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|  『千年後の自動階段』 片桐秀和さん作「自動階段の風景 ――行き交う二人――」のリライト作品 ( No.43 ) |  | 日時: 2011/02/05 16:44名前: つとむュー ID:KpRbfyUw片桐秀和さん作「自動階段の風景 ――行き交う二人――」のリライト作品
 『千年後の自動階段』
 
 紅かった。月が。
 輪郭がぼんやりしているのは、まだユウキの意識が朦朧としているからだろうか。
 その紅い月は、ちぎれ雲ひとつない透き通った青空に浮かんでいた。
 そしてユウキの体は、その青空の中を上昇しているようだった。
 ――このまま天国に行くのだろうか。
 そう思ってユウキは、はっと意識を取り戻す。
 ――あれからどうなったんだろう?
 意識を失う直前にユウキが見たのは、猛スピードで突っ込んでくる建築資材を運ぶ大型トラックのボンネット。とても避けられたとは思えない。
 ――きっと俺は死んだんだな。
 ユウキは体を動かそうとしたが全く動かせない。体を横たえているのは、白く細長い床のような場所。手探りで形状を探ると、細長い床の片方は壁のようになっていて、もう一方は下に切れ落ちている。
 まるでそれは階段のようだった。しかも、エスカレーターのように上昇している自動階段。
 丸一日階段に横たわっていたユウキは、やっと体を動かせるようになった。
 相変わらず月は紅い。
 なんとか上半身を起こして周囲を見渡すと、ユウキが居たのはやはり階段だった。上にも下にも人が居るようだ。それよりも驚いたのは、反対側には下りの自動階段もあることだった。
 二日目になると、ユウキは元通りに体を動かせるようになった。
 ユウキは階段に座って紅い月を眺める。
 自動階段は相変わらず上昇を続けている。反対側の下降する階段を見ていたこともあったが、乗っている人はみな同じ顔に見える上に、それがものすごいスピードですれ違うものだから気持ちが悪くなってしまった。
 だからユウキはずっと月を眺めていた。なんであんなに紅いのだろうと思いながら。
 すると突然自動階段が止まり、空の彼方から中性的な声が響いてきた。
 
 『ご利用の皆様にお知らせします。ただ今、当自動階段は定期検査を行っております。七分間の停止が予想されます。お急ぎの皆様にはまことにご迷惑をおかけいたします。繰り返してご利用の皆様にお知らせします――』
 
 ――なんだよ、点検かよ。
 ユウキは少しふて腐れるように反対側の下り階段を向く。案の定、下り階段も止まっていた。そしてそこに乗っていた人と顔を合わせて、思わず声を上げた。
 「えっ!?」
 「あっ!」
 反対側の階段からも驚きの声が聞こえてきた。そこに乗っていたのは――なんとユウキと瓜二つの顔をした男性だったのだ。
 「あなたも……」
 「そうです、私もタイプEです」
 
 西暦二五○○年。
 人類は存続の危機に面していた。
 男性が持つY染色体が、子孫を残せないほどに小型化してしまったのだ。
 もともとY染色体は修復が効かない染色体だった。しかも、突然変異を繰り返すたびに小型化していった。
 ――このままでは人類は絶滅してしまう。
 そう判断した科学者達は、Y染色体があまり小型化していない人々を選び出し、そのクローン人間を作ることで人類を存続させようと計画した。
 そしてその計画の発動から五百年が経った西暦三○○○年には、人類の男性はタイプAからEまでの五種類だけになってしまったのだ。
 
 ユウキはタイプEのクローンだった。そして反対側の階段に居た男性も同じくタイプEのクローンだった。
 「珍しいですね」
 「僕も同じタイプの人間に会うのは初めてです」
 クローンにはAからEまでの五タイプが存在していたが、その存在比は著しく偏っていた。例えばタイプAが七○%、タイプBが二○%、という具合に段々と減っていき、タイプEはわずか○.○○○一%の存在だったのだ。
 「俺は武本ユウキ」
 「僕は丹羽ミキオ」
 二人は何か運命的なものを感じていた。
 「俺、一昨日交通事故で死んだんです」
 ユウキは淡々と切り出した。
 「それは、ご愁傷さまでした。痛かったですか」
 ミキオが弔いの言葉を口にした。彼としても死んでいることには変わりなく、不可思議な会話とも取れるが、その表情にからかいの色は一切ない。
 「いや、一瞬だからどうということも。はは、気づいたらこの変な階段に乗って上昇していました」
 「そう、良かった、っていうのはおかしいな。不幸中の幸いでしたね」
 ミキオもあくまで軽快な調子で話すユウキに合わせたのか、おどけた様子を見せた。
 「ああ、それ、それです。俺って変なところで運が良いんですよ。あれ、この場合は運が良いとは言わないか」
 コウキが頭を掻くと、ミキオは楽しそうにお腹を抱えて笑った。和やかな雰囲気が一段落すると、ミキオが静かな調子でつぶやく。
 「じゃあ、僕は明後日かな」
 「何がですか?」
 「生まれるのが」
 ああ――、とユウキは息を漏らす。
 「そうか。俺が二日来た道をこれから行くわけだから、明後日生まれることになるんですね」
 「ええ」
 「それはおめでとう」
 「ありがとう。今はとっても楽しみです」
 「そうですよね」
 人間界ではタイプEの男性は大変珍しいので、どこに行ってもモテモテだった。そりゃ世界の男の七○%が同じ顔をしているのだから、そうなるのは当然だ。
 「俺がこれから行くところはどんなところですか? まさか地獄だったりは――」
 人間界に戻るミキオに比べて、ユウキの方は不安で一杯だった。
 「いや、名前は天国でした。着いた先の看板にそう書いてあったから。でも、ある意味地獄かもしれませんね。だってこの階段は男性専用だから」
 「げっ、それは難儀だな」
 つまり行き着く先には、タイプAの同じ顔をした男性がうじゃうじゃ居るということだ。
 「だから見てはいけないんです」
 「というと……?」
 「考えるんです。人類とは何なのか、ということを」
 溢れんばかりの同じ顔をしたクローン人間。天国をそのような状況にしてまでも人類が存続し続ける意味は一体何なのか。
 「僕はずっと考えていました。二十年くらい。そしてある日、気がつくとこの下り階段に乗っていました」
 「それで答えは出たの?」
 「いいえ、何も答えは出なかった」
 「そうか……」
 ユウキが沈黙すると、ミキオはおもむろに夜空に浮かぶ紅い月を見上げた。ユウキも自然とそれに倣う。ユウキがこの二日間ひたすらに見ていた月だ。
 「ねえ、どうしてあの月は紅いんだ?」
 ユウキは長らく疑問に思っていたことを口にした。答えがあるなら知りたいと思っていたが、今は何よりミキオならどう思うかが知りたかった。
 「命の色なんだと思う」
 「命?」
 「うん、尽きた命と生まれる命。いくら取り替えが効くクローン人間だって、命に色があってもいいんじゃないかって思ったんだ」
 「へえ、難しいな」
 「僕にもよく分からないんだけど、死ぬことも生まれることもきっと同じくらい大切なんだってそう思った。うまく言葉に出来ないけれど、あそこで過ごした二十年で分かったような気がする」
 「大切か――」
 「ああ」
 ユウキははっと息を呑む。一瞬意識が揺らいだ後、絶対に解けないはずの数式の答えが電撃とともに去来したように、強烈な衝撃がユウキの魂を打った。
 「聞いて欲しいことがある」
 そう切り出したユウキの表情は固い。強張った頬が震えると、唾をゆっくり飲み込んだ。
 「おかしいな奴だって思ってくれてかまわない。だけど聞いて欲しい。ずっと君に伝えたいことがあったんだ」
 どこか苦しそうにも見えるユウキに心配そうな表情を見せながらも、ミキオは深く頷いた。
 「俺は君だよ。そして君は俺なんだ」
 「え?」
 ミキオは驚きのあまりそう言うよりなかったのだろう。それでも言葉の意味するところを、自分なりに必死に掴もうとしている。
 ユウキは自分でも止められない激しい想い、けれど真摯な想いをゆっくりと言葉にしていく。
 「何度も何度も、こうして俺達は出会っていたんだよ」
 それを聞いたミキオが、あっ、とつぶやいた。
 「僕にも分かった。僕達はここを何度も何度もすれ違っていたんだね。生まれる君と死んだ僕、死んだ君と生まれる僕。どちらか一方の世界で一緒に過ごしたことはないけれど、こうしてグルグルと入れ替わっていたんだ」
 「お互いにな」
 「そうだ、僕達は同じタイプEのクローンじゃないか」
 「じゃあ、約束しよう。次に君が死んでもこうやってこの階段ですれ違うって」
 「ああ、約束しよう」
 二人は自然と右手を伸ばしあい、強く握手を交わした。
 その時だった。
 突然ユウキがミキオの手を強く引っ張ったのだ。そしてその勢いでミキオの体は宙を舞い、上り階段に着地した。一方、ユウキの体はミキオと入れ替わって下り階段に移動する。
 「な、何を!?」
 驚愕に震えるミキオ。何が起こったのかわからないという表情でユウキを見つめている。
 その時、七分間停止していた自動階段が動き始めた。
 「だから言っただろ。俺は君で、君は俺だって。だったら入れ替わったって変わりはしないんだ。また天国で二十年の瞑想にふけってくれ」
 「くそっ、騙したな」
 「もしかしたら君は、こんな感じでこの場所と天国とをずっと行き来しているのかもしれないぜ」
 「そ、そんなことは……」
 「ま、天国でゆっくり考えるんだな。じゃあな、またこの階段で会おうぜ。あばよ」
 
 ユウキを乗せた階段が下っていく。あと二日我慢すれば、また人間界に戻れる。そうすれば、タイプEのクローンはモテモテの人生を歩むことができるのだ。まさか、タイプAに生まれ変わるということはあるまい……。
 
 
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 ゴメンなさい。こんな変な作品を書いてしまいました。
 リライトというか、パクリに近いです(でも楽しかった)。
 片桐さんの文章をそのまま使っている部分が多いので、文章力の差が浮き彫りに(泣)
 (この作品を僕のブログに掲載してもよろしいでしょうか?)
 次は「Fish Song 2.0」。これは強敵ですね。
 (紅月セイルさん「孤高のバイオリニスト」のリライト作品『河のほとりに』ですが、冒頭の部分を修正しました)
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