サーチライト いず デッド ( No.5 ) |
- 日時: 2010/12/26 00:02
- 名前: 弥田 ID:PylxrUTI
冬の午前二時十七分は闇にとざされている。窓の外は真っ黒に塗りつぶされて、ネオンの極彩色だけが細胞のようにくっきりとまばゆい。空には月光がぼんやり淡くて、無数の星は遠く彼方に消えてしまっている。 静かだった。遠くから響く工場の稼働音以外は何も聞こえない。犬の吠える声や、どこかを走る車の排気音、夜の無窮がどろどろとうごめくかすかな轟きすらなかった。僕がいて、世界があって、それだけだった。 ――てめえらぶっ殺してやる。 僕は暗がりに隠れてしまったなにもかもに思いを馳せた。想像のナイフを慌ててつかむと、右手がふるえて、まるで麻痺してしまったかのように動かなかった。刃先を見つめる。研ぎ澄まされたそれは鉛筆の芯よりも尖って、視界にはいるだけで眼球が潰れてしまいそうだった。慌てて目をそらした。力がすうっと抜けて、右手がナイフを取り落としてしまった。落ちたナイフは右のつま先に刺さった。そこにはなんの感触もなかった。そこにはなんの感情もなかった。想像のナイフはどこまでも無力だった。 ――てめえらぶっ殺してやる。 声には出さずに叫ぶ。のどがきしむ。秒針が一周して、時刻、午前二時十八分。 窓の外はあいかわらず真っ黒だった。豆炭のような色合いで、どこまでも奥まっていた。そんな中、ネオンと月だけが貼り付けたシールのようだった。 ――もっと光を。 サーチライトがあればよかった。まっしろな光ですべてを永遠にしてしまえればよかった。 「サーチライトが欲しいのかい?」 声がした。幻聴だった。そして幻覚だった。月の上に小人が座っていた。眼が四つあり、口が五つあった。僕は声が出せなかった。 「シカトはよくないよ、きみ。私が声をかけたのだから、こんにちはセニョール、と挨拶するのは当然のことだ」 「……あなたはスペイン人なんですか?」 やっとのことでそれだけ言った。 「そんなことは問題ではない」 「サーチライトが欲しいのかい?」 小人が再び聞いた。僕はうなずいた。 「なんのために?」 「すべてを照らすため」 「誰のために?」 「ここにはいない誰かのため」 「そして自分のため」 「ええ。自分のためです」 小人はふむふむと頷く。そしてにっこりと笑って、こう言うのだ。 「ならばことは簡単だ。きみ自身がサーチライトになってしまえばいい」 「そんなこと……」 「なに、たいして難しいことではないよ。そうあれかし、と望んだのならば大抵のことは叶ってしまう。そういうものなのだよ」 「しかし僕は」 「大丈夫。安心したまえ。最初は私が手伝ってあげよう。そら、眼をとじたまえ」 言われるまま、思わず眼をとじてしまった。 「頭の中にサーチライトを思い浮かべたまえ」 言われるまま、頭にサーチライトを思い浮かべた。 「息をすいたまえ」 息をすった。 「息をはきたまえ」 息をはいた。はけなかった。口がないのだから、はけるわけがなかった。その時、僕はサーチライトだったから。息の代わりに光を吐いた。まっしろな光を吐いた。光は、夜も、ネオンも、月も、すべてをのみこんですべてを永遠にした。圧倒的な輝きだった。 「……あはは。あはははは」 小人はいつのまにか消えている。特に気にはならない。ただ夢中で辺りを照らした。視界はまっしろで、世界はまっしろだった。見わたす限りの無明を端から永遠にしていった。すべてが白に塗り込められて、僕はその中で首を振り続けるサーチライトだった。
---- なんかごめんなさい
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