Re: 師走に紡ぐ、指物語。 ( No.2 ) |
- 日時: 2013/12/07 22:45
- 名前: 剣先あやめ ID:GAPfTdcM
その人の左手の小指に触れたとたん、私は小さく声を上げた。もっていたやすりが転げ落ちて固い音をたててテーブルとぶつかる。 店内の視線が一斉に集中するのがわかって、頬が熱くなった。 「申し訳ありません」 慌てて謝ると、その人はいいんです。とふわりと淡い笑みを浮かべた。 初めてみる顔だ。準急までしか止まらない中途半端な大きさの駅のテナントに入っている小さなネイルサロン。 訪れる客の8割は常連さんだ。飛び込みのお客もいないわけではないがひどく珍しい。 その人は年の頃は20半ばだろうか。薄化粧しかしていない様子なのにきめの細かい白い肌に形の良い目鼻。 十分に美しいはずなのに、まるで日陰に咲いた花のようにはかなげで寂しげな印象ばかりが際立っている。 着ているものもシンプルすぎるワンピースだ。 注文は爪の甘皮のケアとカラーリング。彼女の選んだ色はベージュピンク。元の爪の色とほとんど変わらない。 そして、彼女の左手の小指は恐ろしく冷たかった。 指によって多少の温度差があることは珍しくない。しかし彼女の小指はその一本だけ長い時間氷水にでもつけておいたかと思うほど冷たかった。 「最初に言っておけばよかったですね」 彼女はそう言って小さく頭を下げた。 「いえ、こちらこそ」 曖昧に返事をして改めて冷たい指を手入れしていく。細かいやすりで皮膚を擦り、爪を整えネイルを塗る。さっとはけをつめにすべらせると、広がった色は暗い赤。 「申し訳ありません!!」 悲鳴にも似た声で私は叫んでいた。よりによって色を間違えるなんて。しかしはけにのこった色は間違いなくベージュピンクだ。では、爪を傷つけてしまったのか。 「大丈夫、あなたは悪くありません」 暗い赤色に染まった爪と指をそっと胸元に抱えるように隠して彼女はもう一度寂しげに微笑む。 「指切りをした私が悪いんです。マニキュアをすればもしかして、と思ったんですけど。ありがとうございました」 私が何か言うより早く女性は席を立ち、会計を済ませてしまった。店を出る時彼女は冬でもないのに黒い手袋をつける。 その手袋は奇妙なことに左手の小指の部分だけがきりとられ、露出するようになっている。 暗い赤色ニ染まった爪と冷たい小指を出したまま女性はあっという間に雑踏に消えてしまった。
終わり
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