「ボウズへ」/HALさん「荒野を歩く」に宛てて ( No.31 ) |
- 日時: 2011/01/24 18:25
- 名前: お ID:ydWPM7JE
改僕しました。良くも悪くも、僕っぽく。良い悪いは読む人しだいで。 連投ですが、今日、午前中、予定に反して暇だったんで、合間合間見ながら、3、4時間で書いたもんです。まぁ、珍しく早く書けちゃったんで。ご容赦ください。
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ボウズへ
なぁ、ボウズ。 俺ぁ、今、お前の知らねぇ土地にいる。聞きゃあ名前くらいは知ってるだろうが、お前の来たことのない、まぁ、どんなとこか想像も出来ないような場所だ。俺にとっちゃ特別だが、誰にとっても忘れられた土地だ。過去に取り憑かれた者だけが、いつまでも覚えていて引きずってる。お前は笑うだろうがな、ボウズよ。 経験の浅いお前のために、ちょっとばかり詩的に書きつづってみようか。笑うなよ。地べた這い蹲ってきた雑兵の戯言だからな、そう巧くいくはずもねぇ。なぁ、ボウズ。人生たぁ、巧くいかないものの中から、ほんのちょっとましなものを選んで、なんとかかんとかこなしていくものなのかも知れねぇな。だから、ちょっとばかり巧くいかねぇからって、すぐに投げ出したりするんじゃねぇぞ。 月が出てる。いいお月さんだ。お月さんてなぁな、なぁんにもねぇまっ暗な荒野を歩くにゃあ女神さんみたいなもんだ。行先を照らしてくれるしな、敵の襲ってくるのも知らせてくれる。ただまぁ、女てな、皆、気紛れなもんでなぁ。いつもいつもいい顔を見せてくれるわけじゃねぇからな。なぁ、ボウズ。お前もいつか女を知るだろうが、女てな表面上の言葉や仕草なんかじゃあ量り知れねぇ。もっとずっと奥の深いもんだ。そこんところは、肝に銘じておくこった。 見渡す限りの荒野だ。緑なんかありゃしねぇ。まぁ、こう暗けりゃあっても見えやしねぇけどな。赤茶けた砂だか岩だかが延々続いてる。こいつはな、血だよ、ボウズ。俺らの流した血を吸い尽くして、この土地は赤く染まってる。そうだな、お前なら、そんな馬鹿なとか笑うだろうな。けどな、ボウズ。どんな馬鹿げたことでも、信じれば真実になる。覚えとけ、ボウズ。馬鹿の一念は岩を通すもんだぜ。 今は使われていない、まぁ忌まわしくて使う気にもならんだろう旧街道を外れて、二時間ほどか。近頃にしちゃあ、よく歩いたもんだぜ。めっきり身体もなまっちまって、隣町へ行くのすら億劫だったからな。それから思えば、たいしたもんじゃねぇか。やっぱりよ、なにはなくとも身体だきゃ鍛えとくもんだぜ、なぁ、ボウズよ。 歩けど歩けど砂と岩山ばかりだ。方角だけはなんとか見失わずにいる……はずだ。月と星とか知らせてくれちゃいるが、確信は持てねぇ。なんせ、五年ぶりだからな、荒野を歩くのは。ちょいとばかり勘が狂っちまってることは、ありうるわな。そうは思いたくねぇんだが。 たどり着けなかったらどうするつもりなんだって? そんときゃ、そんときさ。俺は余分に五年もの時間を貰ったんだ。誰がくれたんだかはしらねぇが。お前がいっちょ前の口を叩くようになるまで、なんとか一緒にいれたんだ。まったく、御の字だぜ。今ここでくたばっちまっても、別に悔いはねぇぜ。俺ぁ五年も前にここでくたばっちまってて当たり前の人間なんだ。ここらに散らばってる、このけったくそ悪い骨どもと同じでよ。今さら、長生きしようなんざ、これっぽちも思っちゃいねぇ。 しかしまぁ、見事に、白けちまいやがってよ。俺らが引き上げるときにゃ、無惨じゃああったが、それでもまぁ、着るもんは着てたし、人間の面ぁしてたもんだが。まるっきっり面影もねぇな。これじゃあ、誰が誰だか分かったもんじゃねぇ。まぁ、こんだけありゃ、どっちみち同じこったろうけどな。敵も味方も分け隔てねぇ。平等なもんだ。 こんなところにも人はいるらしい。お前の言うとおりだよ、ボウズ。さっきから明かりらしき物をちらちらと見ることがある。そん度に身を隠してよ。戦乱後の火事場泥棒が居着いて盗賊化したなんて言われりゃ、そんなもんかと思うがな。なぁ、ボウズ。お前は昔からそういう小理屈ばっかり巧かったな。そのくせ、理屈に詰まると癇癪起こしてよく当たり散らしてたもんだ。覚えてるか、なぁ、ボウズよ。 歩いていくたび、ばきばきと乾いた物を砕く音がする。気にしちゃいない。気にしたところでどうにもならん。こう暗い上に、こうそこら中にあったんじゃ、避けろって方が無理な話しだ。 まぁ、どのみち、どいつもこいつも、いっぱしの「戦士」気取っちゃいたが、半端もんの集まりでよ、ろくでもねぇヤツばっかりだったぜ。女犯して村ぁ追われた好きもんの坊主とかよ、盗賊上がりのやさぐれもんとか、妹とできちまって家放り出された元貴族のぼんぼんてのもいたな。どっちにしろ、世間にまともに面ぁ見せられねぇようなヤツばっかりだった。俺はどうなんだって。俺はまぁ、戦場しか知らねぇ戦争屋だからな。戦場じゃあいつらより幾分ましだったが、他のことはからっきしだ。お前も良く知ってるようにな。よくよく、不器用にできてるらしいぜ。 そういやぁ、俺があの戦役に駆りだされたのが、ありゃ、お前が七つか八つの頃だったか。あん頃は戦線がちょいとばかり落ち着いてて、珍しく家に長くいたんだったな。それが、どこだかの馬鹿な王族が止めときゃいいのに相手の国のお姫さんに手ぇ出したあげく、護衛の騎士を斬り殺しちまった。馬鹿な話しだぜ。折角落ち着き掛けてたもんが全部おじゃんだとよ。まったく、笑っちまうぜ。 お前ぁ、あんとき、泣いて行くなって駄々こねたっけなぁ。覚えてるか、ボウズよ。それが、どうだ、今ぁ、もう、十五だってか。驚いたんもだぜ、いっちょ前の顔しやがってよ。戦役から帰って五年。まぁ、あんまり良い父親はしてやれなかったがよ。それでもまぁ、よくも育ったもんだぜ。これからは一人で生きていくなんて抜かしやった日にゃ、なに寝言抜かしてやがると思ったもんだが、考えてみりゃ、俺ぁ十の頃にゃ、戦場にいて剣やら槍やら振りまわしてたっけなぁ。お前が独り立ちしてぇって気持ちも、分からなくはねぇんだぜ。 だけどよ、母親のことだけは、しっかり面倒見てやれ。女手一つでお前を育てたようなもんだ。父親は当てになんなかったからなぁ。だから、父親のこたぁ、どうだっていい。俺はお前に頼るほど落ちぶれちゃいねぇしな。なぁ、ボウズ。そこんとこだきゃ、よろしく頼むぜ。 なんかよ、こうしてると、五年なんて月日はまるで夢だったように思えてくる。お前やお前の母親との日々も、五年間のいろんな苦労や、歓び、哀しみやなんやかんやも、そうだな、こうして頭ん中でお前に語りかけてる今この時まで、夢なんじゃないかって思えてくる。オレ自身がよ、本当は、ここらに転がってるこの髑髏の一つなんじゃないかってよ。俺は、五年前からここにこうやって転がって、ずっと夢を見続けてるんだ。そうじゃないなんて、誰が言えるってんだ? ぼちぼち、目的の場所が見えてきたぜ。 見方によっちゃあ、竜の頭蓋骨のようにも見えなくもねぇ。竜頭岩てやな、敵味方が争ってぶんどりあおうとする、ここいらのシンボルさ。ここに旗ぁ突き立てたもんが、ここらを占領したことになる。そいつがここらの支配者さ。だからよ、ここじゃあ、大勢のヤツが死んだんだぜ。あいつらも、大方、ここで死んじまった。 俺ぁ、あいつらに別に引け目なんてものぁ、感じちゃいねぇ。生き延びたのは、ただ単に運が良かったからだ。あいつらには運がなかった。それだけのことだ。ただまぁ、時々は同情することもないでもない。あいつらの人生てのはなんだったんだろうな。どっかの時点で踏み外して、結局、元に戻せなかった。不器用なヤツらだったんだろうな。俺とちっとも変わりゃしねぇじゃねぇか。 よっこいせ、と。 なんとか登り切った。最後の仕上げがこれじゃあ、なまりきった身体にゃ、さすがに堪える。 戦役の最後の方はじり貧でな。酒どころか、まともな物も喰えねぇ。水すら、奪い合うほどの貴重品だった。お前にゃあ、想像もできまい、なぁ、ボウズ。今の世の中、いつでもどこでも望めば望んだ物が手に入る。高望みさえしなけりゃな。分相応に生きてるぶんにゃ、そう不自由はしない。あいつらは、そんな時代を知りもしないがな。 俺はあいつらにゃなんの引け目も感じちゃいない。あいつらは、今の世の中が訪れることなんか考えてもいなかったろうしな。ただ、今を過ごせれば、今日生き延びれば、金を掴んで、美味い物喰って、女抱いて、そしてまた、戦場に赴いて、生きるだ死ぬだを繰り返す。そんなことしか考えなかった連中だ。今の俺を羨もうにも、そんな考えさえ浮かばなかったろうさ。あいつらには、戦場が必用だったんだ。かつての俺がそうだったようにな。 だったなんでこんなことするんだってか。さあ、なんでだろうなぁ。俺と違って、ちゃんと勉強もして、世の中のこともよく知ってるお前なら、分かるんじゃねぇか。いや、分かんねぇか。分かんねぇよな。なんせ、俺が分かんねぇんだからよ。 さっきから背中でがちゃがちゃ音をたてる酒瓶を、バックパックから取り出す。 酒が呑みてぇ、女抱きてぇてのが、あんときの俺らの口癖になってた。さすがに女ぁ連れてきてやれねぇからよ、せめて、酒だけでも持ってきてやったんだ、感謝しやがれってんだよ、まったく。 さてと。月は皓々とこの荒れ野を照らしてる。温度差の激しい荒野の夜にしては、言うほど寒くはない。もっともっと凍えるような夜を何夜も過ごした。それに比べりゃ、高級ホテルにいるようなもんだぜ。雨の降る気配もない。明日も晴れるだろう。身体も、まだ動く。 酒瓶に残った酒をちびりとやる。 熱い塊が、体中を駆け巡る。 ちっ。まったく、まだ、生きてやがるぜ。人間てなぁ、案外としぶといもんだ。なぁ、ボウズ。人間てなぁ、生きる気さえありゃ、案外いつまでもだらだらと生き続けられるもののようだぜ。だからよ、何があったって、そう悲観することもねぇ。這い蹲ってたって生きてさえいりゃ、もう一度お前の顔を見ることもできるってもんだ、なぁ、ボウズ。 どうやら、俺は、もうしばらくお前の父親でいてもいいらしい。お前がどう思うかはしらねぇが、悪ぃがもうしばらくは、厭でも付き合って貰うぜ。生まれついた運が悪かったと諦めてくれや。 なぁ、ボウズよ。
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