歌の奇跡 ( No.23 ) |
- 日時: 2011/01/22 21:06
- 名前: ウィル ID:ZRCegyEg
紅月セイル様の作品『孤高のバイオリニスト』をリライトしております。
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長かった戦争が終わり、人々の顔に安堵と歓喜が戻った。まるで春の訪れを待ちわびた植物の芽のように街には人があふれ、昼だというのに道の真ん中で麦酒を酌み交わし合い、そして音楽を奏で、笑顔で歌う。 そんな街に追い出されるように、私は街外れの岬へとやってきた。男一人で歩くには寂しい海辺の岬だ。 そこに歌が聞こえてきた。歓喜で溢れた街での歌とは違う、今にも壊れてしまいそうな儚い、そして、誰かを思う優しい歌。 その歌に引き寄せられるように私は歩いていった。
そこで彼女を見つけた。
彼女は涙を流しながら、歌い続けていた。 その時、私はただ、彼女の歌に聞き入っていた。彼女が私に気付く様子もないし、なにより、その歌を聞いていたかった。 それは本来、女性が歌うようなものではない。 戦時中、戦地に赴く男が国に残す家族に向けて、必ず生きて帰ると約束する歌だ。 私は知った。 彼女の中で、戦争はまだ終わっていないのだと。 しばらくして、彼女の歌が止まった。いや、止めてしまった。 歌を聴くことに集中しすぎ、私の持っていた荷物が手から滑り落ちてしまったから。 「いつから……」 いつから聞いていたの? そう言おうとする彼女に対し、私はぎこちない笑みを浮かべ、青いハンカチを渡すしかできなかった。 彼女は私のハンカチを無言で受け取り、涙を拭う。 「いい歌ですね」 「……彼がよく歌ってくれたんです」 「信じてるんですね」 「ええ」 そうですか、私はそう答えた。 戦争が終わった幾日か経つが、全ての兵が故郷に戻れたわけではない。何らかの理由で故郷に戻れない者も数多くいた。それは、都市占領後の治安維持活動のために現地に残されたり、病や怪我のため動けなかったり、あるいは、すでに死んでいる場合すらもある。 彼女が心配しているということは、手紙も来ない状況、普通に考えれば彼が無事である可能性は少ない。それでも、彼女は彼が戻ってくると信じていると言った。 私は久々に嫉妬を感じた。そこまで彼女に思われる男に対しても、そして、そこまで人を好きになることができた彼女に対しても。 背負っていたケースから、ヴァイオリンを取り出す。 「ご一緒してもよろしいでしょうか?」 私の提案の意味を彼女は理解できないようで、怪訝な顔を浮かべた 「伴奏があったほうが貴女の思い人に歌が届く可能性が高くなるでしょうし……」 私は恥ずかしそうな笑みを浮かべてこう言った。 「私も見てみたいんです。歌が起こす奇跡って奴をね」
小さな奇跡は、それから一週間後に起こった。 岬で歌い続ける彼女の話が一人の新聞記者の耳に留まり、記事となった。ただ、それだけのはずだった。その新聞が国内でトップシェアを誇る新聞誌でなければ。 そして、その話は国内だけではなく、世界に広がった。彼女の許には日々励ましの手紙が届けられた。 ある日、彼女はその中から一通の手紙を見つけた。 それは、かつて敵だった国の病院からの手紙。 「彼がいたの。手紙を書けるような状態じゃないけど、生きてるって! 私に会いたいって言ってるの!」 手紙と一緒に、封筒の中には乗船券が入っていた。 相手国からしても、新聞で話題となった彼女を招待することが、対外的に善しとは判断したらしい。 「今すぐ、彼のところに行ってくる。ありがとう、あなたのことは一生忘れないわ!」 彼女は笑顔で船へとかけていく。 一人残された私は、再びヴァイオリンを背負い、歩いていき、彼は自分の言葉に笑う。 「奇跡……ね」 それは奇跡などではない。そもそも、歌には心を伝える力がある。ただ、それはとても小さな力だから、私はその力をできるだけ多くの人に伝えるように手助けをした。だから、彼女の歌が、心が強いから、その気持ちが彼の元に届くのは奇跡なんかではなく、必然だった。 そして、私は再び歩いていく。 伝わらない心の歌を誰かに届けるために。
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少し設定をかえています。彼は戻ってくるのではなく、敵国で怪我をして動けなくなっている、という状況になっていますし、オチも微妙に違います。 どちらかといえば、改悪でしょうか?
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