さーてさて、今夜もあります。突発一時間三語。お題は「言いたいことはそれだけか」「透明人間」「道理」です。締め切りは十二時。多少の時間オーバーは問題ありません。完結していなくても、その一時間書いた成果として投稿するのもあり。楽しんで書いてください。焦るのも、やばいやばい、と思うのもまた楽しみ方、ということでw。では、スタアト!
言いたいことはそれだけか、と彼はいった。突きつけられた銃口よりも、感情の含まれないその声音に、ぞくぞくするような震えが背中を走る。 とっさにこみ上げてきた熱い感情に、胸の奥のどこかで、回路が焼き切れるような感触がした。このクソったれで、ポンコツの、イカれた感情回路。不完全で不可解で非効率的で、道理に合わない指令ばっかり出してくる、不恰好な機械のハート。 でもそこがいいの。 あたしはにっこりと微笑んで、両手を広げる。そして、視線を通じて魂を注ぎ込もうとするように、ダンの薄いブルーの瞳を、まっすぐ見つめる。返ってくるのは揺らぎのない、冷えた視線。ああ、素敵。どうしてこう、あたしの回路はおかしな反応ばっかり寄越すのかしら。「ええ。……いえ、もうひとつだけ。今日もとっても素敵よ、ダニーボーイ」 ダンの唇の端が、厭そうに下がるのを、たしかにこの目に見た。かすかに顰められた眉間のしわ。長い指が、グリップにしっくりとなじんでいる。もう可愛いダニーじゃない、りっぱな、一人前の男。あたしがついてなくても、もうだいじょうぶ。 静かに、引き絞るように握りこまれる指。ブレない照準。あたしが教えたことはパーフェクトにできている。とってもおりこうさんのダニー・ボーイ。小さなころから出来がいいって誉められるたびに、いまみたいにちょっと眉根を寄せて、いやそうな顔をしたわね。可愛いダン。あたしに悔いはないわ。 その真黒な銃口の奥から、鉛の弾丸が吐き出されて、あたしの喉に迫ってくるのが、スローモーションのようにゆっくり見える。人間だったら走馬灯が走ってる頃かしら? けれどそんなロマンティックな話じゃなくて、鉛弾なんて止まって見えるくらいの処理速度は、標準仕様。いくらロートルだからって、あたしはまだそれほどのポンコツじゃない。 だから鉛弾の一発くらい、よけようと思わなくたってよけられるけれど、あたしは足を止めている。途方もない努力を払って、止めたままでいる。製造当初から組み込まれている、このアタマの中の戦闘マクロが、自動制御モードで弾道から機体をそらせて、ダンに反撃しようとするのを、意思の力で抑えている。 自分のアタマの領域の中にある戦闘ルーチンをかたっぱしからブロックしつづける。途方もない数のエラーと警告メッセージが、目(カメラ)とは別のところで見ているもうひとつの視界を、すごい勢いで過ぎっていく。ああ、サイバーテロは本業じゃないけど、それにしてはあたしったら、なかなかの手際なんじゃない?(どうして裏切ったのかと、あなたは訊いたわね? なんでビリーを殺したのかって。彼はいい上司だった。あなたが怒るのも当然よね) あたしは自分の中のプログラムと戦いながら、その合間にタスクを組んで、最後の通信をダンに送る。ダンの腕に嵌められた端末まで、ちゃんと届くかしら? でも、そうね、間に合わなかったら、それでもいいわ。(いま答えてあげる。そうしなければ、あなたが殺されていたからよ。あの男は、あなたを嵌めて、任務中の事故に見せかけて、殺すつもりだった。ぜんぜん気づいてなかったのね、ダニー・ボーイ。あなたは優秀だけれど、ほんのちょっぴり、ひとを信じすぎる) ダンはまだ、あたしの言葉に反応しない。それはそうだ。圧縮通信はまだ、かろうじて彼の端末に届いたかどうかといったところだし、仮に受信が間に合ったとしても、人間の脳の処理速度では、弾丸があたしの喉を(唯一の弱点としてわざと脆弱に設計されたそこを)正確に突き刺す前に、全文を読んで反応するなんて、そんな離れ業は無理。だからこれは、あたしからの一方的なメッセージ。 鉛弾はまだ、あたしの前方二メートルくらいのところをゆっくりと迫ってきている。ダニーの表情は変わらない。かすかに眉を寄せて、唇を引き締めて、ちょっと厭そうだけど、冷静そのもの。感情に流されてはだめよと、あたしは何度あなたにいったかしら。でももうそんなお小言は必要ないのね。 ちょっと寂しい、かしら。タスクのあいまに、自分の感情回路を覗き込んでも、その感情曲線の揺れは微細すぎて、たしかには読み取れなかった。(勘違いしないでね。恨み言なんかじゃないのよ。あたしはこれでいいの。正当な理由があったってなくたって、アンドロイドが人間を殺して、処分されないはずがないもの。薬品臭いラボの奥で、味気ない最後を迎えるくらいなら、あなたの手で壊されるほうが、ずっとうれしい) そういえば、ロボットの幽霊っているのかしらね? そう訊いてみたい気がしたけれど、これは、通信波にはのせないことにする。ふるいSF映画の見すぎだって、あなたは笑うだろうから。 もし本当にいるとしたら、どんな感じなのかしら。透明人間みたいに、姿も見えず、声も聞こえない、ぼんやりしたものになるのかな。そんなものでもいいから、もし意識の欠片なりと残るんだったら、もう少しのあいだ、あなたのことを見守っていたいのだけれど。(ねえ、あたしの可愛いダニー。あなたはあたしに幸せをくれた。プログラムされたAIにも、幸福を感じる機能があるんだって、あなたが教えてくれたのよ) 弾丸が、ゆっくりと喉に突き刺さろうとしている。ダンの射撃の腕のたしかさを感じた瞬間、すべてのプログラムに割り込んで、腹の底から湧き上がる歓喜の思い。それを一瞬で押しつぶして、機械の脳ミソに組み込まれた自己保存本能が、けたたましい警告メッセージを送ってくる。怒涛の勢いでスタートしかかる何千という戦闘ルーチンを、かろうじてすべて、押さえ込む。喉の、もろい装甲が、熱に溶けて、ゆっくりとひしゃげていく。(あなたの幸運を祈っている) 最後の送信は、間に合っただろうか。ブラックアウトしていく視界の中で、最後の最後の瞬間、ダンの瞳が苦しげに揺れるのを、あたしはたしかに見た。---------------------------------------- シュミに走りすぎて恥ずかしいです……orz
「地球を守りましょう」 唐突に聞こえてきた声に私は耳を傾けた。どうやら街頭で環境保護のアピールをしているらしい。「このままでは温暖化が進み、地球は生物が住めない星になってしまいます。みなさんで二酸化炭素の削減を推進しましょう」 なるほど。二酸化炭素が増えるとどうやら気温が上がるらしい。当然、気温が上がると生態系に影響を及ぼす。つまりは生物が住めない星になると。ふむ。まあ、わからない話ではないな。で、具体的にどうしたらいいのかね。「まずは身近なところから。資源のリサイクルにご協力ください」 そうだね。所謂、限りある資源ってやつだね。特に石油製品とかを言うんだろうね。プラスティックとかペットボトルとか、かな。ん?それって温暖化と関係あるのかね。ただ、石油がもったいないから節約しようって話じゃないかな?「エコカーに乗りましょう」 あ、それはなんとなくわかるね。使うガソリンの量が減れば排出される二酸化炭素もおのずと減るわけだ。だから、温暖化の防止につながると。うん、なるほど。「エコ家電に買い替えましょう」 ほう。そうだね。使用電力量が抑えられれば、発電にかかるコストも抑えられる。火力発電の量が減れば二酸化炭素は減らせるね。うん。 でも、車を買ったり、家電を買い替えたりってずいぶんとお金がかかるんだねえ、エコって。「二酸化炭素の排出量を取引しましょう」 おっと。これは車や家電だけの話じゃなくなってきたぞ。二酸化炭素の排出量が売買の対象になるんだね。これはすごく画期的なことだね。一般常識ではなんの役にもたたない気体に値段がつけられるんだ。それもとんでもない額の取引になるんだね。すごいな。人間の発想力って時に常軌を逸するよね。ここまで考えられるんならもう一歩踏み込んでもいいように思うんだけどな。 ん?今度は違ったアプローチでものを言ってる人がいるね。「黒点の観測によるとこれから太陽の活動は縮小期を迎えるようです」 どこかの科学者みたいだね。これから数年間、太陽の活動が弱まるらしいよ。「じゃあ、温暖化の勢いも止まるのでしょうか」 お、インタビュアーがいい質問をしたね。そうだよね。太陽の力が弱まればきっと温暖化の勢いも失速するはずだ。「いえ、この縮小幅よりも人類が引き起こす温暖化のスピードは大きい影響を与えます。影響があるとしてもほんの少しでしょう。温暖化が止まることはありえません」 あ、いまこの科学者は本質を突いたよ。わかったかな?彼はこう言ったんだ。「人類が引き起こす」 って。 解決方法は見えたじゃないか。お、科学者の話、まだ続きがあるようだぞ。「われわれ人類は知恵を持っています。地球を救うために人類の叡智を今こそ結集するときです」 言いたいことはそれだけか。 あのさ、透明人間って知ってるかい?誰からも見えない。誰からも干渉されない。つまり、それは誰からも認知されない人間ってことだ。でもね、僕に言わせてみれば人間なんてもともと透明な存在なのさ。「地球が泣いている」「地球を守れ」「宇宙船地球号」 ずいぶんと心に訴えるスローガンが並んでいるけれど、それは人間からみた道理に過ぎないんだよね。あの科学者は言ったんだ。人間がいなければ地球は温暖化しないってね。それってすごいことだよ。その論理で本当に地球を守りたいんだったら答えはただ一つ。地球から人間がいなくなればいいだけの話じゃないか。でも、話の本質はそこじゃない。地球が温暖化して困るのは地球じゃないのさ。 恐竜が歩き回っていたあの時代。二酸化炭素はいまよりもずうっと濃かったんだ。なにが言いたいかって?つまりは温暖化したって困るのは地球じゃないってことさ。 結局は人間が都合のいい道理を振り回してエコ商品の宣伝に躍起になっているだけなんだ。地球を守れなんてたいそうな看板掲げたって、本当は「自分たちが住める環境を守れ」ってことなのさ。つまりは自己保身に過ぎない。温暖化しようが寒冷化しようが地球は膨張した太陽に飲み込まれるまで存在し続けるんだ。人間がいようといまいとね。つまりあんたたちに守ってもらう必要なんてこれっぽっちもないのさ。スローガンを掲げるならもっと謙虚にしたほうがいいよ。「僕たちは滅びたくない」 とか「地球なんてどうでもいい。僕たちは生き延びよう」 とかね。 もう一度言うよ。君たちは透明な存在なんだ。いてもいなくても地球には何の関係もないのさ。君たちが二酸化炭素とやらをチマチマ減らしたって、ひとたび火山が噴火したらその何倍もの二酸化炭素が噴出するんだ。君たちはそんなバカげたことに躍起になってるのさ。君たちは透明な道化師なんだ。誰も関心を持たないところで必死おどけて見せている哀れな道化師さ。エコという名のエゴに気づかずに死ぬまでおどけ続けるがいい。 ん、僕かい? 僕の名前はそう「地球」さ。
「透明人間の勧誘をお前に任せたい」 ある日、悪の組織に入ったばかりの新人の光里は、先輩から真顔でそんなことを頼まれた。「え、先輩。透明人間ってなんですか?」「はあ。半年前まで表の世界しか知らなかった奴はこれだから困る……」「む、なんですかその言い草。先輩が誘ったんじゃないですか」 この先輩と光里とは大学時代からの付き合いだ。就職活動にあえいでいる光里に、この悪の組織へと半ば無理やり引きこんだ張本人なのである。「ああ、悪かったな。透明人間って言うのは、世界でたった五人しかいない希少人類だ。俺が言っているのは、その内の一人のことだ」 ごくごくマジメな顔で先輩は言う。この先輩からのからかいの度が過ぎて、大学時代からときとしてマジ取っ組み合いのケンカをすることもあったが、この世界のことはわからないことだらけなのできちんと聞く。「とある日、その透明人間は万引きをして捕まりそうになった」「なんで透明人間なのにバレるんですか?」「品物がひとりでに浮いてたらわかるだろ」 確かに。「コンビニの店員にペイントボールをぶつけられ、窃盗罪とわいせつ物陳列罪で警察に追いまわされていたところを俺が華麗に助けたというわけだ」「なんでわいせつ物陳列罪がつくんですか?」「マッパじゃないと透明人間の意味ないだろ」 確かに。「詳しいことは省くが、助ける際、ちょっとその透明人間を怒らせてしまってな。だから俺では説得が難しそうなんだ。かといって他のエージェントは外回りの仕事だし……」 確かに、正義の味方との抗争があるらしくほとんどのエージェントが出払っている。「けどわたし、まだ新人ですし……」「よく考えてみろ。透明人間だぞ。組織に加入したらどれだけ役に立つか。諜報活動にこれ以上向いてる人間もいないぞ。それを引き入れたとなったらお前、査定の評価上がるって!」 ぐらり、と心が傾いた。新人の光里はまだ特に目立った成果を上げていない。ここで査定を上げておけば、念願の情報部入りも叶うかもしれない。特に最近は情報部で部長の秘蔵っ子が脱走したとかで人員不足に悩まされているらしく、チャンスなのだ。 ぐらぐら揺れる光里の心に追い打ちをかけるように、頼もしいとどめの一言。「大丈夫だ。俺も付き添ってやるから」 先輩が指示した部屋にはいると、たしかにそこに人がいた。 一目見ただけでは、それが透明人間かどうかはわからない。ただ、長袖に長ズボン、肌が出ないようにか室内だというのに手袋とマフラーと帽子を着用している。とどめは、顔に鬼の能面だ。「えっと……失礼します」 光里は透明人間の目の前に座る。先輩は後ろに立ったままだ。「この度は警察に追われていたということで、大変でしたね」「……」 呼びかけてみるが、返事はない。 先輩がなにをやらかしたかはしらないが、まだご立腹らしい。それで沈黙を貫いているのだろう。ちらりと先輩のほうを見ると、口を真一文字に結んで、いつになく表情が硬い。微かに震えているのは、緊張からだろうか。珍しい。「ところで、えっと……」 先輩から名前聞くのを忘れていた。ここで先輩に聞くわけにもいかないだろう。二人称で通すことにする。「あなた様は、当組織にご加入してみませんか?」「……」 反応はない。しかし光里は構わず続けた。こういうのは勢いなのだ。「今回はうちの社員がご迷惑をかけた様でして申し訳ありません。唐突な勧誘と思われるかもしれませんが、ここはあなたのその特性を充分に発揮できる職場です。また、日常生活も透明人間ということでご不便があったのではないでしょうか? 当組織ではあなたの生活面でのサポートも充実させていただく準備ができています。どうです、あなた様さえその気でしたら、いつでも!」「……」 なんの反応もない。 能面のせいで表情は一切見えないし、雰囲気の変化も感じ取れない。そもそも透明人間という性質からなのか、ひどく気配が薄い。「えっと、その……なにか、ご質問等ございましたら何でもお伺いしますが?」「……」「な、なんでもいいんですよ? ほら、なんでしたらわたしのこととかでも。えへ!」「……」「その……すいません。調子に乗りました」「……」 光里は首を傾げた。 気配が薄い薄いとは思っていたが、ほんとうに生気というものを感じない。喜怒哀楽、雰囲気から多少は察せられるそういったものもなんの変化もないしピクリとも動かない。 これはちょっとおかしいのではないだろうか。「ちょっと失礼します」 断りを入れて、身を乗り出す。光里が手を伸ばしても何の反応もない。 ぱかっとお面を取ってみた。「……………………………………」 その顔を見た瞬間、すべての疑問が当然という道理にかわった。 そこに、口はなかった。目もなかった。鼻はあったが、鼻の穴はなかった。頭はつるつると滑らかにしており、肌はプラスチック製のように真っ白だった。 ようするに、マネキンだった。「あのぉ……」 ゆらり、と光里が先輩のほうを振りかえると、先輩は全身を震わせて全力で笑いを堪えていた。 怒りのあまりぶるぶる震える手で鬼の能面を突きつける。「これは?」「いやほら昨日ゴミ捨て場に落ちてたマネキン見かけて唐突に思いついてぶぁわははははは! もう笑い堪えるの無理だよまじで騙されるとは思わんかった! バカじゃねえのお前透明人間とかいるわけねえじゃんそもそも途中で気付けよあっははは!」「言いたいことはそれだけかこのクソ先輩がいますぐぶっ殺してやらぁああ!」 正義の味方との抗争を終えて帰ってきたエージェントは、げらげらと腹を抱えて笑う同僚とそれに飛びかかって行く新人を見て、いつものことかとため息をついたという。
「言いたいことはそれだけか」「透明人間」「道理」です。付き合いだして一ヶ月の彼女は怯えていた。「私もう、我慢できないの。あなたがいつも傍に居るような気がして、気が気じゃないの。いつもどこかで見はられてる気がしてならないの。ごめんなさい、あなたはとても良い人だけど、存在感があんまりにも無くて、私は無理みたい。本当にごめんなさいね、別れましょう」「ごめん、僕、今君の後ろにいるんだ」「何故移動したッ! ニャーッ!」彼女は振り向き、指から爪を出し、僕の顔を思いっきり上下に引っ掻いた。「ついて来ないでよねッ! この透明野郎めッ! 隠れストーキングめっ! どっかで生き絶えろっ! フニャーッ!」散々な言葉を吐き捨て、彼女は猫のように颯爽と闇夜に溶け込み、消えて行った。ああ、彼女は化け猫だった。猫耳がとてもキュートな彼女だった。僕は無色透明の透明人間、妖怪たちの合コンで僕達は知り合った。今度こそ上手くいくと思ったのに無理だった。親父は僕に、「いいか、男はハートだ、誠意を見せろ、根性を見せろ、度胸を見せるんだ。まあ、わしらは透明だから何も見えんけどな、ガハハ、なあ母さんや」声だけの親父はいつもそんな道理を言い、僕を励ます、いや、励ましているかどうかも分からない、透明で何も見えない。母さんは無口で忍び足だから本当にいるのかどうかも不明だ。難儀な家族だ。僕はそんな事を思い、茫然と立ち尽くしていた。あまりのショックで本当にこの世から消えたいと闇夜の空を見つめる。「にゃー! やめてぇー! やめニャいかッ! この下衆共めっ!」襲われているのに強気な彼女が木霊する。僕は急いで向かう。全力疾走だ。わき腹がすぐいたくなったので早歩きですぐに彼女に出くわした。狼男達が彼女を壁際に追い詰めていた。彼女の服は引き裂かれ、まさしくケダモノの所業だった。僕はそれを許さなかった。ぬき足差し脚の忍び足で近づくと、げんこつを一振り、思いっきり殴ってやった。ケダモノ二人は抵抗も空しく、僕に殴られるまま、泣きながら消えて行った。ワオンと一つ遠吠えが聞こえた。彼女は、不思議そうに辺りを見回す。「あなたなのかニャン?」僕は何も言わないまま、存在を消して彼女を見つめていた。「ありがとニャン… さっきはヒドイ事言ってごめんニャン… 許してくれないかニャン…」言いたい事はそれだけか? などとは言わない、そんな渋いキャラでもない、僕はじっと立ちつくす、彼女の猫目が潤んでいた。僕の眼からも不思議と涙が零れていた。頬をつたい、顎から落ちる雫。「そこにいるニャンね」僕は彼女に抱きつかれた。ふくよかな胸だ。Fカップはあるだろう。僕は満面の笑顔をしていた。ニヤけている顔を見られなくて本当に良かった。透明人間で良かったと思った一瞬でもある。フニャ♪
この冬初めて氷点下を記録したその夜、摩天楼煌く大都会の遥か上空に、一等星よりもさらに明るく輝く光源を見た。 東の空に動いていく光。海を越えて、山を越えて、国境を越えて、僕の手には届くはずもない光が流れていく。光がやがて千切れ雲に隠れたが、それでも僕はそこにあるはずの何かを眺めていた。いや、その実僕は、それほど詩的な感覚など持ち合わせていない。 飛行機が放つ光と分かっているのに、それでも何かを期待してしまう。僕は幼稚なためか、それとも――。 そんなことを考えていた。 そんなことをしている状況ではないというのは理解しているのだが、仕事にかかる前にはたまに夜空を見上げて頭をクリアにする。クリアにする必要があるのだ。僕は小さく咳き込みの真似などして、目的の女へ歩みを進ていく。「止めたって無駄なんだからね!」 そう言う女を止めるのが僕の役目だ。都心にほど近いSビルの屋上に僕はいる。連絡が入ったのは午後八時半。今からちょうど二時間前だ。厚化粧というわけでもないだろうに、女の化粧は流しに流した涙のため、相当に乱れていた。垂れた洟をぬぐったためか、口紅さえ唇の形を作ってはいない。普段ストレートだったはずの髪はくしゃくしゃで、ワインレッドのコートにしわが寄っている。そしてみさげた足元は裸足。「やめましょうよ、そんなこと」 飛び降りようとする人が――これから命を絶とうとする人が、どうしてその行為の前に靴を脱ごうと考えるのか僕はしらない。おそらくそれは行為でありながら、儀式の意味合いを強く持つとのだろうとは想像できるが、あるいは別の理由もあるのだろうか。「そもそもあんた誰よ! わたしが自分の命をどうしようと勝手でしょ!」 至極最もな発言だと内心頷きつつも、道理にそうからといって、実際に顎を下げることはできない。「通報がありましてね。このビルの屋上でおかしな態度を見せている人物がいるので、対処を頼まれました」 僕はなるべく端的に、かといって相手を追い詰めることなく言葉を選んで女に語った。「あんた警察官?」 女の視線が冬の冷たい空気を切って頬を刺す。義務的に接せられていると感じたのだろう。「いえ、警察ではありません。少し変わった業種で、あなたのような方を止めるのが仕事です」 くう、くう、と唸るような声を女は発した。よくない兆候だ。あきらかに心を乱している。「どいつもこいつもわたしの気持ちなんか知らないで。わたしはそれはそれは不幸な女なんだから。これから話してあげるから笑いながら聞けばいいわ。ええとそうね、まず――」「結構です」「へ?」 逡巡して何から話し始めようかと考えていた女に投げかけられた僕の言葉がよほど意外だったのだろう。唖然としたようすで女は口をポカンとさせた。「残念ながら、僕には時間がありません。いろんな意味で時間がない。まあ、それはともかく、用件だけ伝えます。今すぐそこから離れてください。飛び降りなんてやめてください」「あんた何いってんのよ! 普通こういう時って話を聞くもんでしょうが。ああ、もういい、もういいわ。どいつもこいつもわたしを馬鹿にして、利用して、そして甘い汁だけ吸って捨てていくんだわ。そうよそうよ。たとえば、たかし、たかしはわたしの恋人だったんだけど、つい最近……」 僕は女が堰を切ったように話しだすのを静止すべく、実力行使に乗り出した。「言いたいことはそれだけか!」 そういって、懐のホルスターから拳銃を抜き出し、女に向けて構えた。「へえ?」 意味が分からないと思ったのか、僕がふざけていると思ったのかはしらない。唖然の極みといっただらけた口のあけ方をしている。「動くと打つ! 両手を挙げて、ゆっくり前に出ろ!」「ちょっと、何を……?」 女の発言を打ち破るように、僕は引き金を引いた。乾いた破裂音とともに、女の足元に銃痕が穿たれ、硝煙の匂いが立ち上った。「分かったなら返事をしろ」 拳銃がホンモノと理解したのだろう、女は急に震えだし、さんざ流したはずの涙をまた流し始めた。「もう、わかんない、何もかもわかんない。誰もわたしの気持ちをわかってくれない」「あなたには僕の気持ちがわかるんですか? わからないでしょう。お互い様です」「わたしがいってるのはそういうことじゃない!」 そう言って混乱にうろたえる女に僕はなお言い放つ。「自殺しようとすれば打つ。死にたくなければ、動くな!」「あんた、頭おかしいんじゃ……」 さらに威嚇射撃。「もう、わかったわよ。あんたのいうとおりにしなさいよ。ヒーン」 ようやく言うことを聞き始めた女を警戒しつつ、僕は女に両手をあげさせ、さらに前にでるように促す。「あれ?」 よろよろと歩みを進める女の腰が急に砕けた。「緊張で腰が抜けちゃったみたい。ちょっと、手を貸してくれない?」 女がすがるように手を伸ばす。さすがにそういわれては手を貸さぬわけにはいくまい。僕は女がいるビルの淵のほうへ歩み寄った。女と僕の手が接したその時。「道づれじゃー!」 女が僕の背後に素早く回りこむと、腰に手を回し、その勢いに乗って、ジャーマンスープレックスの体勢にはいった。 フェンスを突き破り僕と女は夜の闇を掻く。 マジで? なんて思った時には、身体は重力の法則に従っていた。 風切り音と、風圧を感じた時、僕と女は地面を真近にみていた。「何よ、透明人間でもみたような顔して」 気づいた時には、僕はトランポリンの上にいた。 そういったのは、僕の上司にあたる、入水さん。入水というのはあだ名で、彼女の過去に関わって付けられた。「ちょっと? 聞いてんの? 投身?」 投身、それは僕のあだ名。コードネームといっていい。これもまた僕の過去にまつわって付けられたものだ。「今回で何度目だったっけ? 道連れに飛び降りられるの。あんた、つめがあまいんだから。もっとプロ意識持ちなさいよね」「はあ」 救護班に運ばれていく先ほどの女を見送りながら、僕は思う。 僕もあなたとかつて同じ行為に出た。結果生き延び、その経歴を買われて、今の職に就いたんです。死にたいやつの気持ちは死んだやつが一番わかるなんて言われて、乗せられて。 僕の言葉が女に届くことはない。それでも、仕事の後には事情を説明したい気分にかられる。なるほど、僕はプロ意識に欠けるのだろう。「さあ、いくぞ、投身。また飛び降りしそうなやつがいる。飛び降りはおまえの専門だからな。対処を頼む」 女を見送ってたたずんでいた僕の肩を叩き、割腹さんが声を掛けてきた。名前の理由はもう言わなくてもわかるだろう。「次はうまくやってみせますよ」 そういって、僕は車に乗り込んだ。
>HALさん 「Good luck, My little boy」 HALさん、こういうのも書けるんだなあって思いました。ほんと、いろんなジャンルの型というか、語彙というか、コードというかを知ってるなあ。うらやましい話。圧縮通信なんて単語、僕もいつか使ってみたい。 一瞬の出来事を引き伸ばして書くっていいすね。僕好みな感じです。切なさがもうちょっと欲しいという気もしましたが、いつか別の形で読めるかもしれないので、それを期待してみます。>天祐さん 「つぶやき」 こう来たかーと思いました。天祐さんらしからぬ話(話の作り、というべきかな)でしたね。内容にはげしく共感できました。結局人間って人間として人間基準で考えるしかないんですよね。それを中途半端に地球のため、なんていうからなんだかなあって思っちゃう。 最後のオチ、良いオチでした。 また三語一緒に出来たら嬉しいなあ。>とりさとさん 「透明人間の実在について」 楽しんで書いているなと感じました。とりさとさん、書くもの変わってきましたよね。どんどん変わっていくのが僕としては楽しみな限りです。 コミカルではあったけど、やっぱり一ひねり欲しかったかな。贅沢な望みでしょうかw。 とりさとさんと競作したの久しぶり。また遊んでください。>ミズキさん 「ニコニコ♪」 ミズキさんらしいなあって思いました。楽しくてかわいい話だった。行き当りばったり感もあるのですが、ミズキさんが書くと、読むほうもなんか楽しくて笑っちゃう。お化け同士が恋人になるって設定も面白いですね。この二人、幸せになれるといいけど、前途多難かなw。 また一緒に遊びましょう。>自作 こういう設定や書き出しのストックはかなりあって、三語を利用して書くことがたまにあります。ちょっと卑怯かもしれないけど、ま、たまに、ということでご容赦をw。
> 天祐さま 三語では珍しく社会派な内容。思わず頷いてしまいました。 60分三語に無茶をいいますが、あともう少しだけ、絵的な描写がほしかったかなと思いました。 面白がるような、それでいて醒めたような、語り手の皮肉な切り口がいいなーと思いましたです。> とりさとさま 大爆笑しました。この悪の組織シリーズ、ぜひまた続けていただきたいです。 光里ちゃん可愛すぎです。そして先輩楽しすぎです。こんな悪の組織があったら入りたいです。かなり本気で。 あと、三語の感想じゃないですけれど、例の作品、拝読しました! 今度、感想をお伝えしたいのですが、ちょっと長めになりそうで。どちらでお伝えしましょうか……?> 水樹さま 癒されました……! 癒されましたよ!! 何故移動したッ! のジョジョ口調がものすごいツボでした。お父さんの台無し発言も。 楽しませていただきました!> 片桐さま まさかのオチ。しかも何回も道連れにされているのに不用意に女に近づいちゃう投身さんのキャラクターがナイスですw 重くなっていいはずなのに、妙にコミカル。あれですね、笑いには「不謹慎だけど、だからこそ可笑しい」っていう種類の笑いがありますよね。 あと割腹さんがいったいどうして割腹しようとしたのかものすごい気になります。> 反省文 どこまでも萌え一直線でした。やばいものすごい恥ずかしい! ぎゃー! あと真面目な話、萌え以外のことは本気で何も考えていなかったので、描写がやたらと冗長すぎる気がします……反省。
HALさん。 ぎゅっと詰まった情報量にぐらっと引きこまれました。突発三語にあるまじき情報量の多さにびっくりしました。HALさんの引きだしの多さを垣間見たような気分です。 そしてあんな長いものをありがとうございます。ほんとうに。どうせならチャットで直接伺いたい! と思うところなのですけど、とりさとがテスト期間にゴーしてあまり時間がとれませんので、あちらの方に載せていただけるとすっごい嬉しいです! 天祐さん。 すごくいい感じのショートショートでまとめられていますね。むおう、何て安定力という感じです。ぱっとした思い突きを書きあげるオチありきじゃなくて、日ごろから思ってることを題材にしてSS作るっていうのに何とも感心されました。 どことなく星新一っぽいと思ったのは、かの大先生がSSの大家だからですね。 ぐるぐる自転しながら毒吐いてる地球を思い浮かべて、ひとりで笑ってしまいました。そういう話じゃないのに。 とりさと。 ふははしょせんわたしの実力なんてこんなものです! このゆるゆるの悪の組織とダメダメの正義の味方をなんとなく使っていきたいです。 水樹さん。 わたしの中だと水樹さんはホラーの印象が強いのですが、たまに競作するうちに徐々に変わってきました。 三語の作品を拝見していると、どれもコミカルですし、なによりかわいらしいですもの。ええ周りのキャラもいいですけど何より主人公の男の子が、むっちゃかわいいのです! 情けなくともよわっちくとも(え、すごいほめてますよ?)それが好きですとも! 片桐さん。 やー、まさかのジャーマン。重いお話かと思いきや「言いたいことはそれだけか」から一転あれこれもしやコメディとなり、なるほど良い話なのかと思ったら、ほんとにまさかのまさか。ここから一体どんなものがたりが紡がれるのやら、予測不可能です。 しかし何が一番気にいったかというと、一見適当に見えるこの素晴らしく適応なネーミングセンスがツボ。投身、割腹、入水と全てをあらわしているこの名前が一番好きです。