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RSSフィード [80] 「誕生」する物語
   
日時: 2015/01/11 18:46
名前: 片桐 ID:WTZkbyas

こんにちは。
連休はミニイベントのチャンス! ということで、今日もやります。ええ、やりますとも!

今回のテーマは「誕生」です。
「誕生」をテーマにこれから90分(八時半まで)で作品を仕上げてください。
なお、「誕生」だけでは話が思い浮かびにくいという方は、以下の任意のお題(作中に使う使わないは自由のお題)盛り込んだ話を考えてみる、というのもありです。
任意お題 「嵐」「ハズレくじ」「なめくじ」「乳首」

投稿は、このスレッドに返信する形でお願いします。
その際、トップ画面からミニイベント板に入ってください。そうしないとエラーが出るようなので。また、修正・削除のため、パスワードは忘れないようにしてください。出遅れた、イベント時間は過ぎているけど参加したい、という方はそれでもかまわないので、ぜひこちらに投稿してくださいね (*^^*) 。

それでは、七時になったらスタートですー。

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Re: 「誕生」する物語 ( No.2 )
   
日時: 2015/01/11 21:11
名前: 朝陽 ID:ihh4BVxU
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 ウィーウィーは嵐の夜に生まれた。
 いくら記憶力のよい東トートルーの氏族といっても、生まれたその日の記憶を持っているはずはないと皆は言うのだけれど、彼ははっきりと覚えている。それまで自分を包んでいた卵の殻をつつき割って、まだ粘液に包まれた嘴がはじめて外気に触れたその瞬間の感触も、そのあと彼が発したいささか覇気の無い産声、慣習からそのまま彼の名前となったその第一声が、建物を揺さぶるほどの嵐の吠え声に弱々しくかき消されそうになりながらも、かろうじて部屋の空気を震わせたことも、その貸し部屋が、貧しかった両親のおかげでいささか産屋にしては暖房が弱く、寒さのためになかなか彼の翼が開ききらなかったことも、よく覚えている。
 もっとも、彼の記憶に残っているのはそこまでで、次に古い記憶は二歳のとき、同い年のすべての子供たちに先駆けて空を飛ぶことを覚えたときの、危なっかしくよたよたと空を切る初飛行の誇らしさと、尾羽に受けた風の感触にまで飛ぶのだが。
 ウィーウィーは氏族きっての秀才だ。同世代の誰よりも達者に飛ぶし、弁も立つ。東部全域で語り継がれる昔話をいちばん多く諳んじているのも彼だし、夏を迎えてオーリォに旅立ったとき、いちばん遠くの土地まで飛んでいったのもやっぱり彼だった。両親は彼のことを誇りに思って周囲に自慢してまわり、彼は大人たちに誉められるたびに謙遜して冠羽を伏せては見せたものの、内心ではいつも得意になっていた。
 その分だけやっかみを受けることがなかったわけでもないけれど、そこは誇り高いトートルーの赤羽根族だ、よってたかってひとりの子供をいじめるような、姑息な真似をするやつはいなかった。
 負けまいとくってかかってくる相手は、むしろ彼にとっては好もしかった。ウィーウィー自身、負けん気は強かったから、競う相手がいたほうが自分が奮起できることを、自分でもよく知っていた。氏族のうちで彼の次に飛ぶのが早い同じ年の友人は、飛ぶことのほかではそれほど優秀ではなかったけれど、そのことをもってして、ひとつくらいは負けてやってもいいなどとは、彼は思わなかった。
 彼が優秀だったのは、生まれつきの素質ももちろん関係ないとは言わないけれど、むしろ貧しい家庭環境と小柄な体格というハンデに負けまいと、いつも人一倍の努力を重ねてきたことのほうが大きかった。


 そのウィーウィーはいま、冷たい岩の上に這いつくばっている。
 羽根はあちこちすり切れ、自慢の冠羽も半ばで折れて、ところどころにのぞく地肌が痛々しい。鉤爪がいくつも欠けて、後ろ脚からは血が滲んでいる。
 二度目のオーリォだった。北に向かって飛んでいるうちに、同じ気流に乗って風と戯れていたきれいな白い娘が、彼をからかうようにひらひらと尾羽をひらめかせた。夢中になってそれを追いかけるうちに、ウィーウィーは我を忘れた。前の季節に出会った女の子と、今年もおなじ場所で会う約束をしていたけれど、そんなこともすっかり頭から飛んでいた。オーリォは血を騒がせ、少年たちを愚かにさせる。氏族きっての秀才でさえ、例外ではなかった。
 北部グルーの、海からいきなりそそり立つような高い山々のあいだを縫って、気流にのって上下しながら飛ぶうちに、いきなり相手の姿を見失った。
 まだ成人したばかりだった去年の夏にも、氏族のほかの誰よりも遠い土地まで北上したウィーウィーだったが、気がつけばその去年の土地の上も、とっくに飛び越していた。北の大地を撫でるつめたい風が、かつてどの空でも経験したことのないほど気まぐれに踊ることをうすうす察したときには、もう遅かった。
 突風に煽られて、ウィーウィーは崖にたたきつけられた。そのまま断崖にしがみつくことも出来ずに、彼は風に流されて紙切れのようにひらひらと落ちた。海の上だった。凍るような冷たい波しぶきが、彼の翼をぬらした。それでもかろうじて、波間に呑まれる前に、彼は羽ばたきを思い出した。
 本格的な雷雨が襲いかかる前に、洞穴のなかに滑り込めたのは、奇跡と言ってもよかった。だがそこで、残された全ての体力が尽きた。オーリォの前に、うんと腹ごしらえする者もいる。だがウィーウィーは体が重くなることを嫌って、ほどほどの食事で済ませるようにしていた。脂肪をたくわえておかなければ長旅はできないが、体が重くなりすぎれば無駄なエネルギーを使う。
 胴体に巻き付けるポシェットも、一番小さくて薄いものにした。たいした荷は持ってゆけないが、それでよかった。ほかのやつらのように、わずかばかりの非常食を持って行くこともしなかった。自分がつぎの町までの距離を読み違えるようなへまをするとは思っていなかったからだ。
 彼の作戦は、ある意味では成功したと言えた。今年も誰よりも早く先陣をきって、彼は初夏の空を軽やかに飛んだ。途中までは同時に出立した友人たちと一緒だったが、気がついたときには彼らを遥か後ろに置きさって、まっしぐらに翔けていた。だがいまは、そのことが災いしていた。いつもオーリォのときにはしじゅう燃えるように熱い体の芯が、すっかり冷え切っていることに、ウィーウィーは気がついた。
 寒さに朦朧としかける意識の中で、何をやっているのだろうと、ウィーウィーは自問した。たしかに彼が追いかけてきたのは、きれいな女の子だった、故郷の町ではちょっと見ない、白く透き通るような羽の色をしていた。だが、だからといって何だというのだ。
 はじめて見かける、よく知りもしない女の尻を追いかけて、予備知識もない複雑な地形に飛びこんで、天候の変わる兆候も見落とす。いつもの彼だったら絶対に有り得ないようなことだ。
 ひとたび熱が去ってしまえば、それに振り回された己の愚かしさばかりがあとに残る。オーリォとはそういうものだ。


 生まれてくるときも嵐だった。洞穴の外を吹き荒れる、激しい風の音を遠くに聞きながら、ウィーウィーはそのことを思い出していた。あの風に煽られて軋んだ産屋、ここよりはもっと南の土地で、若い夫婦が夏をすごして子を産むためのその安い貸部屋の記憶、寒さに震えながらこの世界に産み落とされた、あの瞬間のことを。
 血は大して流れていなかったが、とにかく体が冷え切っていた。体はろくに持ち上がらず、かぎ爪の届く範囲に食べられそうなものは見当たらない。不幸中の幸いというべきか、体中を支配していた痛みは、嵐がおさまるのに合わせて、徐々に引いていった。


 嵐が去ったあとには、快晴がやってきた。時間の感覚はとっくにどこかに去っていたが、太陽の位置からすると、嵐はどうやらひと晩じゅう吹き荒れていたらしい。
 彼はかろうじて体をひきずって、洞穴の入り口ちかくまで這い寄った。視界にとびこんできた空は青く高く、これまでの長くはない人生の中で彼が見てきたどの空よりも澄みわたっていた。
 そのままぼんやりと、空を見ていた。あまりに空が青かったので、しまいにウィーウィーの目は眩んだが、彼は気にしなかった。嵐が去ってもまだ自分が生きていることが不思議だった。
 そのまま何度か、うつらうつらしては目を覚ましてということを、彼は繰り返した。痛みはまだ残っていたが、ひとごとのように遠かった。まるで慣れた自分の部屋で、昼寝でもしているかのようだった。
 だから、羽ばたきが近づいてくるのを、彼は聞いていない。
 何度目かに目が覚めたとき、彼は自分が夢を見ているのだと思った。そうでなかったら、さっきまでのオーリォの道行きと遭難とがすべて夢で、自分はまだ育った町を旅立ってはいなかったのだと。なぜなら彼の目の前には、いるはずのない人物の顔があったからだ。
 いま、彼の目の前にいるのは、友人のひとりだった。氏族のうちで彼のつぎに飛ぶのが早い、あの赤羽根族の若者だ。いつも彼を追い抜けないことを悔しがって、負けん気を発揮してくる相手、自分に刃向かってくることを喜びながらも、彼が心のどこかで見下してきた、その人物だった。
「どうして」
 夢ではないとようやく得心してから、ウィーウィーはそう言った。声を出してから、喉が痛んでいることに気がついた。さっきまで潮のように引いていた波が、それこそ潮が戻って押し寄せてくるように、ふたたび彼の体中を満たしはじめた。
「どうしてって、お前のようすがおかしかったから」
 困ったように、友人は言って、翼の先でそっと彼の傷のようすを探った。それからほっとしたように、折れてはいないようだなとつぶやいた。
 オーリォ用の軽装にしては、相手の身につけている荷物が多いことに、ウィーウィーは気がついた。彼の視線に気がついたのか、友人はちょっと冠羽を揺らして、「お前を見失ったあたりの近くで聞きまわったら、それらしいやつを見たっていう女の子がいたから」と言い訳のように付け足した。
 嵐が収まるのを待って、このあたりを飛んで探しまわっていたのだと、友人は言った。それから彼に、非常食の入った袋を、何でもないふうに差し出した。翼さえ折れていないのならば、食べて眠ればどうにか飛べるようになるだろうと、そんなことを言いそえて。
 ウィーウィーは一言もなく、相手の差し出した食べ物を受け取った。それからいっとき黙りこくって、その袋を見つめていた。自分のかぎ爪が震えていることに、彼は気がついた。
 このとき彼は生まれてはじめて、心の底から、誰かに負けたと思った。それから、そんなふうに思った自分の驕りに、それが傲慢だということに、ようやくのことで思い当たった。
 食べられそうにないのかと、友人が心配そうに聞いてくるのに首を振って、彼はうつむいた。それから長い時をかけて、ようやくその口を開き、中に入っていた栄養価の高い非常食を、おそるおそる、一口ずつ、噛みしめた。自分の恥と思い上がりとを、じっくりと咀嚼して飲み下すように。

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