Re: 師走に紡ぐ、指物語。 ( No.5 ) |
- 日時: 2013/12/08 12:18
- 名前: 星野日 ID:SUNKHLFQ
ムラタ辺境公が大の子供嫌いということは広く知られていることだった。幼少時代には良心の愛を弟に取られ、また周囲の悪ガキ共にいじめられる毎日。船上で過ごした青年時代には少年兵のミスで二度も生死の境を行き来するはめに陥った。親を継いで辺境公になってからは浮浪児問題や、養育関連の公的福利のために頭を抱える毎日。とうとう出た言葉が「子供など、今の五分の一ほどに減っても困るどころかありがたい」となった。彼は決して悪い人間でなく、むしろ軍人としても為政者としても評判が良かった。それ故にこの発言は少なからず周囲に驚きをもたらした。口さがない人間は「上等な果実ほど悪劣な腐り方をする」とも言ったそうだが。 その彼が溺愛する妻が懐妊したというので、はてムラタ辺境公は我が子を愛するのか粗末に扱うのかという話題は、四方山話の一つではあるが、その中でも最も人の口に登った話題であった。 彼と妻の蜜月もやはり有名な話で、妻となる人の告白に「君の一つを好きになれば、君の全てを愛してしまう」と熱く言って指輪を送ったという。さてその子供にはどのようであるか。妻の子供を愛さぬ訳がなかろうと言う噂好きの人が半分、妻の愛を子供に取られて憎むだろうというのがもう半分。 出処も知れぬ噂では、側近のものが辺境公に内心恐る恐る尋ねたそうだ。 「元気なお子様が生まれると良いですね」 辺境公は「ああ」と頷き、 「跡継ぎにひとりは必要だからな」 とだけ答えたそうだ。暗に二人目はいらないと言ったのだと、噂の最後に付け加えられる。
妻のヒグレは旧姓を斎院といい、近隣領土にある家格確かな神社の娘だ。夫が子供嫌いという話は、彼女の耳に届いており、実は彼女も心配をしているひとりだった。 ある夕食。たまたま彼女が付き合いで出払っているとき、ムラタ前辺境公が言った。 「おまえ。ヒグレさんの故郷では男女が生涯を一緒に過ごす誓いを立てることを『結ばれる』と言うそうだ。お前たちの婚儀で子指を結びあって誓い合う光景は大層ほほえましかった。その末にできた子供をムス女、ムス子と呼び、大切にする。お前が子供を苦手なのは周知の事実だが、それでヒグレさんに心配をかけさせるんじゃない」 隠居してからというもの、息子へ滅多に口を出さなかった父だったから、よほど見かねるほどにヒグレの心を悩ませる日々があったに違いなかった。だがこの小言に辺境公は素っ気なく答え、父や居合わせた兄弟達を呆れさせた。 人の口にとは立てられぬと言う通り、小間使いが喋ったのか、それとも父が友人に愚痴ったのか、この出来ごとも噂として世に出回ることとなる。「妻と子に掛ける愛情良く似てる。子のゆび結んでちぎるゆえ」と、三味線で誰かが唄ったそうだ。 実際のところ、公が子供嫌いは事実であったが、かと言って蔑ろにしていたわけではない。浮浪児の増加や孤児院の人身売買などに関して、問題が解決には向かわないものの決して拡大もしていないのは彼の奮闘があったからだし、子供関連の福利厚生が財政の負担になっているわりに無くさないのも彼の決定だ。むしろ真剣に向き合ってるからこそ、冒頭のような愚痴が漏れたのかも知れない。それでなくても、この領土は多くの問題を抱えていた。近隣領土との関係も、決して全てが円満に言っているわけではない。 冬入りし、妻の出産も間近に迫った時、国境付近で自国含めて四国が睨み合う小競り合いが起きた。湖やその関連河川の漁業権に纏わるいざこざが発端で、二国間同士でない分、却ってすぐに戦争沙汰とはならなかったが、問題の解決が難しいことには変わらなかった。 ムラタ辺境公と協調路線をとるのは、キタヤマ美髪公と呼ばれる美丈夫で、互いに旧知の友人であった。 「今度のことは、単純な諍いに見えて根が深い。上手く振舞わねば長引いて戦になるな」と美髪公が二人だけで杯を交わし合う席でぼやいた。 「私はこういった出来事が嫌いではない。だがお前には厄介なことだな。奥方が身重の時期なのに、いざとなってしまえば本拠から離れることになる」 この友の懸念は果たして実現してしまった。ムラタ公は冬を国境で過ごし問題の解決にあたることとなり、その間に妻は出産を迎える。彼が息子と始めてあったのは歳が開けてから更に三ヶ月が経った頃だった。 前領主や兄弟、妻、部下、そして国民が、とうとうムラタ公が子供にあう日が来たと息を飲んでその日を迎えた。公が館に戻り、妻と新生児の待つ部屋へと出向く。彼は妻に近寄ると「待たせてすまない」と謝り、それからようやくわが子の顔を抱き上げまじまじと見つめてから「子供とは厄介だな」と、ため息と共になにかを呟いた。その拍子に抱かれた子供が泣き出したので、あわてて乳母が子供を取り上げ妻へと返す。近くの者たちが「やはりこうなったか」と言わんばかりの顔をし、気をきかせて穏便に主人を部屋から連れやった。 部屋にいたムラタ辺境公の母が、妻に聞いた。 「あのどら息子は何て言ったんだい」 妻は少し頬を染めて、 「子供とは厄介だなと言いました。それから私に、お前に似てれば愛しさを感じぬわけにはいかぬと」 やれやれと母は肩をすくめた。 「本当、どこまで父に似たんだか」と言った。
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大遅刻。。。!!! 書く力、なくなったなあと思いつつ投稿です
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