Re: リライト企画!お「史上稀に見る暴君を生み出した希代の艶母は黒光りする未成熟の椎茸に股座を濡らす――と云うのは噂を越えた伝説なのか、もしれない」 ( No.4 ) |
- 日時: 2011/01/16 00:10
- 名前: お ID:dmtt0oo6
今は昔と云えば聞こえは良いが今は今、昔は昔。これより話さんとするは昔の話し。昔々、振り返ったなら気の遠くなるような遙かなる過去。すなわちページを捲ればすぐそこにある別なる世界。ちらと覘き垣間見られるは……美醜に塗れた妖しき幻想。 * 当時、日本国――倭っ国の首都と謂えば京である。京の都は永安京、ナガクヤスンジランコトヲネガフ都である。維新が成って首都が遷されるまで長く帝の御座す倭っ国の中心で有り続けた。まぁ、近代に於いては実質政治も文化も徳川の江戸に奪われたわけではあったがと云って倭っ国の中心が動いたわけではない。帝が御座すそこが倭っ国の中心でなのである。 時の頃は、さて、現代より過去を顧みたならば王朝時代と呼べなくもない頃。洋の西の果てならばビザンツ帝国隆盛がピークに至ろうかと云う頃であったろうか。バシレイオスⅡ世が第一次ブルガリア帝国を滅ぼし、東ローマ帝国がバルカン半島のほぼ全域を奪回する数年前。そんな頃合い。 この時代にも夜はある。否よ否よ。現代などよりも遙かに夜は濃く、深い。闇の明けることの奇跡を感じられるほどに夜の闇は昏く、冥く、果てしなく暗くて救い難い。 永安京は、闇の巣窟であった。 じゃりと踏む小路に異臭の立ち籠めるのは何も今宵に珍しいことじゃぁない。野犬が一匹二匹警戒と威嚇に睨め喉で唸る。折角の獲物を奪われまいと牙を剥く。 馬鹿を言うものじゃない。人間様は獣などと違い同族の屍肉を漁るような浅ましいことなどしやしない――などと言えるのも理想と幻想の彼方成りしか。そんなようにはとても言えないのがご時世である。貧すれば鈍するなどとは云ったもの。喰うに喰われねば禁忌も嫌悪も何もが鈍って感じなくなるらしい。飢饉の見舞うごと都に流民が流れ込み飢えの酷いものは人の屍肉を喰らいて凌ぐと云う。喰わねば飢える。飢えれば死を待つ他はない。喰って飢えのしのげるモノなれば……。その姿を見た者が鬼が出たと騒ぎ立てゴシップに飢えた京童共が怖ろしおぞましく囃し立てれば物見高い京の民が興に乗って婆か嚊に言い触らす。それが近所の婆や嚊に広まって使われる者使う者隠居の爺婆から洟垂れ小僧を通じて犬や猫にまでつぅつぅのかぁかぁ、都に知らぬ者のないなどと云う有様となる。斯くして京は鬼の溢れる都と成りにける――などとはまぁ、まだ誰も云っていない。 ともあれ、広い京の内や外に喰うにあぶれる者が大勢たむろしていることは確かである。溢れていると云っても良い。だからこそ野犬と睨み合うそれ人の眼の血走る様も真剣この上なく命を繋ぐためであれば命すら惜しくないとでも云う体である。なんとも痛ましくまた状況に拠っては他人事と言い切れぬ光景であった。 命を繋ぐためというにはいささかばかり投げ遣りでともすれば馬鹿らしくもある命懸けで真剣な果たし合いの火蓋が切って落とされんとするその場面。俯瞰して眺めれば四つん這いの犬にこれまた四つん這いの人が同じように尻を迫り上げ唸りを上げるのは滑稽を通り越して悲壮と言えようか。そこに通りかかりしは一騎の騎馬。ひひぃんと一嘶きするに両者の目が泳ぐ。ふらりふらりと宙を彷徨うにさりて邪魔者の姿をずいと見上げて睨めてみる。でかい。当たり前である。馬である。しかもこの馬、板東の胴長短足にして田畑を耕すを天職とする寸胴種とは違い亜拉毘亜から遙遙シルクロードを駆けに駆けて本邦倭っ国に辿り着いたという馬界のまさにサラブレッドである。何しろ足が長い。川縁の葦のようである。蘆屋道満もびっくりである。 さて。 月が出ていた。昏い夜の白めく藍の空に白金の月光を背にした黒雲がぞろりと流れる。 月が出ていた。僅かにしか宙を照らさぬ圧倒的な銀照。 その光がただ一点を差し堕とす。溶け流れる銀の小夜滝。産み咽ぶ泪滴の土石流。月がしぶいて結晶を垂れれば地上に神さぶ人の顕る。人なりて人でなし。神なりて神になし。その美瑛をなんと称えよう……、 源判官靜謐、検非違使である。当世都で検非違使と云えば源靜謐、源靜謐と云えばザ・検非違使と云われる当代切っての名追捕尉である。後の遠山左衛門尉景元が密かに手本にしたとかしないとかそんな噂も一部の事情通の中に囁かれると云う。無論、根も葉もない嘘であろうが。 そのザ・検非違使が緊迫感の有るような無いようなこの修羅場の間に割り入ってついと両者の牽制する目線を抜け、片足片腕が既に胴より失われた屍体を眺め降ろす。発育途上の童であった。その持ちたるモノはオノコのツトメを果たすに充分過ぎる程立派なモノであったが、年の頃を云えば元服までにまだ四、五年を要しようかと思ゆる幼き童である。それは……それはさぞ美味かったことであろうよ。柔らかく筋張っていない上に適度な運動によって脂と肉の絡み加減がほんに程良い。この上なく肉の旨味を堪能できよう、畜生の味覚を以てすれば。貧すれば人は獣に堕ちようか。人といえど所詮は二足で立って偉そうにふんぞり返っている獣の成れの果てにしか過ぎぬとでも云うものか。 風に靡く柳の枝のようにゆらりと優美な素振りで源靜謐が利き腕であろう右腕を空に差し出すとその傍らに走り寄るはそれもまた靜謐に付き従うに相応しい美童である。屍体の童と変わらぬ年頃であろうか。随従の童の格好をしているがアンニュイに可憐な容貌は女童のようにも察せられる。いずれその手の好事家からすれば垂涎の一品であることは間違いない。世にロリコンと呼ばれる人々である。 美麗なる随身童のその手に抱えられるは背丈の倍ほどもあろうかと云う、それは太刀であったろうか。ぱっと見には槍であろう。否よ否よ、槍でしか有り得ねぇだろふつー。然りながらそれは鞘に収められた正真正銘の太刀であった。でなければ武器にはならぬ。他の何ものにもならぬ。人のこしらえた物でこれほどに馬鹿げた代物は他にそうそう見れるものじゃぁない。これが世に名高き怪刀「月薙ぎ」である。振るわば月をも薙ぎ捨てる神もが畏れ封じたと云われる破滅の太刀。鍛え上げしは人とも猿と付かぬ時代の狂人。神を屠るためこの世の全てを道連れにせんとし命を捨てて神に牙を突き立てた者。その牙。その執念の結晶がここにある。故にそれはこの世の全てに対して厄災しかもたらさぬ――と云うのは調子乗りの京童お得意の講談である。漫談でないだけましであろうがまぁ八割方は誇張、もしくは法螺である。だとしてもけったいな物であることに変わりない。長すぎるのだ、刃が。この全長ならばどう考えても槍にした方が使い勝手が良い。槍ならば棍と同じくに熟達すれば接近戦にも対応できる。そもそもこの太刀、抜けんのか。 靜謐は差し出された太刀の柄を無造作にひっ掴むと割り箸を包みから抜き出すが如くいとも容易く鮮やかに優雅にそれを抜き放った。美しくも険しい眉目のひとつ揺らぐことすら無く。星の流るるが如くその銀翳は長く鮮光を引いた。 靜謐は太刀の切っ先を童の屍体に向ける。肩に当て器用に捻る。残っていた腕がぽんと跳ね犬っころの前に落ちる。股間に当てる。同じく足が獣に堕ちたる人の前に落ちる。残る頭と胴だけのそれは人の骸か打ち捨てられた穢物か。 しんと静まるは晩秋の宵空。星の溢れそうな夜。そこから漏れる音とて何もない。 そして太刀は元の鞘に収められた。静けさは質量を持ってのし掛かる。 扱うも敵うまいと思われた馬鹿げたほどの長太刀を手足の如くに使い得たそのその恐るべき技能。冷徹さ非情さ。死して捨てられた憐れな童に一片の情けも掛けぬ。然りとて一大三千大千世界を凍えさせ得るはその大道芸にあらず。美醜を超越した艶貌に薄く浮かべたその微笑みであろう。今この場に☆の墜ち流れんことを祈った者が二匹と二人。このままここに留まるよりは遙かにましと思うた。細胞の奥の奥に潜むデオキシリボ核酸の螺旋の捻れが真っ直ぐに伸びる思いであった。怖い。恐れ、畏れ、懼れ、全ての恐怖をその薄微笑みは呼び覚まさせた。 靜謐は四肢を失い温もりは失せても未だ瑞々しさを失うには至らない屍体を拾い上げ馬の背に括り付ける。何故か亀甲縛りであった。美童の従者を連れ立ち去る。残された二匹と二人は長くその目の前に置かれた餌を眺めていた。 * 六条辺りの邸宅、その北対屋である。寝殿に対して北に位置する殿舎には正式な妻、本妻が居所を与えられている。奥方、北の方、北の政所などと云う名称はそこから発祥している。これは本当である。 屍臭の染み付いた厚い雲のぞろりぞろりと天地を覆い埋め尽くさんとする丑三つ。 対屋の真ん中四方を壁に囲まれた塗籠に籠もる女が一人。無論、この家の主婦である……とはとても見えぬ容貌が有りも在らぬ宙空を睨めるのは薄気味悪いを通り越して薄ら寒々しい。落ち窪んだ眼窩の黒い縁取りの奥からぎょろと睨む鈍く濁った眼光。乱れ解れ脂と埃が浮いてそうな髪。袿も袴も汚れと皺が酷い。先の屍体よりもよほど屍体めいた女の姿がそこにあった。誰ぞ見咎める者はないのものであろうか。 塗籠の中には香が焚きしめられている。公家の奥方なら当然のことであうが、しかしこれは幾ら何でもきつすぎよう……うぷっ。例えるなら平均年齢高めのPTA総会と云ったところか。たまにしか出かけることのない初老の主婦が日常の生活臭を消すためにありったけの香水をバケツで頭から被るとしよう。そんなのが何十人と一つ所に集まったならそこはアウシュビッツ並の非人道的空間となると言っても過言ではない。アビキョウタンである。それに匹敵して更にお釣りのくるような臭気が狭いこの部屋を満たしている。フルカラーのアニメなら黄色く色付いているはずだ。 異様なのは住人と臭いだけではない。日常生活には間違いなく不必要な物があちらこちらと散乱している。ぱっと見ても分かるまいから説明しよう。紙包みに含まれた物はクスリである。砒霜石から作ったものであるが成分には後世カレーの調味料にも使われるヒ素が含まれている。雑草の葉のように見えるのは苺、繁縷、藤、皀莢、木槿と云ったところであろうか。他には、男性のカタチをした張り形。皮に似せたビニルで出来たボンテージ衣装。ビキニパンツの裏表に四寸ほどの突起が付いた物は如何に使うものか。先の割れた革製の鞭。真っ赤な蝋燭。三角の木材に土台を付けたオブジェ? など時代考証を無視した妖しげなグッズが所狭しと放り散らけてある。この部屋にいる者は間違いなく一片の疑う余地もなくHENTAIである。断言しよう。 その異様な塗籠に妻戸を開けて現れたのは誰あらんザ・検非違使、源靜謐である。亀甲縛りの目の一つを無造作に掴みだらりと下げるは生を失った童子の成れの果てである。手足を失ったソレに残るは胴と頭と股間からぶら下がる自慢のブツだけである。頬の辺りなど幾らかは犬か人かに囓られて見る影も無くしてはいるが彼の従者には及ばぬもなかなかの美童であったようだ。 「所望のモノを持参した」 と無下に放り投げるのを精気のまるで感じられなかった奥方がイチローも真っ青の美麗なダイビングキャッチで受け止める。 「おぉ、いたわしやいたわしや」取り縋る様は酷く同情的で悲哀を誘う。「亀丸や、亀丸やぁ」一方で臆面もなく哭き縋る姿には言い様のない据わりの悪さを感じずにはいられない。それが何によるものなのかは賢明なる読者なら察しも付こう。ちなみに亀丸が睾丸に見えた人は注意が必要だ。人の道を外れる前に更正した方が良い。 さて。泣きつくほどに愛おしい我が子を何故埋葬もせずに打ち捨てるかと不審に思われる節もあろう故に解説しようが、この世界というのはおおよそ古代は王朝時代をベースに練られている。当時子供は大人と同じように埋葬してはいけない風習だったのである。かの有名な偏屈親爺「小右記」の藤原実資も愛娘を埋葬できない哀しみに暮れている。嘘ではない。 「検非違使殿」 奥方がキッと靜謐を睨め付ける。その眼光の鋭さはプレミア物の美少女フィギアを値踏みするサブカルのプロの眼光に勝るとも劣らない。 「足りぬ、足りぬではないか」迸る怒りを迸る唾に込めて奥方は怒鳴り散らした。 「其方の大事なモノは付いたままよ。何の不満があろうものか」興味なく靜謐は応える。 「えぇい、手も足も無いではないか。足りぬ、足りぬ、足りぬのだ」 奥方の眼球がごろと裏返る。呻きを漏らす口は裂け唾を吐き涎を垂らし泡を吹く。怒髪天を突きかさつく肌は紅黒く腫れ上がる。鬼の形相を尚も怒らせて奥方は手近に有ったもの靜謐に向けて投げつけた。モーターの付いた黒い張り形がぐぃんぐぃんとうねってる。濡れてテカっているのは直前まで使用されていたものであろう。 「これでは、これでは、亀丸を甦らせることが出来ぬぅぅぅ」 おぉおおおおぉお 獣じみた咆哮をあげる奥方は夜の闇を一層に濃く重くした障気を目口鼻ありとあらゆる穴から吹き出し吐き散らす。 しかしこのアマ……、反魂を施そうというのか。反魂はおおよそどんな神秘を扱う道の術も禁忌とする非道である。おいそれと成せるものでは有り得ない。有ってはならない。然りとて砒霜石の薬、苺と繁縷の葉、藤で作った糸、皀莢と木槿の灰は西行法師が骨より人を作らんとした時に使った材料である。この奥方はそれを知っていて本気で反魂を試みようとしたのだ。「金烏玉兎集」の写本など転がるは泰山府君祭でも成さんとするものか。アグリッピーナコンプレックスもここに極まれりか。いやはや業の深きものよ。 「手足が要るのか」 靜謐が手を伸ばせばそこに美童の従者が控える。差し出すのは無論「月薙ぎ」の太刀の柄である。 銀線が閃く。 ぼとと落ちたるは、腕。 ひとつ、ふたつ。 奥方の目の前に転がる二本の腕。薄汚れた袿の袖がじんわり朱に染まる。理解しがたい状況の中で理由無き緊迫感が息を詰め胸の動悸を昂ぶらせる。きゅぅと喉が締まる。身体の芯だけが異常な熱を持ちインナースペースを圧迫する。恐る恐る自分の両の肩を見る。有るべきものがないと気付くのに数瞬を要した。と、視線の位置が変わる。奥方のである。目の位置と変わらぬ高さに床がある。いつの間にか床に顔を付けて倒れ込んでしまったのか。否。立ちようにも立てないのだ。立ちようがないのだ。何故と言えば、足もまた袴を履いたまま腕の横にちょんと並べられていた。今や奥方の格好は愛おしい亀丸のそれと同じである。 あぁ、あぁ、あぁぁぁ 奥方が嗚咽を漏らす。獣のような慟哭を。その眼に籠もるのは痛みや怒り、恐怖ではない。それは、紛うことなく、偽りなき……、歓喜であった。 「手足があった。手足があった。亀丸が甦る、亀丸が甦りよる」 奥方は亀丸に近寄ろうとするも立つことは敵わない。這うことも出来ない。必至に腹をくねらせれば少しは前進する。口で己が腕を咥え持とうとする。が、そこまでである。 あぁ、あぁ、あぁぁぁ 「手が無い、妾の手が無い。これでは、これでは、亀丸を甦らせることが出来ぬ。手を、手を、妾の手を」 「手は其処に有ろう」靜謐の声は遙か遠く感情もなければ一抹の感心すらも感じられない。 「これは亀丸の手。これがなければ亀丸は甦らぬ。妾は、妾はどうすれば良い。どうすればよいのだ、検非違使殿」 「さて、な」 「教えたもれ、教えたもれ、検非違使殿」 「俺は術には詳しくないが一つだけ生者と死者が共にいられる法がある」 「ならばそれを」 「承知した」 あぁと女の漏らしたのは果たして安堵であったろうか。 * 「狂っておいでなのでしょうか」 雲の晴れた月の美しい夜である。微かに吹く風に月の光気が染み入るようで清々しい。 「人とは大抵あの様なものだ」 「そう、なのですか」 「ああ」 「ご立派な右大臣様も、大納言様も」 「そうだ」 「そうなのですか」 主従の翳が洛中の橋を渡って消えていく。
これにて一つ話しの了い。 今より昔、昔より異なる時の夜の話し。
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