部室で ( No.2 ) |
- 日時: 2010/12/31 00:02
- 名前: tori ID:SLmmyFYA
部室のソファに腰掛けながら、『覚悟のススメ』という漫画を読んでいた。 土曜日だっていうのに遊びに行かずこんなことをしているのは、金曜日の部会のあと、たまたま手にしたこれが面白かったからだ。バイトしているわけでもないし、クラスの友達とは反り合わないし、基本的に土日はすることがない。 休日のサークル棟は静かだ。人の気配がしない。部室にある時計が、コツ、コツと秒針を刻む。自分がソファのうえで身じろぐ音とページをめくる音が目立つ。 どれぐらい時間が経ったのか分からなくなってきた頃、がちゃり、と部室の扉が開いた。見ると、黒っぽい服を着たもじゃもじゃ頭の男が立っていて、ていうか同期の田中が立っていて、私と目が合うと、 「親子丼が食べたい」 と言った。 田中は片手にトラの穴っていう同人誌ショップのビニール袋を下げていた。私は読んでいた漫画を机に戻して、時計をちらりと見た。昼の一時を少し過ぎたくらいだった。今日は学食は開いてない。 「天神に寄ってきたんだったら、どっかで食べてくればよかったじゃん」 「いや」 と彼はいって、私の隣に腰をおろした。 「食べたいって思っただけ」 「だったら、」 「お腹へってなかったし」 そういって、彼は視線を机に向けて、私が読んでいた漫画のタイトルを確認した。それから目を細めると、ちょっとだけ驚いた顔をした。 「まじか」 と言った。 「なによ」 「・・・こういうの読むの?」 「引かれるのは何となく分かるけど、あんたに言われたくないんだけど」 「姉萌えは、ロリコンとかに比べたら少数派だけど、異常ではないさ。でも、これ」そういって田中は机のうえに置いた漫画を手にして、真ん中ぐらいのページを開いて、「グロいっていうか、危ないっていうか、国粋主義っていうかさ。香ばしいよ」 覚悟のススメは、青年が裸になったり、内蔵がはみ出たり、世紀末だったりする。たしかに日頃から、お姉ちゃんに甘やかされたいって言っている田中に比べたら、気持ち悪いかもしれない。でも、今日だけだ。 「そうだけどさ、たまにはいいのよ。それにちゃんと面白いし」 「そうなんだ」 彼は何となく手にしたままの『覚悟のススメ』の最初のページからパラパラと流し読みして、はい、と私に返した。それから本棚に目をやって、クッキングパパを何冊か手に取ると、読みだした。私もならうように、続きに目をとおした。 しばらく無言のままでいると、田中が急に、 「ジャパニメーションっていうけどさ、そんなに持て囃されるものかな」 「なによ」 「それもアニメ化されているじゃん。なんかそれって、誇れるものかな、とね」 「私が決めることじゃないから、どうでもいいかな」 「それもそうだけど。ああ、お腹すいてきた」 そういうと、彼はクッキングパパを本棚に戻して、立ち上がった。私のことをじっと見下ろした。 「親子丼でも食べにいく?」 と私は田中に聞いた。田中は、 「行こう」 とうなずいて、歩き出した。私のそのあとに続いて、部室をでた。 サークル棟をでる。よく晴れていて、空が宝石みたいに青い。何となく、田中の隣にいき、並んで歩く。田中は一瞬だけ私に視線をむけると、彫像になったみたいに顔を前に固定した。少しだけ頬が赤くなった。 くすぐったいような気持ちが胸の底にうまれて、田中の手を握ってみた。すると、田中の顔はますます赤くなった。くすぐったさに耐えきれなくなって、私は笑いだして、田中の手を放し、 「大学の裏に、どんぶり屋さんがあるんだけど、知ってた?」 と私は彼に聞いた。
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