Re: ふわふわ浮かぶそれは、確かに、確かに三語なのでした。 ( No.4 ) |
- 日時: 2011/01/23 00:06
- 名前: 端崎 ID:q3P8/rCY
ふわふわ浮かぶそれは、たしかに彼の声なのでした。 そのときわたしは、クッションをお尻のしたに敷いて、ゆったりとした、異国風の、三拍子の曲をきいていました。オーディオから流れてくるやわらかい弦楽器の音が、ときにぱつりとはじける心地よさにゆらゆらとただよいながら、膝のうえにのせた雑誌を、みるともなしに眺めていたのです。 近所のお店から買ってきたサンドイッチに、ひとくち、噛みついて、甘すぎないたまごの味を舌のうえで転がしていると、玄関の扉があけられた気配がして、それから、あの人が帰ってきたのです。 「ただいま」といって、不器用なていねいさで靴を脱ぎ、あいもかわらないかるさで、たん、たん、た、とあがってきて、それからもういちど 「ただいま」 というと、ほそめた眼でこちらをみるのです。 「おかえりなさい」 やっとそれだけいうと、手のひらについたパンくずを容器のうえにはらって、わたしはまたサンドイッチに口をつけました。 「そんなものを食べているんなら、もうすこしちがうものを買ってくるんだったな」 彼はそういうと、手に提げた紙袋のなかから背の低い箱をとりだして、わたしの顔の前にさしだしました。宇治煎茶、と書いてあります。 「どこで買ってきたの?」 「ちょっとそこまで」 「でも、宇治って」 近所に京都のお茶っ葉なんか売っていたかしら。 「なにもダウジングをしようなんてのじゃないんだ。電車にのればいいんだから」 わたしはなんだかおかしくなって 「そうね。そうね。でもこのお茶、淹れましょう。せっかくだから」 クッションからたちあがると、キッチンまでいって、やかんに水を入れて、コンロにかけて 「ね、封を切っておいてちょうだい」 といいました。 オーディオから流れていた曲はだんだんとフェードアウトしてゆきます。コンロの火がこもった呼吸のような音をさせているのをよそに、 「どれどれ」といいながら箱をあける彼の声も耳のうしろに置いて、次はどんな曲だったかしらと、思い出そうと、しはじめました。
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