今晩もあります。一時間三語。お題は、「豆炭」「誰のために」「サーチライト」「麻痺」「クリスマスってあったっけ」です。以上五つの中から三つ以上を使用して作品を書いてください。締め切りは十二時(約一名だけ特別に72時間後です)。完結してなくても、多少時間オーバーしても問題ありません。とにかく楽しんで執筆してください。この板を確認したら執筆スタート。健闘を祈ります。
サーチライトが暗い土蔵の中を照らす。 凍えて麻痺しそうな手は冷たくすでに血の気を失っている。 突然だった。その停電は。 石油ファンヒーターも止まったし、単なる巻き芯式のストーブは壊れていて使えない。 踏んだりけったりだ。 と、ぼやきながら私は暗い土蔵の中を物色する。 土蔵の中には、昔の今では使われなくなった物が山積していたりする。 その中から、豆炭こたつを発見した。 誰のため、とは言わないが子供の頃の暖房器具といえばこれだった。 埃まみれのこたつを何とか引き出し、燃料である豆炭を探す。 あった。しかし、袋はネズミに齧られてボロボロ。果たして中の豆炭に火が着くかどうか怪しい限りなのだがそう言っていられない。 とにかく寒さを凌ぐにはこれしかないのだ。 こたつを引き出し、豆炭を発見した頃、停電は復旧していた。 そして、ガタガタとまた土蔵に収める。 今回は活躍しなかったが、次回いつになるかは分からない。ただ役に立つことはあるだろう。 それが何事であっても。 ちょいとくたびれた顔をして、絡まった蜘蛛の巣を払いのけて家に入ると、石油ファンヒーターの温風がやけに熱く感じられた。
サーチライトの白い光が、夜空を切り裂いてゆっくりと旋回するのを、じっと見つめていた。 夜の国境はものものしい気配を漂わせている。ヘリの駆動音。ジープのエンジンの音。森の奥で、なにかの鳥があわてて逃げていく羽音。サーチライトのすぐそばで、重装備をがしゃがしゃと鳴らして行き交う兵士の足音まで、聞こえるような気がした。この距離でそんな音が、拾えるはずはないのだけれど。 ――ねえ、どうして戦争なんてあるのかしらね。 彼女の声が、耳の奥に残っている。それにすがるようにしながら、じっと、目を空に凝らしている。全天を覆う雲の隙間に、ときおり、赤い尾翼灯がちらつく。藪の中で仰向けになったまま、心臓の音を聞いている。ともすれば緊張で息が荒くなりそうなのを、どうにか噛み殺して、手の中の銃を握り締める。手が汗ですべる。迷彩服でそっと手のひらを拭う、音を立てないように。 ――本能だって、お父様はいうの。増えすぎたら減らしあうのが、人間の本能だって。そうしないと、世界中の資源を、使い尽くしてしまうから。 寒くてもいいはずなのに、汗はにじみつづける。緊張、しているのだろうか。もうよくわからない。 合図を待っていた。あと何時間、ここで待機することになるのかわからない。だけどそう遠くはない、そういう気がした。 ――だから、増えすぎないように、戦うのが楽しいように、できているのだって。でも、人を殺すのがほんとうに楽しい人なんて、いるのかしら。 硝煙のにおいが、鼻の中に残っているような気がする。そんなはずはない、最後に発砲したあと、何日も経っているし、そのあいだに銃は分解して手入れをした。服も変えたし水だって浴びた。だから、残っているとしたら、それは服や鼻の穴にではなく、ぼくの記憶にこびりついているのだろう。 小さな頃からずっと、荒っぽいことは苦手だったし、十八のときには、体が弱かったおかげで徴兵からも逃れた。一生、銃になんて縁がないと思っていた。それなのにいま、こうして、月のない夜の暗闇の中、国境近くに息を殺して、身を隠している。特殊任務、なんて、自分にはもっとも縁遠い単語だと思っていた、ほんの何年か前までは。 ――あなたが病弱で、いまだけは、よかったと思うわ。こんなこといったら、気を悪くする? 耳の奥のずっと深いところ、脳髄のいちばん底、かすかな残響を残してエンドレスに流れつづける、彼女のさびしげな声。いまのぼくの姿を見たら、彼女はなんていうだろう。どんな顔をするだろう。それを想像しようとすると、いつもぼくの脳みそは動きを鈍くする。 いったい誰のために、ぼくはこんなことをしているんだろう。ときどき意識の表面にふっと浮かんでくる、答えのわかりきった問い。虚しい自問自答。 ――どうやったら、この戦争は終わるのかしら。あなた、知ってる? 決まっている。彼女のためだ。政権が揺らげば、すぐさま過酷な運命に晒されることを余儀なくされた、あのひとのためだ。ほかになにがある? だけどそんなこと、誰にもいえない。自分のために、ひとりの気弱な男が大量殺人者になったと聞いて、この世界のどんな女が、それを喜ぶというのだろう。もしかしたら、喜ぶ女性もいるかもしれないけれど、すくなくとも彼女は違う。だからこれは、ぼくが墓までもっていく秘密。 ずっと同じ姿勢でいるせいで、体のあちこちが軋む。地面につけたままの背中、小石の当たっているふくらはぎ、銃を持つ手、冷たい泥に圧されている首筋、下草の刺さる頬。どこが痛いのか、もう自分ではよくわからない。音を立てないように、ときどきそっと、体をひねる。いざというときに動けないのでは意味がない。 ――何か方法はあるはずよ。お父様みたいなやりかたじゃなくて、もっと誰も傷つかない手段が。 彼女の声は、記憶の底を流れ続ける。一言一句、覚えている。その声の掠れや、抑揚まで。 痛んでいるのはどこだろう。 何人殺したかなんて、もういちいち数えちゃいないと、同僚は笑った。ぼくは数えている。七十二人。よく覚えている。そのひとりひとりの断末魔の声、死に顔。もっとも、ちゃんとこの目で見ることができた相手に限るけれど。 罪悪感なんか、とっくに麻痺してしまっている。だけど、だからこそ覚えていようときめて、そうしている。いつかこの戦争が終わったら、そのときに思い出すために。 戦争はいつ終わるんだろう。 自分がそれに、ほんとうに終わってほしいと思っているのかどうか、実は、もうよくわからなかった。生き延びて、平和な時代が来たとして、そこで自分がどうするのか、生きていけるのか、ちっとも想像がつかない。彼女にもう一度だけ会いたいとも、たぶん、ぼくはもう思っていない。 ただ、彼女の声が、いまも耳の奥に聞こえ続けているので。 合図はまだだろうか。 暗闇に目を凝らす。サーチライトが、闇夜を切り裂く刃のように、暗い空を行き交っている。遠いどこかで響いた合図の銃声が、夜のため息のように聞こえた。---------------------------------------- うん、いいかんじに中二病全開で痛々しいですね? そして、この人はいったい何の任務についているんでしょうか。 ごめんなさい、てきとうに書きすぎました……orz
ほうっ、と口から大きく煙を吐き出すと、権蔵はいまいましそうに煙草の火をもみ消した。「まったく、敷島だ大和だって名前だけは仰々しいが、最近の煙草はどうも味気なくっていけねえな」「権蔵さんはサンライスってのが好きだったんでしょ?」 豆奴は、くすくすと笑いながら、自分も煙草をとり出す。そうして、権蔵の火口に自分の煙草を押しつけて火をつけた。「俺は昔、京都にいたからよ。煙草といえばサンライスって感じだった。村井のサーチライトは派手で綺麗だったんだぜ」 懐かしそうに目を細める。 権蔵は四十五歳。明治の頭の頃は京都に住んでいたらしいが、いまでは赤坂で車夫をしている。赤坂というのはもともとは三等の芸者ばかりいたのだが、最近になってめきめきと頭角を表して、羽振りのいい客もよくつく。だから、権蔵の懐も最近は具合がいいらしい。といっても、芸者遊びをするほどの羽振りはないが。 京都にいたころはそれなりに羽振りもよかったらしくて、その思い出の象徴になっているのが、「京都のサーチライト」らしい。村井兄弟商会という煙草の会社が、宣伝のために大きな看板を作り、それをサーチライトで照らしていたという。 それはさぞかし綺麗だったに違いない、と、豆奴は見たこともないサーチライトのことを考えると妙にわくわくした。そうして、それを実際に見ていた権蔵にも少しだけ胸がどきどきするのである。 権蔵が、懐からひょい、と包みをとり出した。「やる」 ぶっきらぼうな物言いである。同時に、二十以上歳も年下の娘相手になにをやってるんだろうな、というような表情でもあった。「なに?」「クリスマスプレゼントってやつさ」「クリスマス? そんなものあったっけ?」「今日だよ。明治屋の広告見なかったのか? 銀座は近いだろ?」 そう言われて、はたと気がつく。そういえば、最近欧米の神様のお祭りを「クリスマス」だといって祝うらしい。明治屋が銀座で宣伝をしているのは目にはしていた。「神様なんて正月だけでいいわよ」 言いながら、権蔵がくれた包みを開く。それは一本の簪だった。ごてごてした飾りのない、普段遣いのものだ。「あら、ありがとう」「もう何年も贈り物なんてしてないからな。どうにも選べない。女を喜ばせるって感覚が麻痺しちまってるらしいぜ」 ぶっきらぼうに言う権蔵の顔に、「恥ずかしい」と書いてある。 思わずおかしくなって、豆奴は権蔵の手を握った。゛「ありがとう。なにかお礼をしなくちゃね」「馬鹿いえ。礼なんていらねえよ。だいたい、それじゃあ下心があるみたいじゃねえか。お前みたいな小娘に下心を持つほど、俺は不自由してねえよ」「すましてるのね」「俺はやもめだからよ。買ってやる相手がいないんだよ。誰のための贈り物でもよかったんだけどよ。お前の顔がなんとなく浮かんだんだ」「ありがとう」 もう一回言うと、豆奴はマッチをすって、権蔵が新しくくわえた煙草に火をつけた。 豆奴が赤坂に来てから三年がたつ。芸者というのは芸は売っても体は売らないから、豆奴には男はいない。芸に精進するのが精一杯で、そういう気持ちになれなかったのだ。 そんな豆奴が最近気になっているのが、なんと二十五歳も年上の、しかも車夫の権蔵というわけだった。 別に美男子でもないし、金持ちでもないし、やもめ。言ってしまえば「いいところを探す方が難しい」という権蔵が気になるのがなぜなのか、豆奴にもはっきりわからない。ただ、思うとすれば、権蔵は「綺麗」なのである。 赤坂という町は「昇っている町」だ。江戸時代に栄えた柳橋や王子の料亭が没落していって、三等地と呼ばれた赤坂が、いまや新橋や銀座と並ぼうという勢いを持ちはじめている。だから、この町には権力や、金や、それを得ようとする欲望が渦巻いている。豆奴に言い寄る男も多いが、彼らにとって豆奴「賞品」であって、そもそも女ではない。豆奴を「抱く」ことは、彼らの征服欲を満足はさせるだろうが、豆奴の気持ちをおもんばかることはないだろう。 権蔵はたしかに世の中の基準で見ればなにもなっていないが、豆奴の気持ちを大切にしてくれそうな気がしたのだ。「クリスマスって、なにをする日なの?」「知らねえ」「でも、おめでたい日なんでしょう?」「日本にゃあ関係ない気もするがな」「じゃあ、わたしたち二人は、おめでたく過ごそうよ」 権蔵が、ぎょっとした顔になった。「お前、それって」「いや?」「いやっていうか、俺は車夫だぞ? これから売れっ子になる芸者と、どうかなれるような身分じゃねえよ」「まだ、売れてない」 豆奴はくすりと笑って、権蔵の隣に立った。「身分なんて、きっと百年もたったら関係なくなるよ。権蔵さん」「百年後のことなんて知らねえよ」「百年後はクリスマスも流行ってるのかしら」「きっとサーチライトで照らされてるぜ。いろんなものが」 そこだけ真面目な顔になった権蔵の額を、右手の人指し指ではじく。「なにするんだ」「照れないで、真面目に答えて」「俺はやもめだぞ」「知ってるわよ。やもめなことも、お酒が好きなことも、お金がないことも、なんでも知ってるわ」「いいところがねえじゃねえか」「わたしは、それでいいの」 真面目に権蔵の顔を見ると、権蔵も真面目な瞳をしている。「お前、ダメ男が好きなんだな」「百年後には流行ってるわよ。それも」「そうか。じゃあ、百年ばかり先取りして、二人でクリスマスってやつを祝ってみることにするか」 権蔵はそう言うと、目で自分の車をしめした。「乗りな。好きなところに連れていってやる」 豆奴は、勢いよく権蔵の車に飛び乗ると、座席に深々と身を沈めた。「どこに行く?」「龍宮城」「ぬかせ」「わたしを乙姫にしてくれる場所ならどこでもいいわ」 言いながら、ゆったりと空を見上げる。 空には星がたくさんまたたいていて、その中にはきっと「クリスマスの星」というのもあるのだろう。だが、芸事以外物を知らない豆奴には、どれがクリスマスの星なのかは見当もつかなかった。 車がゆっくりと動きだす。 とりあえず、と、豆奴は思う。 好きなひとの前で「乙姫」になる日がクリスマスだ、と勝手に決め手しまおう、と。 そうして、簪をはずすと、権蔵がくれた簪を手にとって、ゆっくりとつけかえたのだった。 終わり。
「豆炭」「誰のために」「サーチライト」「麻痺」「クリスマスってあったっけ」から三つ選びました。「わしは体力ともに限界だ、引退を決意した。南の島で隠居する。人に何を言われようがもう決めた事だ。後はお前に託すとしよう。今回はお前一人で達成してみせろ、見事成し遂げたら一人前と認めてやる。後を継がせてやるからな」 親父の時代とは違う。 今はコンピューターの自動セキュリティが完全に管理している。侵入するのも無謀と言っていい、ただし今から侵入するのには。 男は半年前から侵入に成功していた。セキュリティの一員として家の警護の職を得ていた。 真面目に働いていれば信頼も得る。時代に遅れない為勉強もした。管理システムを一人でもこなせるようになっていた。給料も結構良かった、別に後を継がなくてもいいなと息子は思った。こんな事、誰の為になるんだ? このまま安定した生活が続けばいいじゃないかとささやかな幸せを噛みしめていた。 当日、息子は選択を迫られていた。 親父の代で終わらしていいのだろうか、今時、こんな仕事は時代遅れもいい所だ、今は安定した生活が第一だ。時間が刻一刻と迫ってくる。無情にも時は進む、男は決断をしなくてはいけない。「ああ、畜生ッ! こっちからこんな仕事は願い下げだ。このままいつも通り自分の仕事に専念しよう」 悪態を吐きつつも、律義にこなそうとする自分の姿勢に嫌気がさしてきた。これも血と言う訳か。男はため息を深く吐いた。 男はいつもの見回りをする、振りをしてとある部屋を目指す。荷物を持っていて隠れようがなかった。「お前が持っているのは何だ?」 監視カメラ越しに見られ、警備主任にイヤホンで言われる。「ご主人様が明日の早朝まで移動してくれとのアンティークです」「結構重そうだが、手伝おうか?」「これが驚く事に物凄く軽いのです、すぐ戻るので他を見ていて下さい」「OK」 上手くやり過ごした。 メイド、執事、皆が寝静まっている。廊下に敷かれている高級絨毯を踏む、ギュッとなる 足音が耳に入るたびに、緊張を生み、尿意を催す錯覚が起きる。なぜ、今日この日じゃなくちゃいけないんだろう、いつもの疑問はこの仕事に専念する為に思わなかった。 広い豪邸、部屋の把握、下調べの準備は万全だった。 カメラの死角も完璧だった。警備主任のつまみ食いの時間と同時にカードキーを通し、部屋に侵入。後はただこの荷物を置いておさらばだ。「お兄ちゃん、どうして私の部屋に居るの?」 この家の主人の娘、五歳の女の子はこんな時間まで起きていた。荷物は咄嗟に廊下に投げた。「ああ、何か物音が聞こえたからね。怪しい人がいないか見に来たのさ、安心して布団に入って寝ようね」「お兄ちゃん、その人捕まえちゃだめだよ。その人はサンタさんだからね、見逃してあげてね」 男は女の子を布団で寝かし、照明を消す。暗闇の中、手にあるサーチライトを上手く照らし、どうにか荷物を、無事に女の子に知られないように部屋に置くことに成功した。 一人での初仕事、言いしれない疲れが男を襲う、神経、身体中がしばらく麻痺し硬直する。 女の子の欲しい物、とうに絶滅したペンギンのぬいぐるみ、二メールはある巨体でモフモフだ。 それが女の子の希望の品だった。 この時代、サンタを本当に信じている子供は一人だけになった。たった一人のクリスマス。 受け継いだ仕事は一年に一回。 この子供が大人になるまでは続くだろう。 そのまた子供が信じてくれることを祈りながら、男は闇夜に姿をくらます。 聖夜の帳に、シャンシャンシャンと忘却の音をたてて。新サイトおめでとうございます。これからも隙を見ては参加させていただきますね。
冬の午前二時十七分は闇にとざされている。窓の外は真っ黒に塗りつぶされて、ネオンの極彩色だけが細胞のようにくっきりとまばゆい。空には月光がぼんやり淡くて、無数の星は遠く彼方に消えてしまっている。 静かだった。遠くから響く工場の稼働音以外は何も聞こえない。犬の吠える声や、どこかを走る車の排気音、夜の無窮がどろどろとうごめくかすかな轟きすらなかった。僕がいて、世界があって、それだけだった。 ――てめえらぶっ殺してやる。 僕は暗がりに隠れてしまったなにもかもに思いを馳せた。想像のナイフを慌ててつかむと、右手がふるえて、まるで麻痺してしまったかのように動かなかった。刃先を見つめる。研ぎ澄まされたそれは鉛筆の芯よりも尖って、視界にはいるだけで眼球が潰れてしまいそうだった。慌てて目をそらした。力がすうっと抜けて、右手がナイフを取り落としてしまった。落ちたナイフは右のつま先に刺さった。そこにはなんの感触もなかった。そこにはなんの感情もなかった。想像のナイフはどこまでも無力だった。 ――てめえらぶっ殺してやる。 声には出さずに叫ぶ。のどがきしむ。秒針が一周して、時刻、午前二時十八分。 窓の外はあいかわらず真っ黒だった。豆炭のような色合いで、どこまでも奥まっていた。そんな中、ネオンと月だけが貼り付けたシールのようだった。 ――もっと光を。 サーチライトがあればよかった。まっしろな光ですべてを永遠にしてしまえればよかった。「サーチライトが欲しいのかい?」 声がした。幻聴だった。そして幻覚だった。月の上に小人が座っていた。眼が四つあり、口が五つあった。僕は声が出せなかった。「シカトはよくないよ、きみ。私が声をかけたのだから、こんにちはセニョール、と挨拶するのは当然のことだ」「……あなたはスペイン人なんですか?」 やっとのことでそれだけ言った。「そんなことは問題ではない」「サーチライトが欲しいのかい?」 小人が再び聞いた。僕はうなずいた。「なんのために?」「すべてを照らすため」「誰のために?」「ここにはいない誰かのため」「そして自分のため」「ええ。自分のためです」 小人はふむふむと頷く。そしてにっこりと笑って、こう言うのだ。「ならばことは簡単だ。きみ自身がサーチライトになってしまえばいい」「そんなこと……」「なに、たいして難しいことではないよ。そうあれかし、と望んだのならば大抵のことは叶ってしまう。そういうものなのだよ」「しかし僕は」「大丈夫。安心したまえ。最初は私が手伝ってあげよう。そら、眼をとじたまえ」 言われるまま、思わず眼をとじてしまった。「頭の中にサーチライトを思い浮かべたまえ」 言われるまま、頭にサーチライトを思い浮かべた。「息をすいたまえ」 息をすった。「息をはきたまえ」 息をはいた。はけなかった。口がないのだから、はけるわけがなかった。その時、僕はサーチライトだったから。息の代わりに光を吐いた。まっしろな光を吐いた。光は、夜も、ネオンも、月も、すべてをのみこんですべてを永遠にした。圧倒的な輝きだった。「……あはは。あはははは」 小人はいつのまにか消えている。特に気にはならない。ただ夢中で辺りを照らした。視界はまっしろで、世界はまっしろだった。見わたす限りの無明を端から永遠にしていった。すべてが白に塗り込められて、僕はその中で首を振り続けるサーチライトだった。----なんかごめんなさい
空を、見ている。腐った魚のはらわたのような空だ。赤黒い雲がよどみ、陽は差さない。そもそも太陽がまだ存在しているのかさえ、知りようがないのだ。昼か夜かもわからず、広場に残った時計だけが街に時が過ぎるという事実を教えている。街灯のほとんどは壊れてしまった。残ったいくつかが点滅する瞬間にだけ、僕ら世界を盗み見る。 終わった街だと誰かは言う。高い壁に周囲を囲われ外部から隔離された街。僕らはそこに詰め込まれた生贄らしく、ただ命を捧げるためだけに生を繋いでいるのだという。この街に住む誰もに親はなく、誰もが親になることはない。気づいたときにはこのかび臭い街にいた。身体をいじられ、男も女もその意味をもはやなしていない。 遠くから聞こえる喘ぎとも嗚咽とも判別のつかない声は、この街に住む人々の心のありようそのものといえた。意味のない性交にふけり、意味のない一生を嘆いているのだ。あたりまえのように街の人口は日に日に減っていく。病むもの、命を絶つものが後を絶たないということもあるが、僕らが生贄と呼ばれる原因によって、その姿を消していくのだ。 一昨日は幼馴染のユーキリがやられた。僕の眼前で、空に連れて行かれた。『アサマオ、わたしの身体を押さえていて。連れて行かれる! 空に落ちてしまう!』 そう泣き叫ぶユーキリの身体を僕は必死で押さえたが、ユーキリの身体が急に重くなったと思ったとき、彼女の心はすでにそこになかった。僕は愕然として、その場に立ち尽くすよりなかった。 閑散とした街は、日に一度必ず地獄になる。 赤黒い雲の合間から差す光がその原因だ。放射状に拡がってこの街を照らす光は、サーチライトの意味を持っているらしく、獲物に狙いを定める。その光をわずかでも身体に浴びてしまうと身体は麻痺し、もはや逃げのびることはできない。そして、光を浴びたものは、例外なく、空に心を持っていかれる。抜け殻になり、もはやどんな言葉を発することもなく、何を食すこともなく、身体が朽ちるのを待つのだ。 ユーキリに何度と話しかけ、何度とその口に食べ物をねじりこもうとした僕の努力は、すべてが無駄だった。いや、全てが無駄だとわかっているがそうせずにはいられなかったのだ。こんな街に生きながら、ユーキリは気のいいやつだった。希望とはいえないまでも、僕が自ら命を絶とうとせず、その日をなんとか生き抜くだけの支えになっていたのだ。 そのユーキリがもういない。 僕は空を見続けている。内臓色に染まった空を睨むように、誘うように。 身体が朽ち果てることが死なら、ユーキリは死んだ。多くのものが死んだ。 しかし仮に、空に落ちていった心がどういう形であれ雲のかなたにあるとするなら、僕は彼らに会いにいかねばならない。 僕がそこで見るのはさらなる地獄だろうか、あるいはそれ以外のものだろうか。 もはやありていな感情を持ち合わせていない僕は、しかし何かを願ってもうすぐ訪れるだろう空から差す光をただ待っている。
「聖なる夜?頼むからそんな反吐が出るようなこと言わないでくれ。第一、“性”なる夜の間違いだろう」 お前らしくもない、そう彼は続けると、歯並びの良い白い歯を見せた。そんな彼に、顔をしかめる様子を見せるも、本人が気付く気配は全くない。 「骨折なんかしてなければ、きっと今頃ベッドでギシギシ、女の子とハァハァだったのに」 「あんたの性器に、ギプスの永久装着を命じるわ」 冷めた表情で言い放った言葉に、彼は嬉しそうに笑う。二次元の世界の迷子には、どうやらこのつれない態度すら、お楽しみに変わるらしい。 本来ならば、彼と一緒にクリスマスを過ごすなんて、数日前の私なら考えられなかった。まず、そんな展開が頭に浮かびすらなかっただろう。 恋人と二人で過ごすクリスマスに、憧れだのときめきだの、そんな甘ったるいだけの砂糖菓子に、元々興味はなかった。 今年クリスマスってあったっけ?それって、千年に一度、某有名RPGに出てくる赤いおっさんの類似品が、空から落っこちてくる日でしょ?どうせなら髭は黒にしようよ、中途半端だなぁ。 こんな救いようのない思考を飽きもせず、頭の中で張り巡らせるのが、例年だ。 そんな私が今、他人様の家の台所で、自分の心の形によく似たハンバーグを焼いている。 誰のために?そんな野暮な問いは、ひき肉にしてしまいたい。 ○ 「こりゃまた歪な形のハンバーグだなぁ」 嫌味ったらしい笑顔の中にあるあどけなさに、こちらの表情も緩む。嬉しそうにケチャップをかける姿は、まるで幼稚園児のようだった。 「メリークルシミマス!いやっふぅ!」 ハンバーグには赤い文字で“リア充爆破”と、彼の本音がぶちまけられている。 今日という忌々しい日を消化するように、ハンバーグを頬張る彼。精神年齢五歳児の口元には、生き生きとした赤がこべりついていた。 ○ 「ありがとな」 いつになく真剣な声色に、私は目を見張る。そこに幼い彼はいなかった。 くしゃり。こぼれた彼の笑顔。くしゃり。撫でられた私の頭。 私は、感情を麻痺させ、氷のような表情を見せる。それでも彼は絶えず、そんな私を溶かすように笑いかけるのだ。 彼が私の心を、サーチライトで探し当てる日は、そう遠くはない気がした。 お題が上手く活かせなかった、なぁ。
> おき様 停電のときにも思いますが、電気とガスって、すごく外に頼っているというか、いちど止まったらいざ頼れるものって、すごくローテクなんですよね。 それにしても、おき様の引き出しもうらやましいなあ。鍛冶関係のご趣味もそうですけど、古道具とか、魅力的なアイテムをたくさんご存知ですよね。> じゅん様 うわあ、これいいです……! すごいなあ。時代背景の演出の絶妙さと、権蔵のぶっきらぼうさがなんともいえません。色っぽくていいなあ! 三語ということもわすれて楽しませていただきました。ごちそうさまです。> 水樹様 わっ、いいお話だ! という感じ。意表をつかれました。いい意味で裏切られた感じ。サンタさんもハイテクの時代なんだなあ(笑)皮肉屋なふりをしていても人のいい主人公が、すごくステキです。 隙をみられずとも、皆勤賞を期待しています(笑顔)殺人鬼シリーズもじつはこっそり楽しみにしてますー。> 弥田様 美しい文体で眩惑されるような不思議な展開。お見事です。 はけなかった。口がないのだから、はけるわけがなかった。という変身の描写と、月をシールみたいだというくだりがなんだかすごく好きでした。> 片桐様 創陽のお話にもちょっと通じる、絶望的なムードただようお話でしたね。 重苦しいストーリーなんだけど、だからこそなのかな、読み終えたときには絶望感よりも、二人の間にあった思いのほう、アサマオの一途さのほうが印象強かったです。> 千坂葵様 意地っ張りっぽい彼女が可愛くて、にやにやしながら読ませていただきました。どっちもどっち、なのかな? 息の合ったいいコンビっぽいです。彼のキャラが濃いので、もうちょっと彼女がわの性格も、深く読んでみたかった気もします。なんて、一時間三語に無茶な要求をするわたし。> 夕凪様 ぎゃあああ!(涙)G、Gは苦手なんです……! 怖いよう。へたな幽霊ものよりよほど怖かったです。生々しい。 洗い物、早め早めに片付けます……。ううっ。> 反省文 なんていうかあれです、好きなひとのために手を汚す男、みたいな、無私の愛、みたいな、純愛っぽいような間違ってずれてるような、そういうものに萌える中学二年生女子が自分の中にいるのがだだ漏れで、なにかといたたまれません。うわーん。(なら書かなきゃいいのに)
>マルメガネオヤヂさん 登場人物が一人なのに、きちんとお話が書けるってすごいなと思います。 台詞無しにお話を繋ぐことができない私からすると、本当に尊敬モノです。>HALさん 誰か守ってくれる人はいないかな……なんて夢見る少女になってみました。 HALさんが言うほど中二っぽくないと思うんだけどなぁ……とか考えている私が、中二なのかもしれません。(笑)>じゅんさん まず文章量が凄いですね。これがプロなのか……と茫然としてしまいます。 昔のお話は知識がなくて書けないですが、いつか自分もこういう作品を書いてみたいです。 滅多に読むことのないジャンルの作品だったので、勉強になりました。>水樹さん 時期に合っていて、且つありきたりじゃない作品でいいですね。 こういう夢のある作品、結構好きです。私のところにもサンタさん来ないかな。(笑) 余談ですがモフモフっていう単語が、今中高生の間で流行っているようです。いいなぁ、モフモフしたペンギン。>弥田さん 今回も表現がいいですね。最後のあたりとか、私の感受性がけたたましく騒いでいます。 >その時、僕はサーチライトだったから。息の代わりに光を吐いた。まっしろな光を吐いた。 サーチライトっていうお題を、見事なまでに使えていて、しかもかっこいい。 しょっちゅうお題からズレてしまう私としては、羨ましい限りです。>片桐さん 空の描写に心を打たれました。作品全体の描写に、もう既に心が持ってかれてしまってるんですけどね。(笑) サーチライトの使い方が、これもいいなと思いました。空に心を持っていかれてしまうだなんて……。 と呟いてみますが、今回の三語まで、サーチライトという言葉を知らなかった私です。>ω ̄)さん 生まれも育ちも北海道であるため、ゴキブリを見たことがない私にとって、新鮮なお話でした。 ひしひしとゴキブリの脅威が伝わってきました。うん、ゴキブリ怖い。 第二段落あたりで、その場の情景を想像しすぎて頭がクラクラしました。(苦笑)>自作 主人公のキャラが掴めない。いや、男の子のキャラも迷子だけれど。 登場人物を重視すると、次は内容が軽くなってしまうのがなぁ。