊が嫌いだった。けれども、考えてみれば幽霊自体が嫌いだったのではない。幽霊に対して無力だった自分が嫌いだったのだ。 「俺は、お前の考え方、好きだぞ」 城戸は、緋和に向かって手を伸ばす。 いつだって見ているだけというのが嫌だった。いつも、助けたいと思っていた。幽霊もディグラフも一緒だ。そしてこの少女は、そのやりかたを教えてくれるというのだ。 ならば、受けるのが当然だ。 ディグラフの恐怖がなんだ。生まれてこのかた付き合ってきた、あの無力感のほうがよっぽど恐ろしい。 「そうか」 緋和が、にっこりとほほ笑んで城戸の手を取る。 照り輝く月下で、ふたりはしっかりと握手を交わした。
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原作の設定を、精いっぱい使って書いた、つもりです(目逸らし)。いや勝手につけ足したり、三人称にしたり、シーン増やしたりは、変な解釈のしかたしたりしてますが……書いてて楽しかったです! 紅月さん、勝手ながら原作お借りしました。ありがとうございます。おかげさまで、楽しいひと時を味わえました。
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