透明人間の実在について ( No.3 ) |
- 日時: 2011/01/08 23:55
- 名前: とりさと ID:UcGk/D8Y
「透明人間の勧誘をお前に任せたい」 ある日、悪の組織に入ったばかりの新人の光里は、先輩から真顔でそんなことを頼まれた。 「え、先輩。透明人間ってなんですか?」 「はあ。半年前まで表の世界しか知らなかった奴はこれだから困る……」 「む、なんですかその言い草。先輩が誘ったんじゃないですか」 この先輩と光里とは大学時代からの付き合いだ。就職活動にあえいでいる光里に、この悪の組織へと半ば無理やり引きこんだ張本人なのである。 「ああ、悪かったな。透明人間って言うのは、世界でたった五人しかいない希少人類だ。俺が言っているのは、その内の一人のことだ」 ごくごくマジメな顔で先輩は言う。この先輩からのからかいの度が過ぎて、大学時代からときとしてマジ取っ組み合いのケンカをすることもあったが、この世界のことはわからないことだらけなのできちんと聞く。 「とある日、その透明人間は万引きをして捕まりそうになった」 「なんで透明人間なのにバレるんですか?」 「品物がひとりでに浮いてたらわかるだろ」 確かに。 「コンビニの店員にペイントボールをぶつけられ、窃盗罪とわいせつ物陳列罪で警察に追いまわされていたところを俺が華麗に助けたというわけだ」 「なんでわいせつ物陳列罪がつくんですか?」 「マッパじゃないと透明人間の意味ないだろ」 確かに。 「詳しいことは省くが、助ける際、ちょっとその透明人間を怒らせてしまってな。だから俺では説得が難しそうなんだ。かといって他のエージェントは外回りの仕事だし……」 確かに、正義の味方との抗争があるらしくほとんどのエージェントが出払っている。 「けどわたし、まだ新人ですし……」 「よく考えてみろ。透明人間だぞ。組織に加入したらどれだけ役に立つか。諜報活動にこれ以上向いてる人間もいないぞ。それを引き入れたとなったらお前、査定の評価上がるって!」 ぐらり、と心が傾いた。新人の光里はまだ特に目立った成果を上げていない。ここで査定を上げておけば、念願の情報部入りも叶うかもしれない。特に最近は情報部で部長の秘蔵っ子が脱走したとかで人員不足に悩まされているらしく、チャンスなのだ。 ぐらぐら揺れる光里の心に追い打ちをかけるように、頼もしいとどめの一言。 「大丈夫だ。俺も付き添ってやるから」
先輩が指示した部屋にはいると、たしかにそこに人がいた。 一目見ただけでは、それが透明人間かどうかはわからない。ただ、長袖に長ズボン、肌が出ないようにか室内だというのに手袋とマフラーと帽子を着用している。とどめは、顔に鬼の能面だ。 「えっと……失礼します」 光里は透明人間の目の前に座る。先輩は後ろに立ったままだ。 「この度は警察に追われていたということで、大変でしたね」 「……」 呼びかけてみるが、返事はない。 先輩がなにをやらかしたかはしらないが、まだご立腹らしい。それで沈黙を貫いているのだろう。ちらりと先輩のほうを見ると、口を真一文字に結んで、いつになく表情が硬い。微かに震えているのは、緊張からだろうか。珍しい。 「ところで、えっと……」 先輩から名前聞くのを忘れていた。ここで先輩に聞くわけにもいかないだろう。二人称で通すことにする。 「あなた様は、当組織にご加入してみませんか?」 「……」 反応はない。しかし光里は構わず続けた。こういうのは勢いなのだ。 「今回はうちの社員がご迷惑をかけた様でして申し訳ありません。唐突な勧誘と思われるかもしれませんが、ここはあなたのその特性を充分に発揮できる職場です。また、日常生活も透明人間ということでご不便があったのではないでしょうか? 当組織ではあなたの生活面でのサポートも充実させていただく準備ができています。どうです、あなた様さえその気でしたら、いつでも!」 「……」 なんの反応もない。 能面のせいで表情は一切見えないし、雰囲気の変化も感じ取れない。そもそも透明人間という性質からなのか、ひどく気配が薄い。 「えっと、その……なにか、ご質問等ございましたら何でもお伺いしますが?」 「……」 「な、なんでもいいんですよ? ほら、なんでしたらわたしのこととかでも。えへ!」 「……」 「その……すいません。調子に乗りました」 「……」 光里は首を傾げた。 気配が薄い薄いとは思っていたが、ほんとうに生気というものを感じない。喜怒哀楽、雰囲気から多少は察せられるそういったものもなんの変化もないしピクリとも動かない。 これはちょっとおかしいのではないだろうか。 「ちょっと失礼します」 断りを入れて、身を乗り出す。光里が手を伸ばしても何の反応もない。 ぱかっとお面を取ってみた。 「……………………………………」 その顔を見た瞬間、すべての疑問が当然という道理にかわった。 そこに、口はなかった。目もなかった。鼻はあったが、鼻の穴はなかった。頭はつるつると滑らかにしており、肌はプラスチック製のように真っ白だった。 ようするに、マネキンだった。 「あのぉ……」 ゆらり、と光里が先輩のほうを振りかえると、先輩は全身を震わせて全力で笑いを堪えていた。 怒りのあまりぶるぶる震える手で鬼の能面を突きつける。 「これは?」 「いやほら昨日ゴミ捨て場に落ちてたマネキン見かけて唐突に思いついてぶぁわははははは! もう笑い堪えるの無理だよまじで騙されるとは思わんかった! バカじゃねえのお前透明人間とかいるわけねえじゃんそもそも途中で気付けよあっははは!」 「言いたいことはそれだけかこのクソ先輩がいますぐぶっ殺してやらぁああ!」
正義の味方との抗争を終えて帰ってきたエージェントは、げらげらと腹を抱えて笑う同僚とそれに飛びかかって行く新人を見て、いつものことかとため息をついたという。
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