ヨモツ へ グイ ( No.1 ) |
- 日時: 2011/08/21 01:54
- 名前: 影山 ID:YD0dWnt2
じっとりと足音はついてきた。 「お先にどうぞ」 と何度くりかえしとなえても、べっとりとついてくる。 塩梅の悪いことにけだるさは一歩ごとにぬかるみの深さを増した。 山を下り始めたころは、赤かった空は次第に濃紺から暗黒へといろを変える。 時折通る車の照明が、私の陰をながくながく吹き飛ばしてしまった。 それどころか、私のあしに何者かの陰をこすりつけていったのだ。 山の淵をたどるように作られた車道には、ガードレールと時折の街灯意外は何もない。ただ、自分の足音がやまびこのようにくりかえしているのでは無いかという気分になる。風が吹けば木々はうめくし、石が転がれば草叢がしゃわしゃわともだえるのだ。 ただ、それと同じようにこっそりと足音がついてくる。 もうだいぶ道を下ったような気がする。 さりとて山々は何重にも列なって、街をとおせんぼで隠してしまった。
次第に私は、ガードレールで横っ腹をこするように歩いてしまう。 てのひらと衣服がまっしろけになり、つまさきが地面をこすって、五六歩歩けば、つんのめって前のめりにもたれかかった。
足音はついに私に追いついた。 「もし、もし」 ふりかえると女性が、私にペットボトルに入ったスポーツドリンクを差し出していた。「大丈夫ですか?」と。女はしばらく、一緒に帰りましょう。車が近くにあるんです、と誘ってくれたが私は首をふった。ありがとう助かりました、でも大丈夫です。何度かことわった後、もらったドリンクを飲み干すと、女はしぶしぶともとの道へとかえっていった。
今になって思えば、女がかえる時、足音はちっともしなかったのだ。 あの時飲んだドリンクは白く濁っていて、甘ったるく、それなのに一息で飲み干してしまった。 下山してからというものの、皆の私をみる目が痛い。 私の後を追いかける足音はもうしない。
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ろっぴゃくねんぜん ( No.2 ) |
- 日時: 2011/08/21 02:26
- 名前: 端崎 ID:XJjBrlaw
紫色の街では大瓶が倒れて野犬も魚も酒浸しだ。屋根にのがれた杜氏たちは揮発したアルコールにあてられながらもあっけらかんとやっている。ウミネコたちが酔っ払った魚を捕えて酔っ払う。丘の上のホテルからそれをみている。 「沖じゃあ海虫がぼうっと光る。酒が浚われていくからね。小蝦がそいつを食べにあつまる。小蝦のひりだしたもんが海流を甘くする。二、三日すれば西のほうからクジラがくるよ。ざこはもうべろんべろんだし、みんなじきそうなる。お祭りさ。六百年前におなじことがあったと叔母がいってた」 煙草を嗅いだ震えを落ちつかせるように女がいう。ぎぃいと革張りのソファが音を立てる。女の体が沈み込む。 酔いつぶれたのがもう何十羽と部屋の窓にぶつかっている。女は街を見おろしている。みてみたいね、と女がいう。海のにぎわいをさ。ちょっとでいいんだ。 飛べるならともかく、船でゆくのではおもしろい絵はみられまい。そういう意味のことをいうと「潜るんでもいいな、でもそれにはもっと泳げないとな」などといってソファから起きあがる。 するとホテルが大きく傾ぐ。地鳴りとともにすっくりと立つ。窓外の街はさらに眼下へ遠のいた。 「酔ったかな。しかし二本の脚では飛べないな」 笑う女の漕ぐ脚にあわせてホテルがすすむ。 歩くたびに波音がする。もとあった海岸線にそって歩きはじめた。 「岬へゆくらしい」と女がいう。
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