ふぃっしゅ そんぐ にーてんれー ( No.30 ) |
- 日時: 2011/01/23 22:19
- 名前: お ID:6w1daPrA
弥田さんの「Fish Song 2.0」に宛てて。 あー、あれです。長い。すみません。えーっと、私信的になりますが、これは例の350枚もののパーツとして使えるように前提して書いたものなので、いろいろ、設定的な部分とかで抜け落ちているところがあります。そこらあたりは、想像の翼を広げて補完してやってください。すみません。そんなことで、よろしくお願いします、
†------------------------------† 永遠に続くかと思われた銀の閃光の渦巻く螺旋(スパイラル)を抜けると、音と光と匂いの洪水が押し寄せてきた。 見覚えのない街。灰色にくぐもった夜空に向けて、無節操に伸びる古びたビルの群。その合間を縫う街路には、多種雑多な人々が方々から規律もなく湧いては行き交い消えゆく。雑然として、人と物、光と音に溢れ、欲と打算、背徳と捨て鉢でできた街。蜘蛛の糸のように張り巡らされた細く暗い路地は、どこもかしこも血と嘔吐の匂いがした。 オレは、薄暗い路地に建つ掘建て小屋の裏木戸を背に、獲物を見失った狼のような無様さで茫然と突っ立っていた。過去数年、これほどの間抜け面をさらしたことはないだろう、そんな自覚とともに。 その言葉は、ありとあらゆる雑沓(ノイズ)の中、無垢な有様で、無造作に打ち捨てられていた。
ねぇ 月狂いの幻影(ミラージユ・オブ・ムーン・パラノイア)を知らない?
オレは、電飾(イルミネーシヨン)と放電灯広告(ネオンサイン)がたゆたう光の海の底から、どこにあるとも知れぬ水面を透かして、その先にあるはずの永遠(そら)を仰ぎ見た。捨てられた声の奏でる音色が、宇宙(そら)から降り注ぐ恒星群(ほし)の拍動(パルス)のようにも思えたのだが、空は、空というものがそこにあるのなら、空は、月のない夜の空は、地上のざわめきに掻き乱されて語る言葉を失っていた。 小さな失望を感じながら、欲望の泥海を見渡す。自意識剥き出しに着飾った夜の蝶(おんな)も、上っ面に語り合う家族、今宵限りの恋人たちも、街の街路の交差を行き交う誰一人として、その言葉に、その声に気付かない。気付けない。 オレは、闇を打ち消して輝くどぎつい原色の波と、闇を忘れんと華やぐ欺瞞に充ちた人いきれとを掻き分け、無惨に打ち棄てられたその言葉を拾い上げる。 誰の発した言葉か。いつ、どこで、どこから、誰に向けて? この声は、この声の持ち主は? 眺めるうち、その声は――懐かしくもあり、まるで聞き覚えのない、歌うようでありながら、その実、まるで抑揚のない冷淡なその声は、手の内でゆらゆらと揺らめいて、まばゆい無限色の光を放ったかと思うと、百億のきらめく熱帯魚(パイロツトフィツシユ)となって、星の海に跳ねて泳ぎ散って消えた。 月狂いの幻影(ミラージユ・オブ・ムーン・パラノイア)――、まったく聞き覚えのない、しかして、よくよく聞き知ったその響きを残して。 月狂いの幻影(ミラージユ・オブ・ムーン・パラノイア)、なるほど、世の中にはそんなものを捜そうという者がいるのか。 浴びせられた怒声に意識を引き戻される。ガタイのいい人力車の車夫が何ごとかわめいている。邪魔だとかそういうことだろうが、何を言っているのか聞き取れないので、全宇宙共通の言語で応える。怖れ知らずは結構だが、相手は選ぶべきだったのだ。半年は車を牽けまい。 人の気が遠退いた通りを、当てもなく歩く。意図せずたどり着いた街だ。抜け出すにも、意図のない行動を取る他ない。 いくつかのタイプに分類されうるステロタイプの見本市をそぞろ歩くうち、翅を持つ光る魚が目の前をよぎって行くのに出会す。南の空を映す穏やかな海の彩(カリビアンブルー)に輝く翅を羽ばたかせて泳ぐ熱帯魚(バタフライフィツシユ)は、まるでオレを誘うようにちらりと感情のない丸い眼を向け、その後は、何ごともなかったように泳ぎ去って行く。 人の気の引き方を心得た魚とは、面白い。 その少女は、ピンクの水玉が躍っている可愛らしいパジャマを着て、所在なげに、たった一人、街の片隅の、薄暗い裏道にしゃがみ込んでいた。上空を、ビル影の切れ目にわずか見れる空を眺めていた。 「あ、ソードフィッシュ」 少女が、空を指して言うその声は、オレの期待したものではなかったが、瑞々しく澄んだ声音は、それなりに魅力的と言えなくもなかった。 真っ赤な複葉プロペラ式の旧型メカジキ(ソードフィツシユ)は、少女の指す空の闇から騒音を響かせて現れ、窓明かりの星座を浮かべるビル群をかすめて、再び夜の闇へ飛び去って行った。 少女はすでに興味を失い、ふんふん♪と口ずさみながら、指で地面に何か書き付けてる。見るともなく見ると、蛙の幼生(おたまじやくし)が列になってのたくっている。裏町で曲を生み出す少女、か。路面が舗装されていなかいことに、今、気付いた。 落ち着きなく泳ぐ魚(バタフライフィツシユ)が、少女の前を通り過ぎる。 つと少女が顔を上げ、視線を、泳ぐ魚と共に泳がせる。 見えて、いるのか。 「ねぇ」 少女は、半ば眠っているような弛緩した顔で、けだるげな声を振り絞って問いかけた。 「月狂い街(ストリート・ムーン・マニアツク)はどこにあるの?」 その言葉は、オレに向けられたものなのか、それとも、先導する蝶翅魚に問うたものなのか、判断は付かなかったが、少女はふらりと立ち上がると、よろよろとオレとならんで、小さな光る魚に連れられ歩き出した。 月狂い(ムーン・マニアツク)、そして、月狂い(ムーン・パラノイア)。罪作りな月は、今宵、その姿を見せていない。 「あたし、会わなきゃいけない人がいるの」 夢現に少女はつぶやく。 オレは少女の顔を覗き見る。 「誰に、会う」 「うーん」 少女は、眠たげな表情(かお)のまま、眉間に皺を寄せて考え込む。さらさらとセミロングの黒髪が揺れる。 「誰だっけ?」 覚えていないのか。 「あれぇ、思い出せないなぁ。あたし、なんでこんなところにいるんだろう? てか、ここどこ? 月狂い街(ストリート・ムーン・マニアツク)って、なに?」 一応、訊いてみる。 「君は誰だ」 「あたしは……、あたしは浅里絵里。そこまでベタじゃないよぉ」 少女は、ぷくっと頬を膨らませる。血色のいい艶やかな頬。朱い唇をすぼませ、瞳で咲っている。可愛らしくないとは、言わない。 「じゃあ、君は、思い出せる限り一番最近、何をしていた」 少女は再び首を傾げる。表情のころころと変わる娘だ。 「あたし、自分ちの自分の部屋の自分のベッドで、眠ってた――、はず……なんだけど」 「眠っていた、か」 「もしかして、これって、夢?」 冗談めかして少女が問う。 オレは、軽く受け流すことが出来ない。 「でも、夢ってこんなにリアル? 見たこともない場所なのに、こんなにはっきり見えるし、触れれるし、聞こえるし、痛いし、疲れるし。それに、こんなこと考えたり、話したり。夢ってこんなに色々できるもの?」 「夢にもよるがね」 これは紛れもなく夢だ。いわゆる現実(リアル)ではない。物理世界で繰り広げられる、現実(リアル)という名の物理臨場感の幻想では、ない。『瑞樹煜』の見ている夢。オレの見ている夢。オレが否応なく放り込まれる、毎夜繰り返される疑似現実(ゆめ)。これくらいの臨場感(リアリティ)は生易しい方だ。 だから彼女は、オレと同じく『瑞樹煜』の視る夢の登場人物(キヤラクター)。オレが、崩壊し分裂した煜の精神の一部を引き継いだように、彼女もまた、『煜』の精神の中にあるなにかしら情報(きおく)から生じた投影人格――のはずなのだが。 何か、根拠の思い浮かばない違和感を感じる。これは――、今までに感じたことのない感覚。何かが、おかしい。 一つの可能性としてだが、この娘は、『瑞樹煜』の精神が創り出した幻影ではないのかも知れない。つまり『瑞樹煜』の抱え持つ『記憶(ストツクメモリー)』の投影でもなければ、何らかの『役割(ファンクシヨン)』を振られて創られたものでもない。では、何か。 ……分からない。分からないが、あるいはこれは……。 鍵は、先導して泳ぐ魚(バタフライフィツシユ)が握っている――、のかも知れない。 「誰かに会わなきゃいけない気はするんだろう。だったら、誰かと会うさ。夢ならばね」 「そういうもの?」 「あれに付いて行けば、分かるだろうさ」 蝶翅魚が、薄ら澱んだ眼でこちらを見ている。 少女は納得いかなげに、疑惑のこもった瞳でオレを見るが、しばし考え、他にどうすることもないことを再確認して、 「仕方ない、付いてってあげるわ」 と、どういうわけか恩着せがましく宣った。
獰猛な魚が来るわ 月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)に気をつけて
その言葉は、少女の口から発せられたようでもあり、しかし、その声は、月夜よりも華やかで闇夜よりも澄み切ったその声は、少女の声ではありえなかった。 「今、何か言ったか」 答えを知りつつ、問いかける。 「へ?」 返ってきたのは、案の定、寝ぼけたような間抜けた声だった。 「いや、聞き違いだろう。気にすることはない」 「ふーん」 少女自身、何か気に掛かるところがあるのか怪訝に首を捻るも、諦めも早い。 「ま、いいか」と、けろりとしている。 月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)――、さても月狂いに縁のある日だが、これは月の詛いなのか。 それは普通の、あまりにも普通で、雑然ときらびやかな繁華街には似合わない、簡素な街灯だった。その電灯の灯す光が、街灯の笠に張り付く光の繭のようにねっとりと膨れる。 滴り落ちる、一滴の、液状の、何か。 ぴちょん と弾けて、飛び散る。 その中から、生まれ出たものは――、魚、か? それとも、少女か?
獰猛な魚が来るわ 月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)に気をつけて
可憐な熱帯魚(グツピー)の艶やかな尾びれを持つ少女は、先に聞いたのと同じ言葉を、その可憐な唇から発した。 そして、絵里の方へつるりと泳ぎ寄ると、頬を両手に挟み、唇をぺろりと舐める。 「あたし、あなたのこと好きよ」 と、熱帯魚の尾を持つ少女が言った。 「あたしも好きだよ、梨花」 と絵里が返した。 二人は親しげに抱き合っている。 梨花という、下半身は素っ裸で鱗の肌を露出させているが、上半身にはなぜか体操着を着ている熱帯魚な少女は、じっと絵里を見詰め、 「月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)に気をつけて」 と繰り返し言った。 「月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)?」 絵里が聞き返す。 「月狂い街(ストリート・ムーン・マニアツク)と何か関係があるの?」 「あるとも言えるし、ないとも言える」 梨花は意味ありげに頬を歪め、 「ここが、月狂い街(ストリート・ムーン・マニアツク)よ」 「ほえ? じゃあ、あたしが会わなきゃいけないのって、梨花ちんのことだったの?」 いつも会ってるのにぃと屈託なく咲う。 「あたしはあなたの親友の梨花であって、梨花そのものじゃない。あたしは、あなたの中のあなたの一部で、この姿は、あなたの親しい者の姿を投影してるだけのこと。けれどあたしは、そのもの梨花ではないけれど、やっぱりでも梨花でもあるの。だから、あなたを守りたい」 絵里が顔中に「?」を描いている。 「そういうのは、きっとあの人の方が詳しいわ」 と、梨花がオレの方を指す。 そして、歌い始めた。 ――ストリート・ムーン・マニアックにはクラゲがいてさぁ。キミの真っ赤なハートの中で、くらくらくらくら笑っていてさぁ―― 「あ、それ、さっきあたしが創った歌」 絵里がくすりと咲う。 「それ、あんまり歌わないでって、いつも言ってるのに」 「これは、守りの歌。月狂い(ムーン・マニアツク)は誰の心の中にもある心の影。歌は、月狂い街(ストリート・ムーン・マニアツク)を月狂い(ムーン・マニアツク)で満たさないための祈り。でも、今回のは違う。これはあなたの心の影じゃなく、誰かの……」 夜が揺れる。 闇が震撼し、街が凍える。 空と地上が反転し、空に光が溢れ、地上は闇に包まれる。喧噪と静寂が化合(コンバイン)し、騒音の嵐(ノイズストーム)が吹き荒れる。天空に混沌が生じ、地上に虚無がのしかかる。 雷光を孕み渦巻く暗雲を別けて、姿を現したのは、顔。面長で、額と顎が長く半分以上を占める。押しつぶされた鼻、ぎょろりとした感情のない眼、下唇が魚のように突き出した人のように見える顔。ただし、雷雲の中に喘ぐその顔は、ゆうに二十メートルを越す。 その巨大な長顔のあとに続いて雲間からせり出したのは、青光りする鋼の鱗に覆われた獰猛な淡水魚(ピラニア)の胴体。 ぐわっと拓いた口には、鋭い歯がびっしりと並び、雷鳴轟かせる雷光を跳ねる。 「なに、あれ。グロっ!」 絵里が下を突き出して嫌悪を示すのも無理はない。あれは人間が感じる嫌悪そのものを体現してる。 「あれが、月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)――、なのか」 あまりの醜悪さに、情況の異様さも忘れ呆れ果てる。 「そう、あれが月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)。アルバート・フィッシュとも言うわ。人喰らいの、いえ、『世界』を喰らい尽くす獰猛な魚。あなたなら、見たことがあるでしょう?」 そう問われて一度は、 「いや、ない」 と応えたものの、自分の発したその答えに、オレは異議を唱える。 「ある。オレは、何度かあれを、あれに似たものを狩っている」 どういうわけか記憶があやふやではっきりしないが、確かにオレは、いくつかの『世界』であれを狩っている。なぜ、何のために。思い出せないのは、なぜだ。 空が暗黒の雲に呑まれ、『世界』のあった場所に虚空が吐き出される。月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)が大地ごとさらえ呑む。生ける者も、そうでない物も、何もかも。『世界』が浸食されていく。その様子を目の当たりに見る。 「普通月狂い(ムーン・マニアツク)はゆっくり時間を掛けて当人が克服していかなけらばいけない心の疵(トラウマ)。だから強制的に駆逐することはできないの。喩えそれが誰かに植え込まれたものだとしても。それができるのは、唯一、月狂い(ムーン・パラノイア)だけ。月狂いの幻影(ミラージユ・オブ・ムーン・パラノイア)と呼ばれるあなたなら、この『世界』を、あたしたちを救える」 オレがその月狂い(ムーン・パラノイア)だと言うわけか。その役割機能(ファンクシヨン)は今まで自覚したことがない。他人の夢に入り込むのも、初めてのことだ。こんなことが出来るとは、知りもしなかった。 それにしても、 「随分と都合のいい話だな」 この街にたどり着いて以来ここまで、ずっと誰かのシナリオ通りに進められていたわけだ。成り行きに逆らわず来たのだから、そういう予感は無論していた。が、そうではあっても、実際、はっきりするといい気はしない。 「招いたのは?」 「あたし。そして、彼女。もしくは……」 輝く蝶の翅を持つ魚(バタフライフィツシユ)が、ぶるっとひとつ身震いする。と、白く輝いて蝶翅魚(バタフライフィツシユ)とグッピー女が一つに重なり、そして、絵里の中に融け込んでいく。ぐるぐると、どろどろと、『世界』だったものと合わさって、融けて、一つになって、たった一つの白い柔珠の中から生まれた、『世界』という名の古代魚(ピラルクー)。未来の絵里の上半身と、アマゾンの古代魚(ピラルクー)の下半身を持つ、巨大な、『世界』と等価の魚は、『世界』を取り巻いていた宇宙をぞろりと回遊する。 「けれど、誤解しないで。あたしは、あなたのことは知らないかった。だってそうでしょう? あたしはこの『世界』の中だけのモノ。外の世界のあなたのことなんて知りようがないもの」 さっきまでの絵里のあどけなさを面影にとどめながら、格段に艶やかな大人の色気と、男には永遠に理解できないだろう深い慈愛と両立するなぞめいた微笑みを浮かべる世界魚(火らクルー)が、この期に及んでなお、言葉を弄ぶような言い訳めいた言葉を並び立てる。 オレは、彼女の掌に載せられ、その言葉を聞く。 「どういうことだ」 「あなたを招いたのはあたし。でも、そのお膳立てをしてくれたのは、あなたのよく知っている女性(jひと)」 あぁ。合点した。なんてことだ、それに気付かなかったことが、どうかしていたのだ。 「もういい、分かった。皆まで言うな。あれの真意は、あれに聞かねば分かるまい」 瑞樹まど香――、瑞樹家の長姉。崩壊し分裂した『瑞樹煜』から生じた、かつての長姉を思う気持ちが人格化した。天下無敵のお節介焼き。 「やれやれ、だ」 「助けてくださるのね」 「オレに、他の選択肢は与えられていない」 「ありがとう」 三人が三様の声で礼を言った。 「礼は、あれに言ってくれ」 溜息を吐きつつ、必要以上にぶっきらぼうに聞こえるよう言った。 言ってる間にも、月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)が迫り来る。目標を細くした捕食者が、牙を剥いて襲ってくる。 三人が、一つの唇で、三つの声、三人分の祈りを込めて、歌を歌う。 ――ストリート・ムーン・マニアックにはクラゲがいてさぁ。キミの真っ赤なハートの中で、くらくらくらくら笑っていてさぁ―― 緊張感に欠ける曲だが、『世界』を『世界』として保とうとする願いが込められている。 追従して唸りを挙げるエンジン音。 「ソードフィッシュか」 旗魚(ソードフィツシユ)の長く鋭利な角(レイピア)が、獰猛な歯をむき出して威嚇する月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)を貫く。 月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)の動きが鈍り、サイズも、いつの間にか、格段に手頃なところに落ち着く。それでも、この『世界』のモノに月狂いの魚(ムーン・マニアツク・フィツシユ)を捕殺することはできない。 だからこそ、オレがいる。 オレの背丈よりも少し大きいだけになった、クリストファー・ウォーケン似の魚の背に馬乗りになり、馬鹿長い額に、強烈なデコピンを喰らわす。 「ギャバン、ダイナミック!」 * ――というところで目が覚めたの」 浅里絵里は、橘梨花と二人並んで、学校の屋上に仰向けに空を望んで寝っ転がっている。 「いい天気だねぇ」 語り終えた充実感を噛みしめて絵里がつぶやく。 梨花は、むっくり起き上がって、いつも持ってるギターを小脇に抱えて歌い出した。 ――ストリート・ムーン・マニアックにはクラゲがいてさぁ。キミの真っ赤なハートの中で、くらくらくらくら笑っていてさぁ―― 「だから、その曲は歌わないでって」 絵里は、赤面しつつ慌ててギターを止めようとするが、ギターは留まっても梨花の声は留まらない。 「世界を救う歌だよ、一緒に歌おうよ」 「だからそれは、夢の話しだってば」 「夢だって、大事な大事な『世界』だよ」 梨花がつぶやく。 絵里が不思議な顔をするが、 「そうね、そうかもね」 「じゃあ、夢を救う歌、歌いまーす」 ――ストリート・ムーン・マニアックにはクラゲがいてさぁ。キミの真っ赤なハートの中で、くらくらくらくら笑っていてさぁ―― 「だから、それは止めれって」 少女たちの笑い声が、抜けるような雲一つない青空に響く。 どうやらオレは、ひとまず御役御免のようだ。
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