臨死体験 ( No.2 ) |
- 日時: 2011/03/07 23:27
- 名前: とりさと ID:IuiUTUQU
不吉なほどに紅い空。 彼は十字架に吊るされていた。 「は?」 思わず、間の抜けた声があがってしまう。目を開ければそこは緑の広がるのっぱら。いまいる場所は少し盛り上がって丘になっているようだった。 そのてっぺんで、彼は十字架に吊るされていた。 「おや、おはようございます」 と、後ろから声が聞えた。吊るされている不自由な状況で後方は見えなかったのだが、声の主は正面にまわってきた。 高校生だろう自分と同じ位の年の女だ。何故か二メートル以上はある槍を持っている。 「えっと、ここはどこ。俺、何で吊るされてるの?」 とりあえず、聞いてみた。 「ここは地獄の入り口です」 「……」 地獄とは、また。状況はわからないが、わかったことがひとつだけある。目の前にいる彼女は、どうやら相当にイタイこらしい。 憐れみの視線を送る。 「おれの知り合いに良い精神科医が」 「えいや」 お終いまで聞かず少女がいきなり槍で突いてきた。 「うぎぇえああ!」 「おや、うまくかわしましたね」 「何だお前! その刃物本物か!?」 目には見えないが感覚でわかる。彼をつるしてある十字架に、さっくりささっている。反射的に身体を曲げて避けてほんとによかった。 「もちろん本物ですよ。だから刺さると結構痛いですよ鈴木栄治さん」 「は?」 ポカンとする彼に、少女は語りかけてきた。 「どうしました鈴木栄治さん?」 「いや、俺の名前は鎌田和史だけど」 「くだらない嘘はいいです」 困った。うそつき呼ばわりされてしまった。 「さて、あなたの罪状は……おや、これはひどいですね。読み上げる気にもならない、犬畜生にもおとる所業ですね。困りました。変態がわたしの目の前にいます」 「え、いやなにまじで」 「ということで私のこのやりをぐさっと食らってください。痛みに悶え苦しみながら地獄に落ちれますから。どうぞいい悲鳴を上げてください」 「うわあ、正直ぃ」 「そもそも罪を逃れようと偽名を使っても仕方がないんですよ。地獄の使いたるわたしには、人間の血液からその人の個人情報を読みとる能力が備わっているのです」 言いながら、彼女は見事な所作で槍を振るう。穂先がかすめたのか、腕に微かな痛みが走る。そして槍についた血液をぺろりとなめる。 「まったく無駄なあがきをして……ふむふむ、十七歳の血液型はA型。両親は存命で、兄妹はなし。性癖は……うわ、ひくわ……友人はそこそこいると」 「うわぁああああ! やめてくれぇえええ!」 個人的な趣味をのぞき見され大声で叫ぶ。 「幼馴染あり……しかも女の子ですか……家族ぐるみの手伝い……家族仲は意外と良好……反抗期はもう過ぎている……お名前は鎌田和史……あれ?」 きょとんと、言葉をとぎらせた。 「え、あれ? 本当に?」 「ほら言っただろうが! ロクに確認もしないで人を串刺しにしようとしやがって――」 「うっさいですよ。ぐさっといきますよ?」 「ごめんなさい!」 槍をおさめてふうむ、と腕組みをする。 「いや確かに何かの行き違いがあったみたいですがね、鎌田和史さん。でもですね、ここは、ある一定以上の回数女を泣かせたクソ虫が堕ちてくる場所なのです。そうでない人間がここに来ることはありえません。そしてこの槍は間違いなくあなたのものです。そればっかりは、間違いようはありません」 「……」 最後の言葉が、よくわからなかったので黙る。 「心当たりはないですか? ふむ、そうですか。確かにそんなお顔で女を泣かせるなんて、せいぜい強姦ぐらいしか手段が――」 「はいストップ。まじでそういう冗談はやめてください」 聞いていて気持ちいいものではない。 「いやでもちょっと心当たりはあるぞ」 「おやマジですか」 敵発見、とばかりにちゃき、と槍を持ち上げた。和史は慌てず騒がずそれを制する。 「いや、そういのじゃないんだ。俺の幼馴染がな、とてつもないドジっ娘なんだ。しかもそのドジの被害は狙い澄ましたように俺に向かってくるんだ。それで、やつのとんでもないドジが俺に向かって炸裂する度に、あいつは泣いて謝ってくるんだよ」 「妄想は地獄でお願いします」 突きの構えに入った。さすがに恐怖心が煽られ、ちょっと焦る。 「てかさっき俺の記憶だか記録だかを読みとっただろう! ちなみにここに来る前の俺の記憶は、床に落ちていたシャーペンを拾おうとして、何故だか足を滑らし前転してごろごろ転がってきたあいつにぶつかられ、その衝撃で階段へ落とされたというものなんだ」 「…………」 沈黙。しばらく胡散臭そうに見ていたが 「……ちょっと失礼」 再度振るわれた槍が腕をかする。また、ぺろりとひとなめ。 「……うそじゃないんですね」 半ば信じがたいといった表情で呟く。記憶を読みとったのか、それとも嘘発見機のような能力もあるのか、ともかくどうやら無実は証明されたらしい。 ほっと息をついてから、しかし気がつく。 「あれ、そういえばここ地獄の入口っていってたよな。もしかして俺死んだの?」 「……いえ」 しかしそれは否定された。 「ここはあちらと地獄の境界線。死にかけの人間がくる場所です」 「死にかけの?」 「あ、いえ間違えました。ここは死にかけのクソ虫がくる場所です」 この子は何か人類の男全般に恨みでもあるんだろうか。 「生きるか、それとも地獄に落ちるか、それを裁定する場所です。ちなみにわたしはここに来たクソ虫をみんな地獄に叩きこんでやりましたが……」 ちらっとこっちを見る。和史は全力で首を振った。 「まあ? ほとんど? 冤罪? みたいですし? 戻しても? 良いかなと?」 「もちろん! 戻すべきだろ!」 何故か疑問符を多用し、非常に残念そうに言うが、逃さずとばかりに食い付く。 「そうですね。面倒ですけど……心の底からたまらなく面倒なんですけれども……一応この仕事に誇りはもっていますし……決まりですし……めんどくさいです……それでは」 えいや、といって彼女はパキンと槍を折った。 「これは、あなたが泣かせた娘の涙でできていました。これを裁定官であるわたしが砕くことによって、今までの罪は清算され、あなたは現世に戻ることができます」 あれだけ長大だった槍がはらはら、と綿毛のように宙に浮く。すこし幻想的ですらあった。 それと同時に和史の意識も遠のいていった。 「ああ、まったく面倒――いクソ虫でし――おかげで仕――増え――」 最後のほうは切れ切れになってほとんど聞こえなかった。
ぱちり、とまぶたが上がった。 「うわぁあああああん! 和ちゃんが死んじゃったよぉおお!」 目を覚ますと、幼馴染がおお泣きしていた。和史が目を覚ましたのにも気がつかず、わんわんとおお泣きしている。 勘弁してくれ、と思う。何せ、彼女が泣くたびにあの凶悪な槍がにょきにょき伸びるのだ。 「止めろ、泣くなよ」 「あれ!? 生き返った!?」 なんで驚くんだよ、と苦笑いする。 これまでの罪は清算されたらしいが、これからは別だろう。またあそこに飛ばされ問答を繰り返すのは敵わない。和史は幼馴染の頭を撫でる。 「う、うん!」 彼女がぱぁっと顔を輝かせる。 和史はそれにつられて笑おうとして 「ああ、やっぱり……女たらしの片鱗が。あそこで地獄に叩き落しておくべきでしたか」 その声に、笑顔が凍った。 ぎぎぎ、と油の切れたロボットのような動きで振り返ると、そこには見覚えのある女がいた。長大な槍こそ持っていないが、間違いなく、夢の中で出会った女である。 「お、お前、なんで……」 「あそこから現世に舞い戻ったクソ虫には、責任を持って現世に戻した裁定官が監視することになっているのです、ああまったくめんどくさい。わたしもあなたがもう女の子を泣かすことのないようわざわざ現世に出張しにきましが……」 はあ、と嘆息。そうして彼女が手のひらを開く。 そこには、小指ほどの大きさのアレがあった。せいぜいつまようじをちょっと大きくしたものだが、しかし紛れもなくあの地獄の入口で見たものである。 「さっそくあなたの罪ができましたよ? どうしましょうか。これが前の大きさに戻ったら、あなたは迷わず地獄行きですよ?」 首を傾げて言う彼女に、思いっきり顔がひきつった。 「和ちゃん、その可愛い子、誰……? なんで仲よさそうなの……?」 何故か知らないが幼馴染まで泣きそうになっている。そういえば、彼女は和史が他の女子と、とくに容姿端麗な女子と話していると、何故だかいつも情緒不安定になるのだ。 「おや、また罪が……」 地獄の使いは、非常に不吉なことを言う。 「もう勘弁してくれぇ!」 悲痛な叫び声が、平和な昼下がりに響いた。
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走り書きはしりがき
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