弥田さんの「fish song 2.0」に ( No.11 ) |
- 日時: 2011/01/16 21:44
- 名前: お ID:dmtt0oo6
とりあえず、のものです。以前言っていた、思わずパクっちゃったってやつです。長めのものの一部ですので、これ自体で完結はしてないです。主題とかには触れてません。冒頭部分のイメージだけです。今回は、これをベースにもうちょっとだけ膨らませてみようと思っています。オチがつくかどうかは、成り行き次第ってことで。 ------------------------------
ねぇ――
ここに空というものがあるとしてだが――、 夜空に瞬く星は、透明な煤色に埋め込まれて、どこか安物のガラス玉くさくて、それでいて、無限に永遠だった。 クレイジー・ムーン・パラノイアへはどう行けばいいの? あたし、雑踏(ノイズ)の波にさらわれて、ここがどこだか分からないの。
僕は、振り向く。 電飾とネオンから溢れる光りの粒子が、ゆらゆらとたゆたい、街を光りの海に沈める。 声を掛けてきたのは、見知らぬ女だった。 ネオンの海に沈む街に、淡水魚の尾びれを持つ女が浮かんでいる。硬い鱗の腰をひねって、器用に泳ぐ姿は、艶めかしくもあり、少々グロテスクでもある。 蒸し暑い夜。 熱帯(アマゾン)の古代魚が色気づくのも分からなくもない。 それはそれとして、クレイジー・ムーン・パラノイアという言葉がいったい何を指すのか僕は知らなかったが、それをわざわざ知らせてやることもないかと黙っていた。 煙草を咥えてみたいと思った。 煙草など吸う癖もないから、むろん僕は持っていない。といって、この女が持っているとは、まさか思えない。 ねぇ、聞いてる? 彼女は、僕の周りをくるりと廻って、存在をアピールする。 くびれた腰をくねらせ、光りの水を掻いて泳ぐ姿態。少し身の余った腹の真ん中にちょこんと窪みがあり臍だと知れる。たわわとはいえないが、そこそこの量感を持つ胸の膨らみは、ちょうど掌に余るくらいで都合が良い。てっぺんの桜色をさりげなく肘で隠しているあたり、羞恥心の芽生えなのか。 僕が苦い顔をしていると、ふわりと浮いて頬を附けるばかりにしなだれかかり、これ見よがしににっこり微笑んでみせる。 なにかぎこちない。 微笑むと言うよりは、口元を歪めて頬を引きつらせているというほうが的確だろう。伏し目がちな瞳をそわそわと泳がせるその瞼の下には、気鬱な隈が浮いて視え、どうにも、痛々しい感が付きまとう――で、だからどうだ。人間分析(プロファイリング)などクソ喰らえだ。 ともかく、彼女は、煙草を入れうるポケットを持っていない。まさか、彼女自身のポケットに煙草は入るまい。人間のそれよりはるかに小さかろうことは疑う余地もなかろう。 僕は、煙草を咥えることを諦めた。そもそも少しも吸いたくなどないのだから、諦めるのにも苦はない。 「クレイジー・ムーン・パラノイアとは何だね」 口元が寂しいので、やむなく聞いてみる。ピラルクーの下半身を持つ露出女にものを尋ねるなど、人生の汚点にもなりかねなかったが、それもこれも、どうせ夢の中のことのだから、僕さえ黙っていれば誰にも知られることはない。 あなた、クレイジー・ムーン・パラノイアを知らないの? 僕はちらりと横目で彼女を視、驚きと軽い非難の込もった視線を、それと同じだけの侮蔑を込めた視線で返した。この光りの海のなか無限に這う地蟲の中から、クレイジー・ムーン・パラノイアを知らない僕を選んだのは、僕の責任じゃない。 だってあなた、この海で一番、綺麗だったんだもの。 それは知っている。だからどうなのだ。それとクレイジー・ムーン・パラノイアに何の関わりがある。 そもそも僕は、人を探しているのだ。道理を知らぬ露出女と、わけの分からないクレイジー・ムーン・パラノイアなどというものにかまけている暇はない。 首を傾げて覗き込む女の顎を捕まえ、腰を引き寄せ、強引に口づけする。 乳房をむんずとつかみ、指先で、繊細な突起を羽毛でなぞるように軽やかに撫で、摘み、転がす。 あぁ―― 熱い吐息。 歯の間から舌を差し入れ、女の舌と絡ませつつ、それを引き出し、吸う。 こりッ―― 舌先を小さく咬み切る。流れ出る血液の、鋭い味。味わいつつ、胸の突起を力を込めて摘み、ひねり上げる。 ひぃぃい 短い悲鳴を上げ、女は背筋をのけぞらせ、びくびくと尾びれを振るわせる。所詮、魚類。本能に沁み込んだ生殖を刺激する快楽には逆らえまい。性交しない魚に快感があるのかは、定かではないが。 手を放すと、彼女はどさりとアスファルトの路面に崩れた。しばらくは、忘我自失の態で荒い息を吐き、身体を痙攣させていたが、そのうちに、尾びれの先から透け始め、全体がぼんやりと霞んで――、 そして、消えた。 雑踏(ノイス)が戻ってくる。 有象無象の蟲螻。個々の意志を持つようで群集心理に呑まれ躍らされている。生命なるものの維持には不可欠なのだろうが、僕には関わりない。興味がない。 彼女は、彼女が本来いる場所に戻ったのか、また違う場所で迷子になっているのか、それとも本当に消えてしまったのか。僕には知りようもないが、特別、知りたいとも思わなかった。 ただ予感としては、あれそのものではないとしても、あれと類似したものとして、もう一度会うような気がする。気のせいであることを、盛大に祈りたい気分だった。
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