花火のない部屋 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/04/10 00:27
- 名前: ねじ ID:8TP.z/sU
この部屋には、窓がない。いや、正確に言うと、窓はあるのだが、埋まっている。 壁一面の本棚は、窓の前にも林立し、どこが窓なのかもわからない。そして、本棚からも本は溢れ、床の上にいくつもの山を作っている。まともに座れる場所は、ベッドの上だけだ。 乾いた体に水を補給しながら、私は本を読む。読んでいるのは探していたアシモフの「はだかの太陽」。 「なんで今更そんなの読んでるの?」 「持ってないから」 「なんで? アシモフ好きなんじゃなかったっけ」 「これ、絶版だよ」 ああ、と彼は笑う。ベッドの足元から下着を拾い上げて、見につける。 「そのぐらい、探せばどこにでもあるのに」 「探さないもの」 「情熱ないなあ」 情熱。たとえば情熱というものを、決して高くはない給料のほとんどを本に費やし、本棚で窓を埋めてしまうことだというのなら、私にはそんなものはない。 背中に、つるつるとぬるく汗が流れていく。 あ。 と気配を感じた次の瞬間、ぬるい舌が、汗を拭うように、舐め上げていく。痺れるように、鳥肌が立つ。 本を閉じて、私はうつ伏せになる。予感を目に輝かせて、彼が笑んでいる。私は余白のような笑みを浮かべ、目を伏せる。唇に、唇が重なる。煙草と男の体温の味がする、キス。 「今日、花火だよ。知ってた?」 私の言葉は、首筋を這う舌に奪われる。諦めと欲情と慣れに、理性がどろどろとみっともなく溶けて、私は彼の乾いた背中に、指を滑らせる。
音に気付いたのは、彼が中に入ってきたときだった。どん、と、一つ目。 花火。と私が言うと、煩いとばかりにふさぐ唇。 緩くついてくる相手が動きやすいように、腰を浮かす。ど、どん、と、二つ目。動きが、速くなってくる。 頭の中のスイッチを押して、回路をつなぐ。すると、声が、溢れてくる。あ、あ、という甲高さの中に甘さを孕んだ声。どん、と花火の音。 私の声にあわせるかのように、花火は勢いを増していく。星を打ち落とせという勢いで、耳の奥に突き刺さる音。本棚が、かたかた軋む。 どん、と、一つ、大きくなって、瞑った瞼の裏に、花火がぱあっと美しく、散った。
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