深みどりの魔術 ( No.3 ) |
- 日時: 2012/05/20 22:57
- 名前: 弥田 ID:hwurIi6k
おじさんは深みどり色の肌をしていたから、わたしはベッドの上に座ったままなにも言えなかった。ただ顔をそむけていた。息にたばこの匂いがまじっていたから。強い視線を合わせていられなかったから。 深みどりの魔術がおじさんをこんな色にしたらしい。それがどういったものなのか、わたしはよくしらないけれど。 滴る血のような瞳をして、おじさんはなにか呟いている。わたしを見つめながら、それでいて、私以外の誰かに向けて。しきりに。呟く。 それが腹立たしいのに、わたしはなにも言えないのだ。おじさんの肌が深緑色だから。本当に、むかつく。 棚の上のくまのぷーさんは、おじさんがわたしに買ってくれたもので、おじさんの目の色のような、鮮やかな赤い服を着ている。時折、わたしはそれを洗濯してやる。そうするとお母さんのような優しい気持ちになれて、それがすごく心地良いのだ。最近は時折といわず毎日洗濯してやる。けれど洗濯している間、ぷーさんはずっと裸で、それが可愛そうだった。だから服を作ってやろうと思って、だからおじさんにお小遣いをもらいにきた。 いいよ、とおじさんは言った。珍しく正気だった。よかった。今はまた、おかしくなっちゃったけれど、でも今日は調子が良さそうだ。じきに正気に戻るはずだ。 わたしの肌、上気して薄いピンク色の、普通の肌にはおじさんのたばこ臭い息がしみついている。それは正気のときのおじさんのもので、だからそっと、自分の腕をなでさすって、みた。 「服を作るんだって?」 と、正気だったおじさんは言った。お小遣いをねだると、その理由を聞かれたから、答えたのだ。 「それなら深みどりの魔術を使えばいい。材料は簡単だ。鶏卵に、三年以上前に作られた古紙、それと使い古したギターの弦を一本。それだけでいい。なんなら教えてやろうか?」 けれど、わたしは深みどりにはなりたくなかったし、おじさんをこれ以上深みどりにしたくはなかった。 「ううん、せっかくだけど、遠慮しておく。自分で作りたいの」 「そうか。いや、ならいいんだ」 おじさんは今、誰かに向かって呟いている。その様子をわたしは横目でちらちらと見ている。おじさんがまたわたしに向かって呟きはじめるまで、服を作りながら、見ている。深みどりの布の色がおじさんの書斎にだんだんと馴染んでいくのを、引っ張り引っ張りこちらへ戻してやりながら。見ている。
|
|