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RSSフィード [53] 虹色戦隊TCレンジャー!
   
日時: 2012/05/20 21:56
名前: 片桐 ID:TpQ4WxX2

ひっさしぶりにミニイベントをします。
チャットにいるメンバーは、自分が普段チャット上で使っている「色」をテーマやモチーフとして、小説を書いてください。また、飛び入り参加されたい方は、自分が好きな色をテーマやモチーフとして書いてみてください。

制限時間は、11時まで。多少の超過はご愛嬌ということで。たぶん、誰も気にしません。
できなくても良いじゃない、できたらもうけものって感じで、一時間楽しんでみましょう。
では、スタート。

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色彩的な散文 ( No.1 )
   
日時: 2012/05/20 22:12
名前: マルメガネ ID:RXwbqe4E

東の空の彼方が白みはじめた頃。漆黒から色合いが薄れ、濃紺色のそれは万年筆のインキの色に似ていることに気づく。
 ブルーブラック。言葉としてはそれだ。
 静から動へ移り変わるそのわずかな時間。
 東の彼方の空の色合いが藤色に、そしてときに茜色に染まっても、その色合いの届かぬところは黒から濃紺へ。
 色の黒いカラスが鳴き騒ぎ、そして遠く真言宗の寺院で撞き鳴らされる夜明けの梵鐘の音色がその色が薄れるころに溶けこんでゆく。
 動から静へ。
 昼間の明るさが日没とともに暗くなりゆく時間の間には、侘しさとともにあたりは藤色に代わり、濃紺色の度合いを深め、上る月はその色合いを白から黄色に強めやがて暗闇の中で煌煌と照る。
 夜明け前の色合いと夕暮れ時の色合い。そしてその狭間にあるもの、その下で光る色とりどりの灯も、夜が更けて深まるごとに消えて、やがて一巡りする。

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野良犬 ( No.2 )
   
日時: 2012/05/20 22:44
名前: 昼野 ID:Q1/Eb6aU

 人知れず夜空を見上げる僕という人間は、町中の人に疎まれる野良犬にも似て、一人寂しくそしていずれは断頭台で処刑される、野良犬が保健所に追いやられ、ガスで殺されるようにして。野良犬は夜空の星を見上げるものだ。そしてあのバラバラの星を見て、コミュニケーションの不可能性について思う。僕は孤独だ。
 嘆くなと呟く。今さら嘆くな、全ては自分で選択した道だ、その道を行けと。お前は嘆きを嘆くにはあまりにも憎たらしい、これまでに無数の人間を殺してきた、それでいて今さら弱音を吐くなど言外だ。
 僕は夜空を見上げるのをやめた。コツコツと路地の奥からアスファルトを踏む音が聞こえる。僕はその場にしゃがみ、身を小さくして、狩猟ナイフを腰から抜く。
 やがて近づいた女の肋骨の隙間に、水平にかまえたナイフを挿入し、肝臓を一撃で貫いた。ぐったりした女を、路地の裏に連れ込み、全裸にし、膣にペニスを挿入しながらブスブスとナイフであちこちを刺す。
 射精をし、ナイフで解体した女の、腕や足などを持ったり投げたりして遊んでいる時だった。目に強い光が入った。電灯を持った警官だった。
 
 僕は断頭台で処刑される事になった。
 後ろ手に縄で縛られ、断頭台に頭部をのせる。頭の下にはおが屑が積んである。このおが屑は切断された首から出る血を吸うものらしい。脇には死刑執行人がいる。まだ若い。僕はぴーぴーと口笛を吹いてみせて彼をからかった。
 僕は勃起していた。ギロチンが僕の首を切断する瞬間、おそらく射精するだろうと思った。

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深みどりの魔術 ( No.3 )
   
日時: 2012/05/20 22:57
名前: 弥田 ID:hwurIi6k

 おじさんは深みどり色の肌をしていたから、わたしはベッドの上に座ったままなにも言えなかった。ただ顔をそむけていた。息にたばこの匂いがまじっていたから。強い視線を合わせていられなかったから。
 深みどりの魔術がおじさんをこんな色にしたらしい。それがどういったものなのか、わたしはよくしらないけれど。
 滴る血のような瞳をして、おじさんはなにか呟いている。わたしを見つめながら、それでいて、私以外の誰かに向けて。しきりに。呟く。
 それが腹立たしいのに、わたしはなにも言えないのだ。おじさんの肌が深緑色だから。本当に、むかつく。
 棚の上のくまのぷーさんは、おじさんがわたしに買ってくれたもので、おじさんの目の色のような、鮮やかな赤い服を着ている。時折、わたしはそれを洗濯してやる。そうするとお母さんのような優しい気持ちになれて、それがすごく心地良いのだ。最近は時折といわず毎日洗濯してやる。けれど洗濯している間、ぷーさんはずっと裸で、それが可愛そうだった。だから服を作ってやろうと思って、だからおじさんにお小遣いをもらいにきた。
 いいよ、とおじさんは言った。珍しく正気だった。よかった。今はまた、おかしくなっちゃったけれど、でも今日は調子が良さそうだ。じきに正気に戻るはずだ。
 わたしの肌、上気して薄いピンク色の、普通の肌にはおじさんのたばこ臭い息がしみついている。それは正気のときのおじさんのもので、だからそっと、自分の腕をなでさすって、みた。
「服を作るんだって?」
 と、正気だったおじさんは言った。お小遣いをねだると、その理由を聞かれたから、答えたのだ。
「それなら深みどりの魔術を使えばいい。材料は簡単だ。鶏卵に、三年以上前に作られた古紙、それと使い古したギターの弦を一本。それだけでいい。なんなら教えてやろうか?」
 けれど、わたしは深みどりにはなりたくなかったし、おじさんをこれ以上深みどりにしたくはなかった。
「ううん、せっかくだけど、遠慮しておく。自分で作りたいの」
「そうか。いや、ならいいんだ」
 おじさんは今、誰かに向かって呟いている。その様子をわたしは横目でちらちらと見ている。おじさんがまたわたしに向かって呟きはじめるまで、服を作りながら、見ている。深みどりの布の色がおじさんの書斎にだんだんと馴染んでいくのを、引っ張り引っ張りこちらへ戻してやりながら。見ている。

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Re: 虹色戦隊TCレンジャー! ( No.4 )
   
日時: 2012/05/20 23:18
名前: 星野日 ID:FBM17ugk

桃色
*******************
春の音擦れ
*******************

 分厚い靴底にふまれて、雪が音をたてる。
 右足、左足、右足、左足、……
「なーいなあ……」
 呟きは、雪の中に吸い込まれてしまった。ときどき遠くで、樹に積もった雪が落ちる音がする。
 銀世界という言葉を考えた人はすごいと思った。色も温度も、そして感触さえたしかにこの山は銀世界なのだ。
「早く見つけないと」
 汗を拭いて、左足、右足、左足、右足、……
 まったく。雪が憎らしいくらいに光を反射して辺りを照らすのに、目的のものが見つかる気配がない。
 辺りを見回しても目的の蕾は見つからなかった。

 見つけたいのは、ハルノオトズレ。

 晴れだというのに、吐く息は白く凍る。
 まったく、誰がはじめようと思ったのだろう。
 冬の終りに蕾を付ける樹がある。その蕾はハルノオトズレと呼ばれ縁起物と扱われた。村の年少者たちはこの時期に山に入り、冬が終わる前にハルノオトズレを見つけ出す。そんな習慣が村にはあった。
 見つけて持ち帰るわけでもなく、村にあったと報告さえすれば良い。嘘をついても誰にもバレることはない。
 だからこそ本気で見つけろと、父が言っていたのを思い出す。
 左足、右足、左足、右足、左あっ……転んだ。頭から雪に突っ込んでしまった。
 立ち上がり、髪、フード、顔、胸、腹と雪を落としていく。あ、鼻水でてる。……銀世界なんかに負けてたまるか。
 見つけたと嘘をついてしまおうか。
 誰かがハルノオトズレを見つければ、今年のこの行事は終わり。明日から雪山に入る必要はない。
「はあ……そんなのできないよなあ」
 だけど、他のみんなが真剣に探そうとしているのを知っているから。嘘を付くことが一層後ろめたく感じてしまう。

 山は気まぐれで、日が落ちるのが早い。道に迷わないように、もしも天気が崩れるならばその前に村に帰らなければならない。
 少し早かったかなと思いながら下山すると、やはり山に入った者のうちで最初に戻ってきてしまったようだった。だからといって咎められたりはしないのだが、自分がほかよりも頑張っていないように感じでなんだか嫌になる。
「おかえり。どうした、難しい顔をして」
 と、通りかかった隣の家のじいさんが話しかけてきた。
「べつに。今日も見つからなかったし、明日も山に入らないとなって嫌になって」
 じいさんが笑った。
「えらいぞ、自分で見つける気まんまんだな」
「ち、ちげーよ」
 このじいさまは人をからかうのが好きで困る。

 次の日もハルノオトズレは見つからなかった。
 右足、左足、右足、左足、……おっと。転びそうになった。ふ、雪め、そうなんどもかからないぞ。
 昨日歩いていない場所、一昨日歩いていない場所。そして仲間がまだ歩いていない場所。
 今日はこっちの山を。見つからなければあっちの山を。
 右、左、右、左、……
 歩くのに慣れてくると、ときどき動物が木々の向こうから伺っているのに気が付けるようになった。
 雪が積もる針葉樹をよく見ると、リスやムササビが隠れている。

 次の日も、次の日も見つからない。
 今日も見つからないで終わるかな。
 諦めとかではなく、それでも山を嫌いになれず許せるかなと思えるようになった。
 木から落ちた雪がころころと転がってできた小さな跡。それとは紛らわしいが、確かに違う小さなあしあと。
 白しかない世界だったと思っていたのに、気がつこうと思えば色々なものがある。
 銀世界、誰が言い出したのだろう。良い言葉だと思う。空を見あげれば青い。緑色の樹木と、毛皮色の動物たち。雪の落ちる音、風の音、自分の鼓動。こんなに山はキラキラしていたのだ。
 右、左、右、左、……
 そして、ようやく見つけた。
 雪が積もらないように樹に守られた根元に、鮮やかな色のハルノオトズレを。

「お、ようやく見つけたぞ。お前か」

 じーっと見つめて。それから微笑みかけた。
 鮮やかな樹緑色にまもられて、中心が可愛らしく色づいている。
 綺麗な色だな、と思った。


=====================
「桜色」というお題をもらって、この言葉を作中に入れるのはなんかまけた気分になるのであえて入れない……!!
花が桜色とかではなく、この小説の雰囲気から桜色っぽいものをかんじとれたらいいな!いいな!

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太陽のいろ ( No.5 )
   
日時: 2012/05/20 23:28
名前: HAL ID:S6i4ZBJg
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/

 好きな色をひとつ選んでごらん、と魔法使いはいった。その手の中には、色とりどりの硝子玉。数をきちんと数えるには、わたしは幼すぎたけれど、おぼろげな記憶を信じるなら、その数は十はくだらなかった。
 ――ひとつだけ?
 ――そう、ひとつだけ。
 わたしはじっと魔法使いの差し出す手を見つめた。大きな手だった。節くれだった指、皺だらけの、青い血管の透けて見える手のひら。その上できらきらと光る、たくさんの硝子玉。
 ――これ。
 わたしが指さしたひとつを見て、魔法使いはゆっくりとうなずいた。それから静かに、抑揚のすくない声でいった。
 ――どうして、その色にしたんだい?
 ――おひさまの色だから。
 わたしが答えると、魔法使いはほんの少し、片目をすがめた。それから、思慮深げにゆっくりとまばたきをして、訊き返してきた。
 ――黄緑が?
 わたしは不安にかられながら、おずおずとうなずいた。なにかおかしなことを、間違えたことをいっただろうかと、心配になったのだ。けれど年老いた魔法使いは、怖がらなくていいというように、静かに首を振って、それからもう一度、わたしに説明を促した。
 その色は、わたしがいちばん好きな色だった。春の日の早朝、まだ登ったばかりの金色の太陽に透ける、若葉の色。いまならばそんなふうにきちんと説明することができるけれど、まだ五つだったわたしは、どんな言葉を使って、老魔法使いにそれを伝えたのだろう。はっきり覚えていないけれど、魔法使いの反応だけは、よく覚えている。
 笑ったのだ。目じりのしわを深めて、このうえなく嬉しそうに。
 ――それがお前の魔法だ。


 幼い日にはすなおに信じたその言葉を、いま思い出してみれば、適当なことをいってあしらわれたのではないかと疑わずにはいられない。あんな子供だましの占いみたいなことで、いったいなにがわかるというんだろう。
 すぐれた魔法使いは、自分の魔法を使いこなすわざだけではなくて、他の人間の中に眠る魔法を見出すすべにもたけている。そう習って知ってはいるけれど、それでも信じられない気がする。
 疑うのは、わたしがただ単に、好きな色をひょいと選んだのであって、特別な予感のようなもの、たとえば老魔法使いの手の中にあったたくさんの硝子玉の中でたったひとつ、それに呼ばれたというような感触が、なにもなかったからだ。
 ……というようなことを、言葉を尽くして説明したのだけれど、先生はわたしの話を半分も聞いていなかった。「ばかなことをいっていないできちんと集中しなさい、ブリジット」
 先生の眼鏡がきらりと光って、わたしは首をすくめる。思わず声が小さくなる。
「だって、できないものはできないんですよ。わたしに魔法の力なんて……」
「おだまりなさい、ブリジット」
 ぴしゃりといわれて、言葉の続きをぐっと飲み込む。ドロテ先生は怒ると怖い。いつも怖いけど、ほんとうに怒るとその百倍怖い。いまの声の調子は、もうひと押しで本当に怒りだしそうなかんじだった。
「老ベルトランがあなたには太陽の加護があるといったのでしょう。それならば、あるのです」
「でも、だって、どんな偉人にだって間違いはあるって、先生も仰ったじゃないですか……」
「だってはいりません」先生は眉間のしわを深くして、鋭くいった。「あなたはわたくしの話を聞いていなかったのですか。魔法は信じる心から生まれるのです」
 わたしはちっとも納得していなかった。だって、先生のいうのは、本当かどうかわからないけどとにかく問答無用で信じておけってことだ。やれるかもしれない、やれないかもしれない、でもやれないと思ってやらなかったら絶対にできないって、そういう理屈だ。
 わたしは反論しなかったけれど、不満は顔に出ていたのだろう。ドロテ先生はため息をついて、杖を置いた。「今日はここまでにします。少し、頭を冷やしていらっしゃい」

 学校の中庭で、わたしは寝そべって空を眺めていた。
 まだ日も出ていない。魔法は夜ふけから早朝、まだ日の出ないうちのほうが力が強い。それでも子どもが昼に寝て夜に動くのは、体のためによくないから、夜には早く寝て、うんと早起きして、わたしたちは魔法の練習をする。いま、ようやく空が明るみ始めて、端の方から群青色に染まりだしている。もう少ししたら、ほかの子たちも練習をひと段落して、朝ごはんを食べに食堂に向かう頃だ。
 わたしは十四になったいまでも、まだ一度も魔法らしいものを発現させたことがない。同い年の子たちはとっくに、いくつもの魔法を使いこなすようになっていて、中には大人の魔法使いたちの手伝いで、助手として町に降りてゆくことだってあるくらいなのに。使えないのはわたしひとり。たったひとりだ。
 魔法の素質のある子どものところには、その子が五つになる年に、魔法使いが迎えにやってくる。
 誰に素質があるかなんて、前もっては誰にもわからない。知っているのは、魔法使いたちだけだ。彼らは星占で、魔法の加護のある子どもの出生を知る。それで、時期が来たらその家に子どもを迎えに来る。
 魔法の力は、遺伝とまったく関係がないわけではないらしいのだけれど、それまで魔法使いの出たことのない家にでも、とつぜん現れることがある。それは、うんと身分の高い人の子息だろうと、うんと貧しい小作農のせがれだろうと、関係がない。どんな家でも、魔法使いが迎えに来たら、子どもを差し出さなくてはならない。
 魔法使いたちは、魔法を持った子どもが生まれたら、その親の下にまず一度姿を見せて、彼らに予告をする。五年後、子どもを迎えに来ると。親もそのつもりでその子を育てる。
 だけど、中には、どうしても子どもを手放したくない親だっている。子どもを連れて、こっそり夜逃げして、遠く国外にまで逃げてしまうような親が。
 そんなことをしたって、魔法使いたちが追いかけてきて、見つかってしまうのが普通なのだけれど、ときにはうまく逃げおおせる人たちもいる。国外にさえ出てしまえば、魔法使いは追いかけてこない。国境を越えた場所で魔法を使うことは、法で禁じられているから。
「こんなところにいたの、ブリジット」
 先生の声がして、反射的に起き上がった。ドロテ先生は、長いスカートのすそをおさえて、わたしの隣に腰を下ろした。
「髪に草がついているわよ」
 先生の、手袋をした指が、わたしの前髪から優しく草を取り払った。緊張してわたしが肩を縮めていることに気付いたのか、先生はふっと目元をゆるめた。わたしはびっくりして、思わず瞬きをした。ドロテ先生が笑うのは、珍しい。
「あなたのように若い人にはぴんと来ないかもしれないけれど、老ベルトランは、本当に偉大な魔法使いでね」
 先生はいって、ぱたんと芝生の上に倒れた。わたしはまじまじと先生を見下ろした。いつもきちんとしていて、理知的なドロテ先生が、こんなふうに地面に寝転がることがあるなんて、いまのいままで考えたこともなかったのだった。
「あの方の仰ることに、間違いがあったためしはないの。どんなに重大なことも、どんなに些細なことでもね。……どんな気分かしらね、そんなふうな、大いなる力を体のうちに抱えているというのは」
 いつものお説教ではなくて、まるでただの世間話というように、先生はくだけた口調で話した。それでわたしは戸惑って、何度も瞬きをした。
「老ベルトランがはじめて魔法を使ったのは、二十歳をすぎてからだったというわ」
 先生はなぜか、悲しそうだった。わたしは黙って、膝を抱えた。なんとなく、背中のところが寒いような気がした。
「あとで思えば、私は自分の中の力を恐れていたのだと思う――あの方がいつか、そんなことを仰った。恐れて、押さえつけて、表に出てこないようにしていたのだと」
「そんなことが、できるんですか」
 思わず口を挟んでいた。自分がどうしてそんなことを訊いたのか、わたしにはわからなかった。だけど先生には、わかっているようだった。ドロテ先生は、わたしの眼を見て、やっぱりちょっと悲しそうな顔をした。
「できたのでしょうね」
 先生がなぜ悲しそうなのか、わたしにはわからなかった。
「けれどあるとき抑えきれなくなって、魔法は発現した。制御されない力は、あの方の周囲にいた人々を傷つけた。……眼を焼かれて、視力を失った魔法使いもいたそうよ。その方は、老ベルトランの、だいじな親友だったのですって」
 遠まわしにいさめられているのだと悟って、わたしは首を縮めた。だけど、わたしはわざと魔法をつかわないわけではないのだ。本当に、いわれたとおりにやってみようとしても、なにも起らない。わたしは自分の中にある力の存在というものを、感じたことがない。
 黙っているわたしをどう思ったのか、ドロテ先生は眼を細めて、話をつづけた。
「あなたが魔法を使えないのは、使いたくないと思っているからではないかと、私は思っている」
「そんなこと」
「あなたは、自分が魔法のせいでご両親から捨てられたと思っている」
 言い当てられて、わたしは息をのんだ。
「だけど、ブリジット。違うのよ。制御されない魔法は、とても危ないの。誰だって幼い我が子を手放して、こんなところに預けたくなんかない。それでもそうするのは、結局、訓練されない魔法は自分自身を傷つけるからなのよ。……老ベルトランは、親友の眼から光を奪ったことで、ずっと苦しんでおられた。長い、長いあいだ」
 それがお前の魔法だといって微笑んだ、年老いた魔法使いの顔を、わたしは思い浮かべた。目じりの深い皺、澄んだグレーの瞳。あのとき偉大な老魔法使いは、どうしてあんなに嬉しそうだったのだろう?
「ブリジット、あなたは捨てられたわけではない。わかるわね?」
 わたしはうなずかなかった。眼を伏せて、先生の目を見ないようにして、きつくこぶしを握っていた。
「あなたのご両親は、欠かさず季節ごとに手紙を送ってくださっているでしょう? それが答えですよ」
 先生は起き上がると、スカートの裾についた草を払った。「朝食にしましょう」
 空はすっかり明るくなって、まだ低い位置にある太陽から、金色の光が中庭に差し込みかかっていた。
 歩きだしたドロテ先生のあとを、少し離れて追いかけながら、わたしは唇を噛んだ。
 先生はふと立ち止まって、振り返った。つられて立ち止まったわたしは、眼をしばたいて、先生の顔を見つめ返した。
「あなたの魔法を占ったとき、老ベルトランは喜んでおられた。――あの方の魔法も、太陽の魔法だったの。けれど、あなたは黄緑の水晶を選んだのですって?」
 肯くと、ドロテ先生はかすかに眼を細めた。
「おだやかな木漏れ日の色。きっとその力ならば、自分のように、人を傷つけることもないだろうと、あの方は仰った」
「たったあれだけで、本当に、その人の魔法がどんなものか、わかるものなんですか。わたしはただ単に、好きな色を選んだだけなのに」
 とっさに言い返すと、ドロテ先生は重々しくうなずいた。すっかりいつもの先生だった。
「好きというのは、力なのよ」
 先生は踵を返し、いつものようにまっすぐに背筋を伸ばして、食堂に歩いて行った。わたしはいっときその場で立ち止まったまま、先生の足音を聞いていた。
 思いついて振り返ると、朝の陽が中庭の木々の梢に射しこんで、地面にやわらかな金色の光を落としていた。
 いっときそれを見つめたあと、わたしは食堂に向かって走り出した。パンの焼けるいい匂いがしている。
 こんなことを誰かにいったら、単純すぎると笑われてしまうだろうか? 近いうちに、魔法を使えるような予感がしていた。

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 いろいろ雑でお恥ずかしい! お題はキミドリでした。

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こげ茶色のニュース ( No.6 )
   
日時: 2012/05/21 00:01
名前: ラトリー ID:4Lh54E.A

「ただいま。あー今日も暑いな、おい麦茶くれ麦茶」
 地方公務員の夫は、いつも午後六時を過ぎたころに帰ってきて、飲み物を要求する。そして居間のテレビ前に陣取り、夕食ができあがるまで立ち上がろうともしない。
 出世コースから完全に外れているからか、残業をすることもめったにない。毎月の給料明細を確認しているから間違いない。だから手取り額も少なく、生活費のやりくりにはいつも四苦八苦している。お互い四十を過ぎて家のローンが三十年以上も残っているのに、夫は気にとめるそぶりさえ見せない。会話のはしばしに乗せてみても、聞いているのかいないのか、それさえわからない状態が続いている。
「おい、いつまで待たせるんだ」
 台所へ振り返りもせず、夫はテレビに映し出された野球の試合を食い入るように見つめている。衛星放送を契約したのは、ほとんどこれだけが目的だと言わんばかりだ。
 いらだたしげな声を聞くのにも慣れたが、ずっと聞いていたいものでもない。テーブルの上に、大きな音を立てて麦茶入りガラスコップを置き、さっさと台所へ戻る。
「古井しっかり打てよ、こら。何やってんだよゲッツーかよ、つまんねえなあ……おい、この麦茶冷えてないぞ。キンキンに冷やしとけっていつも言ってるだろが」
 夫はお決まりの台詞を繰り返す。だから冷蔵庫の裏に入れるな、奥に入れとけっていつも言ってるのに。お前はいつになったら覚えるんだ、等々。
 とんでもない。夫しか飲まない麦茶をどうして奥に入れる必要がある? この十数年、夫が好きなものはもれなく嫌いになるような身体になってきている。野球だってそうだ。せっかく関東の人と結婚したのに、どうやらこの地域ではもれなく一つの球団にのめりこんでそればかりに夢中になる呪いでもかかっているらしい。私は免れたらしいが。
「石田おい何だよ、球走ってないぞ。今日も炎上か、ふざけんなよ」
「今日はカレーライスだから」
「はあ? またカレーかよ、安い肉使ってんじゃないだろうな」
 コンロの上で煮ているこげ茶色の物体を、じっと見つめる。子供の頃は大好きだったのに、最近はこれさえ不愉快に思えて仕方がない。お前のカレーはトイレの匂いがするんだ、なんてことを夫に言われれば、たとえ酔った勢いの台詞でも嫌になる。
 見ていられなくなり、居間へ向かった。テレビに向かったままの夫に告げる。
「ねえ、あなた」
「何だよ、今いいところなんだぞ」
「たまにはニュースでも見たらどうなの。この時間は、どこの局もニュースをやってるのよ。野球やバラエティもいいけど、もっと世の中に関心をもつとか、その――」
「わかってないな、お前は。俺はニュースは見たくないんだ。いいニュースなんてのはまずやってない。悪いニュースばっかりだ。そんなものを見てるから、世の中の連中は暗くてつまらない奴らばかりになっちまうんだ。お前だって、その予備軍なんだからな」
「それはあなたが勝手に決めつけてるだけでしょう」
「ほう、そうか。なら賭けるか?」
「賭けるって、どういう意味よ」
 夫の得意げな言い方に、つい普段よりもヒートアップしてしまう。腹を立てたって仕方ないのに、語気を荒げてしまう。こんな男と同じレベルに落ちたくないのに――だが、こんな男でも私の夫なのだ。こんな男と私は結婚したのだ。
「お前がありがたがってるニュース様とやらで賭けをすんだよ。これから六時半までニュースを見る。いいニュースが一つでもあればお前の勝ちだ。あの子と別れてやるよ」
「あの子って……この前携帯の裏側に貼ってあった、あれ?」
「そうだよ。勝手に見やがって、むかついたけどよ。あいつと手を切ることにする」
 のどの奥に、何かつまったような錯覚をおぼえる。三ヶ月前、夫が不倫していたと知った時は、こんな男についていく女がいるのか、と唇をかんだ。仲良くプリクラに写っていた夫は、とても若い女の子が好きになるような男に見えなかった。だが、私だって同じだ。それ以上考えたら、私のほうがみじめになる。そう思って考えるのをやめた。
 その相手と、別れる? 正気だろうか。近づくと、夫の口元からアルコールの匂いがした。まさか職場で酒でも飲んでいるのか。それとも、仕事は午前で切り上げて、「あの子」とよろしくやってきたのか。
「その代わり、悪いニュースしかなかったらお前の負け。毎月つまらない小説を買うのはやめてもらう。金の無駄だろ、図書館で借りろよ」
「そんな……」
「陰気くさい推理小説と暗い話題大好きなニュースを見てるおかげで、お前もすっかり引きこもりのニート主婦じゃねえか。そんなやつが家にいたら、俺だって愛人の一人や二人、作りたくなるに決まってるだろ。それくらいわかれよ」
 カチン、と来た。酔っ払いの戯言だとわかっていても、もう我慢できない。だいたい賭けとやらは私に一方的に有利じゃないか。いいニュースだってたくさんあるに決まってる。これから六時半までの間、一つでもあれば私の勝ちなんだから。
「わかった、やりましょう。さっさとチャンネルを変えて」
「お前も単純だな。えっと、地上波ならどこでもやってるのか?」
 夫がリモコンを操ると、画面にニュース番組が映った。暗い顔をしたキャスターがうつむいている。嫌な予感がした。
『ガフアニスタンの自爆テロで十五人が死亡した事件で、警察当局は犯人とみられる四十代の現地人男性を指名手配しました――』
「ほら、言ったとおりだ」
『ジリア政府と反政府勢力との停戦協定は暗礁に乗り上げ、今日も政府軍の砲撃により民間人含む三十人以上の犠牲者が出ています――』
「ははは、死にまくってるぞこれ」
『大西洋上を航海中だったトワイライト号で火災が発生した模様です。乗員乗客の安否は確認できていません。アリタイ政府の対応が後手に回っているとの情報もあり――』
「ニュースだなあ、おい。これがニュースだよ。胸糞悪い話ばかり流しやがって」
『ペトナンで行なわれている工場労働者の大規模ストは二週間目に突入し、わが国の自動車産業にも深刻な影響を及ぼすとの見方が広がっています――』
「他人事みたいに語りやがって。ま、俺やお前にとっても他人事だからな。知ったところで何にもできないのさ」
『政治家の汚職事件は今月だけで三件目にのぼり、法改正の必要が叫ばれています――』
「どうした、おい。何とか言えよ。もう六時半まで五分もないぞ」
『一か月前から失踪していた中村星羅ちゃん(八歳)について、地元警察は今朝、白骨した星羅ちゃんの遺体を発見したと発表しました』
 増税をめぐって解説委員が毒にも薬にもならないことを述べていた。マンションの一室で絞殺体が発見されたと速報があった。失業率が六ヶ月連続で増え、竜巻が起こり、火災で老夫婦が逃げ遅れ、居眠り運転の自動車が小学生の登校列に突っ込み、週末から来週月曜にかけて大雨になる見込みで、せっかくの三連休も家で過ごすことになりそうで――
「これでお前のつまらない趣味も終わりだな。いや、終わりじゃないか。おとなしく図書館に行って、借りて読んでくればいいんだ。家の中本棚だらけにしやがって、うっとうしいんだよ。地震が来たらどうするんだ。その時もおとなしくニュースを見てるつもりか。あー地震が起こっちゃった、どうしよう教えてください、ってか? こいつは面白い」
 夫の声が頭の中で反響していた。貧血にでもなったのか、目の前が妙に暗い。耳が遠くなり、キャスターの平板な喋りがお経のように聞こえてくる。私の葬式が行なわれているような気がしてきて、立っていられない。蚊の鳴くような声でしか反論できない。
「まだ、終わりじゃないでしょ。あと、一つだけ……」
『ここで速報が入ってきました。大正製菓が緊急記者会見を開いた模様です。製造した一部のチョコレートに危険な化学物質が含まれているおそれがあり、決して口にしてはならない、最悪の場合死に至る、とのことです。チョコレートの種類は『R**』、製造番号は以下の通りです――』
 画面が記者会見の様子に変わった。夫はテレビを食い入るように見つめている。野球を見ていた時とは比べものにならないくらい楽しそうな顔で、死人が出るかもしれない食品会社の会見を見守っている。
 逃げるように台所へ戻った。コンロではカレーがぐつぐつと音を立てて煮えている。そんな当たり前のことさえ、強く意識しないと理解できない。どうして、どうして、どうして。悪いニュースばかりだったことより、こんなことで賭けをしようとした自分が許せない。夫だけじゃない、自分も最悪だ。こんな男と一つ屋根の下で暮らしている自分――
 ふと、食品棚のほうへ目が向いた。
 ふらつきながら、棚をのぞきこむ。お菓子の買い置きに、こげちゃ色のチョコレートが見えた。
 頭の中に、テレビで発表された製造番号が写真のように記憶されている。ぴたり一致しているのはすぐにわかった。カレーに隠し味として、チョコレートを入れたことが何度かあったのを思い出した。とってもまろやかにおいしくなる、魔法の素材……
 夫がテレビを見ながら、何かつまらないことを言っている。
「おい、こいつはえらいことになったな。どれくらいの人間が死ぬんだろうな」

 本当に、どんな人が巻き込まれるかわかったものではない。
 悪いニュースは、意外とすぐ近くにあるかもしれない。

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green time ( No.7 )
   
日時: 2012/05/21 03:56
名前: 片桐 ID:6ioV39hw

 娘のサアラを連れ、灰の街を歩いていた。元来アウネルと呼ばれていた街が、灰の街などと呼ばれるようになって、もう何十年が経っただろう。遠い異国で続く紛争で舞い上がった灰が、気流に乗ってこの街まで運ばれてくるのだというが、本当のところはもう誰にもわからない。今なお降り積もる灰を除こうとするものはおらず、街の名所であった噴水広場さえ、灰に塗れ、時々思い出したように泥水を吹き出している。
街には、年寄と子供が目立つ。そんな中では、私とサアラもありふれた親子でしかない。年老いた父親と、まだ十にも満たない見た目の子供という組み合わせだ。
「今日は、帰りにお菓子を買おう。サアラが好きなのをなんでも買ってやるから、楽しみにしておくと良い」
 私は、そう言って、手を繋いだサアラの顔に眼をやった。
 虚ろな顔をしている。何一つ感慨を抱いていないといった、いつもの表情だ。私の言葉が聞こえているのかさえ、正直なところは分からない。返事もなければ、眉ひとつ微動だにさせない。サアラは、ある時からこうなってしまった。この街の子供らがすべからくそうなったように、虚児と呼ばれる、成長することを止めた子供になってしまったのだ。
 老身に鞭打ちながら働く生活の中で、週に一度、街で唯一の小児科がある病院まで娘を連れて行くのが、私の日課になっている。長く続く日課だ。もう十五年以上は経つ。
 目当ての病院は、街の北方に通る路地の片隅にあった。まるで患者の来院を拒んでいるような立地だとよく嘯かれるが、患者の数を考えれば、それもある程度は真実なのだろう。老いた医師と老いた看護婦がひとりずついるだけの病院では、根本的な治療など望めるべくもない。しかし、虚児と呼ばれる子供を持った我々親としては、それこそ、藁をもつかむ思いで、医師の処方する薬に望みを託している。
 病院の門を抜け、受付を済ませると、私とサアラは、ところどころ皮の破れたソファに座って、診察の順番を待ち始めた。私たちの順番は、四十五番目だそうだ。少なくとも四時間はかかるだろう。私は、サアラに表紙の擦り切れた絵本を一冊手渡すと、これを読んでいなさい、と伝えた。不思議なことに、サアラは、病院の本棚にあるその絵本にだけは興味を示し、待ち時間はずっとその絵本を読み続ける。文字を読めているのかはわからないが、少なくとも、絵を見ることには没頭できるようだった。
「父さんは少し外に出るから、ここで待っているんだぞ」
 私はサアラに言うと、同じように診察を待ち続ける数多くの親子づれを横目に見つつ、病院の外へと出て行った。
 路地の一角にたたずみ、煙草に火を付けて吐き出した息は、溜息そのものだったのかもしれない。妻に先立たれた私は、男手ひとつでサアラを育ててきた。おのれの全てを賭けて育て上げようと誓い、身を粉にして働いてきたのだ。しかし、そのサアラが病んだのという。いや、それが病気なのかどうかさえ、医師の話でははっきりしないのだという。
「あとどれだけ続くんだ。こんなことが」
 そう、誰にとでもいうことなくつぶやいて、私は病院の方に眼をやった。
 あの壁の向こうに娘のサアラがいる。自分と同じ境遇の親子がいる。いや、そこにだけではない。この街に、世界に、そうした親子が溢れているのだ。最早誰も手の打ち方が分からない。子の育たぬ世界、滅ぶことが定められた世界の中で、老いた大人たちが、ただ絶望の中で、得体のしれない刹那の希望に縋って生きている。
 診察まではまだ時間がある。サアラは放っておいても、おとなしく絵本を眺めているだろう。しばらくこうしていても、なんら問題は起こるまい。そう思いながらも、私は気付かざるをえないのだ。本当のところ、私は、数年も前からサアラと一緒にいることに耐えられなくなっている。溜息ばかりの待合室にいると、頭がどうにかなってしまいそうになる。いっそ、娘を殺して、私も死んだ方がましではないのか。それ以外に私たちがこの終わりのない苦しみから解き放たれる方法はないのではないか。そうした思考に少しずつ抗えなくなっているおのれを感じないわけにはいかなかった。
逃げ場のない思考に埋没していると、不意に病院の方から、女の子の泣き声が聞こえた。ただならぬことがあったのだと報せるほどの激しい泣き声だった。
「まさか」
 サアラのはずはない。そう思いながらも、私の脳裏には泣き叫ぶサアラの姿があった。
 私は吸いかけの煙草を踏みつけると、慌てて転倒しそうになりながらも、病院の待合室へ向かった。
 息を切らしながらあたりを見渡すと、サアラは、変わらず絵本を眺めていた。安堵しつつ、一体誰が泣いていたのだろうと思い、周囲を見渡しても、それらしき子供は見つからない。待合室は、不気味なほど平然としていて、誰かが泣きわめいていたという余韻さえも見られなかった。
 聞き違いだったのだろうか。あるいは、幻聴だったのだろうか。仮に幻聴だったとしても、その実、不自然ではないだろう。それほどに、近頃の私はまいっている。
 私は、どっと疲れが押し寄せ、サアラの隣に腰掛けた。
 サアラは、あいも変わらず、ただ絵本の世界だけを見つめている。
 ふと、絵本のページを横目で見て、私は思わず身を乗り出してしまった。
 そのページの中で、女の子がひとり、泣きわめいている姿が描かれていたのだ。それは、絶叫というほどに激しい泣き方で、先ほど私が肝を冷やした時に聞いた声の感じとちょうど似通っているように思えた。
「サアラ、その絵本を見せてもらって良いか?」
 私がサアラに問うたところで、返事があるわけもない。私は、絵本に手を伸ばした。不意に抵抗を感じたように思い、サアラを見ると、絵本を握る手が固くなっている。まさかそんなわけが、と思うが、確かにサアラは、絵本を奪われたくないと抵抗しているようだった。一体この絵本の何が、虚児となったサアラを執着させるのだろう。
「すまない、サアラ。サアラもこの絵本を読みたいんだな。じゃあ、父さんと一緒に読もう。父さんは、初めて読むことになるから、ゆっくり読むよ。サアラと同じくらいゆっくり読む。それなら良いだろう?」
 私がそういうと、サアラの固く握られた手は緩み、私はサアラの背中の後ろに左手を廻して、絵本を手にすると、二人で絵本が読めるようにして、ゆっくりとページを捲っていった。
 
 それは、病気になってしまった世界の話だった。
 動物は弱り、草木は枯れ、人々は傷つき、心も身体も病んでいる。
 一人の少女は、そんな世界に生まれたことが悲しく、泣き叫んでいた。
 少女が涙を流しつくし、声さえ涸れてしまった頃、一人の魔法使いが少女のもとにやってくる。
 命と引き換えにどんな願いも聞いてやろう、そう魔法使いが言うと、少女は、世界を休ませてあげてほしい、穏やかな時を過ごさせてほしいと頼んだ。
「ひとり分の命で世界を休ませられるのは、せいぜい一日が良いところさ。それでもその願いをかなえたいかい?」
 少女が頷いたのを見て、魔法使いは魔法の杖を少女の胸元に掲げた。少女の身体の中から、魂が抜け出し、魔法使いはそれを小さな袋の中にしまい込む。すると、少女は糸が切れた操り人形のようにその場に倒れ込んでしまう。
 魔法使いは、空に舞い上がり、少女の魂を入れた袋の中に手を入れると、その魂を地上に向けて撒き始める。緑色の小さな砂粒が、風に乗って広がり、世界は緑色に染まっていった。
 世界を染め終わった魔法使いは、倒れ込んだ少女のもとに再び舞い降りると、
「約束通り、世界を眠らせてあげた。たったの一日世界は眠る。穏やかな時を過ごす。争いはなく、身体の病にも心の病にも苦しむ人はおらず、動物や草木さえもが全て眠る。一日が過ぎれば世界はまた元通りだとしても、今日一日は、ただただ静かに眠っているさ」
 そういって、魔法使いは、遠い空へと飛んでいく。

「穏やかな時、か」
 絵本を読み終えた私は、そう口にしていた。
 一体どれほどの時間が経っていたのだろう。
 サアラは、今も変わることなく、絵本の世界に没頭している。疲れ切った世界が、つかの間の休息を得るという物語に。
「どうして、サアラは……」
 あるいは、と私は思う。サアラは、傍目には分からない何かを見、何かを感じながら、ゆっくりと、彼女なりの速度で成長しているのかもしれない。それはもしかするなら、サアラに限ったことでなく、世界中に数多といる虚児たちも同様に。
 いつか、絵本で描かれたように、世界に穏やかな時が訪れるとするなら、その時にこそ、虚児たちは一斉に成長という芽吹きを迎えるのかもしれない。
 それはやはり、私の妄想に過ぎないのだろう。しかし、私にとって、今日という日を生き抜くためには、縋るに足る妄想にも思えた。
 今も絵本のページをひたすら眺めているサアラを見ながら、「私はその時までこの子を見放すことなく共に生きていこう」とおのれに言い聞かすようにつぶやいていた。

メンテ
Re: 虹色戦隊TCレンジャー! ( No.8 )
   
日時: 2012/05/22 21:51
名前: HAL ID:izvvsbsQ
参照: http://dabunnsouko.web.fc2.com/


 みなさま執筆おつかれさまでした! 簡単ですが、感想と反省を。


> マルメガネ様 色彩的な散文

 すっかり万年筆にハマっておられますねー、という私信はさておき、すてきな情景でした。相変わらず文章に味があって、さりげない描写のセンスがいいなあーと思います。


> 昼野さま

 猟奇描写はあるものの、いつもとずいぶんトーンが違うような? こういうのも書かれるんですね。ちょっと意外でした。
> 野良犬は夜空の星を見上げるものだ。
 ……のところがとても好きです。


> 弥田さま

 なんともいえないふしぎな味わいのお話でした。うっすらと怖くて、なんだろう、静かなトーンの悲しみと、寂しさが漂っている。
 悲しい、って一言も書かないで、悲しい色を描き出せる技量が何気にとてもうらやましいです。


> 星野田さま

 地方の独自の風習、風物詩、いいですね! ハルノオトズレ、ってすてきなネーミングだなあ。ほんとにあるのかと思っておもわず検索してしまいました。
 ほんわかしました。主人公のみずみずしい感性と、子供っぽい生真面目さが、すごく可愛い!


> ラトリーさま

 わー、この旦那さんほんとにむかつく! ……とうっかりものすごく感情移入しながら読み進めましたが、うわあ、これ、怖いですね……。何が怖いって、こんな旦那さんだったら魔がさすのもわかる、とうっかり思っちゃうところが怖いです。
 ラストの二文、お見事でした。


> 片桐さま

 おお! 以前に拝読した作品と同じ世界観のお話ですね?
 絶望的な世界の中の、かすかな、かすかすぎる希望。絵本の内容が、ひどく悲しい、残酷なものなのに、それでもやっぱり読み終えてみたら、悲しさよりも優しさのほうが印象深いのはなんでだろう。主人公が耳にしたのは、絵本のなかの女の子の泣き声だったのか、それともサアラの心が泣いていたのか……。
 この世界に生きる人たちのお話、子どもの育たないこの世界の行く末を、いつか、読ませていただきたいなと思います。


> 反省文

 これはひどい。なにがひどいって、借り物感がすごいです。いろんなファンタジーから設定を寄せ集めて強引に形にした感が半端ない……。
 あと、基本的なことだけど、説明ではなく描写をしましょうね?>日曜日の私
 ……精進します(涙)

メンテ
Re: 虹色戦隊TCレンジャー! ( No.9 )
   
日時: 2012/05/31 02:03
名前: 星野日 ID:N72r3XQo

皆さんおつかれさま。発起人の片桐さん、楽しいイベントありがとうございました。
先着から後のほうになるにつれて、描写から物語へと変わっていく。
グラデーションってやつですね!!

>色彩的な散文 マルメガネ さん
>東の空の彼方が白みはじめた頃。漆黒から色合いが薄れ、
 子供の頃、インクを薄めると黒ではなく青になることを見つけ、一人興奮した覚えがあります。
 あの時は、黒と青という色に凄い可能性を感じた!!(?) いまではブルーブラックというよりも、グリーンブラックが好きだったり。黒に見えて、光を跳ね返すと緑、みたいな色合いが。黒というのはなんとも、光を感じさせてくれる色ですね。
 色彩的ではありますが、たしかにテーマというか描かれているベースは濃紺ですね。なるほど。

>野良犬 昼野さん
>人知れず夜空を見上げる僕という人間は、町中の人に疎まれる野良犬にも似て、
 なんとなく、警官も殺すかなと思ったら普通に語り手が死んだ?!
 読んでいて、力が抜けていくというか、どこか脱力感に蝕まれている感じをうけました。読まされる描写?だったとおもいます。

>深みどりの魔術 弥田さん
>おじさんは深みどり色の肌をしていたから、わたしはベッドの上に座ったままなにも言えなかった。
 おじさん。たばこ。ベッド。女の子……なんかエロい!
 と思ったのは、心が汚れているからでしょうか……!

>太陽のいろ HALさん
>好きな色をひとつ選んでごらん、と魔法使いはいった。その手の中には、色とりどりの硝子玉。
 これは面白いですね……。こんな所に書いちゃっていいんですか!
 設定と物語がとてもきれいに混じり合っていて、良い作品だったと思いました。

>こげ茶色のニュース ラトリーさん
>「ただいま。あー今日も暑いな、おい麦茶くれ麦茶」
 まさかのカレーライスヒ素混入事件。おっさんの嫌なやつ具合が上手いですね……
 坊主憎くば袈裟まで憎いっていいますが、キライな人の好きなものが嫌いになるってわかるなあ。

>green time 片桐さん
>娘のサアラを連れ、灰の街を歩いていた。元来アウネルと呼ばれていた街が、
 今回の素敵冒頭賞と、素敵締めくくり賞を……!
 お父さんの心の動きを直接書くのではなく、彼の心の動きと共に読者の心も動いていく感じがしました、素敵です

メンテ

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