笑って、チャーリー ( No.2 ) |
- 日時: 2011/08/16 00:21
- 名前: 片桐秀和 ID:wXICQi46
笑って、チャーリー
AFTER DAY
凄惨な現場には違いない。歴年の捜査官さえ眉をしかめるほど血生臭い現場だった。しかし、その事件を殺人によるものか、それ以外によるものか、その時点で判断できるものは誰一人としていなかった。 死体が転がっている。女性の腐乱死体だ。まだ若く、歳にして十六、七といったところだろう。死後日数が経っており、残暑の中、鼻がもげるほどの異臭を放っていた。衣服は纏っておらず、背中を部屋の壁に凭れかけながら、両脚を開いて座りこむような格好をしていた。カーペットには黒ずんだ血の跡が夥しく広がっており、死因のひとつが出血多量にあることは間違いないようだ。問題はその血がどうやって溢れたものかという点にあった。 死体に残った無数の瑕。半円型をした特別な刃物で肉をくり抜いたかのような形状をしており、その拳大の陥没が、頬に、腹部に、両腕両脚に、陰部に、臀部に、と散在している。第一に疑うべきは、快楽異常殺人犯の犯行なのだろう。しかし、捜査官たちにそう判断させなかったのは、被害者である女性の表情にあった。笑っているのだ。 満面の笑みといって差しつかえないだろう。まるで最高の祝福を得たかのような笑顔。それは慈愛さえ感じさせるもので、いかに人を殺害すればこのような表情を浮かべさせることができるのか、誰も想像さえできなかった。
SUMMER DAYS
――舞子め、変わったな。 夏休み明けの始業式、早苗は親友の舞子を見て直感した。見た目の変化も多少はある。けれど、早苗が感じたのはそうした表面上の違い以上のものだった。クラス内で同じ階層にいるはずの舞子が、身体から何かを放っているのだ。自信。そう、自信も感じる。しかしそれだけではない。余裕――、さらにいえば、色気を感じる。初心な顔だったのに、まるで眼に見えない化粧でもしているように、別人のような雰囲気を放っていた。 ――ちぇ、先を越されたか。 早苗はそう踏んで、クラスの中でとろんとした表情をして席についている舞子に歩み寄った。 「オッス、どうだった? 夏休み」 出来るだけ軽快に、自然に、いつも通りを装って、早苗は舞子の肩を叩いた。早苗は内心、洗いざらい聞き出してやると意気込んでいたが、いきなり本題に入るのも面白くないと、じわじわ追い詰めるつもりでいたのだ。 「早苗ちゃん、おはよう。うん、良い夏休みだったよ」 「ふーん、それはうらやましい。で?」 「で、って?」 「出来たんでしょ、彼氏。なんで教えてくれなかったのよ。昨日もメールしたじゃん」 「そんなものいないよ」 「あー、こいつ、しらをきるつもりだなー」 白状させてやる、と早苗は舞子の首を絞める振りをした。 「いないよ、そんなの。いたら早苗ちゃんに言うにきまってるじゃない」 「本当?」 「うん」 「おかしいなあ」 早苗は訝るが、しかしどうやら本当のことのようにも思えた。全く取り乱し様子がないのだ。 「じゃさ、良い夏休みだったっていうのは、どんなことがあったからなの?」 「今は内緒」 「今はっていつ教えてくれるのよ」 「放課後教えてあげる。早苗ちゃんもわたしと同じになればいいんだよ。すごく幸せなことなんだから」 「へー」 興味があるのかないのか自分でも良く分らないままに返事をし、教師が教室に入ってきたので、早苗はその場を離れた。 放課後二人で帰り道を歩いていた。 「ねえ、そろそろ教えてよ」 早苗が言う。 「うふふ。良いよ。友達だもんね」 舞子は応えて、周りに人がいないと確かめ、スカートをめくった。 「ちょっと、何してるの!」 早苗は慌てて止めさせようとするが、舞子は全くというほど動じていない。笑みを浮かべたままで、 「ほら、よく見てよ」 と、視線を自らの太ももに向けた。 あざだ、早苗は最初そう思った。しかし、見るほどに本当にそうなのだろうか、と思える。二つの黒い丸と、その下に半円を描くように走る黒い線。それはまるで――。 「エミィっていうんだよ。可愛い顔してるでしょ」 舞子が笑う。笑って言う。 そう、それは確かに人の顔に見えた。 「このあざ、どうしたの?」 早苗が言うと、舞子は酷く傷ついた顔をした。 「違うよ。エミィだよ。わたしのエミィ。わたしの赤ん坊」 「何言ってるの? ちょっと変よ」 「傷つくなあ。でも良いよ。始めはわたしもそんなふうだったもん。早苗ちゃんもすぐにわかるから」 そう言って舞子は早苗に抱きついた。抱きつき、口を重ねる。 「やめてよ!」 早苗が舞子を突き飛ばした。 「ごめんね、驚かせて。でも、これで早苗ちゃんもわたしと同じだよ。ママになったんだよ」 「もういいよ! じゃあね!」 早苗はそういい残して、振り切るようにその場を離れた。
夜中早苗は風呂に入った。その時、右腕にやたらとかゆみを感じ、きつくこすると神経を掻いているかのように痛みが走り、悲鳴を上げた。 「もう、なんだってのよ」 風呂から上がって身体を拭いていると、ぷくりと赤い斑点と、ミミズ腫れのようなものが浮かんだが、すぐに引くだろうと思い、Tシャツを着て、その日は眠った。
SUMMER DAY 2
次の日、舞子が消えた。失踪したのだという。 教室に入ると、女友達が早苗に駆け寄り、捜索願いが出ているらしい、何かしらないか、と尋ねてきた。 「さあ、しらないけど。でも、昨日は変だったよ」 早苗は思う。昨日の舞子の奇行は、何かのメッセージだったのではないか。自分に助けを求めていたのではないか。自分はそれを突っぱねたのではないか。 その日一日悩んでいたが、すぐに悩みは消えた。幸福な気分が身体のうちから湧き上がり、もはや舞子などどうでもいいではないかと思うようになったのだ。その態度を他の女友達はせめたが、それさえどうでもよかった。 風呂に入ると、そこに顔があった。もはやそれは痣などではなく、ひとつの存在の顔であると、それ以外の何ものでもないと早苗は思った。 「あなたはチャーリー。早苗ママの赤ちゃんですよ」 早苗が言うと、チャーリーと呼んでいる何かが、笑ったように見えた。
DIARY 1
学校になんて誰がいくもんか。今は大事な時期なんだ。しっかり食べて、しっかり愛情を注がないと、チャーリーが育ってくれない。今日、チャーリーが始めてママと言ってくれた。嬉しくてたまらない。 チャーリーはときどきくしゃみをする。するとチャーリーのつばがとんで、それがわたしの身体のほかの部分につくと、そこにまた笑顔が出来た。チャーリーは双子になったんだ! わたしはなんて幸せものだんだろう。
DIARY 2
チャーリーはどんどん増えていく。体中がチャーリーでいっぱいだ。わたしは世界一幸せなママだ。
DIARY 3
チャーリーが身体から出たいといっている。そうか、もうそんな時期なんだね、チャーリー。いいよ、ママの身体から出ておいで。ママができるのはここまでだけど、あなたはママを乗り越えていくのよ。 でも、その前に最後の笑顔を見せて。 THE DAY
早苗は笑う。 「さあ、チャーリー、あなたの笑顔を見せて。あなたは早苗ママの宝物」
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時間に間に合わせるため、かなり省きました。シナリオっぽくなっちゃったけど、直して一般板に載せますね。ちょっとでも怖いといいんだけど。
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